壊れないもの
寒い。
身体じゃない。
胸の奥が。心が。
息を吸うたび、
まだ残っている痛みが、思い出させてくる。
(……終わった)
そう思おうとするたび、
「終わっていない」という感覚が、どこかに残る。
部屋は静かだった。
タカシは、もういない。
扉の向こうに、
何も残していかなかったみたいに。
私は、ゆっくりと身体を起こす。
シーツを握る指が、少し震えている。
怖かった。今も、怖い。
でも――
(……大丈夫)
理由は、分からない。
ただ、
“今は一人じゃない”
そんな気がしていた。
⸻
また思い出す。
現実世界の、あの夜。
仕事で呼ばれた、
見知らぬホテル。
絶望感を覚えた
高級マンションとは言えないアパート。
ガラスを割って飛び込んできた
フライパンと、金属バットのヒーロー。
震える声と身体。
それでも一歩も引かなかったヒーロー。
とても格好良い私のヒーロー、
ヒロ。
⸻
「……」
私は、今いる部屋を見回す。
ここは異世界。
状況も、違う。
ヒロは、
強い勇者でも、英雄でもない。
迷って、
悩んで、
立ち止まる人。
でも。
(それでも)
来てくれる。
根拠なんて、ない。
確率も、見えない。
ただ――
私は、知っている。
ヒロは、
「来ない理由」があっても、
「来る理由」を選ぶ人だ。
だから。
身体を奪われても、
心までは、渡さない。
私は、
ここにいる。
壊れていない。
「……ヒロ」
名前を呼ぶ。
返事は、ない。
それでも。
胸の奥で、
小さく、確かに響いている。
(あの時も、来てくれた)
(だから、今回も)
扉の向こうで、
何かが動く気配。
遠くで、
鈍い音。
――ほらね。
私は、
目を閉じない。
逃げない。
ただ、待つ。
来てくれると、
知っているから。




