8.初めての体験に心を奪われたようです。
日もすっかり沈み夕食時。私は、レキと二人でファミレスにいた。
相変わらずのレキの奢りでテーブルの上には豪勢な夕食が並んだ。しかし奢られっぱなしの負い目もあって、今の私は料理に手をつけずドリンクをちびちび飲んでいるだけに留めている。
「アレェ、食べないの? あの二人も呼んでもっとニギヤカにやればよかったカナ?」
「奢らせてる負い目が余計に増すからそれはやめて」
RP部の二人とは、サーカス鑑賞を終えた直後に解散していた。
暁から「この後一緒にあのサーカスの感想を熱く語らい合いたい!」という申し出があったのだが、どういうわけかレキが「これから予定もあるからゴメンネ」と丁重にお断りして、その場で解散と相成った。
だがそこでハイおしまいというわけでもなく「でも、感想をまとめたレポートなんかがあると嬉しいカナ? 明日にでも語り合うのに便利だし」というやりとりを経て、実質的に明日また会う約束を取り付けているのだから抜かりが無い。完全にあの部活のOBだか顧問の地位を確立している。怖い。
「ねえ、それよりなんだったのあれ」
「サーカスのコトかい?」
――凄かった。
作り物としてのご都合主義な作りはあったものの、それが気にならないくらい――むしろその仕組みのおかげで快適に、別世界を、物語をこの肌で体験していた。
「あれが、ここでのエンタメの当たり前ってこと?」
「そう。アレはまだだいぶベタな方。まだまだスゴイのや尖ってるヤツはたくさんあるヨ」
事も無げに言いながら、レキはテーブル上のフライドポテトをつまんで口に運ぶ。
少しばかり奇妙な風景もあるものの、基本的にこのパークは私の知る現代社会の知識の範疇で十分に理解できる場所、という認識だった。だが、この地のサーカスという概念に触れ、初めて異次元を感じた気がした。
「しかし可愛いねェ、そんなに心動かされて」
「……顔に出てた?」
普段は感情、特に喜や楽などはそんなに表情に出ないタチだと自分では思っていたが……。
「もっと具体的にさ。サーカスの時の花びら、気付かなかった?」
確かにあのサーカスを出る直前、どこから出たのか花びらが舞っていたような。
「あれはショーに心を奪われたなによりの証。観客が演者に寄せる、気持ちにごまかしの利かないチップやおひねり。あれがこの世界での貨幣として変換されるワケよ」
「それも、ここ特有のルール……というか、物理法則?」
「そ。面白いでショ? くひひ」
嘘偽りのない賛辞を表現できるのは素晴らしいことかもしれないが、体験への感動がそのまま可視化されるのだと思うと、なんか気恥ずかしいな……。
「というわけでェ、作ってみない? アンタのためのサーカス」
何言ってんだコイツ。
「あんなの、たくさんの人や機材がいるでしょうが。そんなの揃えるお金もコネもないんですけど」
そりゃあRP部のあの二人の協力があれば、かろうじて素朴な寸劇くらいならできるのかもしれないけれど。でもそれだけじゃあのサーカス体験の足元にも及ばない。
「ところがァ、一人で大半を賄えるかもしれない。夢想家ならネ!」
夢想家。また知らない単語が出てきた。
「このパークにおいて最も重要な職業。脚本も舞台装置も、場合によってはキャストすら。その"そうぞうりょく"でなんでも生み出せる、万能の魔法使い」
「そんな便利存在がどこにいるってのよ」
「ン」
レキはつまんだポテトの先端をこちらに向けてきた。
「……私にその夢想家とやらになれ、と?」
「ほら、予行演習の時にできたジャン」
どこかの劇場でショボい火の球を出したアレだろうか。確かに魔法使いらしい能力かもしれないが。
「あんなしょっぱい現象しか起こせなかった身ですが?」
「アレはまだ力の扱い方を理解できてなかっただけ。今から学べばアンタは優秀な夢想家になれますとも。そうなりゃアッという間に客の心を掴み取り放題だ」
「まーすごーい」
棒読みのリアクションが口から漏れた。色々説明されたが、今もって輝かしい栄光の予想図は全く見えてこないのだから仕方がない。
――ただ。
あんな壮大なショーの真似事をこの私の手で催せるかもしれないという点には、少しだけ興味が湧いていた。
「そんなに言うなら、私が一人前の夢想家になれるプランはあるんでしょうね?」
レキは無言でニヤけているだけだ。その沈黙は、肯定と受け取っておこう。
「なら、君の抱えてるサーカス設立までのプランと、夢想家の力の扱い方とやらを教えなさい。なるべく丁寧に分かりやすく」
そう告げると、レキは犬歯を覗かせニッと笑った。心底愉快そうでいて、そのくせ本心など微塵も見えてこない目をした道化の笑みだ。
「エエ、もちろんそのつもりですともオレの理想の《永遠の少女》ちゃん! それこそがオレがここにいる目的なのだから!」




