動く。前へ。
扉を閉めた瞬間、
胸の奥が遅れて崩れた。
……いない。
分かっていたはずなのに、
現実として突きつけられた瞬間、
呼吸が乱れる。
「……っ」
思わず壁に手をつく。
部屋は、きれいだった。
争った形跡も、血も、ない。
だからこそ――
いなくなった、という事実だけが
異様に重い。
【選択肢:宿を出て探す】
成功率:32%
【選択肢:仲間を起こす】
成功率:47%
【選択肢:情報を集める】
成功率:39%
(……低い)
低すぎる。
どれも、
“失敗する未来”が
はっきり透けて見える数字。
「……なんでだよ」
声が、掠れる。
これまでは違った。
高い数字を選べば、
大きな間違いは起きなかった。
なのに――
どれも、選びたくない。
どれも、
「遅い」と言われているみたいだ。
「……くそっ」
頭が、冴えてしまう。
嫌な想像ばかりが
勝手に広がる。
連れ去られた?
脅された?
それとも――
(やめろ)
考えるな。
でも、止まらない。
足音。
「ヒロ?」
ガルドの声。
振り向くと、
慌てた様子のガルドが廊下に立っていた。
「朝からどうした。
珍しく落ち着かないな。
……顔色が悪いぞ」
俺は、すぐに言えなかった。
喉が、詰まる。
「……モモが、いない」
ガルドの表情が変わる。
冗談だとは思っていない。
一瞬で、空気が張り詰めた。
「……本当か?」
「部屋に……いない」
それだけで、十分だった。
ガルドは舌打ちし、
すぐに階段の方を見る。
「リーゼを起こしてくる」
その背中を見送りながら、
俺は再び数字を見る。
【選択肢:仲間を起こす】
成功率:47%
(……今さらか。モモが現れる訳ないからな。)
さっきよりも、
少しだけ“マシ”。
胸が、焦りで焼ける。
「……早く」
自分に言い聞かせるように
呟いた。焦る気持ちだけが収まらない。
階段を下りる音。
ローブの裾が翻る。
「ヒロ」
リーゼだった。
寝起きとは思えないほど、
目が冴えている。
「どういうこと?」
「……モモがいない」
リーゼは、
一瞬だけ目を伏せた。
それから、
周囲を静かに見渡す。
「……嫌な感じがする」
魔術師の勘。
でも、
彼女は理由を言わない。
言えないのだ。
「いつから?」
「……たぶん、今朝」
【選択肢:情報を集める】
成功率:39%
【選択肢:宿を出て探す】
成功率:32%
数字が、
責めるように浮かぶ。
「ヒロ」
リーゼが、
俺の顔を見て言う。
「落ち着いて。焦ると――」
「分かってる」
被せるように言ってしまった。
声が、少し強い。
自分でも驚く。
「……でも、待てない」
「……行かないと、後悔する」
それだけは、
はっきりしていた。
リーゼが、
少しだけ息を吸う。
「……分かった」
否定しなかった。
「あなたがそう言うなら」
理由を聞かずに、
信じた。
それが、
余計に胸に刺さる。
【選択肢:宿を出て探す】
成功率:32%
低い。
相変わらず。
でも――
「……行く」
数字を見て、
選んだんじゃない。
選ばされたんでもない。
「ヒロ?」
リーゼが呼ぶ。
俺は、
もう前を向いていた。
確率は、
未来を示すだけだ。
選ぶのは――
俺だ。
焦りも、恐怖も、
全部抱えたまま。
俺は、
宿の外へ踏み出した。
この一歩が、
“正解”かどうかなんて、
今はどうでもいい。
ただ――
モモを、取り戻す。
それだけだった。




