10.寝床の心配は(多分)無いようです。
ファミレスでの食事を終えた後、私はレキに案内されるまま『さかいめ区』なるエリアの一角へとやってきていた。そこに広がるのは、ごくごく見慣れた現代日本のベッドタウンの風景だった。
(本当にこういうところはちっとも異世界らしくないな……)
完全に異次元の物理法則で動く場所と見慣れた退屈な現代風景を交互に行き来しているのは、思ったよりもどっと疲れる。実際、まだ宵の口だというのに心身に浅くない気怠さがあった。
「ハーイ、着いたヨ」
たどり着いたのは、昭和のたたずまいのレトロなアパートだった。レキはその敷地にずかずかと踏み入り、一階の隅の部屋のドアを開けている。
「ん、今日は早い帰りだな」
敷地に入るなり私たちを出迎えたのは、長い銀髪をゆるく結わえた長身のお兄さんだった。もうすっかり暗くなっているというのにサングラス着用をしていたので顔の全容こそ分からないが、色白の肌に整った口元、均整の取れた身体つきで、おそらく美形だというのは容易に察せられた。そのせいか、よく分からない柄のTシャツにジーンズというダサさと紙一重の身なりなのに、スタイリッシュなパンクファッションに見えなくもないから不思議なものである。
「大家さーん、この子今日からここに住ませたいんだけどー」
とレキは銀髪お兄さんに声をかけた。
マジか。お兄さんの容貌はとてもじゃないが「アパートの大家」などとという庶民的な称号とは結びつかない。
「馬鹿お前そういうのは明るいうちに報告をだな」
「えー。前々から新しい子連れてくるかもって言っておいたジャン」
「具体的な日時が分からないんじゃ言ってないのと同じだろうが」
(現代的な服装とはいえ)ファンタジーな見た目の男二人の間に、ものすごく所帯じみた会話が繰り広げられている様はギャップがすごい。
「ま、詳しい話は後々。さー行こうぜとわちゃーん」
レキはいい加減な態度で話を切りあげると、私の腕を掴んでアパートの一室へと引きずっていく。
「待てい」
私が抵抗するより前に大家さんがレキの肩を掴んだ。
「《《一緒の部屋に》》住むつもりかお前は」
「そりゃあオレ、この子の保護者だし? ア、でもやましいことぜーんぜん無し」
「……」
大家さんは少し考え込んで
「じゃあ今晩はその子にお前の部屋を貸してやれ、お前はとりあえず俺の部屋で寝ろ」
と、私とレキを引き離した。
「なんでサ!!?」
レキは信じられないというリアクションをするが、順当だ。会って間もない男の部屋に連れ込まれて同衾なんて流石に私もドン引きと最大級の警戒を禁じえない。
「お嬢ちゃん、名前は?」
と、大家さん。
「あ、はい。星海とわ、です」
「星海、ね。部屋は明日用意してやるから一晩だけこいつの部屋で我慢してくれねえか。こいつが変な真似をしないよう見張っといてやるから、安心して眠ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
その見た目に反して、かなり常識的な大人、ちゃんとした大家の対応だ。
***
その後、レキは渋々自室の鍵を私に手渡して大家の部屋へと連行されていった。
1人取り残された私は、レキの部屋である102号室の鍵を開け、中をおそるおそる覗いてみた。畳張りの四畳半……よりはちょっとだけ広い部屋。構造こそ古式ゆかしいが経年劣化している様子は少しも無く、殺風景ではあるが最低限の質素な家具も備え付けられていた。
あのアル・レキーノの住んでる部屋だ、どんな魔改造をされているのか……と警戒していたものの、杞憂だったらしい。まあ本当にヤバい部屋だったらあの常識人な大家さんが見過ごしたまま私を通すなんてことはしないか。
「……とりあえず、寝よう」
すでに布団と毛布完備のパイプベッドが備え付けてあって助かった。今から布団を敷くような気力は正直言うと残ってない。
さっさとセーラー服を脱ぎ捨て、寝間着代わりに通学鞄から取り出した学校指定ジャージに着替えて布団に潜り込む。他人のベッドではあったが、誰かの匂いはそんなにしなかった。……ほとんど利用していないのだろうか。
「……ん」
明日に備えてスマホの目覚ましアラームを設定していた時、ふと思い至る節がありそのままソシャゲのグリアリを起動する。そしてそのまま所持キャラリストを開く。
「あ、やっぱり」
『瑠花』『雷牙』――今日、サーカスを通して私にとんでもない体験をさせてくれた立役者たちが、このソシャゲで入手したキャラクターとしてリストの中に載っていた。
(なんかどっかで見覚えがあると思ったら……)
『あんたがガチャで引いたキャラな、みんなこの島にいるんだゼ』
というレキの言葉が思い出される。――じゃあ、逆に言えばこのゲーム内の情報からこの島にいる実在人物のプロフィールを探ることができるのでは?
そんな閃きに従い、ゲーム画面をあれこれ操作してみると、すぐに各キャラのデータ画面に行きついた。しかしキャラクター毎の詳細プロフィールといった情報のほとんどは条件付きでロックされていた。
そりゃそうか。ゲームとしても現実の人付き合いとしてもそう簡単にプライバシーに踏み込めるのはよろしくないか。それでも、現時点で開示されている情報くらいなら見ても良いのかもしれないけれど。
(じゃあ、さっそく、見て、み……よ……)
ああ、やっぱ駄目。今日は無理っぽい。
急に疲労の限界がやってきた。スマホ上の文章や音声を意識するのがひどく億劫だ。このまま操作したところで、内容が頭に入ってくるかどうか。
(明日、時間が空いたらやればいいか……)
その考えを最後に、私は重い瞼を閉じていた。




