三話
外観は天候の影響を受けてはいるが比較的綺麗で、内部に関してもそれなりに年月が経っていて所々古めかしさはあるものの、やはり綺麗で清潔感のある空間という印象を受けた。静かすぎない落ち着いた雰囲気のある館内は人が行き来する足音、カリカリとペンを走らせる音、ページを捲る音などで溢れていて、呼吸をすると本特有の匂いがした。
「さすが図書館…って感じの匂いだね」
「それって貶してる?」
「違うよ。でも、図書館って独特な匂いするじゃない?なんてゆーか人んちの家の匂い…、的な!」
「あんまりピンとこないんだけど…」
ユキの例えを理解できなかったリオは貸し出しカウンターに置いてあった館内案内の冊子を手に取るとぱらぱらとページを捲り、目を通した。ユキもリオの後ろから冊子を覗き込むと、そこにはフロアマップが大きく印刷されており様々なコーナーや本の分類別の位置、閲覧席など細々としたところまで書かれていた。
この図書館は蔵書数が多いのかどこを見てもたくさんの本棚で埋め尽くされていて、読書好きには天国のような場所だろうとリオは思った。ふと目に止まった学習スペースは、館内に比べて机や椅子がまだ新しいもので最近できたブースのようだが、ほぼ満席状態だった。
リオは冊子と館内を交互に見て、一通り確認し終えると顔だけユキの方に向けた。
「わっ!びっくりした…。リオくん急に振り向かないでよ」
「…アンタがそんな近くにいるのが悪いんでしょ。それより残念なお知らせ」
「どうしたの?」
「この図書館かなり広い」
「………そうだね?建物大きいし」
話の意図が伝わらなかったのかユキはきょとんとした顔で首を傾げていて、リオは呆れたようにはぁ…と溜め息を吐いた。
「つまり捜索範囲が広いってことだよ」
「……あ、なるほど?つまり…?」
「無駄話してないでさっさと始めるよってこと」
少年の言葉に「なるほど!」と声を出したユキに、本当に分かっているのかとリオは小さく息を吐いてから歩き出した。
二人は一定の間隔を保ちながら館内を調べ始めた。関係なさそうなフロアやコーナーも念の為と歩き回り、貸し出しカウンターのあるこの階にまた戻ってきた。学習スペースを調べ終わり、本棚の森へと足を進め調べ始めた頃、ユキはある好奇心に負けて棚から本を取ると、ぱらぱらとページを捲った。
「わぁ…!すごい!本の中身もちゃんと書いてあるよっ!」
「図書館なんだから当たり前でしょ」
「でもストーリアの中だから、そんなところまで細かく背景設定してるのかなって思って!」
「…アンタの声大きすぎ。館内なんだからもう少し声量下げて」
ひそっと横で呟く声に、周りを見渡すと迷惑そうに何人かがこちらを睨んでいた。ユキは慌てて「す、すみません…」と小さく謝り、珍しく空気を読んで体を縮こませた。
館内を隈なく探したが特にヒントが得られなかった二人は、休憩がてら玄関ホールの自販機で飲み物を買い、近くの椅子に腰掛けた。
「館内は特になかったねぇ。歩きすぎて疲れたぁ〜…」
「じゃあ、この建物は“少年”が勉強に使ってるだけで、今回は関係ないってことか…」
リオは頭の中を整理するように深刻そうにブツブツと独り言を呟いたが、ユキはというと研修一日目ということもあり、何もできないことを理解しているのか大人しく椅子に座って先程買ったオレンジジュースに口をつけた。
オレンジの独特の酸味と甘味を味わいながら、まったりしていると、“少年”の顔が頭に浮かんだ。
「ねぇ、リオくん…」
「……なに」
「あの木々野くんが呟いてた“葉桜”って何のことだったんだろう…。人の名前かな?それともただ単に桜の表現?」
ユキは素朴な疑問をリオに投げかけた。あの時は聞くタイミングを逃してしまったが“葉桜”と呼んだ時のあの木々野少年の顔は、恋とまではいかないものの、大切なものを見るようなそんな優しい眼差しをしていたのだ。だからこそ少し気になったというのはあった。
「さっきのところに戻るよ」
「…っぅえ!?ま、待ってよ〜!」
そう言って相手を見ずにさっさと歩き出したリオに、驚いたユキは慌てて後を追った。
公園に戻ると、リオは一直線に少年の座っていたベンチ近くの木に向かう。状況が理解できていないユキは、ベンチに座りながら木の周りをゆっくり歩くリオを見つめ、声をかけた。
「それにしても、よくよく考えたらさ、変だったよね」
「……どこが?」
「だって、この公園って周りをぐるーっと木に囲まれてるでしょ?でもこの一本だけ公園側に突き出してるもん」
「…確かに、言われてみればそうだね。この木は公園になくても困らないものだ。つまりこの木が物語を進める“ヒント”だった、と。…なるほど、やるじゃん」
見直したと言わんばかりに柔らかい表情をするリオに、ユキは目を見開いて固まった。時間が止まったように固まっていたユキだが、突然吹いた強い風ですぐに現実に引き戻された。魔法がかかっているため寒かった訳ではないが、風で靡いた髪が目や口にかかり不快に感じたからだ。ユキはリオに背中を向けると、ぐしゃぐしゃになったセミロングの髪を手櫛で整えながら、自身の胸元を掴んだ。
(…風よ、ナイス…っ!!あの顔にはちょっとドキッとさせられたけど、わたしは決してショタコンじゃないの!今はニャンダーラ様推しなんだから!…でも綺麗な顔であの表情は重罪だと思うんだけど。あと十年経ったらあれは絶対無自覚なタラシになってるんじゃないかな…)
髪を整え終えたユキは見た目小学生のリオの今後を不安に思い、姉になったような気持ちで少年の将来の姿に思いを馳せた。
一方木に手を当て調べていたリオは、ベンチ付近で百面相するユキの姿を見て今深く突っ込むのは面倒臭そうだと判断したのか、これ以上関わらないようにと少女から視線を逸らし、作業に集中した。
未だ楽しそうに百面相するユキに、リオは「こほん」と一つ咳払いをしてから声をかけた。
「この木、少し元気ないかもね。何が原因かは知らないけど」
「えっ!木々野くんの心の支えの桜の木が!?名前に“き”が多くて木が好きそうな木々野くんの桜の木が!?」
リオの言葉に驚いたユキは図書館で我慢していた反動からか、いきなり大きな声をあげ、予想できなかったリオは一歩遅れて耳を押さえた。
「…木が多い。そんな強調して言わないでくんない?あとうるさい。アンタ声量の調節もできないの?」
「ご、ごめんなさい…。でも、だって木々野くんの桜の木だよ!?一大事じゃん!腐ったり折れたりしたら本人も折れない!?」
「…そのフレーズ、何回も言うけど気に入ってるの?まぁ、この木に何かあったら物語は進まない可能性はあるね」
「じゃあなんとかしてよっ、太陽召喚するとか!」
そう言ってユキは天を指差した。生憎の天気のため、木は光を浴びることもできずに寒さの中頑張って立っている。木々野少年のためにも、少しでも元気になってほしいと温情をかけてもいいのではないか、と期待するような目で少年を見つめた。
しかし少年は、期待に満ちたその目をちらりと見たあと、気まずそうに視線を逸らした。
「…無茶言わないでよ。ここはメインの舞台なんだから、天気がここだけ晴れたら変でしょ」
「……確かに木にだけ太陽当たったら、何か物語が始まりそうかもって中二病拗らせた人が集まってくるかもしれないか」
「そこじゃないでしょ…」
リオの言葉に「じゃあ無理か〜…」としょんぼりして視線を地面に落としたユキに、少年は心底面倒だと大きな溜め息を吐いた。




