第2章:学院の蜃気楼
エリザベス・ヴァンデルビルトは、ロイヤルメイジアカデミーの門をくぐった瞬間、ひどく居心地の悪さを感じていた。
豪華な制服に身を包みながらも、その中身は右も左も分からない迷子同然。それでも、威厳のある歩みを保とうと必死だった。
(落ち着いて…ここがあなたの日常の舞台なのよ、エリザベス)
『ふん、情けない。威圧感が足りないわ!』
頭の中で傲慢な人格が不満を漏らす。
『いいえ、今は目立たないことが得策よ。様子見が肝心』
冷静な声が諭すように告げる。
学院の中庭に一歩踏み入れた瞬間、周囲の視線がエリザベスに集中した。ざわめきが広がり、明らかに緊張感が漂う。
「あ、悪役令嬢様だわ…」
「今日は誰が標的になるのかしら…」
「私たち、逃げたほうがいいんじゃ…」
囁きが耳に届く。エリザベスは居たたまれない気持ちになった。
(私って、そんなに恐ろしい存在だったの…?)
『当然よ。私たちは誰よりも優れているのだから、畏れられて当然なの』
傲慢な声が得意げに告げる。しかし、エリザベスの心は沈んでいく。
そんな中、一人の少女が近づいてきた。金髪の可愛らしい少女だ。
「お、おはようございます、エリザベス様」
震える声で挨拶をする少女。エリザベスは困惑しながらも、優しく微笑んだ。
「おはよう。あなたは…?」
少女は目を丸くした。
「え?私のことを覚えていらっしゃらないんですか?マリアンヌ・ド・ラ・フォンテーヌです。いつも…いつも私をいじめて…」
マリアンヌの言葉に、エリザベスは凍りついた。
(私が…この子をいじめていた?)
『ふふ、そうよ。この下賎な娘、私たちの引き立て役よ』
傲慢な声が響く。しかし、別の声も聞こえてきた。
『やめて!こんなの間違ってる!』
正義感のある声が叫ぶ。エリザベスの中で葛藤が激しくなる。
「マリアンヌ、ごめんなさい。私、今日は少し体調が…」
言葉を濁すエリザベス。マリアンヌは困惑した表情を浮かべつつも、少し安堵の色を見せた。
その時、颯爽とした足音と共に、一人の青年が近づいてきた。
「やあ、エリザベス。今日も美しいね」
にこやかに微笑む青年。周囲の少女たちがため息をつく様子から、人気者らしい。
「あ、あなたは…?」
エリザベスが聞き返すと、青年は驚いた表情を見せた。
「おや?僕のことを忘れたのかい?アルベール・ド・モンブランだよ。君の婚約者さ」
(え!?婚約者!?)
エリザベスの頭の中が真っ白になる。
『まあ、素敵!さすが私たちの婚約者ね』
傲慢な声が喜ぶ。
『待って。彼の目…何か企んでいるわ』
冷静な声が警告する。
『こわい…信じられない…』
臆病な声が震える。
『彼の言葉、本当なの?でも、どこか作為的よ…』
正義感のある声が疑問を投げかける。
エリザベスは混乱の渦中にいた。記憶がない。複数の人格が入り乱れる。そして、周囲の反応は明らかに普段とは違う。
(私は一体、何者なの?そして、この状況をどう乗り越えればいいの…?)
学院の鐘が鳴り、授業の開始を告げる。エリザベスは深呼吸をして、決意を新たにした。
(とにかく、一つずつ。真実を、そして本当の自分を見つけ出すわ)
複雑な表情を浮かべながら、エリザベスは教室へと向かった。これが、彼女の新たな日常の始まりだった。
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