一話
《ごめんねぇ〜、またメッセージ送ってもよかったんだけどぉ、打つよりこっちのが早いかなって思って〜》
「はぁ、それで用件は何ですか、ローゼベルトさん」
《やっだぁ〜!なんか余所余所しくな〜い?リオちゃんとワタシの仲じゃな〜い、“ローザ”って呼んで》
ローゼベルト/ローザは常に語尾にハートマークが付きそうな勢いで、テンション高めに話す。リオはそれに戸惑うことなく依然としたトーンで返事をしていることから、普段からこういう話し方をする人なのだろう。
時々画面越しにウインクが飛ばされるが、リオは真顔のままそれらを的確に払い除けると少年とは対照的に、相手はきゃっきゃと喜んでいるような声をあげた。
「………で、用件は?」
《ンもぉ〜っ、ホントつれないわねぇ〜!ま、そこがいいんだけどっ》
相手の質問をガン無視して、自分のペースで話すローゼベルトに対し、苛々したのかリオは頭をかきながら「切りますよ」と冷たく接する。するとローゼベルトは《待って待って!ごめんてば〜っ》と慌てて止めに入り、コホンと一つ咳払いをしてデレた顔を真顔にした。やっと用件を教える気になったのかと、リオは一人肩を落とした。
《それが困ったことになってね。何故か今日はみんな体調が優れないみたいで、仕事の進みが悪いらしいんだ。なんとか頑張ってくれたみたいなんだけど、あと1つ仕事が残ってるって報告を受けて。僕がやっても良かったんだけど、ほら、今定例会議に出席してるから、そうもいかなくてね。それで、暇そうならリオくんに頼もうかと思って》
所々にきゃっきゃした部分は残っているものの、ローゼベルトはオンオフの切り替えが激しい人なのか、先程とは打って変わってしっかりした男性のような口調で要件を話していく。
時々相手の反応を窺うようにリオに視線を向けながら話す姿は側から見れば明らかにやばい人間だ。しかしそんなマイナスなイメージの持たれないのはその外見のお陰だろう。眉目秀麗な顔立ちに腰まである長髪は一つにまとめられ、抜群のスタイルを持つ。
関わりのない人間からすれば話しかけづらい…、という第一印象を持たれがちだが、この人懐っこいとも言える性格が、彼の印象を和らげているのかもしれない。
《だめかな?……ん?》
「どうかしましたか?」
《…あ、いやいや、なんでもない。小物だし、リオくんならすぐ終わると思うんだ》
ローベゼルは一瞬ぽかんとしか顔を見せたがすぐに首を横に振りにこにこと笑いながらまた話した。
《どおかな?もうすぐ退勤時間なのは分かってるんだけどさ、なんとかお願いできないかな…?》
リオがローゼベルトからの仕事を断ることは、普段はない。しかし今回は状況が違うため、すぐに結論を出すことができない。理由の一つ目は、ローゼベルトが言った通りもうすぐ勤務終了の時間なのだ。できればこれ以上は仕事せずに今日行った分の整理をしたい…、というのが本音である。二つ目の理由は、とんでも案件が目と鼻の先に転がってきたからだ。
リオはひとしきり悩んだあと、嫌そうな顔をしながら答えた。
「…分かりました。やりますよ」
《ありがと〜、助かるよ〜!…あ、整理は明日でいいよっ!あそこには僕からそう伝えておく》
「…それはどーもです。ではこちらに回して…」
《……ところでリオくん。その子、誰?》
早急に仕事に取り掛かろうとしたところ、突然ローゼベルトは画面の中からこちら、リオの後ろを指差した。その指につられリオは後ろを振り向くと、そこにはユキが興味津々な顔をして画面を覗き込んでいた。
「ちょっ、アンタ!なんでここにいんの!」
「だって、なんか楽しそうだったし…、気になって……」
《えーっ、なになにー!?リオちゃんが女の子連れ込んでる〜!ふしだら〜っ、それにそこは関係者以外立ち入り禁止でしょ〜!いくら他人が入ってこないとはいえ、規則を破っちゃだめだゾ〜っ!》
ユキという存在の登場によりカオスになりかけていた状況にリオは顔を覆って現実逃避をしていたが、最後に「めっ!」とローゼベルトに念押しまでされたことで現実へと引き戻された。
「…あっ、いや、これは……っ。オレもまだよく分かってないんですけど、事情があって…」
《ふ〜ん。事情…ねぇ〜?》
「本当です。それに冗談じゃないですよ。誰が好き好んでこんな乱暴でアホでヤバい女を選ぶんですか。オレにも選択権はあります」
「なにそれ!なんかひどくない!?」
ギャアギャアと言い争いをする二人をローゼベルトは「あらあら〜」と微笑ましく眺めていたが、しばらくすると言い疲れて肩で呼吸する二人が映った。
《うんうん。仲良きことは美しき哉っ!》
「いや、どっからどう見ても醜いでしょ。アンタどこに目付けてんですか」
言葉のキャッチボールも出来ないのかと怒り半分諦め半分で言葉を返す。
《きゃ〜怖い。……っあ、ごめ〜ん。もっと二人の話聞いてたいんだけど呼ばれちゃった!》
「あっ、ローゼベ…」
《ローザ》
画面の向こうでにっこりと笑うローゼベルトに謎の圧力を感じ、リオは嫌そうにしながら言い直した。
「……ローザ…、さん。これについてはまた後日報告します」
《分かった。じゃあお仕事よろしくね!》
シュッと画面が消えるとリオはまたため息を一つ吐いた。そしてユキに目を遣るが、視線が合う前に違う方を向かれる。そう、約束を破ったことで怒られるのが分かっていたからユキは逸らしたのだ。なんという危機回避能力なのだろう、とリオは思いながら肩を落とした。
「とりあえず、また仕事だから。今度は静かにして待っててよ」
ユキは「はい…」と小さく答えると、部屋の隅で正座をした。
リオは外していたネクタイをもう一度して、身なりを整え始める。
今度こそ面倒事を起こさないようにと、視線は床と仲良くすることを決め込むが、リオの被っていた帽子が落ちているのをみつけ、ユキが咄嗟に顔を上げると、まだ扉の前に立っていた。帽子を本人に渡すくらいいいだろうと、拾って立ち上がる。
「リオくん、帽子…」
ゴンッ!とすごい衝撃音が聞こえてくると共に、ユキの声にならない叫びが届く。痛みで蹌踉けたユキは真ん中にある扉に凭れ掛かる。
「はぁ…、間一髪………ん!?」
———ガチャ
突然扉が開く。
「わっ…わわッ!?!!?!」
扉を支えにしていたユキはバランスを崩して、光の中にダイブし、その一瞬の出来事についていけず呆然としていたリオも慌てて光の中に入っていく。