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【開演/キャストパレード】

「異世界転移って、もっとこう古典ファンタジーっぽい世界がベースじゃない? 剣と魔法と勇者と魔王みたいな」

 薄暗く、どこまでも続く赤絨毯の長い廊下を歩きながら、そう切り出したのはセーラー服姿の黒髪少女。

「しかしそういう設定の話は飽和しそうなくらい溢れてるし、世界観設定だってだいぶ現代価値観に寄った形がテンプレになりつつある。もはや読者とってそういうお約束設定は『日常』と地続きな気もするけどな」

 と返す男子生徒に、もう一人の生徒が茶々を入れる。

「おーおー、そこまで分析できるとは。異世界モノにずいぶんとハマってるんじゃないの月夜(ツキヤ)くん?」

「うるせーそこまで読み込ませたのはどこの誰だよ、ったく」


 などと他愛無い雑談をしながら歩く学生3人の姿はありふれた下校中の光景にも見える。


「そういう意味じゃ、こっちの方がよっぽど『非日常で幻想的』、なのかもね?」

 足を止めた黒髪少女が、虚空に向かって軽く片手を掲げる。瞬間、何もない空間に輝く文字列――彼女の用意した『脚本』が周囲に展開されていく。


 それはすなわち果たし状。これは魔女の宣戦布告。決闘の始まり、ショーの開幕。

「私はアリステラ遊戯団・団長、星海(ほしみ) とわ! あなたたちの心を奪いに来た!!」


 少女の宣言が合図となって、この舞台(アトラクション)は本格的に目を覚ます。

 薄ぼんやりとしていた照明は光を強め、くたびれたセピア色の壁と、そこに飾られる様々なジャンルの色あせた上映ポスターを照らし出す。

 どこからかフィルムの回る音、ほのかなキャラメルポップコーンの香りも漂い始める。


 ――ここは映画館。懐古と芝居を記録し上映し続けた聖域。

 だが、本日の出し物は映像の中だけではない。これより魔女をもてなす極上のショーが始まるのだ。


「ようこそお待ちしておりました、期待の新星。ええ、名に星を戴くなどなんとも縁起が良い! 文字通りのアリステラ、いつかアリスとなる星よ!」

 どこからか、館長の声がする。


「期待をかけてくださって、どうも。ならば餞別(せんべつ)にあなたの(ハート)を明け渡してもらえると嬉しいのだけれど」

「ハハハ、それも一興ではありますが、我々にもこの世界のルールは覆せないものでして」

 そう語っているうちに、方々からモノクロ映画から抜け出てきたような灰色の影法師が魔女の一行を取り囲む。

「どうぞ、しばしお戯れを。なに、退屈はさせません。当館スタッフは映像作品のための単なる添え物などではありませんぞ」


「うーん、でもちょっと地味なお出迎えじゃない?」

「小手調べなんだろうよ。地味なまま終わらせるようじゃ話にならない、と」

 従者の学生たちは軽口を叩きながらも、主たる少女をかばうように前に立つ。服装こそ学生服の少年少女のままだが、その所作はさながら騎士と姫のよう。


「いいわ。すぐに本気にさせてあげましょう。私たちにはそれができる、でしょう?」

「ひゃー、かーっくいいー! 僕らも負けてられないね」

「頼りにしてるわよ、ナイト様たち?」

「ああ、演るからには俺たちも全力だ」


 三人は走り出す。この映画館(ダンジョン)館長(ボス)の元へ。

 それを阻止すべく影法師たちが殺到するが、一行はそれを軽快にいなしていく。華麗に(かわ)し、時には格闘で荒っぽく退け、時にはダンスに誘うように――


「オイ待て。お前遊んでるだろアキラ

「にぎやかしだよー。だって荒事で突破するだけじゃ華が無いだろう? 楽しく演出しなきゃ!」


「ふふ、確かにそうかも」

 前を行く二人の他愛無いやりとりを眺め、少女は微笑んだ。


 その少女とて、二人をただ追うばかりではない。

 明るく照らされた赤絨毯の上を走る中、照明の光を糧にして育ち花開いたかのように。少女の黒のセーラー服はいつしか姿を変えていた。

 それはレースの天の川(ミルキーウェイ)と、ビーズやスパンコールの星屑に彩られた宵闇色のエプロンドレス。《永遠の少女(アリス)》を模倣せし魔女の正装とでも言うべきか。


「見栄えも遊びも大事よね。だってこれは観客の心を奪うためのショーなのだから」

 実のところ、彼女は少し幼さもあるデザインのこの衣装にまだ慣れてなかったが。それでもアリステラとして、舞台の上においてこれ以上相応しい装いは無いと思えば、気恥ずかしさよりも心強さが勝る。


「Twinkle, twinkle, little star……」

 少女が口ずさむ『きらきら星』の歌詞に乗せ、宙に――影法師たち一人一人の頭上に五芒星の図形(ペンタグラム)が浮かび上がり、真下に光を降らせる。個々を照らす星明かりのスポットライトに、影たちは薄れ消えていく。


「やはり儚い影法師では少々力不足でしたな。では、次の幕と参りましょうか」


 今度は蛇のようにひとりでに蠢くフィルムたちがどこからか這い出してきて、進入禁止キープアウトのテープさながらに、フィルムが道を横断し魔女たちの進行を妨害してくる。中には威嚇する蛇の頭さながらに、フィルムの途切れた先端を侵入者たちに突き出し牽制してくるモノもあった。

 その向こうには、影法師でない人のカタチ――明確な実体を持つ増援(スタッフたち)が近づいてくるのも見て取れた。


「おっとさすがこれは僕たちだけじゃ無理かな~」

「なら、次の手札を出すまでよ」


 一行は僅かに速度を緩めたが、その程度で魔女の行軍は止まらないのだ。少女が宙を仰ぎハンドサインを作る。――直後、頭上から何者かが飛び降りて魔女たちの前に立つ。

 それは、かぶいたデザインの軽鎧に漆黒の魔剣を携えた黒髪の魔剣士だ。


「やーっとオレ様の出番かい?」

「切り開くのはお得意でしょ? お願いアル・レキーノ」

「任せときナ。邪魔者はスパッと切り刻んでやるからさァ!!」


 魔女との短いやりとりの後、今度は魔剣士が先陣を切る陣形で進軍が始まる。


 魔剣士は殺到する映画フィルムの帯を斬り払い、猛進していく。その向こうから掴みかかってくるスタッフたちは、その後に続く若き騎士二人が舞踏のように戯れ、いなしていく。最後尾の賓客アリスは、何に怯えるでも妨げられるでもなくただ歌をくちずさみながら進んでいけばよい。


 迎撃スタッフ側のどこか浮かれた歓迎ムードも手伝って、その様は――だいぶ乱暴ながら――式典のテープカットさながらだ。いや、それにしては色彩が地味か。

 ならば、と。

 魔女の“そうぞう”が世界を侵す輝く言葉を紡いでいく。光の文字列が道を阻むフィルムに走り、焼き付いていく。


「歓迎は、もっと派手にやってほしいわね」


 するとフィルムは魔剣に斬られたそばからセピア色のフィルムはパステルカラーの絹リボンに変わり、やがて細かく千切れ色とりどりにきらめく紙吹雪となり散っていく。

 闇色の剣閃の合間に飛び散る紙吹雪は、さながら夜空の星々の如くだ。


「これがこの地で私が学んだコト、夢想家(レヴール)として得た力」

 誰にともなく少女は言う。


 ――いつしか等間隔で壁を飾る上映ポスターは全てがスクリーンとなって、どこかの風景を映し出している。


 竜や飛行機が飛び交う大空を。

 鈍色の雨降りしきるコンクリートの街並みを。

 黄昏色に染まる日本の片田舎を。

 明かりの消えた、狭くごちゃつくワンルームを。

 あらゆる世界を模倣し、あらゆる種族で混み合う巨大なテーマパークを。


「まだまだショーは始まったばかり。最後まで、付き合ってくださるわよね?」



 これは、魔女が少女に“かえる”ための試練の一幕。

 クライマックスは――未だ遠く。

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