三話
「…〜キっ!〜ぇっ!!……〜〜っ!!」
耳に膜が張ったようにくぐもった声が聞こえてくると同時に、体が振動していることに気付いた。
「…ちょっと!ねぇっ、大丈夫…っ!?」
声の主が人だと分かるくらい、段々と意識が戻ってきたユキは、未だに揺らされる振動を煩わしく思い、顔を背けた。
観念するように薄目を開けると、視界はぼやけていてよく見えなかったが、黒い何かが映っていることは分かった。その黒い何かをもっと見ようと目を開くと、見知った少年が必死の形相で少女に呼びかけていた。
「……ぅえっ!?リ、リオくん!!?」
「あ…っ。やっと起きた…」
はあ…と大きな息が吐かれ、それと同時に安堵からか肩も大きく落ちる。
「…どうしたの?」
「いや、どうしたもこうしたもアンタが心配で来たんだよ。そしたら案の定倒れてて、何回声かけても全然起きる気配なくて、…死んでるのかと思った」
ユキが「大袈裟だよ」と小さく笑いながら返すと、焦っていた顔が一瞬で無表情に戻り「そうみたいだね」とユキを支えていた手をスッと引き抜く。
「…いッ………!?」
突然支えを失ったユキの体は勢い良く後ろへ倒れ、運が悪いことに床に頭をぶつけた。然程高さがあったわけではないが、それでも痛いものは痛い。じんじんと痛む後頭部を優しく摩りながら、自らの力で体を起こす。
「…ちょっとくらい、優しくしてくれてもいいじゃない」
「そんだけ動ければ大丈夫でしょ。心配して損した」
「そこまで言う!?」
コントのような会話が一段落すると、リオはコホンと咳払いを一つしてから、ここに来るまでにあったことを話し始めた。リオは部屋を出た後、管理部にストーリアを提出した其の足でローゼベルトに初日の報告をしに行ったのだそうだ。
「それで何でオレがここに来たかって事なんだけど」
こうなった原因をまたタラタラと意味不明な言葉で説明されるのかと、ユキは少しだけげんなりした気持ちになった。流石の少女でも寝起きの中二病トークはきついらしい。しかし自分の体に起きた“知る必要のあること”だと、ショートしかけている頭をなんとか働かせようとしたその時だった。
「一つ、確認したいんだけどいい?」
身構えていたからこそ、拍子抜けな質問に対して柔軟に対応できずユキはぽかんとしていた。
「ねぇ、いい?」
「え…あぁ、うん」
「今日自分が何したか、憶えてる?」
「え?…えっと、…わたしが、無意識に魔法を使った……ってことを、言いたいのかな?」
自分の失態を再確認させるこの行為に“新手の嫌がらせか”と、ユキは顔をむっとさせた。しかしそんな少女の表情に、話の意図が伝わっていないと感じたリオは首をふるふる振ってまた口を開いた。
「質問を変える。ストーリアに関すること、憶えてる?主人公のプロフィール、ヒントになったもの、自分達が何をしたのか」
「…え?それは…………っえぇ!?ウソ…、分かんない…」
「だろーね。“忘却”の魔法が発動してるから」
“ほら出た出た、またついていけない異世界設定…”と言わんばかりにユキは苦笑いを浮かべた。だがオタクというものは、そういう設定に心惹かれるものでありユキも例に洩れず、爆発寸前の頭になんとか容量を空け、聞けるよう努力した。
「“忘却”って、忘れるってことだよね…?」
「そう。ストーリアに関することは、他言無用。だからシステムの一つとして忘れるようになってるんだ。んでここからが重要なこと」
重要という言葉を聞いてユキは真剣な顔つきになり、リオの話を待った。
「魔法はその人自身の魔力を使うことは理解してるよね」
「そりゃあもちろん。一般常識だよね」
「あぁ、ハイハイ。話が早くて助かるよ。」
ユキの世界にない魔法に対して“一般常識”と語る少女に、何かを察したのかリオはさらっと聞き流し、言葉を続けた。
「じゃあ魔力が回復するっていうのも“一般常識”だと思うんだけど、ここからが少し違う。ストーリアの中では基本的に魔力の消費量がかなり少ない」
「…な、なるほど。つまり…?」
「…つまり、疲れにくいってこと」
「ほぉー!それは便利だね!」
リオの優しい解説にやっと理解したのか、ユキはぽんと手を打ったが、「あれ?」と少女は疑問の声をあげた。
「じゃあ何でわたしは疲労感が出たんだろ?」
「それはただ単に魔力制御が出来てないから。アンタと違ってここでは多かれ少なかれみんな魔力を持ってるからね。魔力制御なんて前提条件なの」
「なるほど!」
疑問が解消された少女はとても晴れやかな顔をしていて、少年は“それでいいのか?”と若干思ったが、気にしない事にした。そんな少女に先が思いやられるなと、重くなる体からはぁ…と溜め息を吐くと少年はまた口を開いた。




