声の先に
人は、どこで間違えたのかを正確には覚えていない。
ただ、気づいた時には――取り返しのつかない場所に立っている。
俺の名前はヒロ。
小学生の頃、俺は「出来る子、いわゆる神童」だった。
勉強でも運動でも、努力しなくても人の輪の中心にいた。
生徒会長、市の陸上大会、野球部のキャプテン。
勝つことが、当たり前であり義務だった。
中学でも同じだった。
県のコンクール、全国大会、県代表。
誰もが俺の未来に何一つ曇りがないと信じていた。俺自身も。
――疑う必要が、なかったからだ。
高校に入って、世界が変わった。
いや、正確には、俺が変わらなかった。
努力の仕方が分からない。
勝てない理由も分からない。
気づけば、成績は下から数えた方が早くなっていた。
諦める事を覚えた。
誰の記憶にも残らない三年間。
それが、俺の高校生活だった。
大学では、もっと簡単な逃げ道を覚えた。
ギャンブルだ。
勝てば正解。
負けても、運が悪いだけ。
反省も、積み重ねも、必要ない。
――それが、どれほど楽だったか。
社会人になっても、俺は変われなかった。
有名メーカーに就職し、海外プロジェクトを任され、評価もされた。
それなのに、夜になるとネオンの下に立っていた。
金は回っていた。
心は、ずっと空だった。
そんな時、モモと出会った。
最初は、ただの客と女の関係だった。
それなのに、彼女は俺の話を遮らなかった。
自慢も、愚痴も、嘘も。
何度か会ううちに、俺は気づいてしまった。
――この人の前では、全てをさらけ出せる、と。
だから俺は、さらに逃げた。
ギャンブルのために。
モモに会うために。
ついに、消費者金融に手を出した。
三百万。
その数字を見た瞬間、
期待値も、確率も、もう計算できなかった。
モモにバレた時、彼女は俺を見捨てなかった。
「一緒に考えよう」
そう言った。
それが、最後の一言だった。
俺の気力は、もう残っていなかった。
⸻
街で一番高いビルの屋上。
夜風が強く、足元が遠い。
ここまで来て、怖くないわけがない。
ただ、戻る理由もなかった。
――終わらせよう。
身体が前に傾いた、その瞬間。
「ヒロ」
声がした。
幻聴だと思った。
でも、あまりにもはっきりしていた。
光が、視界を埋める。
足元の感覚が、消える。
落ちる――そう思った時、
世界は、裏返った。
⸻
目を覚ますと、空がやけに青かった。
土の匂い。
若い身体。
胸の奥に、焼き付いた後悔だけが残っている。
「……ここは?」
立ち上がろうとした瞬間、
視界に、ありえないものが浮かんだ。
前に進む:成功率 63%
その場に留まる:成功率 91%
「……は?」
頭の中に、理解が流れ込んでくる。
――《確率可視》。
俺は、異世界に転生したらしい。
しかも、人生を溶かしたギャンブルの経験を、
そのままスキルにして。
笑えなかった。
こんな力、
転生してまでギャンブルから離れられないなんて。
それでも。
「……今度は」
俺は、前に進む選択肢を選んだ。
成功率は、63%。
決して高くない。
でも、
最悪だけは、避けられる気がした。
この世界で、
もう一度、生き直すために。




