12.その力は、ここではありふれているようです。
「う、うわ……!」
やらかした。
表現領域とやらの展開自体はとてもスムーズだった。足元に自分を小さく取り囲む円形の領域を思い浮かべ、そのエリアにヴィネットを飾るイメージで脳内で草花と小石を置いてみる。すると本当に自分の足元に、道端のようなありふれた野草と小石が投影された。
なるほどこれは簡単だ、と油断したのが運の尽き。
「最低限の課題は達成したし、この暇を利用してちょっと自分の創作ネタのほうを考えておくか」と、いつものように思考を切り替えてしまったのがまずかった。私の脳内整理でこぼれだした空想が、授業内容のそれと交じりあったらしく
――教室の半分ほどが私の領域と化していた。
おぼろげだが、通学路と思しき屋外の景色の中、だいぶ簡略化されているがレキと思しき剣士を模した駒が、とびかかってくる動物……というかモンスターらしきぬいぐるみ相手に大立ち回りを繰り広げるようにぴょんぴょん跳ねまわっている。
アイデアノートの上でぼんやりと考えていた光景が実体になって目の前にあった。
そんな光景の中、しばらくの間羞恥とパニック頭が真っ白になっていたが、駆け寄ってくる先生の姿が見えたので(やばい、元の教室に戻ってくれ……!)と念じると、それらはふっと照明をスイッチを落とすかのように掻き消えた。
周囲のクラスメイトたちがまだざわつく中、先生は大仰に手を叩いていた。
「すごいじゃないか、星海。夢想家志望か?」
「は、はい、まぁ」
レキに半ば強制されているような目標設定ではあるが。
「筋はかなりいい。領域を早く広く展開し、複数の動く物体を"そうぞう"できるのは得難い才能だ」
お、なんかベタ褒めされてる……?
「だが、才能に見合った制御ができなきゃ、その長所は無いのと同じだぞ」
「ですよねー」
「星海以外もよく聞いておけー。
表現領域を適切に扱うには、領域展開中には表現領域以外のことを一切考えない集中状態に入るか、そもそも表現領域用の"そうぞう"を普段の思考と切り離し瞬時に切り替える方法がある。どっちが合ってるかは個々の適性によるから、自分に合った方向性で制御を身に着けること!」
はーい、と生徒たちの返事。
「そもそも出し物の演出面においても見せたいモノと見せたくないモノの切り分けは重要だぞ。『見せたいモノ』だけを見せる工夫を常に意識して訓練をしておくといい」
……表現領域こそファンタジー技術ではあったが、オスカー先生の話は地に足付いた創作論のように思えた。
***
「……という授業内容だったわけですよ」
放課後。私はRP部の部室(と言っていいのか)、屋上へとやってきていた。部の2人はすっかり当然とばかりに私を温かく出迎えてくれて、それからさほど経たないうちに案の定レキもやってきて、いつも通り(といっても昨日知り合ったばかりなのだが)のメンツが集合した。
で、世間話がてらに今日の授業内容――その中でも私的に一番印象に残った表現領域の話になった。
私にとっては異次元の授業内容だったが、「あー分かる―」といった顔で話を聞いてくれている。
「そっかー覚え始めかぁ。懐かしいねえ、月夜」
「うわ先輩風吹かせてやがる。習ったタイミングがちょっと先だっただけなのに」
「実際、この手の技術に関しては先輩だもんねー。とっくにこれくらいできるんだし?」
と、暁くんがすっくと立ちあがり深呼吸を一つ。するとその姿魔法少女さながらに光の粒子に包まれたかと思うと――ファンタジー世界でよく見るような麻や革でできた素朴なシャツと短パン、そして冒険者っぽい腰に下げたショートソードと、胸当てにゴーグルというファッションに変化していた。
「限定具現化で自分の服装を変えるくらいワケないさ。まあ長時間維持はけっこう疲れるし、服飾のデザインセンスが試されるけどね!」
服飾デザインかぁ……ほぼ制服と部屋着とごくわずかな衣服のローテーションで生きてきた身としては全く自信が無い。
「表現領域で服装をいじるなら、最初は他人の衣装の模倣から入るのが無難かな。模倣OKな服飾デザイン資料なんかは本屋で手に入るし、デザインが得意な人に頼むの有りだ」
「こいつのコレもまあぶっちゃけ既存のゲームから材を取ったコスプレだしな」
「つ、月夜、バラすんじゃない! 別にいいだろこれは趣味の範疇なんだし!」
このパークだと思った以上にカジュアルに使われる技能らしい、表現領域。となるとやっぱり積極的に使って慣れる必要が――
などと考えながら、私は何の気なしに壁によりかかっていた。壁に預けた背中のひやりと硬質な感触に、ふと今朝の出来事を思い出した。
「そうだ、話は変わるんだけど」
そう切り出して、私は今朝の厄介な老紳士の巻き起こしたトラブルと、そこで男子学生を助けた時の違和感について話し始めた。
***
「落ちてきた瓦礫が、ねえ」
「それはさあ、アレだよ」
話を聞いてくれた面々は、顔を見合わせるがさほど不思議そうな顔はしていない。その現象の理由に察しがついているという雰囲気だ。
「黄金律が働いて、無害化したんでショ」
と、さっきまで大人しく話を聞いていただけのレキが言う。
「このパーク全体に通った絶対的なルールの1つ。このパークでは基本的に人は死なず、滅多にケガもしないようにできてる。多少、因果や物理法則を捻じ曲げてでもネ」
「その黄金律の力で、落ちてきた瓦礫だけ無害化したんじゃないかな」と、暁が付け加えた。
本当にこのパークは「人を楽しませる」妨げになる不安要素は超常的なレベルで取り除いているらしい。異世界とはいえとんでもないスケールを実感する。
「そーいうわけで、この島で見かけた危なそーなイベントにもどんどん飛び込んで問題無し! 命の心配は無いしサ!!」
「え、嫌ですけど」
私は反射的に即答していた。学生くんを助けたあの時「人をかばって自分は死ぬんだ」と感じたあの壮絶な緊張感はそう何度も味わいたくない。種明かしをされたところで「万が一」を考えるとどうしても楽観的にはなれない。
「ま、アンタが嫌がったところでスリルが飛び込んでくるのがここでの生活ってモンですけどネ!」
だからコイツはなんでいちいち不安を煽ってくるんだ。




