目に映ることの意味
異世界に来たからといって、誰もが成功者となれる訳ではない。最後に運命を決めるのは自分自身の選択である…。
空が青い。草が揺れる。
それだけで、ここが現実だと理解するには十分だった。俺は生きている。
俺は一人だった。
武器も、金も、知識もない。
ただ一つあるのは、視界に浮かぶ数値だけだ。
森へ進む:生存率 58%
川沿いを歩く:生存率 72%
その場で野営:生存率 31%
「生存率72%……あの台の確率と同じだな。何度、薄い方を引いたことか。」
10回に7回は成功する。悪くない数字だろうか。でも、何度も苦虫を噛んだ思いをした数字でもある。
それでも俺は一番“無難そう”な選択をした。
⸻
川沿いを半日ほど歩いた頃だった。
視界の端が、かすかに赤く染まる。
後方から接近:危険度 上
回避行動:成功率 84%
迎撃:成功率 27%
心臓が跳ねた。
「……来るのか」
振り返ると、そこにいたのは狼のような何かだった。
体格が大きく、牙が異様に長い。
魔物、というやつだろう。
剣はない。
取るべき道は、回避行動一択だ。
だが、走り出す前に数値が変わった。
全力疾走:生存率 49%
木の影に隠れる:生存率 22%
川へ飛び込む:生存率 68%
「49%…」
数多く失敗した、わずかな成功で何度も脳が焼かれた日々を思い出す。
選択肢が出るたび、
自分が賭場に立っている感覚になる。
違うのは、
ここではチップが命そのものだということだ。
俺は躊躇せず、川へ飛び込んだ。
「期待値を詰むしかないやろ」
⸻
冷たい水が全身を包む。
息が詰まり、視界が揺れる。
だが、数値はまだ見えていた。
流れに身を任せる:生存率 74%
岸へ戻る:生存率 19%
「……信じるしかないか」
俺は力を抜いた。
狼の咆哮が遠ざかる。
身体が岩にぶつかり、痛みが走るが――
生きていた。
川下の浅瀬に流れ着いた俺は、
しばらくその場で動けなかった。
勝ってはいない。
倒してもいない。
それでも、
生き残った。
胸の奥で、何かが静かに確信に変わる。
体中が震えている。寒さだけではない。恐怖だけでもない。武者震いだ。
――これでいい。
俺は、勝たなくていい。
負けなければ、それでいい。
その後、ウサギのような小さな魔物や、ライオンのような魔物と、様々な魔物に出くわした。
でも、目に映る確率を頼りに行動した。
⸻
日が暮れる頃、
遠くで人の声が聞こえた。
声の方向へ向かう:成功率 61%
身を隠す:成功率 88%
……迷う。
「88%」
この行動自体の成功率は高い。
でも、その先はどうなるのか…。
「61%、悪くない」
俺は、声の方へ歩いた。
そこには、焚き火を囲む数人の集団がいた。
一番目立つのは、
獣の耳を持つ大男だった。
「おい、人間。この森で武器もなく、装備もそんな軽装で生きてる…よほどの体術の持ち主か、強運の持ち主か。面白いやつだな。ん?」
笑いながら言うその男――
後に、ガルドと名乗ることになる。
会話を続ける:信頼度 上昇(初期)
逃走:生存率 92%(孤独)
俺は、逃げなかった。
「……逃げ続けていたら、道に迷った」
それだけ言うと、
ガルドは大きく笑ってとても強い酒を勧めてきた。
「結果生きてたんだろ?十分だ。もうお前も俺たちの仲間みたいなもんだ」
仲間。
その言葉が、
胸の奥に、少しだけ引っかかった。
⸻
焚き火のそばで、俺は考える。
この世界で俺が持っているのは、
確率を見る力と、
逃げ続けた人生の記憶だけだ。
英雄にはなれない。
最強にもなれない。
それでも。
「……最悪だけは、選ばない」
小さく呟いた俺の言葉を、
誰も気に留めなかった。
それでいい。
これは、
俺が初めて“負けなかった”日の話だ。




