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第5章 その先へ

 

 第5章 その先へ

 園田

 7月28日


「橋口が嵌められた事件について調べたところ、実行犯がわかりました」

 戸城から手渡されたレポートを園田はぺらぺらとめくってみた。

「さすがマスコミだな。国内では我々よりも調査能力があるかもしれん」

 新米記者がこれだけ調べ上げたとは正直驚きだった。

「新聞記者の東園、ヤクザの堂島、そして橋口を襲ったのは八坂圭三という男でした。それを影で操っていたのが公安の井岡という人物です」

「八坂っていうのは、あの八坂組か?」

「はい。八坂組の組長代行です。会って、殺害の指示をした者について聞き出すことができました」

「ヤクザと渡り合って情報を聞き出すとは、大したもんだ。記者として成長したな」

「でも、私は八坂に完敗でした。人としてあるべき姿について諭してやろうと意気込んでいたんですが、不覚にも感情的になってしまい、最後はぼろぼろでした」

「君が感情的になるなんて珍しいな。あんな連中に人間らしさなんて期待するな」

 少しの沈黙が流れた後、戸城は口を開いた。

「確かにあいつは最低な人間でした。でも、一番ショックだったのは、私がヤクザと同じように自分の父のことをさげすんでいたことです。私はひょっとしたらヤクザと同次元の人間なんじゃ、と思って。父は家族を守ろうと必死で頑張っていたのに、それを認めてあげられていなかった」

 確か、戸城の実の父親は交通事故死だったはずだ。

 話の内容が見えず、一瞬言葉に詰まる。

「その八坂ってヤクザと君のお父さんにどんな関係が?」

「父には借金があって八坂に脅されてました。私が大人になってわかったことですが、父は家族を守るために、自らを犠牲にして車に飛び込んでいたんです」

 八坂というヤクザとそんな因縁があったとは。横峯のレポートには書かれていなかった。

 戸城が珍しく涙ぐんでいる。

「保険金目当てか。最低な連中だな」

 ここはフォローしておくべきだろう。

「君の心にお父さんへの怒りや憎しみ、侮る気持ちがあったとしても、恥ずかしいことじゃあない。自分にはどうすることもできない運命に囚われたとき、人は自分の心を守るため、何かを憎まずにはいられなくなる。それは自然なことだ。人間の価値は、心の清らかさで決まるんじゃない。もしそうなら、世間知らずのぼんぼんの価値が高いことになる。肝心なのは、負の感情を乗り越えて何をなすか、だ」

 しばしの沈黙のあと、戸城が口を開く。

「自分のふがいなさはわかってますので、慰めは結構です。でも、いろんな事実を知れば知るほど感情が先走りして、冷静な行動がとれなくなりそうで・・・。正直怖くなったんです」

 戸城は考え込むようにうつむいている。

「生い立ちってやつは誰にも変えられない。そこに囚われるな」

 これ以上、何を言っても無駄であろう。戸城が自分で解決するしかない。

 ただ、珍しく本音をさらしたことに、ある種の感慨を覚えた。

 戸城は外事局に入局したときから気が利く人間であったが、感情表現に乏しく、ドライなところがあった。すべてをあきらめて受け入れているようにさえ感じられた。それがここまで自分をさらけ出している。

 それが戸城のキャリアにとって、そして外事局にとって、いいことなのか悪いことなのか。そこはわからない。

 戸城はしばらくして顔を上げると、キッとこちらを見据え、

「父の無念、妹や橋口の味わった苦痛を思うと、こういう連中を許すことはどうしてもできません。八坂と井岡、そしてその黒幕を牢屋にぶちこむことはできませんか?」と絞り出すように言った。

 その気迫に押されるように、

「牢屋に入れるのは警察の役割だから俺には約束できないが、我々にできることを検討しよう。君はこの件からは手をひけ。いち雑誌の手に負える案件ではない。あとは任せてくれ」と答えた。

 戸城は、わかりました、と言葉少なく答えた。

 戸城の気持ちはわかるが、この先を無理に探れば、警察組織との間で戦争が勃発する予感がしていた。外事局として橋口を失ったうえ戸城も失うことはできない。

 退室する戸城を見送りながら、10年ほど前のことが思い出された。


 **

 防衛省内に外事局を設ける構想が持ち上がったとき、当時、本省の課長であった園田は、事務局の立ち上げ作業を任された。

 まずは基本となるスタッフを20名ほど集めることにする。

 ペーパーカンパニーを立ち上げ、企画部長、営業部長、調査部長、財務部長、人事部長の5名については、防衛省内で園田が適任者を探した。

 防衛省の人事とも調整を行ったうえ、上層部に諮り、承認を得た。

 あとの課題は、防衛省外からの採用の枠組み作りだ。まさか、自衛隊のようにポスターをあちらこちらに貼って、おおっぴらに募集をかけるわけにはいかない。

 園田の大学の同期に、小林という横浜国際女子大学で教授をしていた者がいた。国際政治を専門としているが、海外だけでなく、国内でも顔が広く、人脈作りでは頼りになる男だ。

 あくまでJSDという会社の立ち位置で、新会社の要員採用について相談したところ、横峯という同大学の卒業生を人事担当として紹介された。商社で人事をしているという。そのついでに、若手の発掘の一環として、中学生英語弁論大会を聞いてみるといい、とアドバイスを受けた。

 小林のツテを使って、各県から代表者が集まる準決勝を観覧した。決勝の方がよりいい人材が見つかりそうなものだが、ファイナリストだと採用にあたっての障害は増える。有名になりすぎても困るし、断られる可能性もそれだけ大きいということだ。

 正直、あまり期待はしていなかった。こういうのはコピーライターや有能なサポート役がいて、プレゼン方法の伝授を受けた者が上位に上がってくるに決まっている。

 そもそも中学生を見てどうするのか、という思いもある。欲しいのは即戦力だ。

 ところが聞いている中で、一人だけ、園田の目をひいた女子中学生がいた。スピーチのうまさ、英語の流暢さでは、他に上をいく子がいたものの、そのスピーチ内容に魂を揺さぶれる思いをした。

 落ち着いた話しぶりにも拘わらず、その表情には鬼気迫るものがあり、聴衆は話に引き込まれていた。いや、園田がそう感じただけだったのかもしれない。

 話の内容は、子供の性格や過ごしてきた環境に応じて、その子供に適したリーダーシップ教育を受けさせる必要性を説いたものだった。

 声の大きい者がリーダーになるのではなく、誰でもその人に合ったスタイルのリーダーシップの発揮が可能である、との考えは、当時は斬新に聞こえた。

 決勝には進めなかったが、この中学生に興味を抱いた園田は、身元を洗うように横峯に指示を出した。

 そして上がってきたレポートで、家庭環境や成績などの情報を精査のうえ、園田は、この子は将来、国のために役に立つと判断したのだった。

 それが戸城彩恵子である。ゆくゆくは外事局のエリートに育て上げるつもりだった。入局させるには、まだ数年ある。育成方法や採用までの段取りは、横峯に任せることにしたのだった。

 **


 戸城が帰ったあと、受け取ったレポートを片手に思案する。

 外山から依頼された佐々木の動向調査については、進展が見られず報告できないままであったが、このレポートのおかげでピースが埋まりそうだった。

 井岡の影で糸を引いている黒幕こそが佐々木、という仮説だ。

 これまで佐々木と警視庁のつながりを主に調査を行ってきたが、九州の公安はノーマークだった。

 早速、レポートを調査部に回し、今度は公安の井岡から上を辿る形で調査するよう指示を加える。


 調査部からは10日ほどで報告が上がってきた。

 井岡から警察庁長官の真田、真田から佐々木につながっていたことが判明した。

 やはり一連の殺人事件と橋口を襲った黒幕は佐々木だったのだ。

 井岡は上から指示があったことを示す証拠を残していた。

 ぬかりのない男だ。上に裏切られることを警戒してのことだろうが、これがなければ辿るのは難しかったろう。

 速やかに外山に報告を上げることにした。

 外山はすでに官房長官の職を離れており、今さら報告する義務はないのだが、依然としてその政治力は絶大なものがあり、今後のことを考えれば味方につけておいた方がいい。

 富岡総理や日本護国党が収賄罪事件の対応に追われている中、外山は一人、郊外の自宅で悠々自適の生活を送っていた。

 電話で秘書を通じてアポを取る。


 都心に近いというのに、日本瓦を乗せた土塀に囲まれたその場所は、侵入者を拒むかのようにセミがけたたましい鳴き声で音響のバリアを形成しており、異空間に迷い込んだような気持ちになった。

 通された部屋では、外山が浴衣姿で庭に面した広縁の椅子に腰かけていて、昼間から一人でウイスキーをたしなんでいる。

 さすがのセミの声も、二重ガラスを経ると適度なBGMに成り下がっている。

 外山は、こちらの姿を認めると、小さいテーブルの対面の椅子を指し、こっちに来て座れ、と言ってショットグラスを差し出す。

 慌てて椅子に座ると、グラスを受け取る。

「ウイスキーはやはり国産に限る。こいつは最近なかなか手に入らんそうだ」

 外山がグラスにウイスキーを注いでくれるのを待って、それを押し戴いたが、いったんそれをテーブルに置いて、頭を下げる。

「先日は、外事局にいた橋口という新人にお時間を頂戴し、ありがとうございました。おかげさまで彼女は訴追を免れ、外事局の存在が表沙汰になるのも避けられました」

 もともと愛想を顔に出すことが少ない外山だが、ニヤっと口角を上げる。

「あの肝の据わったお嬢さんか・・・。外事局にはあんな世間知らずな人材しかいないのか。と、クレームを言うところだが、結果オーライだ。ああいうのは組織に属さず、泳がしておくと面白い」

「はい。想像を超えるじゃじゃ馬でしたが、彼女の記録は外事局から抹消しました」

 外山の真意はつかめなかったが、詮索はしないことにした。

「ところで、永田町は大変な騒ぎですね。閣外に出られたということは、先生はひょっとしてこの展開を予期してらしたんですか?」

「そんなわけないだろう。富岡総理は弁が立つからな。天下は当分続くと思っていたが、人の浮き沈みとはわからんもんだよ」

 はぐらかされた気がしたが、そこは流して、鞄の中からレポートを取り出す。

「以前ご指示いただいた件です」と言って外山の前に提出し、一連の事件について佐々木が関わっていたことを説明した。

 外山は、レポートには目をくれることもなく、園田の話を興味深そうにふんふんと聞いていたが、最後まで聞くと、特に質問を投げるでなく、

「よく調べてくれた」とのみ答えた。

 外山の反応があまりにあっさりとしていることに拍子抜けした。

 苦労してここまで調べ上げたという自信があったのだが。

 佐々木の処遇について外山の方で考えがあるのか、念のため確認してみたが、そこには興味がない様子で、放っておけとの返事だった。

 外山は庭に目をやると、

「官房長官という仕事は所詮、総理の政策を支える仕事だからな。あちこちで起こる問題の処理に追われて、自分のやりたいことを進めることは難しかった。ところが、ここにいると永田町の喧騒を忘れて、この国の未来構想をまとめることができる。ありがたいことだ」と、満足気な表情を浮かべた。

 今回の官房長官退任で、ひょっとして外山は社会的地位や権力闘争といった野心が失せてしまったのか、と思っていたが、官房長官時代にも見られなかった精気みなぎる表情を見ると、そうではないことに気付かされる。

 外山がもっと先を見ていることを知り、自分の出る幕ではないことを悟った。

 いただきます、とグラスを持ち上げ、琥珀色の液体を一気に胃の中に流し込んだ。ストレートのウイスキーに食道と胃がかーっと熱くなる。酒にはさほど詳しくないが、後からふわっと口の中から鼻に抜ける芳醇な香りが高級ウイスキーであることを教えている。

 お時間ありがとうございました、と席を立ち、部屋の出口に向かったところ、おい、と外山が思い出したように呼び止める。

「念のために言っておくが、勘違いするな。叩いて埃の出ない政治家などいない。誰もが何かしら汚いものに手をつっこんでいる。真実が何かなんてどうでもいい話だ。真実が価値を持つとき。それは、暴くことによって明るい未来が望めるときだけだ。お前は外事局のことだけを考えろ。この世を正義で満たしたいんなら、漫画家にでもなればいい」

 はっ、と声を発すると、深く一礼し、部屋を辞した。

 こんな説教をくらうとは、何か青臭い雰囲気でも醸し出していたのかもしれない、と苦笑する。

 外山の頭の中にはすでに政界のその後の青写真のイメージがしっかり映し出されていたのだろう。余計なことをするなとのメッセージと理解した。


 外山はああは言っていたが、自分なりに落とし前をつけないわけにはいかない。

 建前で語るならば、公安とその差し金である暴力団の一連の行為が、外事局のミッションを妨害したのは事実である。それが意図的か否かは関係ない。

 もう少し本音で言うなら、凶悪犯を放置していいのか、という社会正義の問題であるし、さらに言うなら戸城や橋口が受けた苦痛の代償を支払わせるという個人的な意図がないと言えばウソになろう。

 外事局は、井岡のパソコンをハッキングすることに成功した。

 そこで得られた情報は、目的を達成するに十分なものであったが、それとは別に、世間的に重大な情報が含まれていた。

 そしてそれは個人的な意味合いで園田を驚かせた。

 昨年の話となるが、八坂組の若頭と組員の二人が何者かに撃たれて死ぬ事件が発生した。その実行犯は警察の捜査にも拘わらず未解決で、このまま迷宮入りかと思われていた。

 ところが、井岡は犯人を突き止めていたのである。

 犯人の情報を掴んでおきながら、なぜそれを隠したのか? そこに興味をひかれた。

 井岡の経歴を調べたところ、元は警視庁の公安部エースであった。それを九州に異動させた、ということは上層部から何等かの特命を帯びていたのだろう。

 警察関係者の話によると、井岡は九州地方の暴力団捜査において、暴対を差し置いて全面的な指揮権を与えられていた。暴対はこの襲撃事件の容疑者に関する情報を掴んで井岡に報告を上げたあと、井岡より捜査の中止を命じられ、事件は放置されていたのである。

 八坂は短気で有名と聞く。自分の部下を殺した人物を知れば復讐に走るのは必至だ。それが菅野組となればなおさらで、血で血を洗う事態に発展し、小さな八坂組はつぶれる。井岡はそれを恐れたのだろう。

 そこから見えてきた井岡の特命は、菅野組の壊滅だ。

 その証拠資料によると、凶器である拳銃に付いていた指紋の持ち主、すなわち八坂組の2名を襲撃した犯人は、畠山紀夫という菅野組の構成員だった。

 調査部の追加調査によれば、この男は戸城富子という女性と同居している。

 戸城という名が気になって、戸城彩恵子の履歴データを念のため確認したところ、富子は彩恵子の母親であることがわかった。つまり、犯人は戸城彩恵子の義理の父親ということだ。

 これが園田を驚かせた理由だ。

 この事実を戸城が知ったらどうするだろう? 

 園田は戸城の心情を想像してみた。

 この情報を警察ではなく八坂に渡す、つまり八坂に義理の父親を始末させることを選択するのではないだろうか?

 推測の域を出ないが、先日の戸城の様子を見て、義父を含む暴力団への深い恨みがあると睨んだ。彩恵子の本音は、牢獄行きではなくあの世行きだろう。

 そのとき、園田の頭には畠山を処分する妙案が浮かんだ。

 戸城にやらせるまでもない。自分がやろう。

 戸城はただでさえセンシティブになっている。いつかは、正しい目的のためには殺人もいとわない人物に育て上げなければいけないが、十字架を背負わせるのは今ではない気がした。

 そこが多分、すべてドライに切り捨てられる外山と自分の決定的な違いなのかもしれない。

 自嘲気味に薄ら笑いを浮かべた。

 八坂組の事務所に宛て、畠山が使った凶器に関する証拠資料を匿名で送り付けた。


 資料を送った数日後、畠山は家から出てきたところを何者かにひき殺された。

 その犯行現場は、調査部の手によってひそかに撮影されており、その動画は園田のもとに届けられた。

 パソコンで中身を確認すると、動画にはひき逃げ犯である運転手の顔がしっかりと映っている。八坂組の若い者であったが、これに修正を加えることにした。生成AIを使って、八坂圭三の顔にすり替えたのだ。

 殺人を指示したのは間違いなく八坂であり、その意味で、実質的な改ざんとまでは言えないだろう。

 この修正動画を菅野組の事務所に匿名で送り付けた。

 もし、この動画を警察に送ったとしたら、警察は八坂のアリバイを調べているから、八坂が実行犯でないこと、動画が改ざんされていることはばれる。だが、菅野組が八坂のアリバイなど確認するわけがない。映像を見ただけで八坂が実行犯と決めつけるだろう。

 果せるかな、八坂は、1週間後に菅野組の組員に人通りの少ない路地で、複数人に囲まれて刺殺された。

 目論見通りに事が進んだことに満足感を覚えながらも、外事局の本分から逸脱したことに、後味の悪さを感じたのも事実だ。

 この件が明らかになれば、無断で組織の力を利用した自分は処分されるだろう。だが、そのときはそのときだ。この一連のアクションにより社会正義は実現されたのだ。

 八坂という会ったこともないヤクザのことに思いを巡らせた。

 いずれ滅びる八坂組の運命をおそらくわかっていて、仲間の復讐を果たすことと引き換えに、組と心中することを選んだのではあるまいか。

 自分はそれを早めたに過ぎない。

 八坂が殺害された現場は、同様に調査部が撮影していたが、その動画は、防衛省からの正式ルートで警視総監に提供させた。これで防衛省、そして外事局は、警察に貸しを作ったことになる。

 菅野組は警察の追及に対して、幹部は知らなかったとしらを切るに違いない。

 そして、菅野組は残り続けるだろう。だが、一時的には大人しくなり九州に平和が訪れるのは確かだ。

 それは完璧主義の井岡の望んだ世界からはほど遠いのだろう。だが、どのみち井岡は理想を現実化する前に道を踏み外したのだ。

 そう。次に制裁を受けるべきは井岡だ。

 この男が司直の手で裁かれることはない。警察が彼らを捜査対象にすれば、自然と真田警察庁長官までたどり着いてしまうからだ。

 組織の中間管理職として上官の命令でやむを得ず行ったことを思うと、むしろ井岡に同情もしている。だが、やったことは無実な市民の殺害であり、言い訳は効かない。

 それと、井岡という男に会ったことはないが、出てくる証拠資料から浮かび上がってくるのはかなりの謀略家としての顔だ。この男を野放しにしておけば、この先、外事局にとっても邪魔な存在になるような予感がした。自分と同じ匂いを感じ取ったのだ。

 公安の力をそぐ意味でも、始末するしかない。

 井岡が消されれば、警察は、表向き、犯人捜しにやっきになるだろう。

 だが、井岡というやっかいものが消えて一番ほっとするのは、他の誰でもなく真田長官だ。我々の存在に気付いたとしても、おざなりの捜査をしたうえで、さっさと幕引きにするはずだ。

 自分の考えに自信を深めると、外事局の企画部長に電話を入れる。

「公安の井岡の犯罪の件は、君も知っているだろう?」

「ああ、調査部長から聞いてますよ」

「彼が逮捕・起訴されて法によって裁かれるのであれば、静観もありだが、それは期待できない。このまま放置するのでは外事局の面子が立たないと思うが、どうだろう? 例のセキュリティのミッションはなんとか成功させたものの、井岡のせいでこちらは神経をすり減らされた」

「わかりますよ。調査部長もぼやいてましたからね」

「こいつを処分できないだろうか?」

「・・・わかりました。私の方で外事局内の決裁を取りましょう。国内で、しかも日本人をターゲットにしたことはかつてありませんが、多分承認は下りるでしょう。方法はこちらに任せてください」

「ありがたい。よろしく頼む」


 井岡が行方不明になったのは、企画部長に話を通したわずか3日後だった。

 営業部に所属するエージェントの仕業だろうが、さすがに仕事が早い。

 詳細な報告が上がってくることはないし、自分から訊くつもりもない。園田は営業部のミッションに関与しない、というのが不文律だ。

 井岡の家族からは捜索願いが出ているが、聞くところによると、九州という土地になじめなかったことが原因、として警察内で片づけられたらしい。警察が動かないのは想定通りだった。

 井岡は暴力団のいない世界を夢見て、はるばる九州まで行った。が、政治の道具にされて志半ばで命を絶たれた。

 畠山や八坂は裁判を受けたとしてもどのみち死罪になっていただろう。だが、井岡の場合は、上から指示を受けてやむを得ずやったという事情を酌量されて、有期刑で済んだはずだ。

 その意味では、自分がこいつを殺したことになる。

 胸の中で手を合わせた。

 そして気持ちを切り替えた。

 残るターゲットは二人だ。


 外山元官房長官は、彼が思い描いたであろう青写真通りに総理に上りつめた。

 彼にとって、佐々木は取るに足らない過去の人物ということだ。

 何もするなとは言われたが、政界の新しい形が固まった今こそ、自分に果たすべき役割があると思っていた。

 議員会館で佐々木の事務所に面会を申し入れる。防衛省 審議官 園田雄作と書かれた名刺を秘書に渡すと、まもなくして、部屋に通された。

 ごぶさたしています、と挨拶するが、返ってきたのは、今日は何の用だ? との不機嫌な言葉だ。

 そこからも招かれざる客だということがわかる。もちろんそれは予想通りだ。

「外事局である調査を行っていたところ、録音データがでてきまして。もう用は済んだんですけど、内容が佐々木先生に関る内容でしたので、一応、お聞かせした方がいいと思いまして」

 ICレコーダーをテーブルの上に置き、再生ボタンを押す。

『・・・佐々木さんの指示通り、堂島は八坂にやらせました・・・』

「これは真田警察庁長官と公安の井岡さんの間で交わされた電話のようです」

「電話を盗聴したのか!」

「盗聴ではありません。公安の井岡さんが録音を残していたんです。佐々木さんのお名前が出てきたのには驚きましたが、聞いてしまった以上、隠すのもどうかと思いまして」

「俺の知らないところで話している内容について、俺が責任とれるはずないだろう」

「証拠能力は十分あると思いますが」

「何が希望だ。金か?」

 佐々木は、さげすむように園田を見据える。

「いえ、そんなものをお願いしたら、恐喝でこちらがお縄になってしまいますよ」

 その言葉に少し表情を緩めた。

「じゃあ、何が目的だ?」

「正義ぶるのは柄ではないんですが、このまま何もなし、では通らないと思うんですよね。でも、ただでさえ日本護国党が揺らいでいる中、これ以上、政治が混乱するのも望むところではありません。どうでしょう。この際、自ら身を引かれては?」

「外山が総理になって俺は大臣から外された。それで十分だろう。俺が政治家を引退して君になんのメリットがあるっていうんだ? 俺に恨みでもあるのか?」

「いえ。メリットだの恨みだのありませんよ。柄じゃないと申し上げました通り、強いて言うなら社会正義です。あなたの指示をきっかけに無実の人が死んでますので、禊が必要だと思います」

「俺の指示で人が死んだなど、そんなのはいいがかりだ」

「それだけではありません。この事件の結果、富岡総理は逮捕され、あなたの腹心だった井岡さんは行方不明。実行犯だった八坂は殺された。あなただけ無事というのは不公平ではありませんか?」

「井岡が行方不明だと?」

「ご存じないとは驚きましたね。彼は裏切られるかもしれないと知っていたから電話の録音を残したんでしょう。でも、それを公にする前に、とかげのしっぽのように切り捨てられた」

 佐々木を挑発する。

「ちょっと待て。井岡の行方不明まで俺のせいにするつもりじゃないだろうな。俺の元腹心だぞ」

「警察は井岡さんの家族が出した捜索願いも握りつぶしているそうです。警察の指示で犯罪に手を染めた彼をマスコミから隠した、いや、いっそのこと、この世から消したのではないですか?」

「君、言葉には気を付けろ。事件だと決めつけているようだが、お前らやマスコミが嗅ぎまわるからどこかに雲隠れしているだけだろう。そのうち、井岡も出てくれば事実は明らかになる」

「事実はすでにわかっていますよ。あなたと真田長官が井岡に指示して、都合の悪い情報を掴んだ記者を始末させた。ところが、マスコミの追及が徐々に迫ってきたので、今度は八坂という実行犯のヤクザも殺した。あとは、八坂に指示を出した井岡がいなくなれば安泰、ということですね」

「人聞きが悪いな。そういうのを10階建てのおんぼろビルと言うんだ。誤解のうえに誤解が重なっている。根拠は何もない」

「面白いですけど、笑えません」

 佐々木は座ったまま天を仰いでいる。

 井岡が行方不明になった話をしたとき、その反応は驚きに近かった。もし、井岡の行方不明に外事局が絡んでいることを警察から聞かされていれば、佐々木の表情に外事局に対する怒りか、恐怖のいずれかが宿るはずであった。

 どちらもないということは、そもそも警察が掴んでいないか、警察から情報の連携を受けていないということだ。

「そもそも、井岡が殺人に関った証拠があるとでも言うのか? あいつは真面目で優秀な男だ。そんなことをする奴じゃない。百歩譲って井岡が関わっていたとして、俺は政界に入ってから一度も井岡と会っていない。井岡が真田の指示を曲解して自分の判断でやったということだ。いい加減にしないと名誉棄損で訴えるぞ」

 あくまで佐々木は強気だった。

「よそで吹聴しているわけでないですから、名誉棄損にはあたりません」

「俺は今でこそ大臣ではないが、警察のトップを務めた男だ。あまり軽く見てもらっては困るな。君は外事局を代表してここに来ていると受け取っていいのか?」

 佐々木は逆に威圧してきた。

「いえ、ここに来たのは、あくまで私個人の判断です」

「そうだろうな。外事局を代表してここに来たとしたなら、それは警察組織へのおおっぴらな宣戦布告であり、あまりに大胆な話だ」

「宣戦布告なんて滅相もないことです」

 佐々木は少し余裕を取り戻した様子だ。

「いやな。前々から思ってたんだ。外事局という秘密組織がこのままでいいのかって。そろそろ国民の前にありのままを開示して、公式組織化の判断を仰ぐべきじゃないのかと。それが民主主義国家ってもんだろう?」と園田に投げかける。

 逆転攻勢のつもりか。さすがにこちらの弱点をちゃんと押さえている。

「そこは一公務員の私がとやかく言うことではありませんので、ご判断は政治家にお任せします。でも、佐々木さんには閣内にいた人物として外事局に関する秘密を保持する義務があります」

「俺は漏らさんよ。でも、外事局のOBだっているわけだし、他にも知ってる人間は多数いる。そういった輩がいつ情報を拡散しないとも限らんという話だ。君もつまらんことに首を突っ込む暇があるなら、国民の審判を受けられる準備をしておいた方がいい」

「それはご親切にありがとうございます。ただ、たとえ、世の中に情報がリークされたとしても、JSD、日本セキュリティ開発株式会社をつぶせば済む話です。外事局までは辿り付けない。会社はまた作ればいいですから」

 この指摘に佐々木は返す言葉が見つからないようだ。

「事件の話に戻ります。誤解があるといけませんので申し上げますが、外事局はもちろん、私もあなたを追い詰めたくてここに来たわけじゃありません。逆です。貶めるつもりなら、あなたにお伝えすることなく、このメモリを匿名でマスコミに送り付ければすむ話です。そうすればあなたは議員辞職だけではすまないでしょう。でも、ご納得いただけないのなら、仕方ありません。政治が混乱することは本位ではありませんが・・・」

 ICレコーダーを鞄にしまって、静かに立ち上がった。佐々木の様子をちらっと確認すると、脂汗を流しながら、うめいている。

「待て。・・・結果論として、誤解を生むような言動をした俺に道義的な責任があるというなら、そうかもしれん。わかった。次の衆院選には出馬しないと約束しよう」

 どこまでも未練がましい男だ。

 園田は再度、佐々木に向き合うと、テーブルのうえに勢いよく両手をつき、身を乗り出した。

「佐々木さんはここまで多くの実績を上げられてきた方です。政界を引退されても、弁護士や財団法人の理事など、まだまだご活躍の機会はあると思いますよ。晩節を汚さない方がよろしいかと。今すぐご決断を・・・」

 佐々木は自分の目をまっすぐに捉えてくる園田の顔を睨みつけ、唇をぶるぶる震るわせて何か言いたげであったが、自分に分がないことに気付いたか、最後は目を伏せ、わかった、と小さくつぶやいた。

「ご理解いただきありがとうございます。それと、真田長官にも退官いただく必要がありますので、佐々木さんから引導を渡していただけますか? 1週間お待ちします。結果は報道で確認させていただきますので」

 佐々木から返事はなかったが、ICレコーダーからメモリを抜き取りテーブルに置くと部屋を後にした。

 それにしても、悪い奴ほどよく眠る。世の中、そうできているらしい。佐々木が罪の意識を全く感じていない様子を見てあきれるしかなかった。

 この対応を聞いたら、戸城はきっと、甘い、と言うだろう。法の裁きを受けさせるべきだと。だが、彼らはまだ公権力を握っている身だ。私が追い込めば逆襲を受けることになるだろう。そうなれば、自分の立場だけでなく、外事局の存在自体を危うくしかねない。外山にも釘を刺されたではないか。

 戸城は納得しないとしても、自分の心に引っかかっていた橋口への引け目は少し緩和されそうだ。

 結果は5日後の新聞報道で確認できた。

 佐々木は健康上の理由で議員辞任、真田は橋口の誤認逮捕の責任をとっての辞任を表明した。


 9月6日


 横浜国際女子大の学長に電話をかけた。この春、学長に上り詰めた小林だ。

「そういうことでよろしく」

 要件を伝え終わり、相手の反応を待つ。

「こちらはかまわんが、やけに急な話だな」

 小林は少し戸惑っている様子だ。

「前任者より優秀だから問題ない。こき使ってください。そもそもお宅の大学を出た秀才だから信頼性は折り紙つきでしょう」

 小林がパソコンで検索しているのか、カチャカチャと音がする。

「ええと、社会学部の戸城彩恵子・・・。あったあった。・・・1年のときに3回留年しているが、結局オールAで卒業・・・か。変わった経歴だな。特に素行上の問題も無かったようだし。給料はそちらで補填してもらえるんだな?」

「もちろん」

「形式上、履歴書を送ってくれ」

「わかった。では10月頭から、ということで」

「横峯はどうするんだ?」

「君に紹介してもらった逸材だからな。めでたくJSD本社の人事部に出世だ」

「いまさらの質問だが、どうしてうちの大学なんだ? こちらが聞くのも変だが」

「おたくの学校の外国語や世界史、国際政治に関する教育の質は他の追随を許さない。世界中の11か国の大学と提携し、著名な教授を多数、招聘しているだけのことはある。それと、高校生のスクリーニングのノウハウも優れている。テストや内申に優れた生徒ではなく、可能性を秘めた有能な学生を集める仕組みがしっかり構築されている。一流大学を出ても組織で使い物にならない学生は結構いるのが実情だ。できるだけ国際感覚に優れた学生さんをJSDに入社させたいからね。これは国益に直結してくる」

「さすがよくわかってるな。こちらも感謝している。JSDの持つ海外に関する膨大な情報に無料でアクセスさせてもらっているからね。私も微力ながら国益とやらに貢献させてもらうよ」

 電話を切って、満足気に椅子にもたれかかった。

 前任者の横峯には、外事局の第二人事部からお呼びがかかった。出世街道を歩むってことだ。

 横峯が昨年リクルートした14件のうち、5件は戸城が探し出したものだ。戸城には横峯以上に調査能力、そして人材の適性を見抜く力があると睨んでいる。彼女がリクルートした人物は入局後の成績も群を抜いている。横峯の後任には戸城が最適と考えた。

 有能だが恵まれない家庭で育った子供は、国家からすると都合のいい存在だ。

 親や世の中から見捨てられた子供に、国家から救いの手を差し伸べる。

 そして、自分は生きていていい存在で、誰かの役に立つことができるという自信を与えてあげるのだ。そうすれば、この国のために尽くそうという忠誠心と目標に向かってがむしゃらに突き進む姿勢が自然と備わってくるというわけだ。

 その思惑は当たって、戸城に限らず何人もの優秀な人材を外事局に引き込むことができた。

 女子大だけでなく、男子学生のスカウト用に別の大学の選定も済ませた。ここの学長と親交を深め、小林と同様に強固な関係を築きつつある。

 自分の息のかかった有能な人材で外事局のスタッフを固めることで、自分の理想とする組織を作り上げる。それが狙いだ。

 戸城をこの大学に異動させたのにはもう一つ理由があった。

 このまま戸城をマスコミにおいておけば、その真面目な性格故、どこまでも真実を追求しようとしてアンタッチャブルな領域に足を踏み入れるのではないか。今回の事件を通してそんな危うさを感じた。

 マスコミで学ぶべきものはもう獲得できたはずだ。

 そんなことを考えながら、無意識に机のわきにあった新聞を手に取る。

 1週間前の内閣組閣の速報記事だ。

 外山が内閣総理大臣になったことには感慨深いものがある。政治的手腕は確かなものがあるのだが、なにせ弱小派閥出身であり、かつ、国民の人気がない。笑顔がないのだ。たまにつくる笑顔は口角のみが上がって目は笑っておらず、却って不気味な印象を周囲に与えていた。

 それが贈収賄事件の発覚によって、富岡総理のような弁が立つ政治家は国民を騙しているという不信感を持たれ、逆に、国民へのリップサービスはうまくないが、しがらみがなく、物事をずばっと切り捨てることのできるこの人物の株が急上昇しているのだ。

 この男についていかない手はない。


 戸城

 9月7日


 目の前のテーブルでにわかにスマホが震えだす。

 スマホを片手に取ると、ディスプレイにはYSの文字が表示されている。園田だ。

 園田は外事局の人間には本名を名乗らないが、彩恵子はその少ない例外だ。人事担当だからである。

「横峯が横浜国際女子大から異動になった。学生課職員に空きができたので、そこに入ってくれ」

「え、私がですか。ちなみに横峯さんはどちらに異動されるんですか?」

「それは君にも話せない。もう会うこともないだろう」

「寂しいですね・・・。横峯さんにはずいぶんお世話になりましたから。今の私があるのは横峯さんのおかげです」

「そうだな。でも、君ももう一人前だ」

「一人前って、私、まだ社会人1年目ですよ」

「キャリアの長さは関係ない。素質だよ。それに26歳は新人とは呼ばんだろう」

「25です。・・・ということは、私は出版社を退職するってことですか?」

「そういうことになる」

「この間の総理の犯罪に関する記事で、社内では注目株として認められて、これからというところなのに、残念です」

 わざと笑い声をあげて冗談であることを示す。

「記事に君の名前が出なかったのはよかったが、目立つと外事局での仕事がしづらくなるからな。マスコミの取材手法について学んでもらったがもう十分だろう。今後はリクルーティングに専念してもらう。必要な人材の要件は追って連絡する」

「わかりました」

「学長には、昨日電話を入れて了解をもらったので、明日にでも挨拶に行ってほしい」

 承知しました、と伝えたあとで、どうしても聞いておきたいことがあったのを思い出した。

「ところで、橋口はもうダメですか? 放っておくには惜しい人材ですけど」

「確かにな・・・。あの絶体絶命の状況を切り抜けたのは大したもんだ。最後の情けで外山長官に橋渡しをしてやったところ、驚いたことに、外山長官は本当に橋口と会った。その翌日、松本防衛相の話では、外山長官はすごい形相をして執務室で唸ってたらしい。橋口はソフトウェアの機密情報を外国に売り渡すと言って、外山長官に脅しをかけたんだと思う。大胆なやつだよ。その場で逮捕されたのは当然として、その翌日に釈放されて・・・一体何がどうなってるやら」

 官房長官が悩んでいたのはWARAJIのことではない。官房長官には会ったこともないし、想像でしかないが、そんなことでうろたえる人物ではないだろう。燈から総理大臣の犯罪のことを聞かされ、富岡首相をこれまで通り支えるのか、それとも見捨てるのか、を悩んでいたのである。1日悩んで首相を切り捨てることを決断したに違いない。

 だが、園田には余計なことは言わないことにした。

「それに、公安と暴力団から追われてよく逃げ切れましたね」

「ああ。あいつはサバイバル訓練は受けていないし、協力者もいなかった。運がよかったとしか言いようがない」

 私が協力者だったことは、ばれていないようだ。

「それでもダメです?」

「あいつは矢島をかばおうとして組織のコマになり切れなかった。それにでかでかと顔と名前がテレビに出てしまった。そんな有名人を置いておくわけにはいかない」

「わかりました。じゃあ、私が個人的に口説いてもいいってことですね?」

 園田はにわかに意図を図りかねているようだったが、少し間が空いてから、

「・・・なるほど。あれが君の好みか」と答える。

「橋口のことはまじかで見てきましたから。私には彼女が必要なんです。いままでは同僚、というか商売道具だったので、手は出しませんでしたけど」

「それでわかったよ。橋口が釈放される日、ハイヤーを用意するよう君が進言した理由がね。いや、公私混同などと非難するつもりはない。私も橋口を見殺しにしたくはなかったからな」

 その物言いに少しいらっとする。

「彼女は組織の都合で窮地に追いやられたんですから、それくらいはあたりまえです」

 園田は予想外に強い彩恵子の口調に少し驚いた様子で、

「君も知っての通り、橋口を切り捨てたのは上からの指示で仕方なかった。あの時点で総理から盾突いていると思われたら組織はアウトだったからな。彼女には気の毒なことをしたと思っているよ」と慌てて言い訳を口にする。

 園田はどうやら総理の犯罪を暴くのに燈が主導的な役割を果たしたことに気付いていないらしい。ブラックライトが独自調査で暴いたと思っているのであれば、ありがたいことだ。この男は頭はいいのだが、自分が知っている情報の範囲を超えた想像力を持ちあわせていない。

「そのあたりの事情については理解しているつもりです」

 彩恵子の口調が普通に戻ったのに安堵した様子で、

「あと、本気になるな、とだけ言っておく。わかっていると思うが、君の素性を橋口に明かすのはNGだ」と釘を刺した。

「そこはわかってます」

「君は、今はスタッフだが、ゆくゆくはエージェントとして海外にも行ってもらうことになる。営業部長には前々から君のことは売り込んでいる」

 海外か・・・。昔はあこがれていたが、最近は本当に自分にできるのか、と少し不安になってきた。歳を重ねるというのはそういうことかとも思う。

「私には人事の仕事が向いていると思います」

 先頭を切って走るより、黒子となって人をサポートする方が向いているのだ。

 電話を切る。

 すべてを知っているのは自分だけ、という記者ならではの優越感が湧いてきて、自然と頬が緩んだ。

 新しい道を進むことで、自分の過去とも一区切りつけられることになる。少し清々しい気分になった。


 出版社に出向き、編集長に辞表を提出する。

「母校からお誘いがあり、古巣の大学で働くことにしました。ここでの仕事はやりがいを感じていたのですが、真実を追求する記者という仕事は、自分自身の過去とも対峙しないといけない大変な仕事だってことが身に沁みました。自分には向いていなかったみたいです。これからは人事の仕事でキャリアを積みたいと考えています」

 編集長は表情に親しみを込めながら、

「話はデスクから聞いたよ。記者としての才能を感じてたので残念だ。でも、君のような優しい人間にはマスコミという戦場は向いていなかったのかもね」と言う。

「こちらでは大変多くのことを学ばせていただき、自分でも成長できたと思っています。ありがとうございました」

「いや、礼を言うのはこちらの方だ。君のおかげでうちの雑誌も息を吹き返した。部数は過去平均の三倍だよ。あれ以来、タレコミが自然と入ってくるようになったしな。これからは特ダネには事欠かんだろ。忙しくなるぞってときに辞められて正直痛いんだが、仕方ない。次の職場でも元気でやってくれ」

 残念そうな口ぶりとは裏腹に、編集長の顔は晴れやかだ。

 編集長は今回の事件での私の苦労など知らない。情報が勝手に降ってきたラッキーパンチという認識だから、貴重な人材の流出だとは思っていない。

 デスクには昨日のうちに話をしてあった。

 デスクは、私の退社の原因を、精神的ダメージに見出したらしく、

「一人でヤクザを取材するなんて無茶なことをしたな。そうとわかってたらフォローしてたんだが。でも、君のおかげでいい記事になった」と、半分言い訳がましく、ねぎらいの言葉をかけてきた。

「いえ、先の見えないヤマでしたが、ここまでたどり着けたのもデスクのおかげです」と持ち上げて職場をあとにした。

 園田の口利きではなく、自力で入社試験を受けた身としては、円満退社ができたことにほっとしたが、記者の醍醐味を少しかじったところでの退職に、少し心残りがあったのも事実だ。

 あと、上がるはずのボーナスをもらい損ねたことが少し悔しかった。


 8月下旬に燈と久しぶりに会ったのち、珍しいことに母親から電話があった。親元を離れてから電話をもらったのはこれが初めてだった。

 義理の父が死んだことを知らされた。

 母は憔悴しきっていて、あまり詳細な話は訊きだせなかったが、家の近所で車にはねられた、ということはわかった。はねた人物は特定されていないと言う。

 葬儀はすでに組の関係者が済ませたとのことだ。そういえば、母は籍を入れてなかったから、内縁の妻ということになるのだろう。自分の苗字も戸城のまま変わっていなかったことに、今更思い至る。

 母は、こっちに帰ってきて、と泣きついてきた。

 こちらも仕事があるし、そんなわけにはいかない、と答えるが、仕事はこっちで探せばいいじゃない、などと言い出す始末だ。

 最後は彩恵子のことはあきらめたのか、

「望はそろそろ大学も卒業よね。そしたらこっちで就職させればいいわ。あなたからも言っておいて」と無責任なことを言っていた。

 おそらく望にそんな気はないだろう。

 やれやれと思いながら、電話を切った。


 そんなこともあって、望と話をしておかねばと思い、久しぶりに会うことにした。

 昔は月に1回は夕食を共にしていたが、例の事件が発生して、忙しさのあまり会う機会を逸していた。

 東京に来てからの望は、すっかり陰気な影をまとって口数も少なくなっていた。

 家でのことは思い出したくないだろうと、当たり障りのない話をして、生活や学業で困ったことがないか確認して寮に送り届けた。

 今回選んだ店は、青山のこじゃれたイタリアンだ。

 現れた望は、私の顔を見て、意外にもカラッと吹っ切れたような笑顔を見せた。席に着いた望から出てきた言葉は、

「あいつは、暴力団員にひき殺されたらしいね」というものだった。

「えっ、あいつって、義父のことだよね?」

「うん。あいつが菅野組の組員だったってことは、お姉ちゃんも知ってるでしょ? 前々から近所で有名だったから」

「うん。それは聞いたことがある」

 私をいじめた悪ガキの顔が思い出される。

「あいつが母さんに、八坂組には復讐してやる、みたいなこと言ってるのを何度か聞いたことがあったんだ。そのときは、単なるリップサービスだろうって思ってたんだけど」

「えっ、じゃあ、あいつは実際に八坂組に復讐したってこと?」

「去年の話だけど、八坂組の組員二人が撃たれて死んだ事件があったでしょ? 今思えばあいつがやったんだよ。SNSでも拡散されてた」

「なるほど。ありえない話じゃないけど・・・」

「当時、母さんと電話で話したとき、あの人が仇をとってくれたって、はしゃいでたことがあった。そのときは意味がよくわからず聞き流してたけど」

「ということは、今後は逆に八坂組から復讐されたってこと?」

「私の勘では多分そういうこと」

「望の方が私よりよっぽど情報収集力があるわね」

「姉ちゃんのアンテナが低すぎるんだよ。鈍いっていうか、見ないふりしてるっていうか」

 自分が過去を忘れたくて封印している間、妹はずっと冷静に観察していたようだ。

 自分よりもスパイ向きだ。

「それが本当なら複雑な気持ちよね。形式上とはいえ、身内の人間が人を殺して、そして、殺された・・・」

「お姉ちゃんはすぐそうやって建前を言う。かっこつけずに、もっと自分の気持ちにすなおになればいいじゃん。死んでいい人間同士が殺し合いして減っていく。社会にとって喜ぶべきことだと思うけどな」

「実も蓋もないわね。私も殺人を犯した者が死刑になるのは当然だと思うけど、人の死を喜ぶってなんか抵抗感があるじゃない?」

「姉ちゃんはあいつから逃れてだいぶ年月が立っているからね。どんだけ嫌な奴だったか、記憶が薄れてるんだよ」

「そんなことないけど」

 そう否定してみたものの、過去の嫌な記憶と同時に心の奥に封印していた後悔がよみがえってくる。

 望は昔から決して泣き言を吐かなかった。だが、中学生だったときの自分には望がいたが、中学生の望に味方は誰もいなかった。自分よりもつらい目にあっていたはずなのだ。

「望を置いて東京に来ちゃったこと、今でも申し訳なく思ってる」

 彩恵子は頭を下げた。

「そんな何度も謝んないでよ。お姉ちゃんが私の盾になってくれたことは、子ども心にもはっきりと覚えてる。お姉ちゃんの強さを見習わなくっちゃって私も強くなれたし、私に高校進学の道を開いてくれた。でも、あいつにひどいことをされたのも事実」

「ひどいことって・・・?」

「それはお姉ちゃんにも言えないな」

 それを聞いて青ざめた。貞操に関することだろうか? 今までは無事にやり過ごしたものと思い込んでいた。だが、姉妹二人で結託したことでなんとか防げていただけで、私のいない家で、義父からどんな目に遭わされていても不思議じゃなかった。

 やはり、望を置いて家を出てはいけなかったのだ。

「やっぱり、私は間違ってた」

「そんなことない。お姉ちゃんはお姉ちゃん、私には私の人生がある。私も来年は大学を卒業して社会人になる。いつまでにお姉ちゃんにおんぶにだっこってわけにもかないしね。私はお姉ちゃんからも卒業することにする」

「えっ?」

「お互い過去に囚われなくていいってこと。もう義父も死んだことだし。お姉ちゃんもこれからは自分の未来のことだけ考えて生きなよ」

「望は強いよ、やっぱり」

 かろうじてそう言ったが、頬に涙が伝った。

 過去に何があったのか、それ以上聞く勇気はなかった。

 守ってあげてたつもりの望が、いつのまにか自分よりたくましくなっていた。

 お人形さんみたいだった望のことが大好きで、おままごとの延長で、小さいころは髪をとかしてあげていたことを思い出す。永遠じゃないにせよ、会えないと思うとつらかった。

 しばらく沈黙が続いたのち、望が口を開く。

「あいつは、母さんのパートの職場の関係者だったらしくて、八坂から借金の督促を受けてるのを知って近づいたみたい。母さんに相当惚れこんでたんだと思う。母さんの相談に乗っていて、邪魔な父が八坂に殺されるのをわざと見殺しにした。そして卑劣にも後釜に入り込んだみたいなの」

「母さんが弱ってるところにつけこんだってことか。母さんはああ見えて美人でならしてたらしいから」

「八坂組憎しで菅野組のチンピラに頼ったんだろうね。でも、結局、父さんのことは守れずに、ミイラ取りがミイラになっちゃった。昔はあんなんじゃなかったんでしょ?」

「そうね。昔はずっと優しかった」

「いいなあ。でも優しかった母さんを想像すると逆に気持ち悪いけどね」

「この間、母さんが望に家に戻ってきてほしいって言ってたけど」

「それは無理。こっちで就職するから」

「だよね」

「ところで、本当の父さんって、どんな人だったんだろうね。義父は口を開くと父さんのことを馬鹿にしてたけど」望がつぶやく。

「私も正直あんまり覚えてないのよね。仕事が忙しいとか言って大抵深夜に帰ってきたから。週末は疲れて家でゴロゴロ寝てたし。体調崩して会社辞めてからは、いつも陰気臭い顔してたな。そう言えば伯父さんに昔会ったときに父のことを尋ねたことがある。無口だけど、男気があるやつだったって」

「イメージわかないなー。写真もろくに残ってないもんね」

 その後は、私が覚えている父と母の記憶を妹に話して聞かせた。山ほどの嫌なことから、ほんの少しの良かったことを一つ一つピンセットでつまみ上げるように。そしてその作業は彩恵子自分の心の隙間を埋める作業にもなった。


 10月1日


 学長への着任の挨拶が済んで、自分の席を案内される。

 ここに横峯さんが座ってたっけな、と思い出した。横峯さんのおかげで今の私がいる。その後を継ぐのかと思うと感慨深い。


 **

 最悪だった中学時代。義父の暴力が度重なり、早くここから逃れたい。その一心だった。

 だが、進学する金もない。あったとしても義父に学費を頼むなどありえなかった。

 どこで働こうか? 具体的なイメージも持てないまま3年生の夏を迎えたところ、東京の全寮制の高校から思いもかけず誘いの声がかかった。

 その高校のスタッフが来宅し、母と一緒に会った。

 母は、うちはお金がないので高校に行かせるつもりはありません、と渋ったところ、お嬢さんは優秀ですから学費だけでなく寮費も無料でかまいません、との破格の待遇を提示された。

 お子さんの親離れの意味でも有意義です、との先方の言葉に、それまで興味なさげだった母も急に相好を崩し、「そうよね、あまり親元に縛り付けておくのもね」と言って、賛成に回った。家から厄介払いをしたかったのかもしれない。

 寮費が全額無料だなんて、世の中そんなに都合のいい話があるはずない。彩恵子自身、この話には懐疑的であったが、なんでも学長が英語の弁論大会を観ていたらしく、発表がすばらしかったのでぜひ、という話らしかった。

 確かに中学2年のときに応募した英語の弁論大会で県代表になり、東京まで行ったことがあった。そのときに目に留まったということなのだろう。


 大会では、彩恵子の思うリーダーシップについて話した。

 チームで先頭を走る人が走りやすいように応援し、そして後を走る人の意見を吸い上げて、行動しやすい環境を作る。チームが袋小路に迷い込んだときには、みんなを勇気付けて一致団結して打開策を練るよう促す。チームの一番後ろからみんなを支えるリーダーになりたいと訴えた。

 5歳のときから英会話の習い事に通っていた。経済的に裕福ではなかったが、英語だけでも身につけさせてやりたい、との両親の思いからだった。

 実際、英語は大好きになり、これだけは誰にも負けないという自信がついた。中学一年のときの担任の先生から勧められたのがきっかけで、英語のスピーチコンテストに出場することが夢になった。

 家の協力は全く得られなかったが、中学の先生が親身になって後押ししてくれ、なんとか大会出場にこぎつけた。

 決勝には行けなかったものの、中学時代で唯一、誇れる思い出だ。

 形式的な試験を経てこの高校に合格した。

 中学を卒業すると入寮のため、一人で上京した。

 周りは当然のことながら知らない人ばかり。不安だらけであったが、家にいるよりは数倍ましであった。

 好きな人もできた。打ち明けてはいないので、相手は単なる友達だと思っていただろう。そのときのことを思い返すと、今でも甘酸っぱい記憶が頭の中にじわっと広がる。

 私の人生においてもっとも自由があふれていたときであった。

 高校3年の夏、大学なんて全く考えていなかった彩恵子に、担任の先生から横浜国際女子大を紹介された。ふって湧いたような話に、半信半疑でこの大学の説明会に参加したところ、そこにいたのが横峯だった。

 丁寧に受験の方法と対策を教えてもらい、大学に合格することができた。

 横峯は、入学後も彩恵子のことを何かと目にかけてくれたが、そのうち、大学のちょっとした仕事を頼まれるようになった。高校生のスクリーニングの手伝いである。全国から優秀な高校生を大学に集めるという。

 なるほど、自分はこうやってこの大学に招き入れられたのか。その仕組みが理解できた。

 そんなとき、横峯からJSDという会社の話を聞かされた。

「今のバイトの仕事の延長みたいなものよ。学生を続けながらでいいから入社しない?お金は結構いいわよ」

 手伝っていたスクリーニングが、単なる大学への勧誘ではなく、国家もからんだ構想の一環であることを知り、ショックを受けた。

 自分はともかくとして、彼ら彼女らにとってこのレールに乗っていくことが、果たしてふさわしい道なのだろうか?

 そんな疑問を感じながらも、この申し出を引き受けることにしたのは、横峯に世話になったことと、仕事自体が面白かったからだが、他にも理由があった。

 4歳下の妹の存在である。彩恵子と同じく、亡くなった父の子であり、今の義父からすると継子にあたる。このまま家に置いておけばどのような目に遭わされるかわからない。

 彩恵子と同じ高校の寮に入れたい、と横峯に相談したところ、快く聞き入れてくれ、実際にこの高校と話をつけてくれた。

 その段取りが実にスムーズだったので、四年前の彩恵子の高校進学時にも横峯が手をまわしてくれたのかもしれないと思った。

 今はもう横峯の連絡先もわからないが、あのときのことを訊いておけばよかったと後悔する。

 妹の進学の見返り条件として横峯から提示されたのが、彩恵子がJSDの一員として正式に働くことだった。仕事の中身はあまりイメージがわかなかったが、海外を飛び回っている景色は魅力的だった。

 彩恵子が横峯に出した条件は、ただ一つ。妹はJSDに入れないことだった。

 望にはできれは普通の人生を送らせてやりたかったからだ。

 横峯はその条件を承諾した。

 望の進学の話が決まったのを受けて、久しぶりに実家に帰った。

 母親を説き伏せると、わけがわからずぽかんとしている望に荷物の梱包をさせて、引っ越し屋に荷物を託すと、その週のうちに望を連れて上京した。

 大学生活を送りながら、高校生の望の生活を助けた。それができたのもJSDから給与が出たおかげである。

 大学ではもっぱらクラブ活動に打ち込んだ。そして、交友関係を広げるために、その翌年にはまた別のクラブに入り直した。そこでJSDに適した人材を探すのである。

 同世代の若者を観察するのは楽しかった。一人ひとりの隠れた能力を見出す才能が自分にあることに気付けた。

 毎年、数名はいい人材が見つかり、横峯に推薦する。

 大学の単位は登録していないので、最初の3年間は留年となる。つまり、1年生を4回繰り返したことになる。

 昼間は何をしていたかというと、外事局のエージェントになる訓練を受けさせられていた。どういう人物がエージェントにふさわしいか適性を理解するためだ。

 横峯の口癖は、日本国のため、というもので、彩恵子にはピンとこなかったが、自己犠牲というところに違和感はなかった。生きがいが見いだせない人にとって、国家のためという目標を設定することは、ある種の生きるよすがになるのかもしれない。


 4回目の1年生になるとき、外事局がシステムに詳しい人物を必要としていたことから、空手部を辞めてプログラミング部に入部した。そこに同じく1年生として入ってきたのが燈である。

 燈は、彩恵子より三歳年下ということになるが、そのことは燈には内緒だから、燈はきっと冴子のことを同じ歳だと思っているだろう。

 この子はいい、と直感で思った。

 彩恵子のタイプだったから、という邪心もあるが、それだけではない。余計なことに惑わされず、目標までの最短の道のりを描ける能力。そして、人間的には適度な脱力感を漂わせていて、これが相手を油断させる。

 何度かの挫折が彼女のこういった人格を形成したのだろう。プログラミングの腕はクラブの中でぴかイチだった。

 エージェントとしての訓練を修了したこと、また、これ以上留年するわけにはいかないという事情があったことから、彩恵子も燈と一緒に2年、3年と進級し、ごく普通の同期として過ごした。

 そして、3年の後期になって、燈のことを横峯に推薦した。

「ああ、この子ね。知ってる。私が大学に入れたから」との横峯の言葉に、燈が実は、かつての自分と同じ立場であることを知った。妙に納得したことを覚えている。

 彩恵子の身分を明かさずに燈を外事局に送り込むためには、あまり親密になりすぎるのもよくない。つかず離れず、を心掛けた。

 楽しかったとはいえ、悲しい片思いであった。

 4年生になると、横峯から、情報収集能力を磨く必要があることを指摘され、マスコミに就職するようにと半ば強制的に勧められた。

 しぶしぶながらマスコミ向けの勉強を始めたものの、所詮、付け焼刃で、第一志望の新聞社は落ちてしまったが、社会派で有名な雑誌ブラックライトを有する出版社になんとか就職することができた。

 **


 あんなに頑張って入社した会社をたった半年で退職することになるとは思わなかったが、仕方ない。おかげでいろんな仕事を経験できるのだと思うことにした。


 10月15日

 大学に着任してから2週間が経過した頃、仕事にも少し慣れたこともあって、久しぶりに燈にLINEする。

「久しぶりに会えない?」

「いいよ」

 LINEの返信はすぐに届いた。

 なにせ、燈は人生最大の危機と言える状況で、あまたある人の中から私を頼ったのだ。これを運命と言わずして何があるだろう。

 2か月前に燈と会ったとき、燈が夢に向かって突き進んでいるのではなく、ずっと夢を探してもがいてきたことを知った。かわいそうになって涙が出た。

 でも思えば自分だってそうだ。夢らしき夢がないことに気付いた。私達は同じような境遇を過ごしてきたのだ。

 燈のとなりにいて、夢を一緒に探してあげたい。そして、それが同じ夢だったら最高ではないか。

 自分の気持ちを打ち明ける日がきたのだ。

 振られる不安がないわけではない。だが、燈のことを一番よくわかっているのは自分だ。その自負はある。


 待ち合わせ場所は、横浜郊外の燈が指定したカフェだ。

 シルバーのロードスターで向かうと、駐車場はすぐにわかった。店に入ると、燈はすでに席に着いていて、こちらに向かって手を振っている。

「車、かっこいいじゃん。私を助けてくれたときと違うけど、買い換えたの?」

「この間のは、近所のカーシェアよ。ずぶぬれの人を乗せるのに愛車で行くわけないでしょ」

「あっ、そりゃそうか・・・」

「というのは冗談で、車のナンバーから足が付くと嫌だからね」

「すごい機転・・・。ほんと、彩恵子は一般人にしておくのはもったいないね。スパイにでもなればいいのに」

 苦笑するしかない。

「燈は車、買わないの?」

「車はもうこりごり。さすがにトラウマだわ」

「なるほど。じゃあ、なんでドライブイン? ワインバーかと思ったけど」

「ここはバスだと家から一本で来れるから便利なの。実は、車同様にお酒でもちょっとした失敗があってね。控えることにした」

 燈は肩をすくめてみせた。

「ま、ヘルシーでいいか。私も車で来れて便利だったし」

 おしぼりで手を拭きながら、

「その後は大丈夫? PTSDとか」

「まぁ、なんとか大丈夫みたいよ。神経がにぶくできてるみたい」

 あの自動車事故から始まった一連のひどい体験について、お互いに振り返り、笑い話に変える儀式を済ませる。

 本当は、燈が官房長官と何を話したのかを聞き出したかったのだが、燈は官房長官に会ったことなどおくびにも出さない。それはそうだ。燈は燈で、園田から外事局のことを他人に話すな、と言われているはずなのだから。

「白い車で迎えにきた彩恵子はほんと、かっこよかったなー。まさに救いの女神って感じ」

 改めて過去を振り返る燈からは、あの頃の悲惨さはみじんも感じられない。

 自分の秘密をすべて燈に打ち明けたい、という衝動に駆られるが、許されないことはわかっている。ただ、ひとつだけ共有したい話題があった。

「ひとつ報告があるんだけど、聞いてもらっていいかな? 身内の恥に関することだからおおっぴらに話せることじゃないんだけど、燈にも関係する話なので」

「えっ、なになに?」

「燈のアパートに侵入したのって、八坂ってヤクザだったじゃない?」

「ああ、この間、博多湾で浮かんでるところが見つかったってニュースでやってた。私の知らない人が自分の命を狙った挙句、勝手に死んでいくのって、なんだか不思議な気分」

 ほんとね、彩恵子が相槌をうって説明を続ける。

「私の実の父は、昔、借金の取り立てを受けてたんだけど、その借金取りが実は八坂だったってことが今になってわかった。あいつは父に保険をかけさせたうえで自殺に追いやった。見かけ上は交通事故っていうことにしてね」

「へえ、びっくり。あいつは彩恵子の仇でもあったってことか。八坂っていうやつはホント最低の人間だね」

「不謹慎だけど、死んで正直ほっとしてる」

「・・・彩恵子は母子家庭だったんだね。道理でしっかりしてると思った」

「ところが母はすぐに再婚して。で、その相手というのがこれまた菅野組のヤクザで。最悪でしょ? 私と妹はそいつにずいぶん殴られた。高校に入ってからこっちに逃げてきて、それ以来会わずに済んでたんだけど、2か月ほど前、その義父がひき逃げに遭って死んじゃった」

「事故か・・・、それともひょっとしたら暴力団同士の抗争?」

「うん。その義父が死んでからわかったんだけど、1年半ほど前に八坂組の組員二人を射殺していたらしいんだ。多分その報復を受けたんだと思う。殺されて初めてそいつの犯罪が明らかになるって、警察は一体何やってるんだろうね」

「そんなつながりがあったなんてびっくり。血はつながってないとはいえ、家族に殺人犯がいたなんて・・・複雑な心境よね」

 燈は、彩恵子に気遣って口ごもりながらコメントする。

「私の家ってどこまでヤクザに祟られてるんだか」

 ふーっ、と、ため息をつく。

「そして今度は、彩恵子の義理のお父さんを殺した八坂が、菅野組に殺されたってことね。報復合戦か」

「うん、多分ね。犯人はまだわかってないけど」

「彩恵子にとって、実のお父さんの仇が取れたのはよかったこと?」

「八坂は自業自得だからね。義理の父については微妙。殺人犯だから当然の報いなんだけど、母は頼っていた男が死んで急に弱気になっちゃって。私に帰ってきてって泣きついてきた。一人では生きていけないみたい」

「へえ、それでどうすんの?」

「こっちも忙しいから帰れるわけないし、帰りたくもない。母が新しい恋人でも見つけられればいいんだけど、もう結構なおばさんだからね」

「なるほど。お母さんは恋に生きる人なんだね」

「母のことはいいのよ。ヤクザなんかにはまり込む自分が悪いんだから、しばらく放っておこうと思って。私の悩みは妹のこと。私はこっちの高校に入るときにヤクザの義父のもとに妹を残して来ちゃったことを後悔してる。取返しのつかないことをしちゃった」

「それは仕方ないよ。中学生のときの話でしょ? 自分のことで精いっぱいだったからって自分を責めちゃだめだよ」

「妹が高校生になるときには、こっちに呼び寄せて私の方で面倒を見ることができた。今、大学生4年生で、そろそろ就職ってタイミングなんだけど、先日、私とはもう会わないって言われて・・・」

「あっ、思い出した。そう言えば、一度キャンパスに連れて来てたよね。確か、望ちゃん。東京総合大学だったかな」

「そう。よく覚えてるね」

「うん。だってすごくかわいいんだもん。髪がすーっと長くてさ。でも芯が一本通っててしっかりしてる印象だった。うん、わかるな。お姉ちゃんから自立したいって気持ち」

「私は望がちっちゃい頃から大好きでさ。シスコンってやつ。でも、振られちゃって落ち込んでるところ」

 少し冗談めかして嘆いてみせた。

「望ちゃんも自分の力で生きていく自信が付いたんじゃない? 自力で幸せを掴んだら、きっと彩恵子のところに戻って来るよ」

「そうだね。そう思うことにする」

「ちなみに望ちゃんの代役を私に求めるんじゃないよ。私はあんなにかわいくなれないからね」

 燈はそう冗談を発する。

「ははは」

 笑ってごまかすが、なんだか自分の気持ちを読まれたようで、どっきりした。

「父は殺され、母はヤクザに取られ、そして妹は自立・・・。すべてヤクザのせい。そう考えて一時期は恨みの感情に支配されそうになった」

「それは意外。いつも冷静な彩恵子にもそんなときがあるんだ。でも、彩恵子は自制心がすごいと思うよ。自分をちゃんとコントロールできてるもん」

「そんなことないよ。ときどきつくづく自分が嫌になる」

「嫌になったっていいじゃん。自分が最高、なんてナルシストは気持ち悪いわ。でも彩恵子を悩ませたヤクザも消えたわけだし、これから少しずつ家族の絆も取り戻せるんじゃない?」

「そうね。運命の神様が采配してくれたのかな。話を聞いてくれてありがとう。少し気持ちが晴れた」

「じゃあ、今度は私の話も少ししとくかな。うちはね。家族三人離散」

「・・・それで、ご両親はお元気なの?」

「母親は多分、男と元気にやってると思う。音信はないけどね。父親はいったいどこで何をしてるやら」

「燈もお父さんを探して会いに行ってみたらどうかな? 私はついこの間、墓参りをして会ってきたところなんだ。そうなってからじゃ遅いでしょ?」

「そういう気持ちもないわけじゃないんだけど・・・、会ったときどうなるか想像ついちゃうんだよね。私は昔のように父に対してへいこらするつもりはないし、逆に父親は自分に対等に接してくる娘を自分に逆らったと捉えて許せないと感じるんだよ。きっと。お互いさらに傷つくことになる」

「まだ時間が必要ってことか」

「時間の問題じゃないんだな。私は父親が私にしてきたことについて恨んでないし、謝ってほしいとも思わない。なぜならすでに過去の人だから。私があいつのことを恨み続ける限り、それをずっと背負って生きてかなきゃいけなくなる。彩恵子も経験したからわかるでしょ? 恨みってやつは厄介だからね。いったん頭の中に浮かんだら自己増殖を始めて自分では制御不能になる。そしたら、他の何かに復讐しないではいられなくなるんだよ。きっと。私はそうはなりたくない。そんな呪縛から解き放たれたいから過去からも自由でいたい。それが父と会わない理由」

「そうか・・・すごい決意だね」

 学生時代の燈に感じていた暗い影のようなものは、やっぱり家庭環境がもたらしたものだとわかった。

 横峯が大学に誘った、ということは、ろくな家庭環境でなかったのだろうと思っていたが、予想通りだった。

 もし、燈の父親や母親に何かあれば、後悔して傷つくのは燈自身だろう。親の因果を子どもが背負うのは不公平だと思うがそれが現実だ。でも、まずは燈が安定した幸せを掴むことが先だ。

「彩恵子も望ちゃんのこと、高校から面倒みてたんでしょ? 望ちゃんから独立宣言も出たことだし、家族のことはいったん忘れて自分の人生を生きてみたらどうかな」

「うん、そうね。でも自分だけの人生を生きるのも、それはそれで大変なことだって思えてきた。自分の中に義憤と私憤が入り交ざっていて、記者やってても、どこまでが自分の気持ちで、どこからが社会正義なのかわからなくなってた」

「彩恵子は真面目過ぎるんだよ。そんなにすべてを背負いこまない方がいいよ」

「そうね。最近、少し神経質になっているかも」

 本当は傷ついた燈の心を慰めてあげようと思ってここに来たのだが、逆に自分が慰められていた。

 自分のせいで話が暗くなってしまったが、このタイミングで話すことにした。

 コーヒーカップに口を付けて喉をうるおしてから、自分の気持ちを打ち明けようとしたとき、燈が先に言葉を発した。

「話は変わるんだけど、私、いま矢島と一緒に暮らしてんだ」

「えっ!」

 思わずコーヒーカップにかけた中指が滑り、危うく中身をこぼすところだった。

 燈は、カップがソーサーにぶつかるガチャっという音をさして気にかけるでもなく、

「意外だったかな? 確かに、同僚だったころは何とも思ってなかったんだけどね。あいつが語った夢が、まさに私が見たかった夢と一致してた。いや、正直それまでそんな夢を抱いたことはなかったんだけど、あいつに言われて自分の夢はこれだったって気付いた。不思議なもんね」

「燈が職場恋愛に陥るとは意外だわ。学生時代も、燈のことが好きだった人を知ってるけど、燈は目もくれなかったもんね」

 動揺をなんとか抑える。

 調査書によれば、燈は男性との交際経験ゼロと書かれていた。自分の贔屓目だけではなく、ショートカットでボーイッシュではあるが、愛嬌がある顔立ちをしている。なのに、男とつきあったことがないのは、性指向が違うんだと思いこんでいた。もっとも女性との交際経験についても書かれてはいなかったが。

 どうかした? と燈が私の顔を覗き込んでいるのに気が付いて、なんでもない、と笑ってごまかす。

「でも、なんでまた? あの事故のときだって憤慨してたじゃない。あいつのせいで巻き込まれたって」

「あのときは私も興奮してたからね。落ち着いて考えてみたら、彼からすれば逆恨みみたいなもんだよね」

 それと、と燈は、ストローでオレンジジュースに浮かぶ氷をかき回しながら、言葉をつないだ。

「あいつのことを誤解してた。自分はみんなと違います、みたいな雰囲気を醸し出してて、いけすかない奴だと思っていた。でも、世の中のみんなが自分にできることをやればいい、そうすればこの世はどんどん良くなる。それはどんな小さいことだっていいんだ。そう言ってるのを聞いて。理想を純粋に追い求めている人だってわかった」

「へえ。でも、そういうロマンチストな男に限って生活力なくって一緒にいて面倒くさくない?」

 悔し紛れに少しディスってみる。

「あいつも、私に生活力なんて求めてないからお互い様かな」

「なるほど・・・。で、ひょっとして結婚とか考えてるの?」

「そこは全然」

 それを聞いて少し安堵した。

「それで、矢島は新しいプログラム作ってんの?」

「うん。今度はスパイから狙われることのない平和なやつ。まだ内緒だけど、AIティーチャーっていうのを開発中。学校に行けない子供にAIの家庭教師を無料で提供する。話し相手にもなってあげられるメタバースの世界を構築する。その中にはいじめは存在しない」

 こんなに生き生きと話す燈は学生時代を通じても、初めて見た。

「へえ、燈はそこで何をしてんの?」

「一応、代表取締役社長。兼財務部長および人事部長、ということで、複数の事業プランを立てて銀行を回って、プログラマーやエンジニアを集める日々よ。金は300億くらい集まった。社員はやっと40人になったけど、まだまだ足りない」

 学生時代のアンニュイな雰囲気はどこへ行ったのか。

 心の内にため息をつきながらも、

「ほんと頑張ってるね。燈ならやり切れると思う」とエールを送ると、燈は少し遠い目をした。

「ありがとう。私って、友達がほとんどいないんだけど、中学時代の唯一の友人、麻里奈ちゃんっていうんだけど、その子とずーっと一緒に勉強してた。けど、その子は定時制高校に行っちゃって。それ以来会ってない。今はどこで何をしているやら。頭がよくってさ、私が一言ったら十理解するようなところがあった。私と彼女、どっちが幸せかなんてわからないけど、少なくとも同じ努力したんなら一緒の道を選択できる世の中であってほしいなって思って。それが私の夢」

「いい夢ね。私もその夢応援する」

 燈は今、人より遅めの青春を取り戻した。そして何かを信じる力を取り戻したんだと思った。それはうらやましいことではあった。

 男に負けた、という敗北感はぬぐえなかったが、逆にさっぱりした。久しぶりに会った燈は私が好きだった退廃的な燈ではなかった。今の希望にあふれる姿をみてすっかりあきらめがついた。

 よし。大学で新しい子を探すぞ。

 気持ちを切り替える。全国の高校から優秀な生徒、特に家庭環境などで不遇な目に遭っている子の情報を収集する。いい子がいれば国家予算を使って大学に入学させ、ゆくゆくは外事局に入れる。

「どうしたの? ぼうっとしちゃって」と顔を覗き込む燈に、我に返る。

「実はさ。私も転職したんだ。母校に」

「えっ。この間、出版社内で発言権が増したとか言ってたのに」

「うん。でもこの間のことで疲れちゃった。マスコミの仕事って事実を暴くことじゃない? なんかそういうのは自分に向いてないかなって。もともとは人事の仕事がやりたかったんだよね。大学側から誘われて思わず、うんって言っちゃった」

「へえ、少しうらやましいな。ついこの間、卒業したばかりなのに大学時代が懐かしくなってきた」

 そのとき、いい考えが浮かんだ。

「ねえ、さっき言ってたAIティーチャーの件、私にも一枚かませてくれない? 恵まれない環境にいるポテンシャルの高い学生を大学に招き入れる仕組みを作れるんじゃないかと思って。入学後の成績や就職先の情報を大学側からそちらにフィードバックすれば、そのAIティーチャーが生徒の適性を判断する性能はさらにアップすると思う」

「確かに、それはいいアイデアね。一緒にやろう」

 何はともあれ共通の目標ができた。

 コーヒーカップを目の前に持ち上げると、燈もそれに応じてオレンジジュースのグラスを持ち上げ、乾杯のポーズをとる。

 家まで送ってくよ、と誘うが、燈は車はもうこりごり、とカラッと笑うと、カフェの出口で手を振ってバス停に向かって行った。

 燈の背中を見送ると、自分の車に乗り込んだ。

 ハンドルを握りながら、

「あっ、10万円を返してもらうのを忘れた」とつぶやく。

 燈を救出するためのハイヤーを手配してくれたのは園田だったが、燈に現金を渡すことについては拒否された。 

 現金は決裁が下りないという。そこで仕方なく、自分のポケットマネーをハイヤーの運転手、実際は外事局のエージェントだが、に渡して、燈に渡すよう頼んだのだった。

 もちろん、本気で燈に返金を要求するつもりはない。まだくすぶっている燈への気持ちを吹っ切るための捨て台詞のようなものだ。

 車を走らせる。

 燈はこれからもおそらく未来という壁に何度もぶつかるんだろう。けど、どんな挫折があってもそれを踏み台にして新しい夢に向かって行くに違いない。そんな力強さを持っている。

 私もいったんは過去を忘れて未来へ突っ走ろう。行けるだけ先に進んで、そしていつかときが来れば過去の自分に向き合うために戻ってこよう。

 AIティーチャーのデータベースにアクセスできれば、独占的にいい子にアプローチできそうだ。

 思わずにんまりした。

 趣味と実益を兼ねた壮大なミッションだ。

 もちろん、第一は日本の平和のために。

 そうだ、その前に。

 燈がさっき言ってた麻里奈って子のことが気になった。

 横浜国際女子大学の持つ高校生のスクリーニングの仕組みと、横峯から引き継いだ人脈をフル活用すれば、今どこにいるのか探し出せそうな気がした。

 探し出した後は、どうやって燈と引き合わせるか。

 そんな気の早いことを想像して頬が緩んだ。

 それとも私のものにしちゃおうかな。でも、園田にだけは知られないようにしないと取られちゃうかも。

 車窓から見える秋の空はどこまでも高く、巻層雲がそのしっぽを長く伸ばしている。


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