其の漆
では、何を探していたのだと問われれば。
男はこう答えたのだという。
女の亡骸を探していたのだ、と。
鷲男いわく、眠る夕顔を盗み出し、彼女を背負って逃げた後のこと。
大貴族の屋敷が集中する区画は、あいにくと検非違使らの夜警が手厚い。
そこで、彼はその区画の周辺を避け、いったんは土地勘のある、五条の方面へと逃げたというのである。
だが、夜警の多い区画を避けた結果の、ある種の必然だとでもいうべきか。
彼の行く手を阻んだのは、例の野盗の一群であったのだそうだ。
当然ながら、野盗たちには女を置いていくようにと要求されたが、鷲男は夕顔を背負ったまま、ほうほうの体で逃げ出したという。
そうして、ひたすら我武者羅に逃げ惑った結果、気づけば貴族の屋敷街へ戻ってきていたのだと、鷲男は供述しているらしい。
無意識にでも、野盗に対抗できうる検非違使のもとへ、駆け込もうとしたのかもしれなかった。
幸いにも、背に負う姫君はまだ眠っている。
もしも検非違使たちに不審がられたとしても、背負っているのは妻か妹だとでも答えよう。
そんなことを考えながら、鷲男はようやく背中の女を振り仰いだ。
すると、どうしたことだろう。
女が、全く息をしていないように思われた。
鷲男はすっかり慌てふためき、大路の往来で、恐る恐る女を地面に下ろしてみたという。すると、どうやら女は右の首元から背にかけて、ばっさりと袈裟懸けに斬られているようだった。逃げる最中、気付かぬうちに野盗から斬りつけられていたのだろうと思われた。
すっかり動転した鷲男は、つい女を置いて逃げてしまった、とのことだった。
だが、冷静になって考えれば、女は本当に死んでいただろうか。
もしもまだ息があったのなら、手当をすれば助かるのではなかろうか。
それに、たとえ本当に死んでいたとしても、せめて弔ってやるべきではないか。
後になってそう考えた鷲男は、女を置いてきてしまったあたりに戻ってきたらしい。だが、探せども探せども、女の姿はどこにもない。
そうして、朝から大路をうろついていたところを、検非違使に捕らえられたというわけだった。
「〝やうやう夜も明けゆくに、見ればて率て来し女もなし。足ずりをして泣けどもかひなし〟だなんてねぇ……」
「結末まで『芥川』に寄らなくてもいいでしょうに……」
脩子と光る君は、互いに苦々しい声色で、そう呟く。
『芥川』では、女の悲鳴は雷雨にかき消されてしまい、男は背後の惨状に気づけなかったとあるけれど。この事件の場合、夕顔は男が飲ませた眠り薬のため、悲鳴を上げることさえ叶わなかったというわけだ。
夜警に当たっていた検非違使たちも、その頃には軒並み廃院の方へと集まっていたわけである。明らかに異状な有りさまの女を背負う不審な男は、誰にも見咎められることがなかったというのも、何とも皮肉な話だった。
夕顔は、まだ生きているのかもしれない。
そう期待していた脩子たちからすれば、何ともやりきれない結末である。
脩子は光る君と顔を見合わせて、そっと静かに目を伏せた。
二人がいるのは、廃院からほど近い大通りだった。
鷲男が、夕顔の身体を置いて逃げてしまったという大路である。
通りに面している屋敷の、立派な門戸の向こうには。精緻に整備された広大な庭園と、不釣り合いにも見える、石造りの窯が見えた。即席の塩釜である。
その向いにあるのは、あいにくと住むものがいなくなったばかりの屋敷だった。
屋敷の主人が、先月に出家してしまったばかりなのだという。
「……ねぇ、ものすごく後味の悪いオチが見えるのだけれど」
「…………奇遇ですね、僕もです」
右大臣邸の門前に置かれた、女の遺体。
それをもしも、右大臣邸の誰かが発見してしまったとしたら。
藻塩焼きでの一件を思えば、そのあとの対応は、手に取るように分かるというものだった。
「たぶん彼女の遺体は、右大臣どのの指示によって、どこかに遺棄されたんでしょうね。……だけどこれじゃあ、罪には問えません」
光る君は、そう苦々しげに顔を歪める。
それはそうだ。右大臣自身が、直々に死体を遺棄したはずもない。
彼はあくまでも、使用人に命じて遺棄させただけに過ぎないのだろう。
遺棄を実行させられた使用人を咎めるのも、不合理な話だ。どうせ、右大臣は知らぬ存ぜぬと白を切り通すのに違いなかった。
本物の夕顔の遺体は、どこぞの野辺に打ち棄てられ、人知れず朽ちていくのだと思えばこそ。脩子は静かに、光る君に問うた。
「ねぇ。せめて、夕顔の遺体のありかを聞き出しつつ、ついでに右大臣にも、多少の罪悪感を植えつけてやるくらいはしようと思うのだけれど……きみも、乗る?」
光る君は、脩子の言葉に少しだけ目を瞠る。
それから彼は小さく苦笑して、脩子の顔を覗き込んだ。
「僕、口ではいつも、色々なことを言いますけど……。いつだって、気にしなくていいんですからね? 宮さまはお心のままに、ご自分の正しいと思うことをなさって下さい。僕も、ちゃんとお供をしますから」
◇◆◇
夕顔の遺体は、京の碁盤の目の外、東山の鳥辺野に遺棄されたのだという。
そのことを聞き出せたのは、その日の子の刻に入った頃合いだった。
光る君は、すぐさま検非違使たちに、遺体の捜索に当たるよう指示を出す。
何ともやるせない幕引きだが、脩子にも、光る君にも、これ以上できることは何も無かった。あとはもう、憐れな遺児のためにも、なるべく早くに本物の遺体が見つかるよう、祈るしかない。
脩子と光る君は、冷え切った体を竦めて合って、ふわりと白い息を吐いた。
二人が行ったことはといえば、本当にたいしたことではなかった。
ただ、夕顔の亡霊を演じて、右大臣邸を出入りする者を、片っ端から脅かして回ったというだけである。
脩子は、淡青色の袿の背に、真っ赤な絵の具をぶちまけて羽織り。
光る君は黒子として、側で黄色い炎が燃える松明を掲げて、人魂を演出しただけだった。要は、塩化ナトリウムを用いた炎色反応の応用である。
だが、これがまぁ効果覿面で。
普通ではあり得ない色をした炎に、彼らはたいそう畏れ慄いた。
その中でも、とりわけ尋常ではない怯え方をした者に「私の体はどこだ」と問うてみれば。遺棄を命じられた使用人は、何ともあっさりと口を割ったというわけだ。
脩子は右大臣へのささやかな置き土産として、使用人にそっと耳打ちした。
「斯様な仕打ちをお命じになったお方を、末代までお怨み参らせましょう。必ずや此の言葉、お伝えくださいますように」と。
それからはもう、右大臣邸では太鼓がドンドコドンドコ、野太い加持祈祷の大合唱である。居もしない亡霊に、せいぜい震え上がっていれば良いと、脩子は思う。
個人的には、いまいち物足りないところだが。
物の怪を心から信じるこの時代の人間たちは、あまりやりすぎると本当にショック死しかねないのである。
人は思い込みで心身を病み、想像力で死んでしまえる生き物だ。この辺りで手打ちとするのが、適当な塩梅なのだろうと思われた。
あまりにも後味の悪すぎる幕引きに、二人は言葉少なに、帰路を歩く。
何だかこのまま一人になるのは躊躇われて、脩子は「ちょっと一杯、付き合ってくれるかな」と光る君を振り仰いだ。
酒は憂いの玉箒といったのは、誰の漢詩だったろうか。
だが、この後味の悪さを呑み下すのにも、冷え切った身体を暖めるのにも、酒は確かにちょうど良かった。
光る君も、そんな脩子の思惑を汲み取ったのだろう。
彼は苦笑して、小さく頷いたのだった。
屋敷に戻れば、すっかりと人も寝静まっている。
二人がいつ戻ってくるかも分からなかったからなのだろう。母屋には夕食を盛った膳が二つ、布をかけられて並んでいた。
掛け布をめくってみれば、小鉢に載っているのは蒸し鮑、鰯の干物、魚の切り身などだ。酒の肴としてもちょうど良かった。
「あ、今夜も雪が降り始めたみたいですよ。雪見酒と洒落込みます?」
「じゃあ火鉢でも用意して、簀子に出よう」
着丈の長い袿姿も、ブランケット代わりにはなるだろう。
脩子は壺装束の腰紐を解いて、裾上げしていた着丈をぱさりと床に落とす。
それから、膳と酒、火鉢や円座などを持って、簀子に出たのだった。
ちらちらと舞い始めた雪の中で、月は煌々と照っている。
冴えた月光に照らされた庭を眺めながら、脩子と光る君は静かに盃を傾けた。
たちこめる清酒の甘やかな香りに、喉から胃の腑に落ちていく、ゆるやかな熱。
冷え切った身体に、酒がじんわりと沁みていく感覚を、脩子は静かに味わう。
やるせなさを呑み下すために、こんな日は、酒の力を借りたっていいだろう。
気心の知れた相手と、酒精でぼやけた頭をゆるく回転させて喋りながら、虚しさを希釈する。それが、この気の鬱ぐ夜をやり過ごすための、最適解のように思われた。
それから、二人はどれくらいの間、盃を傾けていただろうか。
「……私は、妾妻を持つような男を、伴侶とするつもりはないよ」
静かにそう告げれば、光る君は小さく目を瞠り。
それから、彼は簀子に盃をコトリと置くと、肩を竦める。
「えぇ、知ってます」
「それじゃあ、きみは私に、いったい何を求めるって言うのさ」
「それはもちろん、正妻の座を。僕、妾は持たないつもりですから」
「……そんなの、無理だろうに」
この時代、政治と閨事は切っても切り離せない。
多くの家との結びつきを持ち、宮中での顔を広げることは、政治力に直結するのだ。妾妻を持つなというのはすなわち、貴族社会での出世を捨てろと要求するようなものだった。
おまけにいえば、後ろ盾を持たない彼にとって、政争の中での味方づくりさえもを阻害しかねない、かなり無茶な要求でもある。
彼自身、それを分かっていないはずもないだろうに。
言外にそう匂わせながら、脩子は光る君をじっと見つめる。
光る君は困ったように、小さく苦笑したようだった。
「えぇ、だからこそですよ。僕が正妻のほかに、妾を全く作らなかったとしたら、周囲にはどう映ると思います? たぶん、僕には出世の意思がないのだと思われるでしょうね」
光る君は静かにそう言って、再び盃を傾ける。
それから、とろりとした水面に月を落として、ゆらりと揺らしながら呟いた。
「僕はそろそろ、兄上の地位をおびやかす意思はないのだと、右大臣方に示したいとも思っているんですよ。いい加減、命を狙われるのもこりごりですしね」
光る君は盃の月を一呑みに呷ると、ちらりと楽しげに脩子を見た。
「つまり、宮さまに操を立てるついでに、右大臣方へ、僕が政治的脅威たり得ないことも、示せるってわけです。ねぇ、これって結構、一石二鳥だとは思いませんか?」
彼はそう言って、黒曜石みたいな双眸をゆるく撓ませた。
だが、その目に迷いはなく、そこには大真面目な意思だけが浮かんでいる。
「……だけど、私は本邸を追い出されたような皇女だぞ。きみが政争に巻き込まれてしまったなら、後ろ盾としては弱すぎる」
「でも、たとえば僕が、濡れ衣を着せられて流罪にでもなろうものなら。検非違使たちはきっと、暴動を起こしてくれますよ。たぶん都は大混乱だろうなぁ」
光る君は冗談めかした物言いで、くつくつと悪戯っぽく笑う。
「『家』としての後ろ盾は弱くても、そういう基盤を僕に築かせてくれたのは、他ならぬあなただ。そうでしょう?」
光る君はそう言うと、柔らかく目を細めて微笑んでみせる。
「立身出世なら、他家との結びつきなんかに頼らずに、自分の身ひとつでやってみせます。そりゃあ、あなたが僕に、太政大臣の位を望むっていうのなら、難しいかもしれないけれど……。身に余る栄華なんて望まずに、慎ましく暮らしていく分には、十分だと思いませんか?」
脩子はといえば、問いかけの文末には答えずに、ただ静かに盃を呷るばかりだ。
白い吐息がふわりと広がり、夜の闇に消えていく。
光る君もまた、視線を庭へと戻して、しんしんと降る雪を眺めたようだった。
しばらくの沈黙ののち、光る君は再び口を開く。
訥々としたその口調は、まるで独り言のようだった。
「……人というのは思いの外、簡単に人を殺そうと考えるみたいだ。あなたと出会って、色々な事件に関わっていくうちに、僕はそれをたくさん見てきました」
立身出世のため、財を得るため、嫉妬や復讐といった、愛憎のため。
あるいはもっと、別の理由のために──。
彼はどこか遠くを見るような眼差しで、ぼんやりと庭を眺めながら苦笑する。
その横顔を盗み見ながら、脩子はただ静かに、彼の言葉に耳を傾けていた。
「あなたは昔、『和歌のやり取りをするだけで、どうやって相手の性格や人となりを知れというのか』だなんて言っていたけれど……。今なら少し、分かるような気がするんです。確かに和歌の贈答じゃあ、相手の人格までは推し量れない」
光る君は脩子にちらりと目を遣り、小さく肩を竦める。
「人は存外かんたんに、人を殺めようと志すものだから。だからこそ、碌に素性も知れないような相手と深い仲になるのは、とても恐ろしいことだと思うようになりました」
いざ結婚してみるまで、相手の人柄も分からないなんて、そりゃあ恐ろしいですよね。そう言って、光る君は少しだけ、声を立てて笑う。
それから光る君は、今度は真っ直ぐに脩子を見つめた。
その目には真摯な光が宿っていて、脩子は口を噤むしかない。
「だけど僕は、あなたのことなら、よく知っています。あなたは人を、殺したりしない」
「……そんなこと、分からないじゃないか」
「分かりますよ。あなたは自由奔放に振る舞っているようでいて、本当はとても怖がりで、臆病な人だから」
「臆病……? 誰が?」
思いがけないその言葉に、脩子は心外だと言わんばかりに、片眉を持ち上げる。
だが、光る君はそんな脩子を見ながら、やはり小さく笑って言った。
「僕に言わせれば、あなたほど怖がりで臆病な人を、僕は他に知りませんよ。宮さまはいつだって、考えすぎなほどに考えて、限りなく低い可能性にさえ、怯えている」
光る君の指摘に、脩子は思わず押し黙る。
改めて自分の行動や思考を顧みれば、思い当たる節はいくらでもあったからだ。
脩子はもう、理不尽に命を奪われるのは嫌だった。
物の怪の仕業だといって、真相を有耶無耶にされたくないのは、犯人を野放しにされることが怖いからだ。
転じて、犯人の動機に理解を示したくないと思うのは、犯人に共感できてしまうことが恐ろしいからだった。
もしも、同じ条件・状況下に陥ってしまったのなら。自分も人を殺してしまうかもしれないと考えるのは、とても怖いことだと思うから。
あれは、いつのことだっただろう。
確か、初めて光る君から、事件の話を聞いた時のことだっただろうか。
脩子は本当にふと、何気なく、漠然と思ってしまったのだ。
あぁ、この時代でなら。
完全犯罪も、簡単に実行できるんだろうな、と。
ほんの少しの不可能性や、ちょっとした猟奇性。
それらを演出してみせれば、この社会はすぐに『物の怪のせい』だと解釈してくれるのである。
物の怪というものを信じていないからこそ、脩子の頭の片隅には『物の怪を利用する』という選択肢が、どうしたって存在する。そして、義務教育の範囲で学ぶような理科の知識でさえ、物の怪を演出することは容易いのだ。
もしもそんな人間が、ある時ふと、誰かに殺意を抱いてしまったとして。
事件を物の怪の仕業に見せかけることが出来たなら、真相は完全に、有耶無耶になってしまうというのである。
監視カメラも、DNA鑑定や指紋採取の技術も存在しない、この時代において。それはひどく簡単なことのように、脩子には思えてしまったのだ。
その考えに思い至った時、脩子は心の底からゾッとしたのを覚えている。
罪を暴いてくれる人間が、存在しないということ。
抑止力となりうるものが、己の倫理観だけであるということ。
脩子にはそれが、途轍もなく恐ろしいことに思えてしまったのだ。
光る君は、そんな脩子の内心を見透かしたような顔で、小首を傾げて微笑んだ。
「僕からすれば、宮さまの憂いごとなんて、ぜんぶ杞憂だと思うんですけどね」
「……どうして、そんなことが言い切れるのさ」
「そりゃあ、あなたが僕を、自身の番人としたからです。あなたは僕に、根拠や理屈をもって、思考を組み立てる術を教えた。僕にものの考え方を教えて、自分と同じ思考が出来る人間を、抑止力として育てたんだ」
もしもの可能性にさえ怯えて、無意識にそんな予防策を講じるような人が、人を殺したりなんてしませんよ。
光る君はそう言って、しょうがない人だなとでも言いたげに、苦笑してみせる。
「あなたはきっと、自分で思っているよりも善良な人ですよ。もう何年も側で見てきたんだ、それは僕が保証します」
脩子はといえば、口をへの字に曲げて、黙り込むばかりである。
彼は、まるで聞き分けのない子どもを諭すように、殊更にゆっくりと言葉を紡いだ。
「だけどあなたが、それでもまだ不安だっていうのなら──これから先もずっと、あなたの番人を、隣に置き続ければいいじゃないですか。ねぇ宮さま、そうは思いませんか?」
茶化すような口調とは裏腹に、光る君の黒目がちの双眸は、真っ直ぐに脩子を見据えている。その眼差しは、たとえ何度断られたとしても、絶対に逃すつもりはないぞとでも言いたげだった。
その癖、自分を売り込む論理自体は筋の通ったものだから、何ともタチが悪いなと脩子は思う。
「ちょこ才な……」
「なんとでも。あなたが僕に、自分への抑止力となるよう望んだんです。きっと三途の川を渡り切るその時まで、僕はその任を全うしてみせますよ?」
脩子は光る君のその台詞に、降参だとばかりに嘆息する。
「三途の川、ね……。それって、もしかしなくても、そういう意味?」
「えぇ、まぁ。僕は宮さまと違って、無自覚に思わせぶりなことは言いません。それに、露骨すぎるくらいあけすけに言わないと、あなたには全く伝わらないみたいなので」
「……さてはきみ、結構いろいろなことを、根に持っているな?」
「いえ、それほどでも? 今まで随分と振り回されてきたなぁ、なんて、これっぽっちも思ってませんから」
光る君はそう言って、にっこりと笑う。
だが、その目はちょっと笑ってはいなかった。
脩子はといえば、素面でやっていられるかとばかりに、盃に残った酒を一気に呷る。酒精で思考をぼやかして、この居た堪れない空気をどうにかしたかったのだ。
その顔のほてりは、羞恥か酔いか。
そこから先はもう、なすがまま、流されるままだった。
【3章 7/7】
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