三話
———ガチャ
扉が開く音と共に、前回同様眩い光に包まれユキは瞼を閉じる。ストーリアの中に入る代償なのだろうが、何回も光を浴びなければいけない状況に、ユキはひっそりサングラスを欲した。
「着いたよ」
声をかけられ、ユキはゆっくり目を開ける。曇り空のせいか、辺りはやや灰色がかっているように見えた。木々は葉という彩りを捨て、何とも寂しい姿で立っており、その奥に大きな建物が見えた。
「…さっ、……寒くないっ!?」
「第一声がそれ?……あれ、状態維持の魔法かかってなかったっけ?まぁ、いいや。今かけてあげる。ついでに服もね」
———パチン
リオが指を鳴らすと震えるように寒かったのが一瞬で収まり、洋服も白いコスプレのような衣装から、制服にコートを着た衣装に変化した。もちろんユキの学校のものとは違うものだ。
「…なんかコスプレにコスプレ重ねたみたいで複雑。わたし現役だけど、なんか…なんか……これやだぁ〜」
白い研修着は巫女服のような和のイメージを持ちつつも、異世界という要素が加わったなんとも言えないもので、それだけでもコスプレ感が強いのだが、そこから制服への衣装チェンジで違和感が否めないのだろう。
脱げはしないと分かっていても、気持ち悪さからユキは嫌そうに洋服の裾をぐいぐいと引っ張った。
「無駄なことしてないでさっさと終わらせるよ。アンタのために簡単なもの持ってきたんだから」
「リオくん。………制服、不格好だねっ」
「魔法解くよ……?」
「じょ、冗談だよ!だから解かないでっ!」
ユキは勿論冗談を言ったわけでなく、見たままの感想を率直に言っただけである。どう見てもリオの見た目は小学生で、そんな姿でブレザーを着ていれば、着せられてるという感じが強く出てしまう。それをオブラートに包んだつもりが、間違った方向にアプローチをして全て台無しにさせ、結果相手を不機嫌にさせてしまったのだ。それは少女自身も短所だと分かっているが、直そうと思っていても人は簡単には変われないということなのだろう。
「…コホン。アンタはやるわけじゃないけど、分かってた方がいいからとりあえず、流れを説明する。ストーリアの世界に来たらまずやること、それは端末に触れて“情報”を得ること」
「情報収集、ってこと……?」
「そ。主人公のこと、この世界のこと。例えば今回のことで言うと……、世界の常識はアンタのところと一緒だね。“主人公”は中学生の木々野浪樹という少年。彼は受験を控えていて、そこの図書館によく勉強に来る。行き詰まったり考え事する時は木の近くのベンチを利用する…ってところかな」
「今の短時間で、そんなことまで分かるんだ!すごいっ!!」
「…あのね、このくらい普通だから。アンタも慣れればできるようになるよ」
リオは顔色一つ変えず話を続ける。
「近くに主人公がいるはずだから、歩いて探そう。…って、どこ行く気?」
「えっ?木々野くん探すんでしょ?だからわたしはあっちを……」
「アンタと別行動とか怖いんだけど…。一緒に探すの」
「えぇ〜〜…」
今までの案件から信用度のないユキは、服を掴まれ引きずられるように連れて行かれた。それは散歩を嫌がる犬のような姿であった。
「ねぇ、そう言えば木々野くんってどうやってみつけるの?」
「近くに行けば何か感じるよ」
「…急にすんごいフワッとした説明になった。なんか今までいい感じの設定だったのに、急にクオリティが落ちた気がするんだけど。そんなこと言われても分かるわけ………っ!」
分かるわけないじゃないと言おうとした時、ふと何かを感じ取る。その何かを明確に表現することはできないが、磁石のS極とN極のように引かれ合うような感覚が近いのかもしれない。
「リオくん、あそこのベンチの人…じゃないかな?」
ユキはベンチに座って本を読んでいる人物を指差し、リオは少女に言われた通りベンチに座った人を見た。今日初めてのユキには分からないが長年この仕事をしているリオだからこそすぐに分かる。
———彼はこのストーリアの“主人公”だ、と。
「…確かにあんたの言う通り、あの少年が主人公みたいだね」
「主人公をみつけたけど…、次はどうするの?」
「バレないように透明化の魔法をかけて近くに行く。新しい情報が入るかも」
「なるほど。よしっ、行こう!」
走り出そうとしたユキの袖はリオによってグイッと掴まれ、元いた場所に戻される。掴まれたままで動けずにいるユキは行かないのかと言いたげな目でリオを見つめ、首を傾げる。
「自分のことなのに分からないの?透明化は姿形は隠せても、音までは隠せないんだよ」
ますます訳が分からないと言ったふうにユキは眉を顰める。
「何が言いたいかって、オレはこの後に起きるであろう展開が読めるよって話。何かのタイミングで枝を踏んだり物陰に隠れてるつもりがその物に当たったりとかして対象に気づかれて不審がられる…っていう」
「…なるほど。やりかねないですね、認めます」
「だから“隠密”の魔法をかけようと思う。そうすれば多少のことは誤魔化せるから」
リオが指をパチンと鳴らすと、すぐに自分たちの姿が透けていった。お互い認識できなくなるのではと少し心配していたユキだったが、この隠密の魔法は優秀なのか、かけられた者同士もしっかりと認識できていた。
まだ掴まれたままの袖をグイッと引っ張られ、ユキはまた引きずられるように移動させられ、二人仲良くベンチの後ろにある草むらに隠れた。
「なかなか勉強に集中できないくて、また来ちゃったよ。寒いんだけど、ここにいると元気が出る気がするんだ」
そう独り言を呟いたのは勿論木々野少年である。呟きに近いその声で誰かと会話をする。しかし待っていても一向に相手からの返事はない。それもそのはず周りには人の影、気配すらもなかったのだから。
「…さて、そろそろ僕は帰るよ。また来るね“葉桜”」
少年は手に持っていた本をパタンと閉じるとベンチから立ち上がり帰っていく。少年が遠くなったことを確認すると、リオは隠密の魔法を解いた。
「…なるほど。ここで話が進まないってことか。さて、どーしようかな。…とりあえず建物は調べてないし、入ってみるか」
「図書館に入るのっ?本の中の本とか気になる!」
ユキはキラキラした目でリオを見つめた。ユキの体はとても正直で、その足は走り出したい衝動を何とか抑え、その場で落ち着きなく足踏みしていた。そのアホらしい姿に溜め息を吐きながら、リオはユキを連れて図書館の中へと入っていた。




