一話
「あの……まだかかりそう?」
「あ、忘れてた。アンタの世界とここの『常識』が違いすぎて面白くて。もう離れていいよ」
新たな知識に触れて、当初の目的を忘れていたリオはパッと体を離したあと、指をパチンと鳴らす。すると二人の前に突然画面のようなものが現れた。
「なにこれ」
「アンタの記憶を、オレにも分かるように映像にしたもの。アンタの世界でいう動画?とかいうやつ。…説明力の低い人に聞くよりこっちのが早いし正確だからね」
そう告げると相手の反応を待たず、リオは映像を再生させた。
映像のはじめは起きて、着替えて、食事をして、通学…というなんら変わりのない日常風景だった。勿論着替えのシーンはしっかりとユキに阻止されたが、全く興味のないリオは真顔で「どうでもいい」と返した。
時々リオから「これはなに?」という質問を振られ、ユキが返答するという会話が続いた。「ふーん」や「そ」と至極どうでもいいような声が返ってくるがリオの目は、今までユキが見た中では一番輝いているような気がした。
「………ここら辺つまんないから要約すると、アンタは中学生ってやつで、帰宅途中にある“叔父さんの店”に寄った、と」
「都築望三十一歳独身、ね。お店を経営してて、営業終了後はジムに通う筋肉ひげ男」
「急にすごいしゃべるじゃん。つーかそれ、個人情報漏らしすぎじゃない?」
「仲良いから大丈夫!」
リオはそういう問題ではないだろうと呆れつつ話を進めるため、また映像を再生しようとしたその時だった。
———ティロン。
何かの通知音が響くと共に、リオの目の前に表示された何かを見て、徐にそれに触る。
ユキの世界でいうメールのようなものなのだろう。それには見たこともない文字で構成された文章が羅列されており、リオはそれを静かに読み進めていたが、読み終えたと同時にはぁ…溜め息をつき、ユキの方を見る。
「悪いけど、ここで一旦終わり。今日の『仕事』が増えたからそっちに取り掛かる」
そう言うと立ち上がり、気崩していた服を手早く正して支度をし始める。
「し、仕事!?そんな“小さい”のにもう働いてるの!?」
支度するのを見ながらユキがそう尋ねると、動いていた手がピタッと止まり、リオは怪訝そうな顔でユキの方を向き直った。
「…なんか態度が気に食わないって思ってたんだけどさ、もしかしてオレのこと“年下”だと思ってる?」
「え………違うの?」
「ちげーーーよ!!!!」
「えぇっ!!?!?!」
ユキが驚くのも無理はない、なぜならリオの姿はどこからどう見ても“小学生”だったからだ。
「何アンタ、超失礼なやつじゃん!言っとくけど、アンタよりは“年上”だから。……とりあえず仕事するからアンタはここで大人しく待ってて。これ以上面倒を起こされるのは御免だからね。あ、静かにもしてて」
「なっ!?仕事ってどこかに行ってするんじゃないの!?」
「いや———『ここ』でする」
そう言うと『部屋の真ん中の扉』に近づく。コンコンコンとノックをした後、リオは扉に額を近づけ、何かをブツブツと呟いていた。距離がある訳ではないが小さすぎたためにユキは聞き取ることができなかった。そして言い終えるとリオはドアノブに手をかけた。
ゆっくり扉を引くと、そこは眩しい光で満ちていた。ユキは目を開けていられず、手で何とか遮ろうとするも全く意味がなく、俯くことしかできなかった。一方のリオは臆することなくその光の中へと進み、その姿を消した。
「何なのよ…」
静かになった部屋にはパタンという音だけが響いていた。