15.本格洋館脱出ホラゲの様相を呈してきたようです。
アホすぎる。切羽詰まっての半ば本能的行動だったとはいえ、屋敷の住人と接触したくないあまりに脱出口のある可能性が低い上階に行くとか。
そして、その判断は失敗だったということは即座に分かった。
「う、うわぁ……」
思わず声が漏れる。なにせ二階は別世界だった。かなり悪い意味で。
照明は割れ、廊下のところどころが薄暗くなっている。壁には焦げ跡や爪痕が走り、どう見ても生々しい戦闘の跡がそこかしこに残っていた。
その有り様に、あの姉妹が言っていた「別のお客様の接客」とやらに果てしなく嫌な予感がよぎった。弟くんとやらはあんなに普通の大人しそうな学生だったのに、まさかこんな光景を生み出している張本人なんてことは……ありそうで困る。
さて、どうしよう。このままUターンしてもあの姉妹に捕まって何されるか分からないし……となると、どうにか別の下階に降りる手段を見つけて勝手口などから脱出、が現実的か。
二階の窓を割って外へ脱出……は流石に最終手段にしたい。二階から飛び降りる勇気はまだ持てないし、やべー一族の住んでいる家とはいえ、生活感のある他人の家屋を損壊するにはどうにもまだ良識がひっかかる。
そんなわけで、慎重に二階の廊下を進んでいくことにした。幸い、一階のような人死にが出そうなトラップはなさそうだ(それっぽいモノが破壊された痕跡はあるが)。ただ、そう遠くない場所から獣の咆哮が聞こえた気がしたような……空耳だと信じたい。
やがて、
ばったり人間とでくわしてしまった。
「アァ? なんだテメー!?」
「見たところ学生、のようだが」
礼服姿の品のある40代くらいのおじさんと、それより少し年下くらい? のタンクトップでソフトモヒカンで目つきの悪い世紀末感漂うおっさんという、妙な組み合わせのコンビだ。……なんか最近ヒャッハーな兄ちゃんをよく見る気がするなあ。
「おや、こんな屋敷に女学生とは。迷子かね? しかし下で誰とも会わなかったのか?」
「アニキぃ、こんな無害そうなナリしてるけどよ、あいつの増援かもしれねえぜ?」
モヒカンが兄、と呼んでいるわりに二人の外見は似ても似つかないように見えるが。それでも実の血縁なのか、単なる舎弟なのかはたまた「尊敬できる年上」程度のニュアンスなのか。
「ふむ、となれば仕方あるまい。とりあえず一度捕らえて話を――」
「分かったぜアニキ、丁寧にもてなせばいいんだなぁ?」
男二人のあいだでなにやら不穏な会話の流れになった瞬間。ぬ、と男たちの背後に巨大な影が現れた。
それは、分かりやすいくらいのヤバい怪物だった。
通路を塞ぎそうなほどのその巨躯は青白くぬめっており、丸太のような四肢のほかに何対かの皮膜の翼とにゅるりと太く長い首が生えており、その首の先には三日月のように割けた真っ赤な口が開いて、まるでニタリと笑っているようで――
「「「ぎゃああああああ!!!」」」
大絶叫が通路に響き渡る。なぜか男二人も背後の怪物を見て絶叫していたような気がするが、あのモンスターは彼らとは無関係、なのか? などと考えつつも確かめる余裕も無く私の脚は全速力でターンをかまして駆け出していた。
通路を曲がり、そのまま目に入ったドアのノブに手をかけた。奇跡的に鍵がかかっていなかったその部屋に飛び込み、即座に扉を閉める。つまみ式の簡単な鍵が付いていたので後ろ手に閉める徹底っぷりだ。
ふふ、恐怖の限界が来た時ほど即座に動ける自分の才能に感謝したいぜ……!
などと言ってる場合ではない。二人のおっさんにあの白い怪物と、逃げなきゃいけない相手がどんどん増えていく。それに鍵をかけたところで、少なくともあのデカい怪物なら物理的に容易く扉も壁もぶち抜ける可能性がある。なら、せめて外のドタバタした気配が遠のいていくまで、さらに姿を隠しておくべきだ。
これまた幸運なことに、この部屋には人が簡単に入れそうな大きさの両開き扉がある。おおかたクローゼットだろう。
というわけでなるべく音を立てないようにその扉をそっと開けて中を覗く。予想通りのクローゼットではあったが、「人が入れる」なんてレベルじゃない。二、三人は同時に入れそうな余裕の広さ。いわゆるウォークインクローゼットだ。うーん金持ち仕様。
などと感心していると、不意に視界の隅にもぞりと動くモノがあってびくりと身体が跳ねたが、直後、見覚えのあるその姿に恐怖はすぐに霧散した。
――そこにいたのは泣きそうな顔をしてうずくまり、ぷるぷる震えている例の老紳士だった。




