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第66話 王謁

「すご~い! こんなに大きい街、初めて見た~!」


 弾んだ声を上げたのはステラだった。

 俺とステラ、ホーク、それにアイシャの四人が王都ヘリザリムに足を踏み入れたのは、テビリスを出発してから一週間後のことだ。


 視界いっぱいに広がる石造りの街並み。

 幾重にも連なる屋根、行き交う人々の波。

 テビリスの荒涼とした平原とは、あまりにも対照的な光景だった。


「だからといって、一人でどこかに行っちゃだめよ?」


「そうだぞ。場所によっては、治安がかなり悪いと聞く。王都だからといって油断は禁物だ」


 アイシャが少しだけ真剣な声で言うと、ホークも続いた。

 しかし、二人の声にステラは笑顔で応じる。


「うん! 大丈夫! 私、ずっとお兄ちゃんと一緒だから。一人にならないもん!」


 まぁ俺もステラを一人にする気はないしな。

 ただ、そのステラは何かを察したようだ。


「……お兄ちゃん? さっきから、キョロキョロしてるけど……どうかしたの?」


「い、いや。別に何でもないよ」


 実際のところ、俺は上ばかりを気にしていた。

 どこからか、突然降ってくる存在がいないか……ルナリアの姿を、無意識のうちに探していたのだ。


 だが、それを正直に話せば、ステラの機嫌が一気に悪くなるのは目に見えている。

 なぜか王女の話をすると不機嫌になるのだ。だから適当に誤魔化しておく。


 宿に荷物を預けると、休む間もなく謁見へと向かう。

 すでに取り次ぎは済んでおり、到着次第、登城する手筈になっていた。


 今回持参するのは、エーテルポーションを満たした壺が一つ。

 それをホークが慎重に抱え、俺たちは城へと続く道を進む。


 水を湛えた堀。その向こうに聳える高い城壁を越え、俺たちは王都ヘリザリムの中枢区画へと足を踏み入れた。


 すると、正面から歩いてくる一団の中に、見覚えのある顔があった。


「おお、これはこれは……テビリスの田舎に封じられたアクィラ男爵ではありませぬか。もしや、もう金策にお困りで? 戦うことしか脳のない種族とは、難儀なものですな」


 オフィーリア子爵。テビリスの隣領を治める男だ。

 前に会った時より、さらに腹が前へとせり出している。

 歩くだけで息が上がり、額からは脂混じりの汗が滲んでいた。


「まぁそんなところです。今度なにかあったら相談させていただきますよ」


 それ以上、会話を膨らませることもなく、ホークはそのまま子爵の横を通り過ぎる。まるで、そこに障害物が置いてあっただけかのように。


 俺たちも父の後に続き、彼の脇を抜けようとした、その瞬間だった。

 オフィーリアの視線が、露骨にアイシャへと吸い寄せられる。

 粘つくように、品定めするように。

 気づかぬふりをして歩いたが、俺はそれを見逃さなかった。

 変な男に、変な目を付けられなければいいが。




 赤い絨毯が幾重にも敷き詰められた王の間へ通されたのは、取り次ぎを願ってから三十分後のことだった。


 高い天井、磨き上げられた石柱、左右に並ぶ近衛たち。

 その奥、玉座に腰掛ける国王が、こちらを見下ろす。


「ホーク、よく来たな。そちがアイシャか……噂に違わぬな。そして、ステラだな」


「はい、陛下にお目見えでき、恐縮至極にございます」


 アイシャが淀みなく一礼すると、ステラも慌ててそれに倣う。


「わ、私も……お目見え、できて……きょうしゅく……です」


 言葉が途中で絡まり、必死に覚えたであろう挨拶が、どこか可笑しな形になる。

 だが、玉座の上の国王は咎めることなく、むしろ口元を緩めた。


「はは……よい。無理に背伸びせずともよいぞ」


 その一言で、張り詰めていた空気がわずかに和らぐ。


「で、ホークよ。やはり、テビリスの開拓は厳しいか?」


「はい……想像以上でした。土壌が固く耕作するのにかなり手こずっております」


「……そうか。ならば、転封とするか――」


 転封――領地を別の土地へ移し替えることだ。


「いえ、それには及びません。開拓は厳しいですが、順調でもあります。本日は、その件で折り入ってご相談に参りました」


 そう言って、脇に置いていた壺を持ち上げ、王の背後に控える近衛へと差し出す。


「こちらは、我がアクィラ家の特産品。交易の許可を賜りたく、献上いたします」


 国王は、近衛が差し出した壺の中を覗き込む。


「……この香りは、酒か?」


「はい。そのようにございます」


 ホークの答えに、国王は小さく頷いた。


 そして、傍らのサイドテーブルに置かれていた、透晶石製と思しきグラスを手に取ると、壺の中から液体をすくい上げる。


 口元へ運ぼうとした、その瞬間。


「へ、陛下ッ! 毒見は我々が!」

「今の状況で、陛下にまで何かあれば、国が――ッ!」


 近衛たちが一斉に身を乗り出し、制止の声を上げる。

 だが、国王は首を振った。


「毒を盛るにしてもだ。わざわざ女房や子供を伴って、この場で王を殺しに来る者がいるとは思えぬ」


 そう言って、躊躇なくグラス一杯のエーテルポーションを、一息に飲み干した。


「――っ」


 国王の目が、わずかに見開かれる。


「……これは……美味い。それに……なんだ。酒精とは違う、この……込み上げてくる熱は……」


「はっ。それは、おそらく魔力かと」


「魔力……? 確かに……体の内側から、満ちてくる感覚がある。まるで、魔力が溢れ出してくるようだが……まさか。この酒は……」


「はい。魔力を回復させる酒――魔力回復薬エーテルポーションにございます」


「……やはりな。とんでもない代物だ。非常に美味い、というのも実に好ましい。たとえ魔力が回復せずとも、この酒は流行るだろう」


 再びグラスで汲み取り、今度は舌の上で転がすようにして、国王はゆっくりと味わった。液体が喉を通るたびにその表情がわずかに緩む。


「して、ホークよ。この壺を――いくらで売るつもりだ?」


「はっ。現在はヘルマー伯爵に、壺ひとつ金貨十枚にてお譲りしております。ただし、それはこれまでのご厚誼あっての価格。他の諸侯に対しては、金貨二十枚以上を想定しております」


 国王は顎に指を当て、細く目を眇めた。


「ふむ……そこまでヘルマー伯爵と差をつける理由を、聞いてもよいか?」


「はい。第一に、生産地がテビリスという魔境であること。ヘロス王国最北東、原生林に囲まれ、交通の便は決して良いとは言えません。原材料である酒精を持ち込むのも一苦労。加えて、エーテルポーションは戦略物資ゆえ、出荷の際には必ず傭兵団を雇う必要がございます」


 淡々と、だが一つひとつを噛みしめるようにホークは続ける。


「ヘルマー伯爵との交易であれば、私もラージャンに居を構えており、傭兵も同地から雇っております。私たちがラージャンへ向かう際、あるいは彼らが帰還する折に併せて輸送できる――そうした利点がございます」


「では、諸侯たちが自ら取りに行けば、価格は下がるということか?」


「いえ。そこは関係値の問題かと存じます。私が信用する相手は、国王陛下とヘルマー伯爵のみ。それ以外は、一切信用しておりませぬ」


 即答するホーク。

 国王にすら忠誠を誓わぬと明言した男だ。その胆力は伊達ではない。


「なるほど……では、私が一括で買い取ると言った場合、いくらになる?」


「一括、でございますか……輸送費込みで、壺ひとつ金貨十五枚でいかがでしょうか。陛下がそれを金貨二十枚以上で諸侯にお売りになれば、国としても利益が出ましょう。加えて、必要以上に力を持つ諸侯の影響力を、削ぐことも可能かと」


 ホークの言っていることは、分かる。

 分かるのだが……それを実行した場合、アクィラ男爵家が手にする富は、もはや男爵家の枠を軽々と超える。


 しかし、国王もまた即答だった。


「よかろう。ではホークよ。壺ひとつ金貨十五枚で、王国がすべて買い取るとしよう。ただし、アクィラ男爵家はヘルマー伯爵家を除き、他の諸侯へエーテルポーションを卸すことを禁ずる」


 ある意味、独占販売権を王国が握った形か。

 それほどまでに、諸侯に対する警戒心が強く、エーテルポーションに価値を見出したということだろう。

 王宮騎士団団長ブロッサム侯爵の顔を思い浮かべれば、納得もいく。


「追って、細かな条件を提示する。無茶な要求をするつもりはないが……よいな?」


 俺たちへの楔も打とうというわけか。

 まぁ当然だよな。


「はっ! かしこまりました!」


 ホークは即座に答え、恭しく頭を下げる。

 それに倣い、俺たちも揃って頭を垂れた。


 交易の話が一段落し、場の空気がわずかに緩んだところで、

 ふと、先ほどから引っかかっていた疑問が口をついて出た。


「国王陛下。先ほど近衛の方々が、『陛下にまで』と仰っていましたが……何かあったのでしょうか?」


 一瞬、空気が凍る。

 越権だったらしい。

 近衛の一人が目を剥き、声を荒げようとしたが――


「よい」


 国王の一言で、すべてが許された。


「そうだな……お前たちには無関係と言ってよい。教えても構わぬだろう。最近、次々と息子たちが病に倒れてな。どうやら毒を盛られたようなのだ」


「……毒を!?」


 思わず声が裏返る。


「実行役は捕らえた。だが、すぐに口を封じられてしまったがな。誰も死ななかったのが不幸中の幸いといったところか」


「……ということは、ルナリア王女殿下も?」


「いや、ルナリアは無事だ。しかし、兄弟の中には今もなお伏せている者がいてな……」


 その言葉に胸をなでおろすが、話には続きがあった。


「ルナリア以外の子供たちは、それぞれ後援者に引き取らせ、守らせている。だが、ルナリアには後援者がいない。だからこそ、最も安全と思われる自室で待機してもらっている。私もどうにか時間を作ってルナリアと共にいたいのだが、まつりごとがそうはさせてくれぬからな」


 なるほど……後援者のもとにいること自体が、最大の防壁。

 守れなかった場合、家名に傷がつくだけでは済まない。

 最悪、褫爵ちしゃく(爵位剥奪)すらあり得る。

 だからこそ、皆は必死になるというわけか。


「……どうして、王女殿下にだけ後援者がいないのですか?」


「……ルナリアの母は、貴族ではない。他の子供たちは皆、貴族との間に設けた子だ。生まれた時から、後援者や派閥が付くのが常だが……ルナリアだけは平民の子。誰も、あの子が紋章を授かるなどとは思っていなかった」


 つまり、ルナリアが紋章を授かった時には、すでに貴族たちはそれぞれ推す後継を決めていた。


 今さらルナリアを担ぎ上げるとなれば、巨大な派閥と真正面から対立することになる。それは、有力者であるブロッサム侯爵と敵対する可能性すら孕むということか。


「後継者から外れることはできないのですか?」


「できる……いや、実際もう外れてはいるのだが、それでも気が変わったと言われるのが怖いのだろう」


 ルナリアの存在自体が邪魔と思っている奴もいるということか。

 まだ知りたいことはあったが、さすがにホークが踏み込みすぎだと思ったようで、話を切る。


「では、国王陛下。この街で沙汰をお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願い奉ります」


 そうして、俺たちは王の間を去ることとなった。

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