一話
紅茶らしきものを飲み終えて少女が落ち着きを取り戻したであろうころ、リオが声をかけた。
「とりあえず、名前教えてくんない?」
「……名前?」
「そう。名前がわかんないと今後“アンタ”とか“鈍臭い人”とか、その他諸々、オレの思い付いたあだ名で呼ぶことになるけど」
「なにそれすごくやだ」
つまり今までの印象だけであだ名が決まってしまうと言うことらしい。リオと出会ってからの自分の言動を思い出し、体を震わせる。
「まぁ、異世界だし名前くらいなら個人情報出しても大丈夫だよね、多分」
「コーチンチョーホー?なにそれ食べ物か何か?」
「個人情報ね。あとわたしの名前だけどま…」
「あ、待って、ストップ」
名前を言おうとして急に、顔面スレスレにリオの手のひらが現れ、言葉を遮られる。教えろと言っておいて遮られた少女は嫌な気持ちを表すようにムッとした顔を相手に向けた。
「オレさ、長い名前とか覚える気ないから。呼びやすいのだけでいいよ」
「そーですか。———わたしの名前は、『ユキ』です」
プイッとそっぽ向く少女/ユキに向かって「ふーん」と心底どうでもいいというような声を出した。自分で聞いたのに何なのだと、リオの態度にユキの怒りのメーターが上がる。それに加え、「ま、覚えてたら呼ぶよ」と言うのだから、怒りのメーターがさらにニ、三個上がったのは言うまでもない。
「ところでユキ…だっけ、どうやってこの世界に来たの?」
「…覚えてるんじゃん」
「何か言った?」
ボソッと呟いた言葉がリオの耳に届いたらしいが、そこは対抗して「いいえ、なんでもー」と可愛くない態度を取って話をさらりと流した。
「それで、どうなの?」
「どうやってここに来たか、だっけ?んー、なんか光がぱぁーって出てきて、おじさんの本が、吸引力で…」
どんどん話し出すユキの言葉を聞いて、リオは顔色を悪くさせながら「ストップストップ」と話を中断させた。それはユキの印象に“アホ”が追加された瞬間だった。
まだ動揺が残っているのか、残念な頭なのか説明しようにもうまく言葉が紡げずに、あわあわと慌てるだけのユキを見て「…あー、もう!」とリオの荒い声が上がった。
「埒が明かないじゃん!ユキ、ちょっとこっち来てくんない?」
痺れを切らしたリオが、ユキの腕を強引に掴んで真横に座らせる。
「ここに来るまでのこと考えて!」
突然そう言われて、そんな無茶苦茶なと思いつつ、慌てて今日あったことを必死に思い浮かべる。
「……うん、多分大丈夫」
そう答えると、勢いよく頭をガッと掴まれ、顔を引き寄せられる。
「ちょ、ちょ!?」
その後されると思われる行為を前に、瞼をギュッと閉じる……が、きたのは額への軽い衝撃のみ。薄目を開けると、お互いの額がくっついた状態だった。
「あー、今動かないでくんない?処理してるから。あ、あとそっちの世界の常識も共有させてもらうね。……なるほど、これが個人情報ってやつか」
最後の方はふむふむと一人で考え事をしながらブツブツと何かを言っていた。ユキは状況がよく飲み込めていないが下手に動くのはやめよう、と相手から声がかかるまで静かにしていようと、また瞼を閉じた。