暗い朝の始まりの前
(見つけた)
間違えなければ、
必ず手に入る。
それが、
今までの人生だった。
――はずなのに。
今夜、それが壊れている。
扉の前に立つ。
彼女の部屋。
すぐ近くに、勇者がいる。
ガルド。
リーゼ。
噂は、聞いている。
「動かない勇者」
「考えるだけの男」
(だから、問題ない)
そう思うはずだった。
だが――
【選択肢:今、扉を開ける】
――表示なし
【選択肢:時間をずらす】
――表示なし
【選択肢:引き返す】
――表示なし
「……は?」
初めてだった。
何も、
出てこない。
正解が、
沈黙している。
(拒否……?)
ありえない。
俺のスキルは、
世界の“正解”を映す。
それが出ないということは――
(世界が、歪んでいる?)
いや、
違う。
――彼女だ。
モモが、
“例外”なんだ。
現実世界でも、
そうだった。
金で解決できなかった。
欲しいのに、
満たされない。
触れても、
所有できなかった。
だから――
奪われた時、
耐えられなかった。
一歩、踏み出しかけた。
指先が、
扉に触れそうになる。
その瞬間――
胸の奥が、冷えた。
(……違う)
欲しい。
今すぐ欲しい。
それは本音だ。
だが――
“正解が出ない”。
それが、
怖かった。
成功率が見えないということは、
失敗の大きさも測れないということだ。
この世界で、
俺はずっと「安全な勝ち」だけを拾ってきた。
賭けたことはない。
読めない一手を選んだこともない。
(……失うかもしれない)
そう思った瞬間、
衝動が、わずかに鈍る。
奪えば手に入る。
だが同時に、
何かを壊す可能性もある。
それを“計算できない”ことが、
俺には耐えられなかった。
――だから、今夜は違う。
これは勇気じゃない。
撤退だ。
俺は、
正解が出ない場面から、
ただ逃げただけだ。
小さく、
息を吐く。
扉から、
一歩下がる。
――その時。
廊下の奥で、
足音。
重い。
二人分。
魔力の揺れ。
(……ちっ)
勇者の仲間か。
今は、
“正解じゃない”。
俺は、
その場を離れる。
彼女は、
ここにいる。
同じ宿にいるということは――
次は、もっと簡単だ。
【選択肢:翌朝に動く】
成功率:92%
――出た。
久しぶりに見る、
数字。
(……そうだ)
正解は、“今じゃない”。
俺は、微笑んだ。




