第11話 追憶の紋章
「クックック……メナト。そんな反抗的な目をする子じゃなかっただろ……?」
スカージャーは嗤いながら、ゆっくりと両手の手袋を外した。
「――っ!?」
露わになったのは、あの健康的なスカージャーからは想像もできないほど、瘦せ細り、ところどころが黒ずんだ両手だった。
「驚いたか? ヴェノムモリスは手袋の上から触れるだけでもこうなるんだ。でももう触れることはない。何しろ今日俺はステラを殺し、帝国の名誉男爵になるのだからな!」
森の中にスカージャーの哄笑が響き渡る。
油断している今のうちに!
『静寂より生まれし白の牙よ。凍てつく力を槍と成し、敵を穿て――【氷槍】!』
『燃え上がれ、紅の焔よ。我が手に集い、敵を貫け――【火槍】!』
氷と炎――二つの槍が空中で激突する。
氷が砕ける音と共に、火の粉が舞う。
押し負けはしたが、ほぼ互角。
……やれる。エルの記憶と、少しだけ練習した槍の感覚が、確かに生きている。
「ほぉ……やっぱりお前は天才だな。さすがアイシャの子なだけある」
「お前が母さんを呼び捨てにするな! それに俺はホークの子でもあるからな!」
その名を出した途端、スカージャーの表情が歪んだ。
「チッ……! 忌々しい名前を!」
「お前だって、団長、団長って懐いていたじゃないか!」
「黙れぇッ! 少しお仕置きが必要そうだな!」
我を忘れたように怒声を上げ、スカージャーの目が血走る。
『燃えよ、罪を断つは我が手なり。その炎、戒めの鞭となりて打て――【懲罰ノ火鞭】!』
しなるように迫る炎の鞭を、かわそうとしても避けきれない。
「ぐぁっ――!」
「ほら、もっとお尻をぺんぺんしなきゃな!」
何度も打たれ、痛みに呻く俺の声が森に響く。
ヤバい……魔法で対抗しようにも、痛みで詠唱ができない!
魔法を唱えようにも、叩かれるたびに声が漏れて……。
このままでは……俺だけでなくステラまで!
そう思った瞬間――ステラの叫び声が俺の呻き声をかき消す。
「もうやめて! お兄ちゃんをいじめないで! 私なら……私ならもう逃げないから!」
涙が頬を伝い、その小さな身体は震えている。
「俺はステラが死んでくれればそれでいいんだけど、君のお兄ちゃんが中々頑固でね……じゃあ、自害してくれるかい?」
スカージャーは嗤いながら、残酷さを滲ませる。
こんな奴の思い通りになんて……させない!
「ステラ、今までお兄ちゃんが嘘をついたこと、約束を破ったことあったか?」
「……ない」
「じゃあ、もう一度お兄ちゃんを信じてくれ……な? 頼む」
「やだ……」
初めて、ステラは抵抗した。
「もう……お兄ちゃんが傷つく声を聞きたくない!!!」
ステラの叫びと共に、ようやく見つけることができた。
【草の紋章】から流れてきた大量の情報のせいで、探し出せなかった魔法文字を。
「分かったよ、ステラ。もう一度……お兄ちゃんが声を上げたら、そこでやめる。それでいいか?」
「……うん」
ステラは自分がどうなるかを理解している。だが、それでも身を挺して俺を守ってくれようとした。
ならば――
どれだけ打たれても声を上げないこと。
そして、すべての怒りを、この野郎にぶつけること――!
「へぇ……兄妹愛っていいもんだな。メナト、すぐに代わりの妹を用意してやるからな。俺とアイシャの子だから可愛いぞ?」
スカージャーの嘲笑が、燃え盛る火の鞭の音にかき消される。
容赦なく叩きつけられる炎が肌を裂き、焦げた匂いが漂う。
だが、声は上げない。
ステラが受けてきた苦しみを思えば――そう思えばこの程度、耐えられる!
そして、俺は血に濡れ、火傷した両手を広げ、詠唱を始めた。
『我に刻まれし、咎人の剣よ……』
深紅の魔法文字が現れ、俺の全身を環状に包み込む。
それはまるで、燃える血潮の輪。
『この身に埋みし、猛毒よ……』
紫黒の魔法文字が走る。
赤と紫黒が絡み合い、魔の文様を描いていく。
『怒りを呑み込み、憎しみに変じ、我が正義の代弁とせよ……』
【追憶の紋章】が、心臓の鼓動と同調するかのように脈打つ。
その輝きは、過去と死者の記憶を呼び覚ます光。
「な、なんだ……その魔法……!? やめろ、やめろぉぉぉおお!!!」
スカージャーは未知への恐怖に顔を歪め、必死に鞭を振るう。
だが、その熱も痛みも、もう感じない。
前世の記憶、メナトの後悔、ステラの涙、エルの想い――すべてが俺の中で渦を巻く。
『穢れを断ち、無数の刃となり、罰を下せ――!』
赤と紫黒の魔法文字が高速で回転し――
真紅の魔法陣が幾つも浮かび上がる。
だが、体内の魔力が一気に削がれ、魔法陣は次々と消滅していく。
残ったのは、わずか四つ。
四つの陣から現れたのは、血に濡れた剣だった。
それは、俺を殺したあのナイフを一回り大きくしたような形。
刃先から、ぽたり、ぽたりと血が滴り落ち、
やがて、魔法陣の赤が紫黒に変わる。
滴る血は毒に変じ、地面を焦がしながら、蒸気を上げて消えていった。
機は熟した――
俺の……いや、俺たちの想いよ。
今こそ、裏切り者を穿て!!!
『【咎人ニハ毒刃ヲ】!!!!!』
叫びと同時に、剣が音もなく宙を走る。
スカージャーが迫りくる剣を払おうと、鞭を振り下ろした瞬間、炎が毒に侵されて崩れた。
鞭の先は灰と化し、毒は伝うようにして奴の腕へと這い登っていく。
「ぐっ……が、あぁぁぁああッ! こ、これほどまでの紋章の力が……!」
右腕がみるみる紫黒に染まり、腐蝕していく。
「おい、楽に死ねると思うなよ? この四つの剣には、俺たちの想いが宿っている。メナト、エル、ステラ……そして俺の苦しみをすべて味わってから地獄に堕ちろ!!!」
スカージャーの瞳が恐怖に見開かれる。
その表情が絶望に染まり切った瞬間――
四つの剣が、一斉に突き刺さった。
毒と怒りが形を成した復讐の刃が、
奴の胸、喉、腹、心臓を正確に貫く。
何度も……何度も……刺しては引き抜き、また貫く。
やがてスカージャーの血はすべて紫黒へと変色していく。
毒が花のように咲き乱れ、全身を覆う。
そして……苦悶と絶望に満ちた顔で崩れ落ちた。
同時に俺の視界も揺れる。
力が……意識が保てない。
「お兄ちゃん!!!」
ステラの声が遠くで聞こえた気がした。
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