三話
いつの間にか眠ってしまったのかユキが目を覚ますと、朝になっていた。いつ布団に入ったのか記憶のなかったユキはベッドから上半身を起こし服装を確認した。昨夜リオが来た時に来ていた部屋着ではなくパジャマを着ているのを見て、昨日はお風呂に入ってから寝たのだと認識する。
「…疲れてると記憶ってなくなるのかな」
元々自分の記憶力に自信がないユキは少しの疑問を感じながら、あははと苦笑いを浮かべた。
空気を読まないお腹はぐーと音を鳴らし、空腹を知らせる。しかし家族は仕事から帰って来ていないのか家の中は静寂に包まれていた。その状況に面倒だと思いつつも食事を作りに階段を降りる。
朝は特に凝ったものを食べたいわけではないユキは、トーストやフレークや納豆ご飯のような簡単なもので済ますことが多いのか、慣れた動きで朝食の準備をしていく。
「いただきますっ」
パチンと両手を合わせてからトーストをかじる。テレビをつけるが時間帯的にニュースくらいしかやっておらず、時折物騒な事件が報道され、見るというよりは流している感覚に近かった。
自身の欲求に従い、さっと朝食を済ませたはいいが、何も予定がない暇人なユキは何をしようかと頭を抱えた。そんな時ふと掃除機が目に入り、掃除でもしようかと体を動かしたが、そんなに汚れている箇所もない家はすぐに片付け終わってしまった。次にリビングのソファに寝転がり雑誌を読むもまた飽きてしまい、ぱたりと本を閉じた。
「…仕方ない、課題でもやろうかな」
何をやってもしっくり来ないユキは、あまり気は進まないが課題に取り掛かることにした。然程難しくもないのにやる気の問題でなかなか進まず、気分転換という口実でお菓子を口に運ぶ。甘さが口の中に広がり、萎えていた気持ちが僅かに回復する。それと同時に課題の中に挟まっていたプリントの進路という言葉をみつけて、ユキはまたテンションが下げた。
「進路、かぁ……。特に何かなりたいものがあるわけじゃないし、やりたいこともないし…。どこ行くかは別として、進学だよねぇ…やっぱり」
ギコギコと音をさせて椅子を揺らし、暇を持て余す。昨日までの出来事が刺激的すぎて、その落差で何に対しても物足りなさを感じてしまっているのだ。
「…よしっ、こんな時は…おじさんの店だ!………って思って来ちゃった!」
「…宿題いいのかよ。てかこんな時も何もほぼ毎日来てるじゃねーか」
宿題を放り投げて叔父/望の店に来るユキを、望は呆れた顔で見つめた。
「俺ぁ別にいいんだけどよ、その、お前の将来が心配、ってゆーかな…」
「大丈夫!適当に進学しようと思ってるから!」
「何も大丈夫じゃねぇーよ!てか適当にってお前、通知表に“ニ”があったじゃねぇーか!適当も何も行けるところがあるかもわかんねぇーよ!」
あまり深く考えていないユキに対して冗談のような返し方だが、望は内心かなり心配をしているのか「本当に大丈夫か?」と何回も聞き返した。しかし娘ではないユキのことにどこまで踏み込んでいいのか、言っていいのかが分からず、毎回コントのようなやり取りが続いてしまっていた。望は“親の心子知らずだな”と、ユキを見ながら盛大な溜め息を吐いた。
「本当に大丈夫だって!勉強も少しずつしてるし、なんとかなるよっ。………なんとかならなかったら、ここで働くね!」
「なんだそれ。でもそれなら国語と算数は最低でもできるようにしとけよー。あと笑顔か。うちは客商売だからな」
「それなら大丈夫!このキュートな笑顔を見てよ!」
にこっとスマイルをするユキを、カウンター越しに見た望は「…キュート?」と眉を顰めた。
「おじさん何か言いたそうだね」
「分かるか?」
「まぁ、それなりのつきあいだし。というか、客商売って言ったけど、お客なんて最近見てな…っいだ!何でゲンコツ!?」
「うっせー。んで今日は何しに来たんだ?」
「〜〜っ。えっと、ゲーム見に来た」
そう言ってユキはいつもの場所へ歩いていく。棚に収納されたものや入りきらなくて段ボールにつめられたままのものなどを順番に見て歩く。いつもは時間をかけて選ぶことが多いが今日は欲しいものがすぐに見つかったのか手に取り、厳選した三つを持ってレジに行く。
「おじさん、これちょーだい!」
ゲームのパッケージを見て望はまたはぁ…と大きな溜め息を吐きながら、バーコードを読み取っていった。
「…お前、ゲームの中じゃなくて外で恋しろよ。俺ぁそっちの将来も心配だ……。そのうち真顔で“なんたら様と結婚するのっ!きゃはっ!”…っとかゲームキャラに熱を上げたらと思うと…」
頭を抱え深刻そうに蹲る望を、ユキは他人事のように見つめながら笑い飛ばす。
「やだなー大丈夫だよー、今のわたしの心の支えはニャンダーラ様だからっ」
「ブッッサ!!なんだそのブッッサイクな名前のキャラクターは!…失礼だけどよ、そのネーミングセンスはやばすぎるだろっ!!」
ユキは返し方を間違えたのか、望を安心させるどころか悩みの種が増やしたという、マイナスの結果を招くこととなった。