11.この街は、朝っぱらから騒がしいようです。
柔らかな朝日と、目覚ましのアラームで私は目を覚ました。
見慣れない天井をしばしぼんやり眺め、未だ異世界生活の中にいることを思い出しつつベッドから起きる。
ふわりと、美味しそうな匂いが漂ってきたのでその方向を見れば、部屋の中央のテーブルにまだ湯気を立てる温かい朝食セットを乗せたお盆が置かれ、その側には『食べてネ!』から始まる長々とした文章に、レキの署名が添えられたメモ書きが添えられていた。
これらが置かれているということは、私が寝ている間にレキはしれっとこの部屋に侵入したことになるが、そこは大家さんの適切な監視と許可があったと信じるしかない。
メモには
『学校までのルートは覚えてるかナ? スマホの地図アプリを活用してネ』『困り事や放課後の寄り道先なんかはちゃんと連絡するコト!』『昼食は自分で買ってネ、支払いはアプリでできるヨ、やり方はこちら→』
等々、レキのイメージとは程遠いお節介な内容が細々長々と記されており。
「子供扱いしやがって~」
なんというか、書置きの内容だけならお母さんのようだ。
ともあれ朝食はしっかりいただき、登校の準備を済ませ部屋を出る。ふと、部屋の鍵はどうしたものかと考え、とりあえず隣室の大家さんへ返却してからアパートを出発した。
***
地図アプリの案内テキストいわく。
私が出たアパートのある『さかいめ区』というのは名前の通り複数のエリアの境目に位置する居住エリアで、街並みこそ日本のベッドタウンの趣だが、エリア間の往来が多く科学や魔法などの異世界文化の入り混じるすこしふしぎな区画だそうで。
なるほど登校途中でも、現代日本めいた学生やサラリーマンの他にもダンジョン攻略にでも挑みそうな多種族混成・重装備の冒険者と思しき団体だの、サイバーな衣装に身を包んだメカメカしいアンドロイド? などが行き交っているのがちょくちょく目に入るわけだ。
冷静に考えるとなんとも奇妙な光景だが、昨日の目まぐるしい体験や説明(そしておそらく十分な睡眠からくる余裕)のおかげもあってか、わりと「そういうもの」として受け流せる心の余裕ができていた。
が。
「待っちなさぁーーーい!!」
渋いイケボの老紳士が白いライオンに跨り、風紀委員が指導すべき不良生徒を追いかけるような絶妙に緊迫感の無い声音のセリフを叫びながら駆け抜けていくのは流石に想定の範囲外だ。
その老紳士は上等そうな燕尾服に派手なマント姿で、これに山高帽でもかぶっていれば、手品師か、一般的なイメージの「サーカス団長」といった風情の身なりだ。
事実、白いライオンに跨り颯爽と駆けていく様は、そのまま火の輪くぐりでもしそうである。
よく見ると老紳士の騎乗している白ライオンらしき生き物も、背に猛禽の翼を折りたたんでおり、顔から胸元にかけては人間の女性の姿をしていた。その容貌に「スフィンクス」という呼称が頭に浮かぶが、あれもこのパークじゃありふれた生き物なのだろうか?
しかし、彼らは誰かを必死に追いかけているようだが、その肝心の追跡相手の姿が見えない……と思ったが、スフィンクスライダー(仮)その少し先、小さな影が低空を滑るように飛んでいくのが見えた。
(小鳥……?)
追跡されているのは、白と茶の素朴な色合いの地味な小鳥らしかった。雀? ……にしては黒い箇所が少ないような。日本であまり見かけない鳥だったりするのだろうか。
その小鳥は高空へ逃げることもせず、あえて低空で通行人や植木を縫うように逃げているようだが、スフィンクスの方も巨躯に似合わぬ繊細な位置取りとワイルドな跳躍(というか適宜翼を広げて飛翔してる)で、通行人にも障害物にも接触せず追いすがっている。
両者かなりの速度を出しているはずなのだが、奇しくも私と進行方向がほぼ一緒、そのうえ彼らは大きく蛇行したり進行ルートを行ったり来たりを繰り返していることもあって、私は延々とその追走劇を視界に収めつつ登校ルートを進むかたちになっていた。
「ええいこうなれば最終手段。スーさん、一発かましてやりなさい」
「いいんですかご主人。流石に死者が出ません?」
え、あのスフィンクス喋るんだ。
「夏の終りならまだしも、この春先に間違いなど起きようはずもない。いざ黄金律の加護ぞあらん! 撃てぇーーーい!」
カッ!!
老紳士が脇に抱えていたステッキで中空を指すと、その方角めがけてスフィンクスの口から青白い極太ビームが放たれ空中を薙いだ。直後、早朝ながらほんのり温かった周囲の空気がひんやりと凍てついた。……れいとうビーム?
がら、と不吉な音が頭上から聞こえた気がして見上げると、ビームが直撃したのだろう、すぐ近くのビルの壁面がかなりの大きさの瓦礫となって剥がれ落ちてくるところだった。すぐさま視線を降ろすと、そのほぼ真下に男子学生の姿があった。
「危なっ――!!」
それを認めてしまった後は、もはや反射的な動作だった。瓦礫の落下予測位置にいるその学生さんに向かって全力で駆け出していた。
全力の体当たりで男子学生を突き飛ばし、迫りくる落下瓦礫の影の外へと追いやることはできた。が。その勢いで私はそのばに無様に転倒する。
すでに異世界にいるってのにこれは典型的な異世界転生しちゃう流れだなぁ……などと阿呆な事が頭をよぎったが――背中に降ってきたのは冗談みたいに軽く柔らかい感触で、その大きなふわふわはころりと私の横へと転げて落ちた。
「……?」
おそるおそる身を起こして振り返ってみると、自分の身長と同じくらいの大きな灰色の塊が転がっている。手を伸ばして触れてみると、ウレタンのようにふんわりと指が沈んだ。
「????」
まさかこの一帯の建築物が緩衝材でできてるのか、と手近の塀に手をついたが、私のよく知る冷たく硬いコンクリートの質感だった。
「だ、大丈夫ですか!?」
先ほど突き飛ばした男子学生が、駆け寄ってきて手を差し伸べてくれる。決死の覚悟で助けに入ったつもりだったが、これでは私が助けられたみたいでなんだか少し気恥ずかしい。
「あ、あはは。大丈夫、だったみたいです」
その金髪碧眼の男子学生くんは、上品で整っているものの、どこか馴染みのある日本人めいた面差しに見える。ハーフなのだろうか。
それにしても特筆すべきはその容貌や所作から滲み出る気品であり、学生服の少年がただ手を差し伸べているだけのに、老若男女が思わず平伏か恋でもしてしまいそうな『王子様』っぽさが凄まじい。なんだか少女漫画のワンシーンよろしく周囲の音すら遠くなり二人きりの世界すら発生してしまいそうな錯覚すら覚える。
まあそのすぐ側の車道ではそもそもの発端であるスフィンクスと小鳥は近くでわーきゃーぴぴぴと追いかけっこをしていたわけだが、それもやがて遠くへ去って行った。
「学生さん、ですよね。よろしければ学年とお名前を」
まだ完全に声変わりしていない、愛らしさの残る声で男子生徒が問うてくる。
「えーと高等部2年の、星海とわです」
「星海先輩、ですね。僕は中等部1年の海咲と言います。礼はいずれ必ず。今は急ぐので失礼します」
そう言って深々と一礼すると、海咲と名乗った少年は駆けていった。……彼が向かったのは、がくえん区への最短ルートを外れた――しかもあの変な老紳士たちが走り去った方角だけどもいいのだろうか……。
っと、他人の心配をしている場合ではない。私だって登校しなければいけないのだ。
というわけで、今度は変な人物や事故に巻き込まれないようにと願いながら私は歩を速めるのだった。




