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四話

 

 街を見て回りたいというリオの要望に応えるため、ユキはまず自宅付近を散歩することにした。まだ早すぎる時間のせいか店はコンビニくらいしかやっておらず、人も(まば)らだがそれでも見る所はあるようで、相手に視線を向けると少年は家と同様に辺りをきょろきょろと見回していた。


 建物の造りから違うようで、リオはブツブツ言いながら建物をじっと観察していた。容赦なくじろじろと他人の家を見る少年に、少女は我慢できず声をかけた。


「そんなに見てると怪しまれて、警察呼ばれるよ?」


 自分のことでもないのに、知り合いが不審な行動を取っているという事実で、ユキの心臓はどきどきと鳴っていて落ち着かなかった。しかしリオは関係ないと言ったふうな涼しい顔で、手を止めずに答えた。


「大丈夫。オレは認識阻害の魔法かけてるから」


 本当に魔法というのは便利なものだ、とユキは呆れた顔で歩いていると、ふとあることに気付く。


「…それってわたし、下手したら一人で喋ってる危ない人って思われてない…?」

「そうだね。だから人が多いところは気をつけた方がいいんじゃない?」

「…不便デスナー」


 他人事のように言うリオに呆れるがユキはデートという名の拷問を完遂するため、少年の欲を満たすべく足を動かすしかなかった。


 家だけでなくスーパーやコンビニ、ショッピングモールなども見せたらきっと喜ぶだろうと、少女は顔が綻ばせながら住宅街を抜けて歩き出した。では、どう回れば効率的なのかと少女が頭を悩ませていると、横からはブツブツという雑音が聞こえてきて少女はじろりと相手を睨んだ。


「…なるほど。ふーん」


 勉強熱心なようで、撮影したりメモしたりとリオは常に忙しそうに動いていた。出会ってからまだ日は浅いが、その目はいつもより活気に満ちていて、それが少年はこの世界を満喫しているということを物語っていた。そんなリオの横にいると、普段なんとも思っていないものも自然と真新しく感じられて、ユキは新鮮な気持ちになった。


「ねぇ、これは?」

「あ、それは……」


 いつもと立場が逆転している状況がおかしく思えてユキは難しく考えることを止め、気楽に案内しようと心に決めるとリオの問いに分かる範囲で答えていった。




 早すぎたと思っていた時間も、なんでもない道をふらふら歩いてショッピングモールに着いた時にはいい時間になっていた。体が疲労と空腹を思い出したかのように食べ物を欲し始めた。そろそろ休憩がてら食事でもしようかと、ユキは上を見ながら歩いていると、後ろから声がかかった。


「これって食べ物?」


 声に立ち止まり振り返ると、少年は看板を指差しながら不思議そうな顔で少女を見ていた。


「どれ?」

「これ」

「あー、クレープっていう食べ物だよ」

「ふーん…」


 特にそれ以上の反応はなかったが、余程気になるようで少年は看板から目を離さない。そんな見た目相応な反応に少女はくすりと笑った。


「…食べる?」


 少年からは「うん」という珍しく素直な反応が返ってきて、少女は吹き出しそうになるのをなんとか我慢した。


 メニューは王道から変わり種まであり、この店はかなり種類が豊富だ。


「いつものでもいいけど、今日はリオくんも一緒だし、たまには気分を変えてみてもいいかも…」


 新鮮な気持ちを大切にしようとメニューに再び目をやったが、これが良くなかった。店前に並んだクレープは、食品サンプルだというのにどれも美味しそうに見えて、少女は中々決められなくなってしまったのだ。「うーん」と唸りながら悩んでいるユキの横で静かに悩んでいたリオは、優柔不断な性格ではないようで数秒後には「これ」と指を刺していた。


 リオは余程珍しいようで、生地を流し薄く伸ばしているところからフルーツや生クリームをトッピングするところまで終始目を離さなかったため、ユキもつられて見入ってしまった。


「お待たせいたしました!」

「あ、えっと、ちょっと待ってください」


 店員から出来上がったクレープを渡されたが、携帯と先程コンビニで買ったお茶で両手が塞がっていた。ユキはあたふたしながら、ポケットや鞄に物を仕舞おうとした時、隣から両手が伸びてくる。


「オレが持ってあげるから」

「あっ、ありがとう…。でもなんか今日、異常に優しくない?」

「…は?じゃあ自分のだけ持ってくから」

「お、お願いしますっ!列ができてるんでわたしのも持ってください!」


 少女のクレープをクレープスタンドに戻そうとする少年の服を、少女はグイッと掴み懇願した。


「分かったから服離して」

「はい、ありがとうございます!」


 少年は溜め息混じりの顔で戻そうとした腕を引っ込めた。


「それで、どこ持っていけばいいの?」

「あっ。こっちの椅子で食べようっ!」

「…っちょっと、引っ張んないでよ、服伸びるじゃん」


 またもグイグイと掴んでくる少女から逃げようと少年は体を動かした。しかしどれだけ(もが)いても動かないことを悟るとリオは抵抗するのをやめて、相手に従って歩いた。


 空いている椅子に腰を下ろすと、持っていたクレープを「はい」と差し出される。ユキはそれを両手で受け取り「ありがとう」とお礼を言うと、リオの隣に座り、パクパクとクレープを食べ始める。


「…おいしい」

「よかった〜!ここのはね、どれもおいしいんだ!こんなにボリュームあるのにお手頃価格で、学生の強い味方なんだよ!」

「甘さも丁度いいし、フルーツも瑞々しいよね」


 リオの感想に同感だとばかりに反応するユキだが、クレープを口いっぱいに頬張っているため全力で頭を上下に動かしていた。


 そんな無邪気な少女をちらりと見た後、少年はふとあることに気付く。どれもおいしいと知っているのは、全種類食べたことがあるからではないか、と。だが女性という生き物は体重の気にするものだ。そんなことある訳ないと思い直して、リオはまたクレープを口にした。


「あ…」

どーしたの(ぼーひたの)?」


 クレープを食べていたリオの口から突如声が漏れ、それを気にしてユキが視線を向けると、面食らった表情のリオが前方を見ていた。ユキもその視線の先を見るが人も物も沢山集まるショッピングモールで、何を見ているのかを判断するのは難しいとユキは追うのを諦め、クレープをまた食べ始めた。


「『ネームレス』だ。……初めて見た」

「…ホームレス?」

「違う。ネームレ…いや、なんでもない。忘れて」


 途中まで言いかけたが何かを察して、リオは話を終わりにしようとした。


「えー!気になるよ〜!」

「…気になると言いつつ、クレープ口いっぱい食べるのはどーなの?絶対気になってないでしょ」

「そ、そんなことないよ!気になってるっ。でもクレープのおいしさには勝てない!」


 素直に報告する少女を、少年は呆れ顔で見つめた。


「オレに子ども子どもって言うけどさ、そういう姿はアンタのが子どもっぽいよ」

「なっ!?…じゃあリオくんはどのくらい生きてるのよっ!」

「…“千年”、かな」

「何その小学生が覚えたての数字使うみたいな言い回しはっ!絶対嘘でしょ!」

「アンタの例えっていつもイマイチだよね」

「なんですとー!?」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐユキを見て“これ以上突っ込まれることはないだろう”と感じたリオは、残りのクレープに口を付けた。案の定クレープを食べた後ユキの頭は、次回はどのクレープにしようということで満たされていて、先程のことはすっかり抜け落ちてしまっていた。



 

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