終わりの夜、始まりの夜。
夜は、静かだ。
この世界の夜は、
現実よりもずっと暗い。
灯りは少なく、
音は遠く、
人の気配が薄い。
――だから、考えがよく見える。
宿の二階。
与えられた客室。
寝台に腰掛けたまま、
俺は動かない。
(……いる)
確信だけが、胸に残っている。
昼間、ほんの一瞬。
通りの向こうで、
視界の端を横切った影。
色。
歩き方。
間合い。
間違えようがない。忘れるわけが無い。
(モモだ)
名前を、心の中でなぞる。
この世界に来てからも、
ずっと頭から離れなかった。
再び、欲しい。
ただ、それだけだ。
俺は“正しき者”。
選択肢が見える。
成功率が見える。
最適解が、常に提示される。
この世界では、
それが力だ。
実際、困ったことは一度もなかった。
同じように手に入れるために、正解を選択
するだけだと思っていた。
――彼女を見るまでは。
(……出ない)
目を閉じる。
想定する。
・接触する
・近づく
・話しかける
・待つ
どれも、
数値が出てこない。
空白。
まるで、
計算を拒否されているみたいだ。
(ふざけるな)
俺は正しき者
ありえない。
現実世界では、金で解決した。
需要と供給。
簡単な関係。
彼女は仕事として受け入れ、
俺はそれを使った。
感情なんて、
必要なかった。
――はずなのに。
(……奪われた)
ある日、
いなくなった。
説明もなく。
置き去りにされた。
それが、
腹立たしかった。
俺の中の“正解”が、
初めて崩れた瞬間。
気づいたらこの世界にいて、二年。
異世界?
転生?
そんなもの、
どうでもいい。
大事なのは、
再び見つけたという事実だけだ。
夜は、
人の判断を鈍らせる。
警戒も、
理性も。
――正解が、
最も歪む時間。
俺は、立ち上がる。
窓から見える街。
灯りの数は、
もう半分以下だ。
(……今なら)
理由は、後でいい。
正しいかどうかも、
後で決めればいい。
今はただ――
会いたい。
触れたい。
手に入れたい。
(ヒロ?)
噂の勇者の顔が、
一瞬だけ脳裏をよぎる。
動かない男。
考えるだけの男。
(だからなんだ。正解がすべて。)
夜は、
俺の味方だ。
俺は扉に手をかける。
正解が見えなくても、
選ぶことはできる。
俺が選んだ事が正解だ。
俺は正しき者。




