7.道中もレクリエーションのようです。
「へー、レキさんご両親の代わりにとわちゃんの後見人を!」
「そ。この島で暮らしている間の保護者。義理のお兄ちゃんみたいナ?」
「あんまり年が変わらないように見えますけど、学生養うって大変じゃないっすか」
「いやー、それなりに稼げるんで問題ナシ、かな!」
学校から目的地に向かう道すがら、レキはあの二人と私よりも遥かにうまく短時間で打ち解けている。もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな。
「ねえ、それよりサーカスって……」
もちろん一般的なサーカスの意味くらいは知っているが、なぜ急にサーカス鑑賞などという話題がでたのだろうか。それに一応ここは異文化を通り越した異世界だ。私が認識しているそれと別物の可能性もある。
「他のエリアからの出張サーカスががくえん区の近くに来てるっぽくてサ。勉強に丁度良いだろうから実際に見に行こう、って話」
「いいですねー。僕らも勉強させてもらいます! で、内容は。S型、A型?」
「ややS寄りのAっぽいネ。けっこう暴れても良いみたい」
「おおー、いいっすね。そういうの一番好き! 燃えてきちゃうなー」
なにやら専門用語が飛び交っている。私は完全に蚊帳の外の気分だ。
「あのー、お二人さーん。星海さんが話に付いていけなくて置いてけぼり食らってますよー」
と、またもや私の心を代弁するように月夜くんが発言してくれた。本当にいい子だなこの子!
「ごめーん! もっと細かい説明が要らう?」
暁に問われ、私はうんうんと首を縦に振る。
「まず、この島にはいくつかの大きなエリア区分があって、それぞれのエリアテーマに沿ったたくさんのアトラクションやショーが運営されている。OK?」
うん、ごく普通のテーマパークでよく見る様式だ。そこまでは普通に理解できる。
「そういった出し物一つ一つを形成してる集団を『サーカス』と呼ぶんだ。
サーカスの語源は円、すなわちサークル。それこそ1つのエンターテイメントを表現するための部活動やRPGにおけるパーティみたいな集まり、みたいな?」
1つのエンタメを形成する集団の呼称……劇団とか、アトラクションのキャストみたいなイメージだろうか。それならなんとなく理解できる。
「だから我らRP部も立派なサーカスの1つと言える!」
「ちゃんと人に見せられる芸を引っ提げてパビリオンを展開できるならな」
「そ、そんなのすぐだし! 学業の都合とか、色々な準備がもにゃもにゃで、まだ開けないだけで!」
「はいはい。期待しないで待っててやりますよ」
「なんだよ部外者みたいに! 月夜も当然参加なんだから協力しろよな!」
わちゃわちゃとふざけながらやりとりするRP部の二人の姿は、いかにも気心の知れた親友といった雰囲気で、見ていてなんとも可愛いものだ。
「サーカス立ち上げるなら応援しちゃいますヨ。なんならオレも団員立候補しちゃうかも」
「マジで!! 今日一日で同志が二人も増えるとか超心強い!!」
「社交辞令でもあんましそういう事言わない方がいいですよレキさん。こいつ真に受けて果てしなく調子乗りますから」
「ンー、オレはけっこう本気なんだけどナ?」
RP部の二人と楽しそうに会話をしつつも、レキはその合間にもこちらをチラチラと見てくる。「もちろん、アンタもその一員になるんですヨ。当然」という声ならざる圧力が伝わってくる……。
「ま、今日のところはそのためにしっかりお勉強ってコトで。いいカナ?」
「「「はーい」」」
先導するレキの言葉に、一人は無邪気に元気一杯に、残り二人は少々面倒くさそうに。だが息のぴったり合ったタイミングで返事をするのであった。
***
「ハイ、到着~」
そう言ってレキが足を止めたのは、古びた建物の隙間、細い路地の前だった。
一応、通路の入口には四角いゲートめいた金属の枠縁が設置され『みらい区所属サーカス「ニューエイジ」出張パビリオン/演目【鈍色の雨】/プレオープン中』と電光で表示された金属質の看板がぶら下がっているだけだ。
どう見ても人がパフォーマンスできるスペースがあるようには到底見えないが。
暁と月夜はというと、そういう点を特に訝しがる様子も無い。
「うわー、隠れ家って感じ。雰囲気あるね!!」
「わざわざ出張しているわりには地味だな……宣伝効果とかあるのかコレ?」
「雰囲気を重視してこそ、品質の高さが知れ渡るってこともあるさ。口コミで広がることもあるだろうし」
「サーカスとやらは、この先?」
レキにそう訊ねると彼は大きく頷く。
「ン。午前のうちに見つけてネ。本当は別エリアに遠出する予定だったんだけど、手間が省けた」
この先でサーカスが催されているというのがイマイチ信じられず、とりあえず路地の奥を覗いてみようと、枠縁の向こうに顔を出――
「んがっ!」
――そうとしたら、額をしたたか打ちつけてしまった。どうやら見えない壁、というか扉がそこに存在しているらしい。
「ったぁ……」
「オイオイ、タダ見はマナー違反だって。ちょっと待ってなヨ」
と、レキはゲートの縁、丁度ドアノブのような位置にある小さな装置に手をかざした。するとピッ、という短い電子音が4回鳴り、カシャンという涼しげな音を立てて、透明な障壁はひび割れて崩れ去っていった。
どうやら今ので入場料の支払いが完了したらしい。……電子マネーみたいなモノだろうか? レキは特に何かを手に持っているようには見えなかったが、指紋認証などだろうか。だとしたら相当ハイテクだ。
「サ、いきましょーか皆々サマ。覚悟はよろしいカナ?」
「もっちろんだぜー!!」
「さてなにが出てくるやら……ま、最善を尽くしますか」
なにやら彼らのセリフにほんのり不穏なニュアンスを感じなくもないが、すっかり出来上がった仲間の結束感めいた空気から急に離脱できるような度胸も無く。……あったところでレキに言いくるめられるのは目に見えているが。
私は一度大きく深呼吸して覚悟を決めると、すたすたと先を行く三人を追いかけ金属のゲートをくぐった。