違和感の始まり
眠れない。
理由は、分からない。
酒も飲んだ。
宿の寝台も悪くない。
旅の疲れも、ちゃんとある。
それなのに――
(……おかしい)
天井を見つめたまま、
何度目かの寝返りを打つ。
胸の奥が、
ざらついている。
嫌な予感、
というほど明確じゃない。
ただ、
「何かを見落としている」
そんな感覚。
――その時。
視界の端に、
いつもの“それ”が滲んだ。
【選択肢:現状維持】
成功率:81%
【選択肢:周囲を確認】
成功率:79%
【選択肢:眠る】
成功率:83%
(……低い)
ただ宿にいるだけ。
普段なら、どれも90%を超える。
危険なんて、あるはずがない。
(どうして……)
俺は、確率を“信じて”きた。
この世界に来で何かを選択しなくては行けない時、俺の目の前にはいつも数字が、確率が浮かんだ。
高い数字を選べば、
大きな失敗はしない。
それが、
俺の生き方だった。
――なのに。
成功率が、
全体的に落ちている。
しかも、
理由が表示されない。
(情報不足……?)
いや、違う。
この感じは――
「分からない」のではなく、
「示されない」。
まるで、何かが意図的に隠されているみたいだ。
俺は、
ゆっくりと上体を起こす。
廊下の向こう。
モモの部屋。
同じ宿。
同じ階。
距離は、
ほんの数歩。
(……モモ)
昼間の笑顔を思い出す。
再会したはずなのに、
どこか噛み合わなかった時間。
一年…二年…
(考えすぎだ…でも…モモ、起きてるかな?)
胸騒ぎの正体がモモとは限らない。
でも、確認せずにはいられない。
ドアノブに手をかける。
【選択肢:部屋を出る】
成功率:64%
低い…
意味が分からない。
ただ廊下に出るだけで、
どうしてこんな数字になる。
危険?
騒動?
トラブル?
どれも、想定にない。
「……」
俺は、
しばらく動けなかった。
動けば、
何かが起きる。
動かなければ、
“何か”を見逃す。
どちらが正解か、
分からない。
いや――
悩む事はない。
成功率の高い方。
【選択肢:現状維持】
成功率:81%
いつも通りなら、
それを選ぶ。
――なのに。
胸の奥で、
小さな声がする。
(本当に、それでいいのか?)
理由は、説明できない。
確率にも、表示されない。
ただ――
嫌な感じが、消えない。
「……くそ」
扉を押す。
【選択肢:部屋を出る】
成功率:64%
数字は、低い。
それでも――
足が、動いた。
廊下へ出る。
静かだ。
誰もいない。
……一見、何もない。
(……気のせい、か)
その瞬間。
微かに、扉の閉まる音。
遠い。
気のせいでは無い。
心臓が、嫌な音を立てる。
(今のは……)
遅かった。
その夜、俺はまだ知らない。
この違和感が、
最後の“予告”だったことを。
そして――
この夜を境に、
二度と「同じ確率」は、
表示されなくなることを。




