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アナベル  作者: 長尾
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 返り血をまともに浴びた。わたしの真横に植わっていたアナベルの花にも、どす黒いしみがついた。


「もう戻れない、わかっているのか?」


 あなたは殺してしまってからわたしに尋ねた。わかっている。これは計画犯罪だ。首にナイフを刺して引き裂いたのも、安いパーカーを着て犯行に臨んだのも、夜中の公園で襲いかかったのも、全部確実に殺すため、犯行の痕跡をわたしから抹消するため。

 憎い女だった。わたしからすべてを奪い取ってなお、わたしから欲しがった。そして自分は不幸せな悲劇のヒロインを演じ、周りの同情を器用に買っていた。

 わたしの通帳が不正利用されていると知ったとき、こいつだと思った。問い詰めると素直に吐いた。素直に謝れば簡単に許されると信じている女だ。甘っちょろい同情は買えても、不信感は拭えない。わたしの中のなにかがちぎれた音がした。


 死体を埋めるべく、河原の砂をふたりで掘って汗だくになった。死体は体温が失われて、ゾッとする温度になっていた。


 もう戻れない。わたしはほんものの犯罪者だ。

 お前から奪い取った、唯一のものだ。大事にしてやるよ。



――――――――――――――――――――――――――――――――


 

 わたしは彼女を埋めてから、平穏な日々を手に入れた。とは言い難かった。

 あの血まみれの彼女が瞼の裏に焼き付いて、もう戻れないと言ったあなたの声が、耳に残っていた。


「どうしよう、自首したほうがいいよね?」


 わたしは情緒不安定になって、何度もあなたに泣きながら電話をかけた。

 あなたはいつも冷静で


「そんなことをしたら一生犯罪者だぞ」


 と言った。


「犯罪者なのはあのときもう決まってたじゃん!!」


 わたしはヒステリックに叫んで声を上げて泣いた。


 あなたはわたしが彼女から被害を受けていることを唯一知っていた男性で、女一人で殺人を犯すことのリスクを説いて、自ら犯罪の片棒を担いだ人だ。それ以上の関係はない。

 わたしは自ら彼女を殺しておいて、彼女を失ったことを悲しんでいた。憎いとはいえ、なにかしらの大きな感情を抱いていたのに違いはないのだから。その感情は大きな悲しみに変わっていた。


 わたしは毎夜彼女の夢を見た。彼女は恨めしそうにわたしの顔を覗くのかと思いきや、微笑みながら隣に寝ていた。

「殺してくれてありがとう……これでずっと一緒……」

 わたしは寝汗びっしょりでハッと目を覚ます。隣には誰もいない。ただ、彼女が寝ていた場所は、じっとりと濡れていた。初めはわたしの寝汗だろうと思った。しかし寝汗でそこまで濡れることはないはずの枕の隣が、人の頭の形に濡れていたのを確認すると、わたしの背筋は凍り付いた。


 彼女は殺されたことを喜んでいるというのが、理解不能で気味が悪かった。


 そんな時だった。わたしは給料の振り込みを確認するために通帳の記帳に出かけた。

 不審な引き落としがあった。

『シモジマユウコ』

 彼女の名前だった。

 わたしは声をあげて通帳を取り落した。


「お客様? 大丈夫ですか?」


 すぐに銀行の受付のお姉さんがATMに飛んできて、わたしは「殺したはずの人間がわたしの通帳から引き落としをかけている」などとは言えず、なんでもありません……と逃げるように家に帰った。

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