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それぞれの予兆

盤面の外側


王都南区の路地は、昼でも薄暗い。


ヒロは歩きながら、頭の中で盤面を整理していた。


――選択肢は三つ。

――成功率は、六割、七割、八割。


数字が、淡く浮かぶ。


(八割……か)


それが最善だと分かっている。

けれど、なぜか足が止まった。


「ヒロ?」


リーゼが、不思議そうに振り返る。


「どうかした?」


「……いや」


誤魔化すように、首を振る。


(理由は、ない)


(ただ、今じゃない)


数字に従えば、動くべきだった。

それでも、ヒロは一歩引いた。


結果は、同じだった。


彼が介入しなくても、

事態は自然に収束する。


ガルドが豪快に笑う。


「お前が何もしないと、かえって上手くいくな!」


「偶然だよ」


ヒロは、そう返した。


けれど胸の奥で、

小さな違和感が残る。


(……最近、多い)


(俺が動かなくても、世界が進む)


それは安堵であり、

同時に、恐ろしさでもあった。



夕方。


治癒院付設の相談所。


モモは、書類を整理しながら、窓の外を見ていた。


王都の空は、今日も平和だ。


(……ヒロ)


再会してから、まだ日が浅い。


それなのに、

彼の隣にいる時間は、

ずっと前から続いていたように錯覚する。


「考え事?」


ふいに声をかけられ、驚いて振り返る。


同僚の女性が、からかうように笑っていた。


「最近、表情柔らかいよ」


「そう?」


モモは、曖昧に笑う。


(変わってないつもり、だけど)


ふと、

背中に視線を感じた。


振り返っても、誰もいない。


(……気のせい、かな)


胸の奥が、少しだけ冷える。


理由は分からない。

でも、長い夜を越えてきた勘が告げていた。


(何かが、近づいてる)



夜。


酒場の外れで、

ヒロは一人、空を見上げていた。


数字は、何も示さない。


それでも、

胸の奥がざわつく。


(俺は…俺の役割は……)

(この世界で、何なんだ?何で転生したんだ?)


動けば、勝てる。

動かなければ、世界は回る。


そのどちらもが、

正しいように見えてしまう。


ヒロは、まだ知らない。


この静かな均衡が、

誰かの欲望によって、

簡単に壊されることを。


そしてその中心に、

モモが立たされることを。


夜風が、冷たく吹いた。

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