其の壱
謎を解くのは、藤壺の宮── !?
平安時代に転生したと思ったら、そこはなんと『源氏物語』の世界。
奇妙な殺人事件の数々に、令和の大学院生と光源氏が挑む !!
死んだと思ったら、産まれていた。
ちょっと何を言っているのか分からないかもしれないが、あいにくと脩子にだって分かってはいなかった。
何しろ、大学に向かう途上でトラックにはねられたと思ったら、羊水やら血にまみれて産婆に抱き上げられていたのである。全くもって意味が分からない。
「いや、何故に……?」
そう声に出したはずの言葉は、残念ながら意味のある言葉の形をしていなかった。
ただ「おぎゃあ」と泣いただけである。どうやら脩子は、記憶をリセットされぬままに、輪廻転生の輪に乗っかってしまったらしい。
さて、この記憶を持ったままの転生に、正気に戻った瞬間はもちろん困惑した。
だが、やがてすぐに、これはこれで楽しいのではと思い直すことにしたのだ。
何しろ、二度目の人生だ。
人生二周目だと開き直れば、どうにかこうにか乗り切れるに違いない──というよりも、そうやって割り切るほかに、道がなかったという方が正しいか。
寝ても覚めても、覚めても寝ても、時間はいたずらに過ぎていくばかりで。
そのくせ自分の身体はといえば、少しずつ、だが着実に育っていくのだ。
五感で感じられる全てのものに、何故だか確かな質感があり、いつまでも夢や幻のことだと思ってはいられなかったのである。
加えて「あの損傷じゃあ、どう足掻いても助からなかっただろうしなぁ」と、自分の前世に見切りをつけることが出来たのも大きかったのだろう。
脩子の生還は、きっとエビの煎餅がエビに戻るのと同じくらい、絶望的だったに違いない。それくらい、色々な部位がひしゃげてしまった自覚はあったのだ。
前世に未練はそれなりにあるけれど、死んじゃったものは、どうしようもない。
ふたたび五体満足の身を得られただけで、御の字というやつだろう。
そう、自分に言い聞かせるしかなかったのだ。
何はともあれ、かくして脩子の二度目の人生は、始まったのだった。
さて、いったん腹を括ってしまえば、さっそく情報収集である。
赤子のぼんやりとした視界の中で、脩子は忙しなく動く人間たちをつぶさに観察し、周囲の会話に耳を研ぎ澄ませた。そうして分かったことは、まずひとつ。
どうやら脩子は、令和から先の未来にではなく、令和から過去の世へと転生したらしいのだ。二度目の人生の舞台は、なんと平安時代の中期頃であるようだった。
さすがの脩子も、これには頭を抱えてしまう。
何故なら脩子は、令和の世を生きる大学院生だった。しかも専攻・専修は『日本古典文学』だ。人より幾分かは、この時代に関する知識があるのである。
平安時代はといえば、令和の世から遡って、およそ千年も昔のこと。
桓武天皇の平安京遷都から数えて、約四百年ものあいだ続く、日本の歴史区分上もっとも長い時代である。
平安前期に遣唐使を廃止したことにより、中期には国風文化が花ひらく、この時代。日本は大陸文化の模倣を辞めたことにより、独自の王朝文化を爛熟させていくことになる。それがこの、平安中期の頃だった。
紫式部や清少納言らによる女流文学が、後世に大きな影響を与えた時代でもある。
平安時代と聞いて、まず一番に想像するのは、典雅で華やかな風景だろうか。
寝殿造の広大な邸宅。その階の左右には、紅梅や白梅が植えられていて、そこはかとなくふわりと香る。
屋敷の南面には大きな池が広がり、中島へと架かる赤い欄干の反り橋は、鏡写しのような水面に鮮やかな彩りを添える。
静かに揺れるさざ波の上には、竜頭鷁首の舟が浮かんでいて。舟の上では十二単姿の女性や狩衣姿の男性たちが、管弦の調べに戯れる。
その景色はまさに、絢爛豪華。時間の流れはゆったりとしていて、季節の移ろいを優雅に楽しむような、そんな時代──というのも、あながち間違ってはいないのだろう。一側面としては。
けれども、残念ながら。
脩子は人よりちょっとばかしこの時代について詳しいからこそ、知っているのだ。
平安時代は、決して優雅で華やかなだけの時代ではなかった。
何しろ中世以前、古代の末期という、公衆衛生という概念がこれっぽっちも存在しなかった時代である。
貴族は基本、毎日風呂には入らないし、体臭ケアはお香任せ。
庶民にトイレという概念はほとんどなく、糞尿は路傍に垂れ流しだ。
おまけに民草は、死体を火葬や土葬に付す余裕もないので、庶民の埋葬方法は風葬──野晒しが基本だった。つまりは、鳥や野犬が啄み喰らってくれるのを待つスタイル。
『本朝世紀』や『日本紀略』によれば、
〝死亡した者は多く京中の路頭に満ち、往還の人びとは鼻を掩って通り過ぎた〟
〝鳥犬は食に飽き、骸骨は巷を塞いだ〟という。
そんな衛生環境の中で、人が健やかに生活できるはずもない。
都では毎年のように疫病が流行し、ひとたび罹患してしまえば、あとはもう加持祈祷によって平癒を祈るばかり。
鴨川はしょっちゅう氾濫するし、飢饉だって頻繁に起こる。
文明に甘やかされた現代人にとっては、甚だハードモードな時代なのだ。
さてもさても、とんでもない時代に生まれてしまったものである。
ここが平安時代であると気づいた時の、脩子の絶望たるや。
「せめて、貴人の生まれであってくれよ」と願ったことは、言うまでもない。
さて、祈るような思いで、さらに情報収集に明け暮れた、その結果はといえば。
ようやく分かったのは、自分が想像以上にやんごとない身分であるということだった。
なんと脩子は、先の帝の后腹(つまりは皇后所生)の女四の宮──要するに先帝の第四皇女として生まれたようなのだ。
「セーフ! 超セーフ!」と、脩子はおくるみの中で、ガッツポーズを決め込んだ。
何しろ貴人どころか、貴人の中の貴人である。
これならば、少なくとも飢えとは縁遠くいられるし、自分で身綺麗を心がけてさえいれば、衛生的にもまだマシな環境で生きることが出来る。
(悲しきかな。貴族でも疫病にはそれなりに罹るし、割とぽっくり身罷るのは百も承知であるけれど……)
何はともあれ、腐乱死体と隣り合わせの生活を送らずに済むのであれば、それだけでも上々だと脩子は開き直った。
こんな時代を実際に生きるのは不安極まりないけれど、それさえ除けば、自分が研究していた古典文学の世界である。
好きでなければ、そもそも研究などしない。
かくして、脩子はこの第二の人生を、それなりに謳歌することに決めたのだった。
◆◇◆
さて、時は流れ、脩子は十五歳になった。
ちなみに数え年だとややこしいので、実年齢である。
日がな一日、物語ものを読み耽っては、時たま漢籍や漢詩文なども読んでみたりして、老齢のお付きの女房(名を王の命婦という)にガミガミと叱られる。そんな日々だ。
その日も脩子は脇息に肘をついて、漢字の羅列を目で追いつつ、王の命婦のお小言を右から左に聞き流していた。
「宮さま、また漢籍などを読んで! 女君がそんなものを読んではなりませんと、何度も何度も申し上げておりますのに!」
「命婦、煩い」
にべもなくそう返して、脩子はぺらりと和綴じの冊子の頁をめくる。
すると、王の命婦は目を三角に吊り上げて、さらにくどくどと説教を垂れ始めた。
曰く「漢籍など、殿方の読み物ですよ」とのことである。
そりゃあそうだろう、知っている。
この時代、漢字は基本的に、男が読むものだ。
けれど、ぐにゃぐにゃとした崩し仮名によって綴られた物語ものよりも、崩されていない漢文の方が読みやすいのだから、仕方がない。
レ点や一・二点のない白文であったとしても、崩し字でないだけよっぽどマシなのだ。目が疲れている時などは、ついつい漢文の方に手を伸ばしてしまうのである。
ちなみに、脩子が仮名文字や漢文を読むことが出来るのは、前世、大学で古典文学を専攻していたがゆえのことだった。
脩子の通う学科では『古文書学』なる科目が、卒業必修単位のうちの一つだったのだ。
脩子はぼんやりと、自分がまだ学部生だった頃を思い出す。
かつては、毎授業ごとに崩し仮名の長文を与えられ、それを判読して現代語に訳すまでが課題だったのだ。
そして翌週の授業では、高校英語のリーディング授業よろしく、ランダムに生徒が指名されては、判読文と現代語訳を発表させられるのである。
どこを当てられるかも分からないので、当然ながら、課題をサボることも難しい。なかなかに面倒な授業だった。
ちなみに『古文書学Ⅱ』の、漢文版も然りだ。何故なら古代の公式文書は、すべて漢文の白文だからである。おまけに、男性貴族の日記だって漢文なのだ。当時の社会情勢を知る上で、漢文を避けては通れない。
まだ学部生だった頃は、崩し字の用例辞典や漢和辞典などを片手に、必死で課題をこなしていたものだ。
懐かしいなぁと遠い目をしていれば、ついに王の命婦が業を煮やしたらしい。
手元の漢詩籍は、あっという間に奪われてしまう。
「あっ、こら。まだ読み終わっていないのに」
「こんなものを読んでいないで、姫君としての教養を、わずかなりともお磨きくださいませ! 塵芥のような、なけなしの素養も、磨かぬよりはましでございます」
「……塵芥は余計だ」
読み物を奪われてしまえば、このバリエーションに欠ける小言を聞き流すのも、いよいよ面倒になる。脩子は唇を尖らせて、ようやく王の命婦の方を見遣った。
歳の頃は、五十を過ぎて、幾ばくか。白いものの混じる髪である割に、まだまだ現役。初老ながらに矍鑠とした、脩子のばぁやである。
松の襲の十二単を品よく身にまとった王の命婦は、脩子が生まれて以来の長い付き合いだ。
彼女は多彩な五衣がのぞく袖を目元に押し当てて、よよよと泣き真似をしながらに、白々しく言う。
「あぁ、嘆かわしいこと。宮さまがこのような有様では、わたくしは一体、いつになったら隠居をすることが出来るのか……この命婦、死んでも死にきれませぬ」
「では命婦は、この私のおかげで生き長らえていることになるな? ほら、もっと私に感謝してくれてもいいくらいだ」
「全く、ああ言えばこう言う……。この分では、命婦はウン百歳を超える物の怪にでも、なってしまいそうですよ」
雑な返答を返せば、命婦も一瞬で嘘泣きを引っ込めて、けろりと皮肉を言ってのける。互いに気心の知れた仲であるし、このお小言も、それに対するぞんざいな返答も、ある種の様式美、日常的な茶番だった。
命婦とて、今さら脩子の性格が根底から覆るとも思っていないのだろう。
それに脩子だって、現代の価値基準をそう易々とは捨てられない。
王の命婦が言うところの、姫君としての教養──つまりは楽器や和歌の素養を伸ばすことに、脩子は欠片だって興味や意義を見出せないのだから、仕方がない。
ちなみに脩子の、何だか尊大なような、横柄なような、何とも奇妙なこの口調。
これは、王の命婦による『高貴な身分に相応しい言葉遣い』教育と、脩子の現代感覚が拮抗した結果の、化学変化の成れの果てだった。
脩子自身「どうしてこうなった」と思っているし、命婦だって「どうしてこうなった」と思っていることだろうが、今やすっかり定着してしまって、変えようがない。
「はぁ……外側ばかり美しく育っても、肝心の中身がこれでは、困りものですよ」
「……美しい、ねぇ」
「えぇ、非っ常に残念なことに。宮さまの見目だけは、たいそう麗しゅうございますよ。えぇ、見目だけは」
そう言ってあからさまに嘆息する命婦をよそに、脩子は文机の上に置きっぱなしになっていた鏡に視線を落とした。
ぱっちりとした二重の瞳に、それを縁取る長い睫毛、すっと通った鼻筋。形のよい唇は淡く色付いて、肌の自然な白さを引き立てている。
そこに映っているのは、確かにかなりの美少女ではあった。脩子も我ながら、文句なしに美人だと思える容姿である。
だが、それはあくまでも『現代基準での』という注釈が付くものだ。
「……妙なことも、あるものね」
平安時代の美人の基準は、しもぶくれ、細い目、太い眉毛、おちょぼ口、尖った小さな鼻。いわゆる〝ふっくらとしたオカメ顔〟ではなかったろうか。
それなのに、何故か脩子の容姿は、一般に褒めそやされる部類のものであるらしいのである。何とも奇妙な話だった。
だが、よくよく考えてみれば、鏡を覗き込む度にげんなりするのも嫌な話だ。
ならば、深く考えることは止めて、鑑賞に努める方が建設的だろう。
そう、脩子はあっさりと思考を放棄した。面倒くさくなったともいう。
鏡を見るたびに自己肯定感がぶち上がる、エコな身体に感謝である。
鏡を覗き込んで、一人にまにまと笑っていれば、王の命婦がぴしゃりと言う。
「これ、気色の悪い顔で笑わない」
「こんな、花も恥じらう美少女を相手に気色が悪いとは、失礼な言い草だ」
憮然として言い返せば、王の命婦は実に憐れなものを見るような目で、深々とため息をついた。
「あなたさまは、蟷螂が擬態して羽虫とかを捕まえる方の花でしょうに。あぁ、いえ、間違えました。宮さまには、花に擬態する能もないのでございましたねぇ」
ああ言えばこう言うのは一体どちらだと、脩子はむっすりと黙り込む。
そんな脩子を気に留めることもなく、王の命婦はとっ散らかった書物をてきぱきと片付け始めた。
命婦はこちらに目線をくれることもなく、ぼそりと呟く。
「この宮さまには、とうてい帝のお后さまなど務まりますまいに……。命婦は心配でございますよ」
「ふん、そんなもの。ならないのだから、何も問題はない」
「……お言葉ではございますが。本日もお文が届いておりますよ。もちろん今上帝からでございます」
これには、脩子の顔がくしゃっと歪む。
「また!? 本当にしつこいな!? 昨日も『NO』を叩き返したばかりだぞ!?」
「のお?」
「否、却下、断る、だ!」
実際には、それを非常にやんわりと、婉曲な表現に変換されているのであろうが。
何しろ、脩子が直接筆を取ろうとすると、部屋付きの女房たちが総出で止めるのだ。昨日返した文だって、羽交い締めで止められてしまったくらいである。
「後生ですから、どうかお止めくださいませ……!」と、泣き崩れる女房だっていたほどだ。そういうこともあって、脩子からの返信は、いつも女房たちの代筆によるものだった。
だが、それにしても、である。
女房たちが代筆した文も、決して色よい返事ではなかったにも関わらず、昨日の今日でまた返歌とは。帝も大概に粘着質だと言えた。
普通、数日空けてクールダウンを図るものではなかろうか。
「いっそ、鳥黐帝と呼んでやろうかな。ねぇ命婦、ぴったりだとは思わない?」
「……宮さま、お言葉が過ぎますよ」
そうは言うが、この時代。
〇〇帝、〇〇天皇といった正式な呼び名は諡といって、亡くなった後に贈られるもの。生きている間の呼び名など、ひどく曖昧なものだ。
たとえば『源氏物語』に出てくる桐壺帝などは、桐壺の更衣を偏愛したからこそ、仮にそう呼ばれる。
だが、これはあくまでも、後世の読者が登場人物を識別しやすくするために付けた、便宜上の呼び名だった。何しろ作中において、彼には帝位を示す表現以外に、固有名の記載が一切ないのである。
基本的に、当代の帝は『帝』と称することで、事足りてしまうからだ。
どうせ死後に正式な諡号が贈られるのなら、存命中、私的にどう呼称したところで問題はなかろうに。
そう思って口を尖らせれば、命婦はすかさず嗜めてくる。
「不敬でございますよ、宮さま」
「何が不敬なものか。一度ひっついたトリモチのように、末長ぁーく延びる治世を願っての呼び名だぞ。ほら、縁起だっていい」
「……これ、宮さま」
「鳥黐帝、鳥黐帝。うん、語感もいい。そう思わない?」
「まだおっしゃいますか! もしも母屋まで聞こえてしまったら、どうするのです。たった今、件の帝が、院の元を訪れておいででございますのに……!」
王の命婦は焦ったように、声を潜めてきょろきょろと辺りを見回す。
だが、脩子はといえば「そういえば、そうだった」と欠伸を零すばかりだった。
「どうしてだか、来てるらしいよねー、その鳥黐帝が」
聞けば、院(つまりは先の帝、脩子の父だ)と今上帝は従兄弟にあたり、それなりに交流があるらしい。
そこで、今上帝はどこぞへの御幸の帰りに、ふらりと知己の屋敷へ立ち寄ってみたというのである。
ここでいうところの帝の知己とは、すなわち脩子の父である先帝のこと。
つまりは今、同じ敷地内に、鳥黐帝その人がいるというわけだった。
だが、脩子はやはり脇息に頬杖をつき、ひょいと肩を竦めて片眉を上げた。
「まさか、聞こえるわけがない。だってここは、屋敷の最奥だもの」
何しろ、脩子が生活するのは、広大な邸宅の奥の奥にして、端も端。
邸宅の主人の居住空間である母屋と、渡殿という渡り廊下で繋がれた、複数の対屋(要するに離れである)などで構成される、寝殿造の広大な邸宅。
帝が訪れているのは、当然ながらに正殿である母屋の方だ。
一方、脩子に与えられた居住空間は、東の対屋よりも北の対屋よりもさらに奥まったところに、ひっそりとあった。
およそ、一般的な姫君の感性をしていない脩子に対する、ある種の隔離措置といえる。
とはいえ脩子としても、現状の待遇に不満はなかった。
他の兄弟姉妹たちに悪影響を与えさせまいとする親心は、脩子にも理解できるものだからだ。
姉妹たちの婚活に差し障るということで、そろそろ屋敷から追い出されそうな予感もしているところだが、脩子はそれはそれで構わないと考えていた。
何しろこの時代の結婚は、男が女の家に通う『通い婚』が基本である。
(平安時代の基準における)奇行の絶えない姉妹が同じ敷地内に住んでいるというのは、どう考えても外聞が悪い。
むしろ脩子は、早々に追い出してくれていいのにな、とまで思っているくらいだった。──はてさて、閑話休題。
とにかく、脩子が屋敷の隅っこで、いくら「鳥黐帝、鳥黐帝」と連呼しようとも、幾つもの対屋を越えた、母屋の方まで聞こえるはずもないのである。
これには命婦も押し黙るしかないようで、脩子はふん、と鼻を鳴らした。
「……だいたい、私に入内を望む理由というものが、そもそも気に食わないんだ」
入内──それは即ち、後宮入りのこと。
脩子はお世辞にも、この時代における真っ当な姫君とはいえない。
当然、宮仕えなど不可能だと思っているし、するつもりも毛頭ない。
だが、それはそれとして。
そもそもの大前提である、脩子に入内を望む動機というものが、何とも気に食わないものなのだ。
何故なら鳥黐帝は、『源氏物語』に出てくる桐壺帝よろしく、「今は亡き最愛の女性と、脩子の容姿が瓜二つらしいと噂で聞いたから」などという理由によって、脩子の入内を熱烈に望んでいるというのである。
本人は「確実に寵愛してあげるよ、だから安心して入内しておいで」とでも言っているつもりなのかもしれないが。現代感覚からすると「いや、少しは包み隠そう?」と思わずにはいられない。
思いっきり「あなたを故人の身代わりにするつもり満々です」と宣言しているようなものではないか。
「その点に引っかかっておられるのは、おそらく宮さまだけでございましょうに」
「……そう、なんだろうな。頭じゃ、分かっているんだけれど」
脩子だって、古典文学を専攻していたのだ。理性では分かっている。
身代わりを愛することは、この時代、さほど珍しいことではないのだろう。
平安中期、紫式部の手によって成立した、古典文学の最高峰──『源氏物語』。
類まれなる美貌と才覚を持った貴公子、光源氏を取り巻く恋と栄華の物語は、別名を『紫のゆかりの物語』という。
ゆかりとは、すなわち縁故。
源氏物語の本質は、形代の愛。身代わりの愛の物語だと言われている。
たとえば桐壺帝は、亡き桐壺の更衣の代わりに藤壺の宮を愛するし、光源氏は初恋の相手である藤壺の宮と結ばれることが叶わないからこそ、彼女の姪である紫の上を愛する。
源氏の没後を描いた『宇治十帖』においても、それは変わらない。
宇治の大君と死別した薫の君は、よく似た面差しの浮舟を愛するのである。
どいつもこいつも、本当に好きな人とは結ばれなかったからこそ、その身代わりになる人を愛してしまう。それが『源氏物語』なのだ。
令和にこんな脚本を書こうものなら、「身代わりにされる子が可哀想だろう!」「彼女たちの人権は!?」と、非難囂々。大炎上するに違いない。
けれど実際には、『源氏物語』は当時の宮廷社会で大絶賛され、大いに流行した。
つまりそれは、この形代の愛が、当時の人々の理解と共感を得られたからに他ならなかった。
おそらくこの時代において、身代わりに誰かを愛することは、倫理的に非難されるようなことではなかったのだろう。
「ま、そんなの関係なく。私に宮仕えなんて確実に無理だから、断るのだけれど」
脩子は脇息を押しのけて、ごろりと褥の上に寝転がった。だらしがないと言われても、知ったことかである。
結局のところ、姫君としての教養をまるで身につけていない脩子には、入内など土台無理な話だ。
ジェネリック何がしの女御だか更衣だかになるつもりもないけれど、そもそもそれ以前の問題なのだ。王の命婦も、しみじみと頷いて言った。
「えぇ、えぇ、それが良うございましょう。この宮さまに宮仕えなど、天地がひっくり返っても無理でございますよ。えぇ、誰の為にもなりませぬ」
「うんうん。そうだろう、そうだろう」
まるで他人事のように相槌を返せば、途端にばぁやの眦が吊り上がる。
「そう思うのであれば、少しはまともな姫君としての振る舞いをですねぇ──」
あぁ、しまった。これではまた、堂々巡りの説教が始まってしまう。
命婦が聞き飽きた説教を再開しようとした、その時だった。
どたばたと慌ただしげな足音が、どこからともなく聞こえてくる。それは次第に大きくなり、こちらへ近づいてくるようだった。
やがて、渡殿に繋がる蔀戸が引き上げられて、一人の女房が慌てたように顔を覗かせて言う。
「も、申し上げます……! 今上が、桐壺帝がっ! こちらへお渡りになるそうでございます……!」
「うげっ」
この時、脩子が最初に思ったことは、まずひとつ。
「鳥黐帝、本っ当に粘着質だなぁ」ということだった。
そして次に「へぇ。現帝は『桐壺帝』という呼称が、一般に浸透しているのか」と、そこまで考えて、脩子はがばりと身を起こす。
それから、王の命婦の袖をがっしりと掴んでがくがくと揺さぶった。
「……ちょっと待って命婦。鳥黐帝って、一般には桐壺帝と呼ばれているということで、合っている?」
主人からの唐突な問いに、命婦は訝しげながらも、当然のように頷いた。
「えぇ、左様でございますよ。宮さまが鳥黐帝、鳥黐帝と連呼する今上帝は、巷では桐壺帝と呼ばれておられますが」
「……それは、どうして? なぜ帝は巷で、桐壺帝と呼ばれているの」
重ねて問えば「どうしてとは、何を今さら……」と、呆れた視線が返ってくる。
「そりゃあ、後宮の桐壺に局を賜った更衣さまを、帝がたいそうご寵愛なさったからでございますよ。生前の頃にも、お亡くなりになった後にも、それはたいそう熱烈に」
何だかいやに、聞き覚えのありすぎるエピソードである。
今までは、自分に似ているという故人にまるで興味が湧かず、深く考えたこともなかったが。もしかせずとも、それは必ずと言っていい程に、高校古文の教科書に載っている話ではなかろうか。
脩子は引き攣りそうになる頬をどうにか堪えて、再び問うた。
「……ねぇ命婦。桐壺の更衣って、どこの誰……?」
すると命婦は思い出すように首を傾げ、ややあってから言った。
「確か、故・按察大納言さまのご息女でしたでしょうか……」と。
あぁ、己の古典文学知識が、今ばかりは恨めしい。
脩子は思わず天井を仰いだ。
「嘘でしょう、あまりにも桐壺の更衣」
「えぇ、ですから桐壺の更衣でございます」
噛み合っているようで、地味に噛み合っていない返答に「違う、そうだけどそうじゃない」と呻いて眉間を揉む。
「あー、その……。もしかしなくても、桐壺の更衣が産んだ子どもって、『この世のものとは思えないほどに、光り輝くように美しい若宮』だったり、する……?」
脩子が恐る恐る、ダメ押しとばかりにそう問えば。
命婦はこれまた呆れたように、大きなため息をついて口を開いた。
「それもまた、随分と今さらの話でございますよ、宮さま。ここ数年ずっと、世間は光る君の話題で持ちきりですのに。世情に疎いにも程があります」
「……わーぉ」
後宮の桐壺に局を与えられた更衣は、故・按察大納言の娘で、若くして亡くなってしまった。その彼女が産んだのは、光り輝くほど美しい若宮で──おまけにその通称は〝光る君〟であるという。
何ということだろう。これではまるで、そっくりそのまま『源氏物語』の世界へ入り込んでしまったようではないか。
あまりにも荒唐無稽な現実に、脩子はくらりと目眩を覚えてしまう。
そうと知ってしまえば、今更ながらに恐ろしいのは、我が身だった。
〝桐壺の更衣に生き写しだという理由で、入内を求められる、先帝の女四の宮〟
正直なところ、認めたくない。
というか、俄かには信じがたいのだが、その立場はもしかしなくとも、非常にまずいのではなかろうか。だってそれは、即ち──。
「私が〝藤壺の宮〟だということに、なってしまうじゃないか……」
(続く)
【序 1/2】