失った朝、気づくのが遅い朝
昨日は寝つきが悪かったが、
いつのまにか寝ていたらしい。
いつもより少し遅い朝。
目が覚めた瞬間、違和感を感じる。
気配が少ない。
音が、足りない。
宿の朝はもっと騒がしいはずだ。
誰かの足音。
水桶の音。
咳払い。
――なのに、静かすぎる。
(……みんな、ゆっくりしてるのか)
自分に都合のいいように考える。
それは、昨夜から続く胸騒ぎ、
違和感のせい。
消えていない。
むしろ、濃くなっている。
視界の端に、
いつもの“表示”が滲んだ。
【選択肢:もう一度眠る】
成功率:76%
(ん?低い。眠れないという事か?)
【選択肢:身支度をする】
成功率:82%
(ん?これも低い。
何を失敗するというのか。)
(……何だ、これ)
ただ朝を迎えるだけで、
どうして数字が落ちている。
理由は、出ない。
表示されるのは、
結果だけ。
俺は外套を羽織り、
部屋を出た。
廊下は、静まり返っている。
昨夜と同じ。
いや――
昨夜より、冷たい。
(……モモ)
考える前に、
足が動いていた。
会いたい。顔を見たい。
数歩先。
彼女の部屋。
――扉。
閉まっている。
【選択肢:ノックする】
成功率:58%
思わず、立ち止まる。
低すぎる。
ただ声をかけるだけだ。
危険も、問題もないはずなのに。
(……どうして)
理由は、分かっている。
“そこにいない”。
確信にも似た感覚が、
胸を締め付ける。
それでも、ノックする。
……反応がない。
もう一度。
音が、
虚しく廊下に響くだけ。
「モモ?」
声が、
少しだけ震えた。
ドアノブを回す。
――鍵は開いている。
視界が、ざわついた。
【選択肢:扉を開ける】
成功率:41%
(……ふざけるな)
低すぎる。
異常だ。
何が起きているか、
表示されない。
でも――
分かる。
これは、
「失敗する確率」じゃない。
「失っている確率」だ。
信じたくない。
気づいたら扉を開けていた。
――誰も、いない。
部屋はどこも乱れていない。
荷物も、ほとんどそのまま。
(……)
頭の中が、
一瞬、真っ白になる。
遅れて、
理解させられる。
(……いない)
モモが、いない。
胸の奥が、
嫌な音を立てて崩れる。
昨夜。
違和感。
低い成功率。
意味のない数字。
(……そういうことか)
俺は、
数字だけを信じてきた。
高い方を選べば、
大きな失敗はしないと。
――でも。
この空白は、
数字には出なかった。
いや、違う。
出ていた。
ずっと、
警告されていた。
俺が、
感じ取れなかっただけだ。
拳を、握る。
爪が、掌に食い込む。
【選択肢:宿を出て探す】
成功率:32%
【選択肢:仲間を起こす】
成功率:47%
【選択肢:情報を集める】
成功率:39%
全部、低い。
どれを選んでも、
失う可能性が高い。
(……当たり前だ)
もう、
失っている。
「……モモ」
名前を呼ぶ。
返事は、ない。
でも――
胸の奥に、
はっきりと残っている。
彼女の声。
最後の視線。
(信じてる)
そう言われた気がした。
理由なんて、ない。
確率も、
表示されない。
それでも――
俺は、
選ばなきゃいけない。
俺の意思で。




