第9話 敵襲
「敵襲だッ!!!」
その声を聞いた瞬間、俺は反射的に飛び起きた。
隣で目を覚ましたステラと、すぐに着替えを済ませる。
そこへ、勢いよくアイシャが飛び込んできた。
「準備はできてる!?」
「うん! 僕もステラも大丈夫!」
荷物はすでにまとめてある。
俺たちの返事を聞くと、母は短く、しかし明確に指示を出した。
「ホークが仮眠をとっていたところに、敵が近づいてきたわ。もう一キロ圏内にいる。ウィンが上空から監視中よ。あなたたちはエルと一緒にいなさい。必ず、エルの指示に従って!」
こういう時、非戦闘員のエルの近くにいるのが一番だ。
俺はまだ戦力にならない。戦闘員たちの傍にいたら、足手まといになるだけ。
だったら、ステラの目となって支え、少しでもホークやアイシャに集中して戦ってもらう方がいい。
「シシシッ、坊。絶対にお嬢の手を離すなよ?」
「うん、分かってる!」
宿を飛び出すと、すでに村の広場は騒然としていた。
村の広場ではかがり火が焚かれ、十五人ほどの若い男たちが槍を構えている。
他の村人たちも鍬や鎌を手にし、俺くらいの年の子どもまでもがスコップを握っていた。
……だが、すぐに違和感を覚える。
若い男は二十人いると聞いていた。
五人、足りない? まさか寝過ごしてる? それとも敵前逃亡?
一方、広場の中央では、ホークがユーマン男爵と短く言葉を交わしながら、効率的に防衛網を敷いていた。
その様子を見ながら、エルが呟く。
「シシシッ、団長が仮眠をとっているときに都合よく襲撃か。こういう時、団長は睡眠時間をずらして、ウィンの動きも悟らせねぇようにしてた……こりゃ、嫌でも六年前を思い出すな」
六年前とはちょうどメナトが生まれた年。
確か魔法大国オーロラがマルム帝国に滅ぼされた年だ。
過去にも似たようなことがあったということか?
そんなことを思っていると、ホークの声が響く。
「黒い外套に赤いラインが入れた者が二十名! 帝国の魔法師だ! そのほかは、みすぼらしい服の連中……山賊三十!」
魔法師が二十名に山賊が三十名!?
こちらの戦力は【曙光の鷹】五名と、村の若者十五名ほど。
どう考えても数で劣る。しかも、ヨーダの姿が見えない。
まただ……いつも肝心なときにいない!
撤退か!?
そう思った矢先、ホークの次の指示が飛んだ。
「敵は東側から来るぞ! 五名を残し、若い衆は全員東側に来い! スカージャーは五人を連れて西側の防衛にあたれ!」
本当に、この戦力で勝てるのか!?
そう思ったのは俺だけではなかった。
「お兄ちゃん……敵、いっぱい来てるんでしょ? お父さんとお母さん……大丈夫かな……」
ステラの声が震えていた。
不安なのは当然だ。俺だって、正直怖い。
それでも兄として、言葉を返す。
「……大丈夫だよ。俺たちはお父さんの指示を聞いて、すぐ動けるようにしておこう」
自分でも情けないくらい頼りない言葉。
けれど、エルは違った。
「シシシッ、坊。心配すんな。こっちには【鷹の紋章】と【水の紋章】がそろってんだぜ? そこにヨーダも加われば、魔法師二十人と山賊三十人でこの村を落とそうなんざ、夢のまた夢ってもんだ」
エルはいつも通りの調子で笑う。
その余裕に、少しだけ心が軽くなる。
だが、ステラはまだ不安そうに呟いた。
「でも……お父さん、ウィンを使ってるから……魔力、あまり残ってないんでしょ?」
しかし、これもエルが不敵に笑って返す。
「シシシッ、確かにウィンを使役するにはとんでもねぇ魔力が要る。ざっと【風槍】五十発分ってとこだ。けどな、団長はそれでも百発以上は撃てる魔力を残してやがる。一方で、帝国の魔法師なんざ【火槍】二十発撃てりゃ上等だぜ」
「二十発……?」
「ああ。帝国は今もあちこちで侵攻してる。だからな、一線級の魔法師をこんな辺鄙な村に送る余裕なんざねぇんだぜ」
エルの声は自信に満ちていた。
ただ、彼の言ったことに間違いはなかった。
「【火槍】だ! 【火槍】が飛んでくるぞ!」
叫び声と同時に、夜明け前の闇を裂くように紅い閃光が走った。
村の東側、空を焦がしながらいくつもの火の槍が放たれる。
村人たちは慌てずに動いた。
槍を置き、たっぷり水分を含んだ底の厚い桶を構え、迫る【火槍】を受け止める。
――ドンッ!
一瞬火柱が上がり、炎が桶を舐める。だが貫通もせず、燃え広がらない。
威力は俺やスカージャーの放つものの中間程度。十分防げる範囲だ。
ホークが素早くその放射源を捉える。
息を吸い、右手を掲げ――
『走れ、蒼穹の風。その速さ、雷を凌ぎ、すべてを貫く槍と化して、万物を貫け――』
翠色の魔法文字がホークの周囲に渦を巻き、【鷹の紋章】が輝きを増す。
『【風迅槍】!!』
風を凝縮した槍が、摩擦音を響かせながら突き抜ける。
大木の裏に隠れていた魔法師の胸に槍が突き刺さり崩れ落ちた。
「うぉぉぉおおお!!! すげぇぇぇえええ!!!」
「これが紋章師の力!」
「この調子で頼んます!」
歓声が上がる。だが敵も愚かではない。
同じ位置に留まれば、狙われる。
魔法師たちは散開し、森を縫うように移動しながら詠唱を重ねる。
だがここは山中。足場は不安定だ。
放たれる魔法の軌道は揺れ、狙いは甘くなる。
その隙を逃さず、ホークとアイシャの魔法が正確に反撃を叩き込む。
【火槍】の炎が村へ流れ込む。
すぐさまアイシャが詠唱。
『【水流ノ調ベ】!』
白い水蒸気が立ち上り、夜明け前の空気が湿る。
その間も、山賊たちは距離を取り、じりじりと様子をうかがっていた。
火花が散り、土煙が上がる戦場に、突っ込む勇気はないようだ。
西側を見れば、スカージャーが声を枯らして、村の若者と共に、敵を追い払う。
こっちは東側ほど敵の数は多くなく、比較的落ち着いている。
これだけ強ければエルが落ち着いて戦況を見つめているのも納得。
そう思って、再び視線を東に向けようとした、その時だった。
黒い頭巾をかぶった何者かが、手に光るものを握り、音もなくこちらへ駆けてくるのが見えた。
「危ない――ッ!」
咄嗟に、その刃が狙う人物――ステラを抱き寄せる。
ステラは抵抗もせず、信じるように俺の腕の中へ身を預けた。
「チッ……外した!? だが――」
男が再び短刀を構え、ステラに向かって踏み込もうとした瞬間――
「俺っちもいるんだぜ!」
エルが横合いから飛び込み、採取用の鎌で切りかかる。
金属が擦れる音。火花が散る。
「くそっ――!」
男は後方に跳び、距離を取ろうとした――その瞬間。
ビュンッ、と風を裂く音。
刹那――男の首が宙を舞った。
「シシシッ、遅ぇぜ? ヨーダ?」
「……すまない。まさか村人の中に間者が潜んでようとは」
転がった首を見て、息を呑む。
その顔はこの村の若者の一人だった。
だが、男は一体どこから現れた?
俺たちは十分警戒していた。
それにヨーダも、どこから現れた?
考える間もなく、地面が蠢いた。
土を突き破り、短刀を握った手が這い出してくる。
同時に、屋根の上からは無数のナイフが雨のように降り注いだ。
「こいつら……! 村の地面を掘って潜んでやがる! 地中だけじゃねぇ、屋根の上にも、壁の中にも潜んでるかもしれねぇ!」
「……エル、村の中は危険だ。メナトとステラ様を連れて逃げろ!」
「ヨーダはどうする!?」
「紋章師は近づかれたら脆い。俺がホークとアイシャを守る。二人は頼んだ!」
ようやく姿を見せたと思ったヨーダが、ホークとアイシャのもとへ向かう。
「シシシッ、坊! お嬢の手を絶対に離すなよ!」
今日、二度目の言葉。
俺はステラの手を強く握りしめ、エルの後に続いてビサンド村を飛び出した。
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