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四話


 リオが仕事に行って約一時間が経過した頃だった。仕事を終えて戻ってきた少年は、骨格の人体模型のように干からび、ぐったりとしている少女の姿を見て絶句していた。


「少し仕事してきただけなのに、何で亡骸状態なの」

「…あれ、リオくんおかえりー……。ちゃんと忠告通りに止めたよ。ただ、疲労感が…」


 年齢に似合わず老人のように(しな)びている姿が見ていられず、少年は回復薬を数本差し出した。ぷるぷると効果音が付きそうに震えながら口に含むと、(しお)れていた体が元に戻っていく。


「…はぁ〜、生き返ったぁ〜」

「ヨカッタネ」

「呆れないで!ちゃんと忠告は守って黄色になる前には止めたんだよ!でも魔力すぐに回復するかなって思ってまたやってたらこの通りです…」

「そっか。傾聴能力はあっても学習能力はなかったって訳ね。次からは回数の上限も決めておくよ」


 リオはにっこりと微笑み、皮肉たっぷりにそう伝えた。しかし少年はそれ以上何かを言ってくることはなく、空になった瓶たちの横に紅茶を置いてソファに腰をおろした。


「まぁ、アンタの気持ちも分からなくはないから、今日はこのくらいにしといてあげる」


 ある日突然今までになかった体験、しかも魔法が使えるようになったら、心が躍らない訳がない。


 リオはユキと違ってあまり感情を表に出す方ではないが、そんな少年でも異世界見学は今までにないくらい高揚感が湧いた。ならば感情が豊かで喜怒哀楽の激しい少女なら尚更そうであろうと、少年は無理矢理口を閉じるように紅茶に口を付けた。


 少年は一息ついてから、すくっとソファから立ち上がり、ストーリアを手に取った。


「オレは管理部にストーリアを提出してくるから、静かに待ってて」

「分かった!行ってらっしゃーい」

「あと“それ”はもう触らない」


 ドアの方を向いているはずのリオが的確にそう伝える。ユキはその声に伸ばしかけた手を引っ込め、吹けもしない口笛で誤魔化そうとする。しかし相手は少女の行動を理解し始めているのかスフィアのところまで戻ると空間断絶魔法を使い、スフィアをキューブ状の空間に閉じ込めた。


「あぁっ!」

「なに」

「ぃ、イエ……ナニモ……?」

「そ。じゃ、ゆっくりしてて」


 部屋から出ていく姿は背中しか見えないはずだが、心なしか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか、とユキは肩が震えた。




 リオが部屋を出て数分後、コンとドアをノックする音が聞こえてきた。ユキは返事をしようと口を開いて、停止する。


(異世界人の自分が出て大丈夫かな…?リオくんいないしやめといた方がいいよね)


 一旦考え居留守を使うことにしたユキは中央の扉の後ろに身を潜めた。


「あれー、誰もいないのー?リオくーん、ユキちゃーん。僕だよー、ローゼベルトー!」

「あ、ローゼベルトさん?…い、います!」


 慌ててドアを開けにいくと、ローゼベルトが両手で箱を持って立っていた。


「いやー、ユキちゃんがいてよかったよー。また出直すのは面倒だからね。リオくんは管理部かな?」

「はい。すぐ帰ってくると思います」

「そっかそっか、仲良くやれててよかったよ。リオくん最初すごい嫌がってたもんねー!あの顔は面白かったよー」


 ぷはっと吹き出すが、どこか品がある笑い方で涙を流しながら楽しそうにするローゼベルトを、ユキはじとっとした目で見つめる。


「あぁ、ごめんね、本当に面白くて…。リオくんってさ、基本的に無表情だからあんな嫌な顔するのって凄く珍しくて、かなり迷惑かけられたんだろーなーって」


 ユキの視線に気付いたローゼベルトは涙を拭いながらそう話すと、どこか懐かしそうに遠い目をして優しく微笑んだ。その表情から安易に踏み込んではいけない気がして、ユキは何も言わずにただ座って話を聞いていた。


 沈黙の時間を過ごしていると、ユキは伝えられずにいたある事を思い出し、少女は慌てて口を開いた。


「あのっ、わたしのせいでお仕事忙しいって聞きました。ご迷惑をおかけしてすみません…」


 ユキの言葉に、はじめはきょとんとしていたローゼベルトだったがすぐに笑顔に戻し、あははと笑いながら手を軽く振った。


「あ、いいのいいの!そんなこと気にしないで。これは僕が提案したことの代償だから。最近はやっと落ち着いてきたし」

「え?でもリオくんは最近忙しいって…」

「リオくんがそう言ったの?」

「はい…、違うんですか?」

「んー。それはそうと、ユキちゃん初日から大変だったみたいだね、…倒れちゃったんでしょ?」


 いつの間にか用意された紅茶が自分の前にも出されており、ありがとうございますとお礼を言って受け取ると、ローゼベルトに続いてカップを口に運ぶ。


「はい、でもリオくんが来てくれたので大丈夫でした」

「そっかそっか。僕がユキちゃんの世界のこと教えたらリオくん何も言わずに血相変えて出てったから、何事かと思ったよ。僕が行くべきだったんだろうけど、リオくんてば事後報告だったから。…申し訳なかったね」


 腰から曲げるように頭を下げたローゼベルトに驚き、ユキは慌てて両手を左右対称に振った。


「いえ…!何ともなかったですし大丈夫ですからっ、頭を上げてくださいっ」


 心配そうに眉を寄せていたローゼベルトだったが、ユキの反応に心底ホッとしたのか柔らかい顔に戻った。


「本当にごめんね。謝罪の代わりと言ってはなんだけど、いい事教えてあげるよ」

「いい事…ですか?」

「うん」


 そう言うとローゼベルトは何かを(たくら)んだような悪い顔をして、ユキを手招きし、小さい声で話し出す。


「きみ、リオくんに結構気に入られてるみたいだよ。血相変えて飛び出してくリオくんなんて、初めて見たもん。それに、実はここ数日忙しくなかったんだよ、みんなね。リオくんもかなり暇そうにしてたんだ。…もしかしたら君の体を気遣って……アデッ!!!」

「何やってんですか」


 突然謎の激痛に襲われたローゼベルトは、頭を抑えて丸くなった。痛みの正体は、やられ慣れたリオによるチョップであることはすぐに理解できたものの、普段より痛みが強い気がしてローゼベルトは中々動くことができなかった。そんなローゼベルトを心配して少女は声をかけた。


「だ、大丈夫ですか…?」

「その人は気にしなくていいよ」

「あ、リオくんおかえりなさい」

「ん」


 ユキは先程ローゼベルトに言われたことが嬉しくて顔のニヤニヤが止まらないでいた。その表情を見たリオは、嫌なものを見るような顔で一歩後ろに下がった。


「………え、なに?」

「リオくん、わたしのこと大事にしてくれてたんだなって」

「は?…何それ」

「お仕事、忙しくなかったんでしょ?さっきローゼベルトさん言ってたよ。体気遣ってくれてありがと」


 今までは相手から面倒がられていて、最早嫌われているのではと思っていたユキは、リオとの間に見えない壁を作り、それを越えないよう心がけていた。だが先程ローゼベルトに言われたことでそうではなかったということが分かり、胸を撫で下ろしたユキはにこりと笑ってお礼を言った。


 リオはそんなユキを真顔で見た後、頭を掻きながら外方を向いた。


「…何を勘違いしてるのか分かんないけど、オレは仕事で本当に忙しかったの。また倒れられたらとか、アンタの体のこと気遣った訳じゃないから」

「そっかそっか〜。そーゆーことにしといてあげるよ」

「なんかムカつくんだけど…」


 リオは納得がいかないといった顔をしながらもユキの横に座り、静かに紅茶を飲み始めた。勿論、二人の言動のせいでリオの不機嫌さは高まってしまったが、それでも部屋から出ていく様子はなくユキはにこにこと微笑んだ。


「ちょっとっ!こんなに僕が痛がってるのに、二人の世界に入ってイチャイチャしないでよっ」

「なんですか、それ」


 未だに痛がるローゼベルトを無視して勝手に箱を開き、リオは中に入っていたタルトを切り分け始めた。不機嫌なままだがしっかり三人分出しているところがまた、素直じゃないなとユキはおかしく思えてくすりと笑った。


「それで、何の用事だったんですか。ローゼベルトさんが来るなんて珍しいですよね」

「いった〜……。リオ君の打撃ってホント容赦がなくて痛いよね」


 頭を摩りながら言うローゼベルトに痺れを切らしたリオは、相手を無視して一字ずつハキハキと単語を発した。


「それで。何の用、ですか?」

「…あ、あぁ。まぁ、大したことではないんだけどね。近々“あれ”をやることになったからどうかなって!」

「“あれ”ですか。…オレ、できれば参加したくないんですけど」


 “あれ”の意味が伝わらないユキは二人の会話に入れるはずもなく、頭にハテナばかり浮かんでいた。しかしああだこうだと二人だけで話を進めていて一向に話が進まない。今度はそれに我慢できなくなったユキが二人の会話を遮り声を上げた。


「あの…っ!“あれ”ってなんですか?」

「あぁ、僕のところに時々回ってくる“広大な土地”で詰まったストーリアのことだよ。そりゃあもう国レベルの広さでさ、一人じゃ面倒…コホン。無理なわけよ」

「だからオレ達も道連れに進めようっていう、ローゼベルトさんの怠惰」

「た、怠惰だなんて失礼だなぁ…。これは危険度が低くて研修生も参加しやすいから開催してるだけだよっ。何度も言ってるけど、“僕”じゃなくて“みんな”からの開催希望だからっ」


 どっちが年上で、上司なのか分からなくなるような会話が目の前で繰り広げられ、ユキは「この職場、本当に大丈夫なのかな?」とそっと不安に思ったのは内緒である。


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