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2.アリスは穴に落ちるのがお約束のようです。

 気付けば私は見事に落ちていた。正確にいうと、現在進行形で「落ちている」。


 私の身体が空を切る音が延々とまとわりつく。それに加えてバタバタと羽ばたきにも似たスカートのはためく音が実に五月蝿うるさい。


 本当にどうしてこうなった。

 眠気で落ちたつもりが、こうして物理的に落下しているなんて!!


 どうにか首を巡らせて落下先を覗いても、未だに底が見えない。かれこれ数分はずっと落下し続けている気がする。

 最初にこの事態に気付いた時には、それはもうパニックに陥りながら無様に手足を振りまくってもがいたものだが、今では若干の慣れ、あるいは諦めとも言える境地に至っている。なんなら周りや自分の様子を観察する余裕まで出てきたぞ、はははは。


 私が居る……というか落ちているこの場所は、どうやら井戸のような円筒状の空間で、その壁にはびっしりと本棚が備え付けられているのが見えた。不思議なことに、こうして高速で落下中、まして光源がどこにあるのか判然としないにも関わらず、それはもうハッキリと周囲が目視できていた。……が、どういうわけか壁までの距離感は曖昧だった。手を伸ばせばギリギリ棚の本に届きそうな――あるいはもっと、頑張って宙を泳ぎ着きでもしなければ触れることができないような。

 とはいえ仮にこの落下速度で壁に接近しようものなら思いっきり激突しそうだし、壁面付近への移動を試そうとは思わないが。


 さらに、おかしな点はそれだけではない。

 今の自分の身なりもだいぶ妙だ。寝る直前に着ていた部屋着のスウェットでは無くなっている。なぜかセーラー服だ。こんなの着たのは十数年ぶりだぞ……じゃなくて。そもそも在学中でも着た覚えのないデザインだ。

 着せ替えた? 誰が、何のため? ――いや、そもそも現実離れしすぎたこの状況下では、理論立てて推理することなど不可能なのかもしれない。


 ……ああもう、何も分からない。疑問に困惑にオマケに寝起きのたるさも残ってる。頭の中のもやが何一つ晴れない。いつまでも続く浮遊感もダメ押しとなって、いよいよ気持ち悪くなってきた。物理的に。


「お困りかい、お嬢さん」


 空中での嘔吐などという惨劇を覚悟し始めたころ、突如として声が聞こえてきた。

 相変わらず空気抵抗のもたらすアレコレがやかましい中だというのに、ひどくハッキリとこの耳に届く、聞き覚えのある声。


「こんなところで奇遇ですネ? なんつって!」


 『彼』は、私の目の前に突然現れていた。

 少し伸ばした赤いメッシュ混じりの黒髪を短い三つ編みにして、ジャラジャラと金属パーツを取り付けたパンクファッションめいた派手なデザインの革鎧という、かぶいた身なりの軽装剣士。

 真意の読めない薄ら笑いを浮かべ、狂気と老獪さを湛えた目をしているくせに、どこか脆く不安定な少年の面影が残っているその少年剣士は、間違いなく学生時代に飽きるほど眺めた――というか、直前までスマホの向こうで見ていた姿。


「アル・レキーノ……なの?」

「呼び方はどうぞご自由に。キーノだろうとレキくんだろうと、お好みで」


 待て。公式で出ていたニックネームのキーノはさておき、どうして「レキくん」などという私だけが彼を指すのに使っていた恥ずかしい呼称を知っているんだ。


「……」

「あれェ、いつもみたく呼ばないのォ? フレンドリィに接してくれていいんだゼ? くひひひひ!」


 からかうように笑う彼を、私は何も言わずまじまじと眺めるに留まった。その服の裾や髪は重力と気流に弄ばれ僅かにひらめいてはいるものの、私に比べれば、彼の様子は――その態度も含めて――ひどく落ち着いたものだった。

 なにせ同じく落下しているというのに、ずっと私と目線の合う位置をキープして、まるで安楽椅子に身を預けくつろぐような姿勢で悠々と足を組んでいるのだ。


「さてさてェ、こんな場所でご一緒できたのもナニカの縁。ナニしてほしい? ナニがお望み? 言ってみ?」


 「助けて」と言いたいところだが、よく考えるとこいつの性格的に助けてくれないどころか見せかけの希望を与えた直後に嘲笑いながら絶望に突き落としたうえで惨たらしく殺す、とか大いにあり得るわけで。


「さあさあさあ、どうする不思議の国行くアリスちゃん。それとも『とわ』って呼んで欲しいかナ?」


 男は笑う。私の良く知る酷薄な嘲笑で。


「ガラでもない慈善事業ってワケじゃないゼ? これは取引サ。オレの願いを叶えるために、アンタを助けるワケ」


 それならまあ、納得も……いやそこで油断していいキャラじゃないこいつは。


「取引条件は! あんたの望みってなんなの!」

 私がヤケぎみにそう叫ぶと、ニッと笑って彼は一言。

「遊園地デート、とりあえず一回」


 ……はい?


「そ、それだけ?」

「そっから先はァ、相性とかの話もありますし? ネ?」

 などと恥じらうように(と言っても、表情は相変わらず芝居がかっていて白々しい表情だが)両の人差し指の先をちょんちょんとくっつける仕草をしている。

 いやいやいや、こんなファンタジックな危機的状況で、そんなそこいらにいるナンパ男のような文言が出るか普通!? いやこのキャラなら言いかねないと納得しかけてしまった自分がなんとも腹立たしい。


「どうします? と言ってもォ、オレの力が無きゃいつまで経ってもどこにも行けないと思いますけど」

「マジか」

 墜落死の危険は無いが無限ループという別の恐怖がこの空間に晒されている、と。――いやでも、推しと永劫二人きりで語らえるのであればそれもまた楽園なのでは?

 などという甘酸っぱい乙女思考に浸っていられるならそれはそれで幸せだったのかもしれないが、生憎と今は物理的に酸っぱいモノが込み上げてくるリスクを早急に解消したいという欲求が第一だった。


「ああもうそんな事で助かるならデートだってなんだってしてやるからっ!! ここから今すぐ脱出したい! なるべく無事に!」

「くひひひひひ! 待ってたゼ、その言葉ァ!」


 道化た少年剣士は芝居がかった動作で大仰に両手を広げると、水中のイルカさながらにくるりと優雅にとんぼ返りを披露した。喜びを全身で表現しているのだと思うと不覚にも可愛く見えてくる。


「ほーら受け取りナ、これがアンタにとっての切り札、あるいは魔導書グリモアってところか」


 と、アル・レキーノはズボンのポケットから何か四角いモノを取り出して無造作に投げてよこす。

 まずい、取り損ねたら詰む! と、慌てて手を伸ばしたが、そんな必要など端から無かったようで、最初からそこに行き着くのが当然だったとばかりに『それ』はスッと私の掌に収まった。


「って、これは」

 何の変哲もないスマホじゃないか。しかも私の。友人から「ガチャで出たけど欲しいヤツじゃなかった」と押し付けられたよく知らないキャラトラップが統一感無くいくつかぶら下がっている、少し古い型のスマホ。……間違えようがない。


「これでどうしろと……」

 こいつのことだし、まんまとおちょくられただけなのでは……と思いかけたが、よく見るとスマホ画面には見慣れないゲームらしきモノが映っている。――もしかして寝落ちする直前にインストールした、あのソシャゲか?


「『求めよされば与えられん』……いや『汝の欲するところを行え』カナ? ――これから行くべきその場所を見ろ、認識しろ。そのうえで、自分の手で選び取るんだ」


 相変わらずの薄ら笑いを浮かべながらも、アル・レキーノの声音は至って真面目で不気味なくらいに冷たさを帯びている。そんな彼の声に応えるように、スマホの中ではひとりでにメニューの項目が選択され、次々とゲーム画面が切り替わっていく。


【場所移動】

▶『■■■■■■』


 移動先のリストに表示された唯一の文字列は、バグなのか文字が判別できないほど崩れ、不安定に明滅している。そのリストの隣には一枚の風景画像が――こちらは欠け一つなくハッキリと――表示されていた。

 それは、どこかメルヘンでファンタジーめいた中世ヨーロッパの城と街並み。かと思えば遠くには未来的な金属質のビルが立ち並ぶのが見えるし、街路には一般的な人間からエルフ耳、獣人……果ては良く分からない四足歩行の小動物やロボットまで、とにかく多種多様な存在が闊歩している。


 ……規模も文化も何もかもが混沌と混在している、でたらめで奇妙な景色。なのに「そういうものだ」という不思議な納得を与えつつ好奇心を刺激するような。

 その様はそう、まるで


(……遊園地テーマパーク……)


 その言葉が頭に浮かんだ刹那、画面から放たれたまばゆい閃光に私の視界は真っ白に染まる。そのひたすらに眩い世界の中、私の意識は再び遠い奈落の底へと落ちていた。

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