第3章 勝負
第3章 勝負
八坂
八坂組は東九州市に拠点をおく暴力団である。1世紀以上この地を仕切ってきた八坂家の歴史について、圭三は父から何度も聞かされてきた。
「政治家はご都合主義であてにならん。警察だって汚職まみれ。戦前から戦後にかけて、この街に秩序をもたらし、民の暮らしに安定をもたらしたのは我々だ。誇りを持て」
そんな内容だった。
父、八坂藤吉は今の組長であるが、74歳と高齢である。3年前から持病の糖尿病が悪化して、それ以来入院している。事実上の引退だ。
藤吉の子供3人のうち上二人は堅気の道を進んでおり、現在の組を実質的に仕切っているのは、圭三だ。
藤吉は仁義に厚くて人望もあり、強烈なリーダーシップで配下の組員と地元を固めていたが、入院とともに組織のタガが外れ、組の勢いは急速に衰えていった。
その隙を突いて東九州市まで勢力を伸ばしてきたのが、九州北部に拠点を置く菅野組だ。もちろん、圭三も指をくわえて見ているわけにはいかず、2年前から何かと小競り合いを繰り返している。
そんなさなか、八坂組の若頭と組員の2名が何者かに撃たれて死んだ。
若頭は、藤吉が長年頼りにしてきた存在で、自分も子供の頃からずいぶん世話になった。もう一人は若手だが、圭三がもっとも目をかけていた男だ。八坂組にとって最も大事な人材が失われたことになる。
事件発生から1年がたつが、警察の捜査は遅々として進んでいない。
警察に頼るつもりはないが、いまだに犯人がわからない状況に苛立ちを抑えられない。
証拠こそないが、菅野組の仕業と確信している。
圭三は、自らの手で仇をとってやると心に誓うものの、その事件以来、ある組員は菅野組に懐柔されて引き抜かれ、または、足を洗って逃げ出す始末で、組織を維持するのもままならない状況だ。
いっそのこと、自分一人で菅野組に殴り込みをかけて刺し違えてやろうか、という衝動にかられるが、入院中の親父のことを考えると、後は野となれ、というわけにもいかなかった。
そんなとき、地方の名士である桜岡から電話が入った。
菅野組と手打ちをしてはどうか、との提案だった。
桜岡は、東九州市で芸者置屋を営む男で、駐車場やスーパー銭湯など手広く経営し、家は代々市議会議員を務める家系だ。今は、兄が議員を務めている。
置屋とは芸者を座敷に派遣する商売である。その商売柄、各界の権力者の接待をすることが多く、多種多様な情報が芸者の耳に自然と飛び込んでくる。
桜岡は芸者を通じてそれら情報を掴んできた。例えば、誰がなんの病気だとか、どの職業の景気がいいとか、誰が誰と会った、といったトピックを幅広く押さえている。
さらに市議会議員である兄のルートを通じて、市政の動きや警察の情報も得ることができる。つまり、この街の状況は手に取るようにわかるというわけだ。桜岡はこういった情報をうまく利用してビジネスを広げ、八坂たち、裏の社会とも結びつきが強い。
博多など他の地域では、菅野組とも付き合いがあるようだ。
ただ、桜岡の言によれば、ここのところの菅野組の傍若無人なふるまいを桜岡自身も苦々しく思っているとのことで、本音では八坂組に盛り返してほしいと願っているようだ。
実際、菅野組のシマの商店街からは、みかじめ料の値上げを迫られて困っている、とこぼす声が八坂のもとにも漏れ伝わってくる。
生まれ育った町をあいつらの好き勝手にさせるわけにはいかない。
5月11日
桜岡の指定した料亭に赴くと、女将に2階に通される。
個室には桜岡ともう一人、菅野組の人間と思われるガタイのいい男が座っていた。
顔には見覚えがある。若頭だ。確か、堂島龍二といったか。
にがにがしい思いでその顔を眺める。
菅野組の中でも武闘派で通っている。こいつがうちの若頭に手を下したのかもしれないと思うと、懐に忍ばせているナイフを取り出して、この場で片を付けてやりたいという衝動が頭をもたげる。
桜岡の手前、平静を装い、相手の対面に腰を下ろすと、
「俺は代行だ。釣り合いが取れるのは組長の菅野康夫だと思うが、顔を見せないとはどういう了見だ」
と問う。
若頭は圭三の目を見据えると、
「組長がお前のような若造に会うことはない。俺で十分だ。それを言うなら、お前のところも組長の八坂藤吉が出てくるべきじゃないか?」とぼそっと答える。
「組長が入院中なのは知ってるだろう?」圭三は色を成すが、桜岡が間に入り、
「まぁまぁ、圭三さん。こう言っては何だが、今は対等とは言いがたい状況ばい。現実を見んね」となだめる。
この人殺しが、という一言をなんとか腹の中に収めて、
「和解の条件はなんだ」と問う。
「シマの線引きをするけん。東九州市と、その他たい。八坂組は今後、東九州市からは出ない。菅野組は東九州市では活動しない。お互いにみかじめ料をとっている店のリストを交換する、ということでどげんな」
堂島の顔を見るが、薄ら笑いを浮かべるだけで、何の反応も見られない。すでに桜岡と菅野組の間で条件は握られていたのだろう。
「八坂組にとって悪い話じゃない。こっちも、同じシマで争われると商売人や住民にも迷惑がかかるけん、仲良くやってくれ」
八坂組がどうあがこうと、東九州市の外では行き詰まっている。であれば、力ずくで奪われるよりはマシか。これで看板を下ろさずに済み、おやじの顔に泥を塗ることもなくなる。
本音で言えば願ったりかなったりであり、菅野組はよくこんな条件を飲んだものだと感心すらする。
桜岡から契約書を受け取ると、隅々まで目を通し、罠が仕組まれていないか確認する。そこに書かれているものはシンプルで特に裏はなさそうだ。
続いて、堂島の顔を凝視し、腹の底に何か隠し持っていないか見極める。
圭三の刺すような視線を受けて、堂島は少しおどけた表情をしながら、
「こっちは、異論はないけん」と言う。
腹に一物持っている風ではなく、この和解を真に望んでいるように見えた。
契約書にはすでに菅野康夫と堂島のサインと血判が押されている。圭三も同様にサインをすると、ナイフで親指の腹に傷を付けて、血判を押す。
「これで和解成立たい」
桜岡が満足気な表情で、圭三のおちょこに日本酒を注ぐ。
そして、堂島と盃を交わした。
だが、和睦したからといって菅野組のことを許したわけではない。
「ところで、うちの若頭と若いもんが誰かに撃たれてから1年にもなるが犯人が見つかっておらん。あんた、何か知っとらんか?」
「あれは痛ましい事件だったのう。俺のところにも情報は上がってこんが、どこぞのチンピラの仕業だろう」
堂島は、白々しく宙を見て言う。
せっかくまとまった契約がおじゃんになるのを恐れてか、桜岡が口を挟む。
「こういう仕事をしてると、いろいろ情報が入ってくるもんだが、その事件については、皆目情報が上がってこん。警察もあの事件を受けて、このあたりの治安維持に本腰を入れとる。新しい署長はやり手で有名で、副署長時代に東京から腕利きの公安を引き抜いたって話たい。暴対だけじゃ人手が足りんと、公安も組んで取り締まりを強化するつもりらしい。あとは、税関とも組んで密輸対策も進めとると聞いたばってん、あんたらも事件が解決するまでは大人しくしといた方がええ」
さすが、情報通の桜岡だ。もう少し詳しい話を聞きたいところだが、菅野組の若頭がいる場では酒がまずい。
場を盛り上げようとあれこれ話題を提供していた桜岡だが、しばらくしてネタがつきると、その場は小一時間でお開きになる。
堂島は、自分はここで、と店の外にいた若い者を引き連れて夜の街に消えた。
堂島の姿が人混みに紛れていくのを眺めながら、圭三は桜岡に言葉を投げる。
「うちの若頭をやったのはあいつだな。少なくとも下手人が誰かは知っているだろう。ところで、あいつらがどうして和解なんか受け入れたんだ?」
「ここだけの話、公安が菅野組の犯罪行為の証拠をつかんだらしい。それを餌に和平を進めてくれと頼まれたと」
「公安?」
意外なワードに声が吊り上がる。普通、暴対だろう。
「そういえば、名刺を預かっとった。あんたのところにも連絡が入ると思う」
桜岡が名刺を圭三に渡す。そこには警備部長 井岡和也、とある。なぜ、菅野組の犯罪行為のネタをつかみながら、それを見逃して我々の和解を促したのか。こっちに貸しを作ろうって魂胆か。油断ならない。
「菅野組の犯罪行為って何だ?」
「内容までは公安も教えてくれなかったので・・・」
その井岡から電話が入った。若い者から子機を受け取ると、
「初めまして。警備部の井岡と言います」との低い声が響いた。
「公安が何の用だ」
「あんたのところは当面、暴対じゃなくて警備部が担当することになったので、お見知りおきください」
「ご丁寧なことだな。VIP待遇してくれるってことか?」
吐き捨てるように言った。
「菅野組とは手を打ったらしいですね」
「あんたらが手をまわしたと聞いたぞ。まさか俺に恩を売ったつもりじゃないだろうな。見返りはないぞ」
「そんなものは期待していませんよ。菅野組をつぶすために、まだまだお宅には投資するつもりです。返してもらうのは菅野組が潰れてからでいい。共闘しましょう」
「それは条件次第だな」
「結構です。いい話があれば持ってきますよ」そう言って井岡は電話を切った。
悪い話ではないが釈然としない。
警察への警戒を解いたわけではないが、組を守るために使える者は使えばいい、と自分を納得させた。
7月11日
菅野組と手を打って以来、東九州の街は平穏さを取り戻している。
肩をいからせるように闊歩していた菅野組の組員を見かけることはなくなった。
正直ほっとした気持ちはある。
そんなさなか、井岡から久しぶりに電話があった。
「今日は悪い話だ」
最初の頃は慇懃な物言いだった井岡だが、何度か情報交換を繰り返して、今では、なれなれしい口調に変わっている。
「毎朝新聞の記者が八坂組の犯罪情報を入手し、証拠を追っている」
「濡れ衣だな。一体うちが何をやったっていうんだ?」
「盗品をさばいてるらしいじゃないか」
黙ってる八坂を尻目に、井岡は説明を続ける。
「自動車の窃盗グループの一部の面が割れて、捜査の手が及んだ。メンバーの一人がかくまってもらおうと菅野組に泣きつき、菅野組に盗品リストを渡してしまったらしい。そして、菅野組は取材に来た記者にリストを渡した。・・・以上はその記者から聞いた。菅野組がどういう意図で記者に渡したのかはわからんが、おそらく、自ら手を汚すことなく、おたくらを追い込もうってことかもな」
まだ、違和感がぬぐえない。
「話が読めねえ。あんたはどうやってその記者から話を聞き出したんだ?」
「その記者が情報を持って警察に取材に来た。要は情報を渡すから、捜査情報を優先的に流してくれってことだ。八坂組に関する案件は警察内で公安が担当するって取り決めを行っているから、暴対に代わって俺が直接話を聞いた。つまり、暴対はこの話を聞いていない。ラッキーだったな。暴対が聞いていたら今頃、八坂組への強制捜査に乗り出している頃だ」
よりによって警察からこのような事実を伝えられるとは。
八坂組の命運を握る事実が、菅野組のみならず、マスコミ、警察にまで知られていることに、眩暈を覚える。
正直なところ、政治的な駆け引きは苦手だ。敵と味方ははっきりさせておきたい。公安は敵なのか味方なのか?
「それでこの俺にどうしろって言うんだ」
「その記者から盗品リストを受け取ったが、俺もそれをなかったことにすることはできない。いずれ上にあげなきゃならん。だが、あんたがこの記者を止めて、物を処分するなら、こちらも握りつぶすことはできる」
「記者を止めるって、どうやって?」
「そんなことは自分で考えろ。自分が蒔いた種だろうが」
肝心なところはぼやかしやがる。
「その記者が証拠を握っている確証がほしい」
「記者からもらった盗品リストをメールで送る。もし疑うんなら、その記者にこのリストの出所を自分で訊いてみるんだな」
井岡が突き放すように言って電話は切られた。
まさか公安が殺人を推奨するはずがないから、公安の罠である可能性がある。
そう思いつつも、この井岡という男は信用していい、と直感が告げていた。
物の処分は無理だ。輸出するまでなんとかしのぐ必要があるが、どのみちその記者は始末するしかない。
4日後に羽田へ飛んだ。
井岡から送られてきたリストを念のため組員に確認させたところ、博多の倉庫にある輸出品と一致していることがわかった。
記者の名は東園久志だと井岡は言っていた。
なぜ東京の記者がわざわざ九州の菅野組に取材に? という疑問はあったが、組員の話によると、その東園という男は、関東では暴力団関連の記者として有名ということだ。その実績を買われ、今後は九州にも首を突っ込んできたということなのだろう。
九州のヤクザを甘く見た代償は払ってもらう。
空港を出ると、博多港の労働者を束ねる役目の斎藤、という設定で、毎朝新聞に電話をかける。
東園を指名すると、少しお待ちください、という言葉と、それに続く保留音が返ってくる。
しばらくして東園本人が電話口に出た。
八坂組の犯罪行為について情報を握ったので買わないか、と単刀直入に持ち掛けた。東園は思った通り食いついた。
品川駅にほど近いバーを指定し、20時に落ち合うことにした。ここは八坂組の息がかかった店だ。
演技が得意ではないが、ヤクザとばれないように、しぐさや言葉使いに気をつけねば、と自らを戒める。
店の一番奥に座ると、東園を待つ。店は空いており、東園が来たらすぐにそれとわかるだろう。
少しずんぐりとした男が入店して店内を見回す。ビジネスリュックを背負い、動きやすいカジュアルな恰好をしている。風貌から判断するに記者はこいつだろう。
少し腰を浮かせて手を上げると、向こうも気づいたようで近寄ってくる。
男は、ネタを持ちこむ人間が信頼するに足る人物なのか見定めているような、少し疑り深い表情を示している。
「東園です。斎藤さんですね?」と、名刺を差し出してきた。
「はい。そうです」
東園は椅子に腰をかけると、
「どこで私の名前を?」と疑問を投げかける。
「過去の記事を検索したところ、暴力団に関するスクープ記事に東園さんの名前があったんで、この記者さんなら絶対、記事にしてくれる、と思いまして」
「私は九州の暴力団についてはそれほど詳しくありませんが、先日密輸関連のタレコミがありましてね。ちょうど興味を持ったところです」
「へえ、どんな情報です?」
「それはすみません。企業秘密なので」
「そうですよね。では、早速ですが」
話が長くなってボロが出ないうちにと思い、資料を東園に差し出す。その資料は本物だ。これを見せれば、こいつも信用するだろう。
「確かに私の手元に届いた情報と合致するようです」
食い入るように資料に目を通している東園に対して、
「報酬はいくらくらいもらえるもんです?」と尋ねる。
「担当デスクと相談しないと何とも言えませんが、似たような例で、過去に10万円くらいお出ししたことはあります。まぁ、あまり期待しないてください。ところで、せっかく私を指名していただきましたが、実は私、社会部から政治部に異動になりましてね。ちょうど大きいヤマが入ってきたところなんですよ。申し訳ないけど、他の者が担当することになると思います。過去の経緯もあるので、今回は私からデスクに上げておきます」
「そうなんですね。東園さんがご担当でないとは少し残念ですが」
少し“よいしょ“を入れてみると、東園はまんざらでもない表情をしている。虚栄心が強いタイプのようだ。
「お金も欲しいんで、警察でなくてお宅に持ってきましたが、本音を言えば八坂組をぶっつぶしてやりたいんです」
頭の中で菅野組をイメージし、苦々しくその悪辣ぶりを話して見せた。
「あいつらを憎む気持ち、わかりますよ。人間のクズですからね」
「ええ、本当です」
東園の言葉に、こめかみがぴくっと反応するが、表情は変えない。
「ところで、あなたのお住まいは九州ですか?」
「もとはそうなんですが、八坂組の組員とトラブルがありましてね。博多にいるのも危なくなったので、少し前にこっちに引っ越したところです。しがらみもなくなったので、なんでもしゃべりますよ。ただ、情報の出所がばれたらさすがに私も危なくなるんで、危険料というのも考慮してもらえるとありがたいです」
「上には話しておきます。この店はよく来るんですか?」
「知り合いの紹介でね。雰囲気の割に安いんですよ、ここ。最近、ボトルをキープしたところでして」
「さすがに飲み代は会社から下りないので、割り勘でお願いします」
「ええ、もちろんですよ」
東園は、圭三の求めに応じて資料をいったん返すと、1週間以内に返事をすると言い、金額等の条件で折り合えば、改めて資料を渡すことで話はついた。
その後は雑談となり、圭三は八坂組の内情をまことしやかに話してやった。
そこは関東のヤクザとは違うところですね、と東園も返してくるなど、感触がいい。それはそうだろう。本物のヤクザの話はブンヤには面白いに決まっている。
テーブルの上ではICレコーダーが回っている。少しリップサービスがすぎたかもしれない。このまま東園を家に帰せば大変なことになる。
お互いにかなり酒が進んで、東園がちょっと失礼、とトイレに立った。
その隙に、ポケットから粉末を包んだものを取り出すと、グラスに入れてかき混ぜる。睡眠薬だ。
店長に声をかけ、店を閉めるよう指示を出す。
店長は二組ほど残っていたお客に、そろそろ閉めますんで、と会計を促す。
席に戻ってきた東園に、酔ったふりをして、「あなたとは気が合いそうだ。頼りにしてますよ。まあ飲みましょう」と酒を勧める。
東園がグラスに口を付けてから、酔いつぶれたかのように寝入ってしまうまで、5分とかからなかった。
その寝顔をしばらく眺めたのち、自分のグラスの底に残っていたウイスキーを飲み干すと、やおら立ち上がった。
すでに店長とスタッフは店を出ていて、店内には誰もいない。
店内と商店街の防犯カメラの電源はオフにするよう、あらかじめ店長に言ってある。ここの店長は商店街の役員をやっているから、そのあたりの手はずは難しいことではない。商店街にはカメラの定期点検とか言っておくそうだ。
東園の頭からでかいビニール袋をすっぽりとかぶせると、椅子から下ろして台車に乗せる。
裏口から地下の駐車場まで運ぶと、そのままレンタカーのトランクに詰め込む。
自分もウイスキーを数杯飲んだが、アルコールには強い体質であり、運転に支障はない。
港の埠頭まで運ぶと、ビニール袋におもりをくくりつけ、暗い海に投げ入れた。
「さっきはよくもクズ扱いしてくれたな。東京ではうまく立ち回ったんだろうが、九州ではそうはいかん。余所者があら捜しをするとこういうことになる」
吐き捨てるように暗い海に捨て台詞を投げかけると、車に乗り込んだ。
圭三が直接人に手を掛けるのはこれが初めてだ。
何か心境の変化が現れるだろうか?
ハンドルを握りながら、自分の心の動きに耳を澄ませてみるが、すでに冷め切った良心は何の反応も示すことはなかった。
殺人をおかしても動揺を示さない自分に圭三は満足したが、同時に少し寂しさを感じたのも事実だ。
東九州市に戻ってきた翌々日、疲労感がまだ抜けきらないときに電話が入った。公安の井岡からだ。
新聞記者の件について聞かれるのかと思ったが、そこに触れることなく、会えないか、と言う。
まさか殺人をネタに強請るつもりではあるまいな。
先日の公安との電話は録音してある。これが公表された場合に受けるインパクトはこちらより向こうの方が大きい。
疑念は完全には晴れないが、承諾の旨を伝えて電話を切る。
指定されたスナックに入ると、ママに角の席に案内される。
あとから井岡が入ってきて、圭三の向かい側に腰掛けた。
「何の用だ?」要件を急かす。
「例の新聞記者が行方不明らしいな」
「ほう。そうか」
とりあえずとぼけておく。
「これで一件落着といけばよかったが、今度は、菅野組が博多港でのブツの輸出を邪魔しようと企てている。垂れ込んだ新聞記者が行方不明になったことを受けて、どうやら自らおたくらの密輸ビジネスをつぶす考えのようだ」
「くそう。あっちがその気なら、全面戦争だな」
「全面戦争して勝てるとでも思ってるのか?」
井岡がニヤっと笑うが、圭三がぶすっと黙っているのを見て、話を続ける。
「実はな、明後日、そのブツの下見で堂島龍二が港に現れる」
「・・・堂島? 若頭か。なんで、あんたがそんなことを知っているんだ?」
「菅野組の連中が最近、博多の倉庫で盗難品の所在を嗅ぎまわっている。うちの息のかかっている倉庫作業者から情報が入った。それとなく場所を知ってると堂島に伝えたら食いついた」
「倉庫でドンパチやれって言うのか?」
「いや、堂島が一人で来る。複数で乗り込むと目立ってしまい八坂組に動きがばれる。そう言って説得した。これは絶好の機会だ」
確かに願ってもないチャンスだが、こいつの罠である可能性がある。
「貴様の指図は受けん」
「指図ではない。助言だ。あんたがつぶれると俺も困る」
「ふっ。俺はあんたを完全に信用したわけじゃない」
「そんなことを言ってられる状況か? もう後がないぞ。密輸の件が公になり、あんたがぱくられたら組もおしまいだ。だが、堂島がいなくなれば、あいつらも密輸の邪魔どころではなくなる」
「公安は安全な場所にいて、人に殺しをさせようってか。ずいぶん都合いいな」
「堂島がブツを見つけても俺は困らん。困るのはあんただ。気乗りしないなら忘れてくれ」
弱いところを突いてきやがる。
「わかった。詳しく教えろ」
「こちらも胡坐をかいて見ているつもりはない。“真犯人“はこちらで用意してやる。凶器はこれを使え。替え玉の指紋のついた凶器を現場近くに落としておく」
井岡が包みを差し出す。中身は包丁か何かだろう。
「替え玉は誰だ?」
「あんたの知らないヤク中の女だ。シャブの取引で堂島に強請られてやったという筋書きだ。堂島の件が片付いたら、そのヤク中の方も対応をお願いしたい」
「なんだ。まだ何かやるのか?」
「堂島の件より簡単だ。俺の言う通りにすれば悪いことにはならん。繰り返すが、これは我々のヤマじゃない。あんたのヤマだ。そのことを忘れるな」
そう言われては帰す言葉がない。
「ひとつ教えろ。なぜ、あんたは危険を冒してまでこちらに肩入れする?」
「九州の平和のためだ、とでも言っておこうか」
井岡は圭三の質問をはぐらかすと、鞄から一枚の紙を取り出し、段取りを話し出した。
井岡と別れた後、もう一度、今回の計画を思い返してみる。公安の考えたストーリーは読めた。
本当に裏切らないんだろうな、という念押しに対して、
「俺は目的のためには手段を選ばん。菅野組撲滅という目的のためにはお互いの協力が必要だ。録音、取ってるんだろ? それが人質だ。万一、こちらが裏切ったときはそれを公開すればいい」と頓着ない。
こちらの思っていることを見透かされているようだ。
母親はすでに病死した。親父もそう長くはないだろう。もう捨てるものもない。ここで最後の勝負にかけるか。
気持ちは固まった。
自らレンタカーを運転して博多港を訪れる。
公安の関係者だという林という男から昨日電話があり、詳しい日時と手順について説明を受けた。
打合せ通り、倉庫に入り、物陰に身を潜めた。
そこには盗んだ自動車部品が出荷待ちで積み上がっている。やつらがブツを確認してどうするつもりかは知らないが、ろくなことにならないことだけはわかる。例えば火をつけられて灰になっても、こちらは泣き寝入りするしかない。
林が堂島をここに連れてくると言う。
18時頃という話だったが、すでに20分が過ぎた。
苛立ちを覚え始めたころ、誰かが扉を開ける音が倉庫内に響く。
暗がりから顔を出して様子を窺うと、二人の男が懐中電灯で前を照らしながら進んでくる。ただ、窓から薄明りは差し込んできており、懐中電灯なしでも人影は視認できる。
井岡から聞いていた通り、菅野組は堂島が一人で来たようだ。
案内役の林という男は饒舌で、商品の説明をしながらも、この倉庫は古くネズミが大量に湧いているだの、そこにあるフォークリフトが旧式なのですぐに故障して困るだの余計な情報を織り交ぜて,決して口が閉じられることがない。
堂島にしても、ところどころに肝心な情報が混ざっているから、くだらない話にも集中して聞かざるを得ないだろう。右手にはビデオカメラを持ち、回しながら歩いてくる。
自分が隠れている積み荷の脇を二人が通り過ぎる。堂島の警戒心がおろそかになっていることが表情から見て取れる。
「これを見てください」と林が上を懐中電灯で照らしながら、声を一段と張ったのが合図だ。
積み荷を見上げている堂島の背後からそっと近づくと、堂島の左肩に手を置き、右手に持った包丁を首筋に思い切り振り下ろした。
「ぎゃっ」
振り返る堂島の腹に、持ち変えた包丁を突き立てた。
「きさま・・・」
堂島はばったりと倒れ込む。手を伸ばし前へ進もうとするが、すでにその力は残されていない。
「うちの若頭のお返しだ。一人分足りないがな」
堂島に向かって捨て台詞を浴びせかけた。
堂島はうつぶせの状態で動きを止め、言葉を返すことはなかった。
林は、圭三に向かって手を伸ばし、血の付いた包丁を受け取ると、林はそれをジップロックに入れて鞄にしまう。次いで、虫の息となった堂島の体を仰向けにひっくり返すと、ポケットを一通り探って、入っている物をすべて取り出し、床に並べる。
林はその中からビニール袋を取り上げると、
「多分、ヤクでしょう。これは役に立つので持っておいてください」と言って、圭三に手渡す。
林は次にスマホを取り上げて電源を落として自分の鞄にしまうと、鞄の中から注射器のようなものを取り出し、堂島の血液を採取した。これを保冷バッグに入れたうえで、これも鞄にしまう。
ひとつひとつの行動の狙いはよくわからないが、なんとも手慣れたものだ。
あれだけしゃべりまくっていた男がもくもくと作業をこなすのを気味悪い思いで眺める。
少し離れたところに落ちているビデオカメラに気付き、拾い上げた。倉庫の映像は処分する必要がある。
現場には事前にブルーシートを敷いてあった。二人で、堂島の体をそのシートで包むと、台車に乗せて倉庫の外に移し、少し離れた倉庫と倉庫の隙間に置く。
そして殺害現場に戻ると、血痕があたりに残っていないことを確認したうえで、扉を閉めて鍵をかける。
「では、ここで」林は圭三の目の前から姿を消した。
圭三もその場を離れて駐車場に向かう。
堂島を迎えにきたと思われる男が二人、ベンツの前で佇んでいる。携帯電話がつながらない、とでも言っているのか、少しざわついた様子だ。
男たちに見つからないように車の間を縫うように進むと、乗ってきたレンタカーに乗り込み、返り血を浴びたジャンパーと手袋を脱いで、ビニール袋に入れる。
そして、車を運転してそのまま福岡空港に向かった。
堂島の死の一報にいきり立つ菅野組の連中の顔が頭に浮かぶ。だが、その怒りは、俺とは違う誰かに向かうのだろう。
その光景を想像してほくそ笑んだ。
組長代行になって以来、周りから親父と比較され続けてきた。その重圧から少し解放された気がした。
親父が病で倒れた後、組を去って行った兄弟分から言われた「お前のようなぼんくらについて行く気はねぇ」という一言が頭にこびりついて離れなかった。
だが、俺はこの手で仇を討った。これで誰にも何も言わせないし、親父の前でも胸が張れる。
空港の待合室に着いて、あたりを見回す。女と組員の姿はすぐに見つかった。女は相良朱美という自分が囲っているスナックのママだ。
**
圭三は、今朝から朱美をマンションに招き入れていた。
そこに、圭三と背格好が似た組員にレンタカーで迎えに来させると、服と靴を交換してその組員に成りすまし、レンタカーに乗りこんで倉庫に向かった、というわけだ。
圭三のスマホは部屋に置いたままで、部屋に残った組員には圭三のスマホを使って適当にネットにアクセスするように言ってあった。
これで、スマホの通信記録を解析されても、犯行時刻には圭三は女と一緒に部屋にいたことになる。
夕方、朱美と、圭三のダミーである組員は、肩を並べて空港に向かった。防犯カメラを確認すれば、圭三が女と外出したように映っていることだろう。
これで偽装工作は完璧だ。
**
待合室の少し離れた場所から見ていると、組員が朱美の元を離れてトイレに入る。
その後を追うように圭三もトイレに入ると、個室で組員と合流した。
お互いの服を交換し、組員から自分のスマホを受け取った。逆にレンタカーの鍵を組員に委ねると、圭三はトイレを出る。
これで入れ替え完了だ。
ダークスーツの姿に戻って朱美の元に行くと、朱美も人物が入れ替わったことに驚くことなく立ち上がり、二人でチェックインカウンターに向かった。
手続きを済ませて羽田行きの便に乗り込む。
堂島を始末したことを祝して愛人と観光旅行に行くわけではない。東京では井岡に言われた後片付けが待っている。
東京に着くと、品川にあるホテルにチェックインし、最上階のバーに向かった。
夜景を見ながらシャンパンで乾杯する。
プライベートで二人きりになるのは何年ぶりだろうか。
朱美には堂島を殺したことは伝えていない。自分がずっと家にいたことにするアリバイ作りであることと、明日の仕事の大まかな内容についてのみ伝えてある。
部屋に戻り、交互にシャワーを浴びると、朱美を自分のベッドに招き入れた。
朱美を抱くのは久しぶりだ。
朱美は1年ほど前に離婚したと聞いた。今でも他に男はいるとは思うが、そこはお互い様だ。
お互いに何かを求めるように激しくからみあい、そのうち何度かの絶頂に達した。
行為を終えて、タバコをくゆらしながら部屋の天井を眺めていると、自分に抱きついていた朱美が口を開いた。
「ねえ、最近の圭ちゃんって何だか生き急いでいるみたい。組を預かっているという重圧はわかるけど、無理してるんじゃって心配っちゃね」
バーで飲んでいたときまでは、どこかよそよそしかった朱美の態度は、久しぶりに肌を合わせたことで気を許したか、昔のものに戻ったようだった。
「今は組がつぶれるか復活するかという瀬戸際ばってん。ここで一気に勝負をかけんと男に生まれた甲斐もなか」
「お父さんに負けたくなかとね」
「そげなことは関係なか」
否定はしたものの、本当のところ親父の影がちらついているのかもしれないとも思う。
昔から兄と比較された。兄は優秀と言われてきたが、裏を返せば俺がふがいないと皆は言いたかったのかもしれない。
兄は武者修行すると言って米国の大学に留学すると、そのまま日本に帰ってくることはなかった。米国でビジネスを始めたらしいが、その後も家族への連絡は途絶えたままだ。
姉もどこかで一般男性を捕まえたらしく、忽然と姿を消した。結婚したことを風の便りに聞くが、相手を家族に紹介することも、結婚式に親族を呼ぶこともなかった。
披露宴にヤクザがいるなど洒落にもならないだろう。
親父はかんかんだったが、連れ戻そうとはせず、そのまま放置していた。さすがに時代の変化というものを内心わかっていたのかもしれない。
必然的に自分がこの道を進むことになる。
そのことに不満はなかったが、適任だから、ではなく他に選択の余地がないからなった、という状況に複雑な思いは残った。
「もういい歳なんだから、あんまり危ない橋を渡らんほうがええたい」
「ひょっとして怖いんか?」
「ううん。私は圭ちゃんのおかげで店を持たせてもらって十分満足だっちゃ。何も怖いもんはないし、文句はなか。ただ、圭ちゃんが誰かに騙されとりゃせんか心配しとっとよ」
「ふん、俺を騙そうなんて勇気のあるやつはおらんばい。そんなやつがおったら死ぬほど後悔させてやる」
「また強がって。本当は圭ちゃんが優しい人だって私は知っとるたい」
「何をいっとう」
朱美はいたずらっぽい顔を圭三に向け、
「小学生の頃、段ボールの中に捨てられた子犬を見つけたっちゃね。カラスにつつかれたのか怪我をしてて。圭ちゃん、それを抱き上げて家に連れて帰ったけど、お父さんにそんな汚い犬は捨てておけって言われたって。圭ちゃんが泣きながら段ボールに戻しに行った姿を忘れられんとよ。うちはアパートだったけん、もとより飼えんかったけど」と記憶をたどるように言う。
「また、そげん話か。もう忘れてしもた」
朧気な記憶にその映像は残っているが、なんだか自分とは違う別の少年の話のように思えた。
あの哀れな犬はあの後、段ボール箱のなかでどうなったろう。
組に入ったときから過去の自分を捨て、冷徹に生きると決めているが、朱美の前では素の自分に戻ってしまい、何を言われても怒る気になれなかった。
ホテルで朝食を済ませると、銀座に行き、朱美の買い物につきあう。
お目当ての有名ブランド・ジュエリーとバッグを手に入れて喜んでいる朱美を見て、安堵する。
なにしろ今夜は一働きしてもらわなければいけない。
その後もいくつも店を回り、圭三の疲労も色濃くなったころ、腕時計の針がやっと17時をまわったのを確認して、朱美を早めの夕食に誘う。
銀座のすし屋で夕食を済ませると、組員が店の横にレンタカーを付けて待っていた。
アバンチュールはこれで終わりだ。車に乗った時点で頭を切り替える。
車は、首都高湾岸線を横浜方面に向かう。
井岡に指定されたアパート近辺に着いたのは20時頃だった。車が停車すると、運転手を残して朱美とアパートに向かう。
圭三は組長代行であり、本来、細かなミッションを自らやることはない。
だが、井岡案件だけは自らの手でやる。そう決めていた。
井岡が仕組んだ策略を信じたのはあくまで自分の判断であり、己の責任だ。部下に任せてはならない。
道路からアパートを見上げ、604号室を探す。アパートの構造はすでに頭に入っている。
カーテン越しに灯りが洩れており、中に人がいることを確認すると、今度はアパートの裏手に回り、駐車場を確認する。
青い自動車を見つけると、手早く鍵を開け、座席の下にビニール袋を投げ入れる。堂島を殺したときにポケットから抜き取ったもので、中身が覚せい剤であることは確認済だ。
次に、アパートの玄関から二人で中に入る。オートロックであるが解除方法はあらかじめ井岡から聞いている。
エレベータで6階まで上がると、朱美の背中にケチャップをかける。それはブラウスを赤く染め、じわじわとにじみながら下に垂れていく。
段取りはあらかじめ打合せ済みであり、朱美は黙ってうなずいて、部屋に向かって行った。
こういうところは度胸が座っているので安心だ。
エレベータホールの陰で聞き耳を立てていると、扉にガンとぶつかった音がして、しばらくすると扉が開いたようだ。「大丈夫ですか」と女性の声が聞こえ、朱美の後を追って走る足音が聞こえた。
数秒待った後でそっと覗くと、ターゲットは朱美の後を追って階段を下りていったようだ。
素早く部屋に侵入すると、都合いいことにテーブルの上にワイングラスが置かれている。ボトルとグラスに手早く用意した粉末を入れると、所持していたマドラーでグラスの中をかき混ぜる。ついでにネコの水入れにも粉末を振りかけた。
部屋を出ると、すぐさまエレベータに飛び乗った。
アパートの二つ隣の路地にレンタカーが停まっている。朱美はすでに乗り込んでいて、圭三が乗るなり、発進した。
これで井岡に指示されたことはやり切った。
これで本当にうまくいくのか?
井岡に尋ねたことを思い返す。
「飲みものに毒を入れるのはいいが、もし飲まなかったらどうすんだ?」
「そのときはこちらでプランBを用意しているから大丈夫だ。あんたがやることは無駄にはならない」
井岡は、不敵な笑みを浮かべていた。
車はいつしかホテルの前に到着し、朱美と車から下りる。
朱美は、ミッションの興奮がまだ冷めないのか、少し青白い顔をして、
「まさかあの女性、殺したんじゃなかとね」と念を押す。
「そんなわけなか。もし殺せばニュースでやるばい。あいつは菅野組の息のかかった女でな、八坂組に関する大事な情報を部屋から回収しただけたい。お前は心配せんでよか」
朱美はかなり疲れた様子で、シャワーを浴びると、そのまま自分のベッドにもぐりこんだ。昨日の情事はまるでなかったかのようだ。
簡単なミッションではあったが、圭三も疲労感をぬぐうことができなかった。無実の人間を毒殺することの罪悪感だろうか。
翌朝、ターゲットがその後どうなったか知ることなく、二人は福岡行きの飛行機に乗り込んだ。
ばっちりとメイクを決めた朱美の表情は一昨日見せた幼馴染のものではなく、すでにスナックのママのものであった。
福岡空港で封筒を朱美に渡す。中には報酬の100万円が入っている。
無言で受け取った朱美は、車で送る、という圭三の誘いを断り、じゃあ、とだけ言って地下鉄乗り場へ消えて行った。
ニュースが耳に入ってきたのは、なぜか戻ってきた翌日であった。
本来は、昨日のうちに二人の死体が発見されるはずだった。堂島の方は間違いなく殺した。もう一人の毒殺プランは、井岡の計画が甘くて失敗したのでは、と疑っていたところであった。
ニュースの一つは博多港の倉庫で中年男性の死体が見つかった事件。
もう一つは若い女性が運転する車が堤防を突っ切って東京湾に転落したという事故。
一見、場所も違えば関係性も見られない二つが、いつの間にかつながっていた。
ニュースで流れた話によると、女は、博多港で堂島龍二を刺し殺し、覚せい剤を奪って神奈川の自宅に戻った。そしてその翌日、覚せい剤を服用して車を運転し、事故を起こして海に転落した、ということだ。転落後、容疑者の女は行方不明になり、警察と海上保安庁が捜索しているという。
なるほど、これがプランBということか。
テレビで犯人の顔写真が出ていた。
自分の侵入した部屋にはこんな若い娘が住んでいたのかと驚く。もっと違う人物像を想像していた。
身長は157cmくらいと紹介されており、こんな小娘が壮年の暴力団員を刺し殺す、というのは土台無理がある。堂島は180cm近く身長があり、体格もがっちりしている。
とんだ茶番劇だとは思うが、検察は証拠さえそろっていれば、なんとでも話をこじつけるのだろう。
なんにせよ、菅野組は大きなダメージを受け、連中は面子をかけてこの若い娘を必死で追いかけるのであろうし、八坂組は、菅野組の留守をついて九州で存在感を示す好機ということになる。
改めて井岡という男を空恐ろしく感じた。
警察に置いておくにはもったいない。こうなればとことん利用して、菅野組をぶっつぶすまで突っ走ってやろう。
戸城
7月24日
ライバルがどこまで核心に近づいているのか知りたくて、毎朝新聞の東園という記者にさぐりを入れてみることにした。
恐らくプライドが高く、小さな雑誌記者など相手にしないだろうと予測はついたが、毎朝新聞にいる知り合いの記者に紹介してもらえないか訊いてみることにした。
だが、受話器越しに知り合いから返ってきた内容は、衝撃的なものだった。
東園は7月15日を最後に出社していないという。
家族から捜索願が出されたが、東園は一人暮らしであり、部屋も荒らされた形跡がないことから、所轄の警察では単なる外出と判断し、特に捜索は行われていないという。
新聞社内でどう思われているのか訊いてみると、単なるうわさだが、との前置きがあって、社会部から政治部に異動になったことで仕事が思うようにいかず、思い悩んでいたようだ、との答えだった。
自殺の可能性についてほのめかしていたが、そんなはずがない。
東園の失踪と橋口が襲われた事件に関連があることは明らかだ。東園は、橋口同様に、総理の犯罪について知っていたからだ。
さすがの公権力もマスコミには手出しすまい、という自分の思い込みが甘かったことを思い知った。
当初、東園のことを、総理の犯罪を暴くスクープ争いのライバルとして見ていたが、状況は変わった。一歩間違えば自分も同じ運命ということだ。
電話を切ったあと、しばらく放心状態で座り込んでいたが、思い出したようにデスクの前に行き、開口一番、
「毎朝新聞の東園という記者、家族から捜索願いが出されているんですが、おそらく始末されています」と告げる。
「いったい何の話だ?」
戸惑うデスクに、まくしたてるように、
「その記者、矢島という逮捕されたプログラマーから例の総理案件の情報提供を受けてたんです。それで口封じに遭いました」と説明した。
デスクは周りの目を気にして声を潜めながら、
「・・・抹殺されたとでも?」と言う。
「東園の家族の話を毎朝新聞の別の記者から聞けたんですが、行方不明になった翌日に公安が彼の部屋に踏み込んだそうです。捜索願が出る前、しかも家族の許しなしに、というのは非常識です。安否確認のためと言っているそうですが、それであれば所轄の警察がすべきでしょう」
「総理近辺の指示で公安が動いてるって言いたいのか・・・。だとすれば、東園の部屋にある証拠を事前につぶすのが目的だな」
「実は、矢島と同じサムライ社に勤めてる友人がいるんですけど、公安からマークされているらしく、その関連で私まで職質と部屋への立ち入り調査を受けました。かくまっていると思われたみたいです」
「なるほど。その友人が指名手配されている橋口だな」
この男、ぼおっとした外見をしているが、頭の回転は速い。
コメントを控える彩恵子に構うことなく、デスクは、
「だんだん読めてきた。矢島は逮捕、東園はおそらく抹殺。組織は本気だな。橋口を暴力団の仇に仕立て上げたやり口から見ると、東園も菅野組にやらせたのかもしれんな。組織の次のターゲットになりそうなのは・・・」と続けると、彩恵子の顔を見上げた。
あえてその質問は無視して、
「菅野組って大きいんですか?」と、とぼけて訊く。
「そんなことも知らないのか? 九州で一番勢いがあり最も危険な暴力団だ。まわりの組をつぶして勢力を拡大している。暴対も手を焼いているようだ。そこらへんの話は国広に聞いてみろ」
国広というのは九州の暴力団について詳しい五十歳前後のベテラン記者だ。
自席に戻ると過去の記事のデータベースにアクセスし、国広の書いた過去の記事を探してみる。
『東九州市での暴力団抗争の歴史』と題された記事を見つけて読んでみた。これで大体の歴史を理解することができた。
さらに詳しい話を聞こうと、背広を掴んでまさに退社しようとする国広を捕まえ、私がおごりますから、と赤ちょうちんに誘う。国広は焼酎好きで社内で有名だ。
国広は二つ返事でこれに応じると、国広行きつけのガード下の店に向かう。
道路にはみ出した席に腰掛けると、まずは国広の勧めに従い芋焼酎のロックを二つ注文する。
早速、東園のことを聞いてみると、名前はよく知っていると言う。長年、関東の暴力団を取材していてスクープも上げていたらしい。
「記事が認められたからなのか、暴力団がつぶれて取材対象が無くなったせいかは知らんが、社会部から政治部に異動になったって少し前に聞いたなぁ。異動して間もないから、永田町での取材ルールについてはよく知らなかったんじゃないか」
そんな感想を漏らす。行方不明になった理由を、現実と能力のギャップに見出し、失踪したと考えている様子だった。
話をしているうちに、国広も彩恵子と同じ九州出身だとわかり、親近感がわく。話が脱線して地元話で盛り上がった。
国広と別れて電車に乗ると、故郷への懐かしい思いは、子供時代の嫌な記憶へと徐々に変質し、口の中に苦いものがじわっと充満してきた。
国広に釣られて結構飲んだつもりだったが、酔いはすっかり醒めてしまった。
**
彩恵子の家は東九州市にあった。父は、深夜まで仕事をし、付き合いと称して毎晩のように酒を飲んで帰ってきたので、顔すら見ない日が多かった。
体調を崩して医者に行くと、肺がんと診断された。幸い初期ステージであったため快癒が期待されたが、激務を続けるのは無理と判断して、手術を期に会社を退職する。
手術自体はうまくいき順調に回復した。
ただ、勤めていた会社は、もともと業績が思わしくなく、退職してしばらくたって倒産し、社長は姿をくらました。
それから、毎日、借金取りが家に来るようになった。八坂組のチンピラ。母がそう吐き捨てるように話していたのを思い出す。
父がまだ会社に勤めていた頃、社長に頼まれて連帯保証人になっていた。社長は昔からの知り合いで、小さい会社ながら役員に引き上げてもらうなど恩があったという。義理堅い人間で、頼まれると断れない性格だった。
父は負担の軽い職を見つけたが、借金取りが新しい職場まで押しかけてきたため、結局、そこも辞めざるを得なくなった。
その後、ふらふらと家を空けるようになり、残された母と彩恵子と妹は、毎日のように来る借金取りの怒声に、窓を閉め切って耐える日々であった。
ある日、久しぶりに戻ってきた父の頬はげっそり痩せていた。母と何やら話をしていたが、彩恵子たち姉妹には声もかけることなく、また、ふらっと出かけてしまった。
それが父を見た最後だった。
翌日、父は車にはねられて帰らぬ人になった。
遺体の損傷がはげしかったためか、子供であった彩恵子と妹は父と対面することはかなわなかった。ただ、母が泣き叫んでいた記憶は残っている。
警察の話では、父をはねたトラックの運転手は、父がふらふらと道路に出てきて自分から飛び込んだ、と供述した。運転手が自分の罪を軽くしようと言い逃れをしている可能性もあり、真相は闇の中である。
不幸中の幸いで、父にかかっていた生命保険によって、父が保証していた借金の5千万円とその利息はきれいに返済された。
その日から借金取りからは解放された。
だが、あいかわらず生活は苦しく、母はそれまで以上に暗くふさぎ込んでいた。
男が狭いアパートに転がり込んできたのはその翌年で、彩恵子が小学5年のときだ。
その義父は、いつも彩恵子のことを嘗め回すような目つきで見た。子ども心にも本能的に危険を察知し、母がいないときはできる限り近寄らないようにして、妹と二人で子供部屋に籠るようにしていた。
だが、いつもというわけにもいかない。義父は何かと理屈をつけて彩恵子たち姉妹のことを殴った。“躾“を通じて精神的に支配しようとしたのだろう。
義父の生活は不定期で、朝早くに出掛けることがあれば、昼過ぎまで寝ていることもあった。また、毎晩家に帰ってくるわけでもなかった。
何をして稼いでいるのか知らないが、生活は少しましになった。
昔はおなかを満たすことばかり考えていたのが、たまに焼肉や刺身などが食卓を飾るようになった。堅気ではなかったのだろう。腕に入れた刺青が袖からのぞいていた。
学校の男子からは、お前の父さん、菅野組のヤクザなんだってな、といじめられた。
母は、最初のうちこそ、乱暴者の義父から子どもをかばおうとしてくれていたが、徐々に義父の言うことがすべてになっていき、そのうち、殴られている彩恵子を見ても同情を示すことすらなくなった。
ヤクザが人を支配するのに長けているのか、または母が影響を受けやすい人間なのか、どちらかはわからない。これがマインドコントロールというものなのかと思った。
**
高校生になってこの家から解放されて以来、これらの忌まわしい過去からずっと目を背けて生きてきた。
だが、この自分の人生を狂わせてきたヤクザという存在が、どうやらこの事件に深くかかわっていることが浮かび上がってきた。
これが、自分の過去と対峙して、自分の中で片を付ける、最初で最後の機会なのかもしれない。そう思ったら、いてもたってもいられず、九州行きを決める。
九州出張をデスクに申し出ると、デスクは意外な顔をして、
「お前、総理案件はどうすんだ? あきらめたのか?」と問う。
「いえ、あきらめてません。私の過去も、総理の犯罪もすべて九州でつながってました。そっちから解決します」
「暴力団の取材なら許可できんぞ。新人には無理だ」
「暴力団ではなく、その周辺の取材です。私、東九州に実家があるので、それなりにつてもあるんです」
「なるほど。本来なら認めないところだが、入社以来休みもろくにとってなかったからな。少し親孝行でもしてこい」
デスクは、俺は部下への理解がある、といった自己陶酔の表情を浮かべながら、「無茶はするなよ」と告げて、出張を許可した。
自宅に帰って出張の準備をしながら、一連の事件の首謀者について思案してみる。
橋口が菅野組に狙われているのは堂島龍二殺しの実行犯と誤解されたからだ。
東園が行方不明になったのは、堂島が殺されるよりずっと前であり、菅野組が東園を殺す動機が見当たらない。東園を殺したのは別の存在かもしれない。
もし、堂島を殺した人物が東園も殺したと仮定すると、もっともメリットのありそうな八坂組が一番怪しいということになる。
今回の出張のターゲットは八坂圭三で決まりだ。
久しぶりに九州の地に降りたった。思えば高校に入学する妹を迎えに行った大学1年のとき以来だから6年ぶりか。
二度と戻るまいと心に決めた場所であったが、やはり懐かしさは否めない。ここで食べたものが自分の体を構成し、ここでの出来事が脳内のニューロンを形成しているのだ。だが、感傷に浸ったり、旧友に会ったりする暇はない。
あらかじめ、国広から取材の手順についてアドバイスを受けた。
「本当は一緒に行ってあげられればいいんだが」と言ってくれたが、他の件で手が空かないらしかった。
八坂組にダイレクトに取材を申し込んでも会ってくれるはずもない。まずは、地元の名士である桜岡に話を聞け、というのがアドバイスだった。
桜岡の会社は繁華街のはずれにあった。当時はまだ子どもであったから、花街とも言われるこのあたりには滅多に来ることはなかったが、その路地の雰囲気は記憶に残っている。
桜岡はここの組合をまとめる立場だという。
取材の基本は、相手の欲しがっているものと交換するか、相手の弱点を突くか、のどちらかだ。
桜岡が欲しがっているものはあいにくとわからなかったので、選んだのは後者だ。
桜岡が経営している会社の財務諸表等を取り寄せ、会計士にも相談のうえ事前に調べ上げた。
桜岡にはあらかじめ電話を入れてアポを取ってあるが、その際に、反社会的組織との付き合いがあること、また、花街の組合がその成立要件を満たしていないことを挙げて、組合長としての見解をお聞きしたい、と伝えてある。
内容によっては、“八坂組との癒着の構造“として週刊誌で取り上げる、とやんわり脅した。
桜岡の事務所を訪ねると、桜岡本人が笑顔を見せて玄関まで出迎える。こちらへどうぞ、と中に誘う。物腰が柔らかい人物という印象だ。
応接テーブルを案内されると、時間を取ってくれたことに礼を述べ、東京銘菓の菓子折りを渡す。
お茶を出してくれた事務員が部屋を出るのを待って、桜岡が口を開く。
「お聞きになりたいことはなんですかな。手短にお願いしますよ」
「桜岡さんの家はここらあたりの名家として、暴力団とのお付き合いも長いと聞いています。特に最近は八坂組とのつきあいが増えているみたいですね。損益計算書を拝見すると、交際費の出費が増えているようです」
「それがどげんしたと? うちだけではなか。ここらあたりの店はどこも食ってく上で仕方なくやっとるばってん。そこを責めるんなら、まずはマスコミの力で暴力団の影響力を排除してほしいものですな」
これだから事情を知らないよそものは困ったもんだ、と顔に書いてある。
だが、ここでひるむわけにはいかない。
「交際費だけじゃありません。東九州倉庫株式会社。八坂組の幹部が株主になっているペーパーカンパニーですが、桜岡さんのところで購入する什器備品はすべてこの会社から10%のマージンを上乗せされて購入していますね。だけど、実際の物はこの会社を経由せず、問屋から直送されている。これって背任じゃないですか? そしてその金は八坂組の活動資金になり、この地域での社会正義を損ねている」
ごほん、桜岡がむせる。
「やれやれ。全国的な週刊誌の記者がこんなちっちゃな会社を脅してどげんするとね?」
「小さいとおっしゃいますが、このあたりの名家ですよね。この地域をリードする社会的な責任は大きいと思いますよ」
「あんさん、ひょっとして他に狙いがあるんと違いますか? 欲しい情報があるなら正直にそうおっしゃっては?」
政治事に慣れているのか、察しが早い。
「では単刀直入に言います。八坂組の情報をいただけますか?」
「そんな情報を聞いてどげんすると? 大きい声では言えんが、八坂組なんていつつぶれるかもわからん落ち目な組ですわ。そんなもんを記事に取り上げたって誰も読みゃあせんし、八坂組をつぶしても代わりに菅野組が来るだけばい」
「実のところ、八坂組がどうのと記事にするつもりはありません。もっとでかい事件との関係を調べています。そのためには八坂圭三が持っている情報が必要ですが、彼をテーブルに引っ張り出すためには交渉材料が必要です。八坂の弱点を教えてください。桜岡さんには一切ご迷惑はおかけしません」
桜岡が少しあきれたような表情を示す。
「都会育ちのお嬢さんにはわからんかもしらんが、こういう田舎の街はな。ヤクザは経済界だけでなく警察ともつながっとるけん。悪いことは言わん。余所者が下手に首をつっこむと火傷すっと」
「ご心配ありがとうございます。でも、私はもっと凶悪な存在と対峙していますから。ご協力いただけないのであれば、それでも結構です。さ来週あたりの週刊ブラックライトの特集記事を楽しみにしておいてください。桜岡さんのお名前もきっと全国的に売れますし、お兄様の次の市議会議員選挙の票にもつながることと思います」
皮肉交じりの脅しを聞いて、桜岡も観念した様子で、
「わかった、わかった。もし、盗まれた自動車部品の密輸ルートの情報があるとしたら? あんさんのご希望に添えますかな?」と訊いてくる。
「とっかかりとしてはいいですね。それなら八坂も話に応じるでしょう。詳しい情報を教えてください」
「確認して後で連絡しましょう」
「それともう一つ。7月15日と22日に、八坂圭三がどこにいたか調べてもらえますか? その情報をもらえれば手を打ちます」
「八坂組の若い者に訊くだけ訊いてみましょう」
桜岡の店を出てホテルに戻る。最後に見た桜岡の苦虫をかみつぶしたような顔がまぶたに残る。きっと玄関に塩をまかれたに違いない。
だが、意外にもその日のうちに桜岡から私のスマホに電話が入った。
八坂圭三はどちらの日も東京に行っていたとのことだ。最初の方は単独。後の方は女連れだったらしい。
ビンゴだ。東園と橋口の事件はいずれも八坂圭三が直接手を下したと見ていい。
密輸の件も、買い取り先の強盗団と輸出先の情報を桜岡から聞くことができた。
そして、八坂の連絡先を教えてもらう。
デスクからは暴力団の取材は禁止と言われているが、もちろんお構いなしだ。
早速、八坂圭三に電話を入れる。
週刊ブラックライトの記者であることを明かし、それとはなしに密輸の話に触れると、八坂は声色を変えるでもなく、あっさりと取材のアポイントに応じた。インタビューの場所は、こちらから市街地にあるカフェを指定した。
もし、向こうが指定する店にのこのこ行って犯罪を弾劾したりすれば、シャブを打たれて博多湾に沈められることになりそうだ。
ドラマの見過ぎかもしれないが、用心するに越したことはない。
カフェの奥まった席で待っていると、5分ほど遅れて八坂が一人で姿を現した。
写真を事前に見たわけではなかったが、一目見てこいつが八坂だと確信した。
デジャブだろうか、初めて会う気がしない。
立ち上がって八坂に向かって会釈する。そして、近づいてきた八坂に、
「週刊ブラックライトの戸城です」と名刺を差し出す。
「こんな若い姉ちゃん一人に呼び出しをくらうとはな。自分も嘗められたもんだ」
八坂は名刺にちらっと目を通すと、そのまま内ポケットにしまう。
「ちっちゃな雑誌で、何人分も出張費が出ないものですから」
八坂は黙ったまま、懐からたばこを取り出すと火をつけ、ふーっ、とふかす。
テーブルの“禁煙”の表示が目に入るが、そこには触れず、本題に入ることにした。
「早速ですが、東園さんと堂島龍二を殺したのはあなたですね。そして、橋口さんを殺そうとした」
八坂は一瞬、ぎろっとこちらを睨みつけるが、ややあって元の表情に直ると、吸い殻を携帯灰皿に突っ込み、
「堂島の事件はもちろん知ってるが、俺は何の関係もない。警察にも訊かれたが犯行時刻には家にいたからな。あとは、東園と橋口と言ったか? そいつらにいたっては名前も知らん」ととぼける。
「東園さんは東京在住の新聞記者で、暴力団の取材で実績がある人物ですが、7月15日以降、行方不明。そして、橋口さんは、堂島龍二を殺した殺人犯として指名手配されている人物ですが、実のところは、22日に何者かが自宅に侵入して毒を盛られてその後の車の事故で同じく行方不明になっています。どちらの日も八坂さんは東京に来ていますよね?」
「刑事のような物言いだな。その日に何やってたかなんて覚えちゃいないが、俺は八坂興業の社長をやっていて、東京に店を持っている。ビジネスで行って何がおかしい。罪を人になすりつけるのはいい加減にしろ」
「あなたがおかした罪について、今ここで追及するつもりはありません。あなたに殺人の指図をした人物を知りたいだけです」
「俺に指図できるやつはいない」
「あなたにとって利益にならないことをやるということは、裏に誰かがいるってことです。菅野組の勢いに押されて、組みたくもない相手とも手を結ばざるを得ない。そうですね?」
「わかったような口をきくな。目的を達成するためには、悪魔とだって組むし、天使だって切り捨てる。俺はこの組を親父から託されてる。組を守るためにはなんだってやるさ」
「その悪魔があなたより一枚上手で、あなたが騙されてるって、考えたことがありますか? 切り捨てられるのはあなたの方かもしれませんよ」
「こんな若い姉ちゃんに心配されるとはな。俺は相手を信用する前にかならず弱みを握っている。騙されるようなへまは踏まねえ」
八坂は再び彩恵子をギロッとねめつけるが、彩恵子は気づかぬふりで、用意した餌を見せることにした。
「では、あなたの興味のありそうな話をします。8月4日に新栄丸が入港しますね。何を積み込むか、私が知っていたとしたらどうしますか?」
いままでの余裕の表情から一変する。ヤクザには、過去の事件は交渉材料として通用しないが、これからのシノギに対しては敏感に反応するらしい。
「何の話だ? お前が一体なんの情報を持っているというんだ?」
「自動車部品の入手ルート、そして輸出先の情報を押さえています」
「密輸を疑っているなら、お門違いだ。だが、一応、お前の欲しいものを聞いておこう」
「私は真実を知りたいだけです。誰があなたを犯罪に走らせているか教えていただけますか? おそらくその人物のさらに上に首謀者がいて、そいつが国を危うくしていると私は思ってます。東園さんは国家にとって都合の悪い事実を掴んでいました。だからあなたを使って殺させた」
「ふん、国を危うく、ねえ。それは大層な話だな。俺には関係ないが・・・いいだろう。新栄丸のことを忘れるなら教えてやる。あと、何の記事か知らんが俺の名前を決して出すな」
「教えてもらえれば新栄丸のことは記事にはしませんし、八坂さんの名前を出版社や警察に渡すことはありません。約束します」
「堂島龍二の件なら、公安の井岡という男がからんでいるという噂を聞いた」
「どうからんでるんです?」
「そいつが堂島を騙して倉庫に呼びつけて、部下に始末させたって話だ」
「公安が殺人を犯したと?」
「ああ、そういう噂だ」
「その井岡という人の連絡先を教えてください」
「わかった。後で送ろう。だが、約束を破ったらどうなるかわかってるな。地獄までとことん追い込まれることになる」
「ええ、それは知ってます。私の父もそういう目に遭いましたから・・・」
脅しの言葉に、ついカチンときて、話すつもりのなかったことが口をついて出た。
「はあん?」
八坂がいぶかしむ。
「私の父は昔、暴力団の借金の取り立てを苦にして自殺に追い込まれました」
「なんだ? お前の親父の自殺がうちらの責任だと言うのか? とんだ責任転嫁だな。お前の親父が誰かは知らんが、金を借りたら返す。人として当然のことだ。その当然のことができない人間はクズだ。違うか? 借金したのも、返せなかったのも、自殺したのも、全部お前の親父の弱さだ」
「借金したのは父じゃありません。社長の連帯保証人になっただけです」
つい、むきになって反論する。
「そうか、保証人になったってことは、弱いだけでなく、馬鹿でもあったってことだな」
八坂は嘲るように笑った。
その笑い顔を見た瞬間、ふと脳裏に過去の風景がフラッシュバックした。
家に上がり込んで借金を返せ、と父に迫った若いヤクザだ。その面影が八坂と重なる。小学生の頃であり確信はないものの、頭の中では完全に結びついた。
怒りで手が震えるのを抑えられなかった。
その様子を見た八坂は追い打ちをかけるように、
「お前がしがない雑誌でうだつがあがらない記者やってるのも運命だ。馬鹿で甲斐性もない親を怨むんだな」と言う。
その言葉を聞いて、はたと気が付いた。
この男の言っていることは、まさに私が父に対して抱いていた感情ではないか? 家族を守れずに逃げ出した小心者。心の中でそう憎み、蔑んでいたかもしれない。自分が不幸な幼少期を過ごしたのは父のせいだと。
自分の気持ちを言い当てられた気がして動揺を隠せなかった。
膝に手をやり黙りこくった彩恵子に、八坂は言葉を続ける。
「どうした、姉ちゃん。取材に来たんじゃないのか? 恨みつらみを言いに来たんなら、帰りな。それとも、ここで親父の仇を取るか?」
そう言うと、にやりと笑って、懐からナイフを取り出し、目の前のテーブルにドンと置いた。
「いいぞ。ほれ」
八坂は脚を組み、ソファにもたれかかって挑発するようにデンと座る。
それが相手を自分の土俵に引きずりこむヤクザの手口であることはわかっている。ナイフを取ったら負けだ。
「父のことを考えて感情的になりましたが、私の武器はあくまでペンですので、ナイフは収めてください」
「敵討ちに来たんじゃねえのか。つまんねぇ」
うす笑いを浮かべながら、八坂はナイフを背広の内ポケットにしまう。
力がすべて、といわんばかりの八坂を図に乗せてはならない。
「ちなみに、私一人始末しても無駄ですよ。私の机の引き出しには証拠書類が整理されて保管されていますから、私が戻らなければこの話は警察に行くと同時に記事になります」
「おかしな話だな。お前らは記事にするのが仕事だろ? 記事にしないなら何しにここに来たんだ?」
「あなたは、あなたが思っているよりもっと大きい物に踊らされてるだけです。私達が記事にすれば、八坂さんも本当の首謀者が誰だったのかわかります」
「そんなことに興味はねえ」
うそぶく八坂に、逆襲を試みる。
「八坂さん、あなたはこれまで誰のための人生を生きてきたんですか? 八坂組の存続のため?、おとうさんへの意地のため?、それとも菅野組への復讐のためですか? ご自身のポリシーはないんですか?」
八坂の目の色が変わった。
「己のプライドのために決まってるだろうが。すなわち組織の存続だ。人は天から与えられた使命のもと生きるもんだ。完全な自由を与えられ何をしていいかわからず迷子になってるやつらに比べりゃ数段ましだろ? なりたい自分になれってか? エゴイストそのものだな。お前はそうやって正義のために働いてますって顔をしているが、お前の振りかざす正義でいったい誰を幸せにしたんだ?」
自分が苦し紛れに発した言葉がこの男に届くはずもなかったのだ。
「まだ誰も幸せにはしていません。でも、せめて不幸にしてはいけない人に思いを寄せてるつもりです」
「ダメな奴だから不幸になるんだろうが。ああ? あんたも長生きしたければ、たわごとはそこまでにしておけ。人の弱みを握ったつもりになって、あまり調子にのってはいけねえな。俺はお前の提示した取引に乗ってやっただけだ。事情が変われば俺はいつだって俺が望むようにやる」
八坂はそうすごむと、席を立った。
カフェから出ていく八坂を茫然と見送りながら、湧き上がってきた複雑な思いを整理することができず、しばらく席を立てずにいた。
ぼんやりと考えた。
もし、私がナイフを手に取っていたら八坂はどうしただろう? ナイフを奪い正当防衛と称して私を刺し殺すつもりだっただろうか?
いや、殺人未遂の罪を着せて弱みを握り、意のままにしようと考えたに違いない。
確かにあのとき、彩恵子の中の別人格は、空想の中で、ナイフを掴み八坂に切りつけていた。そして、
彩恵子のシミュレーションでは、八坂は抵抗する間もなくその頸動脈を切断されていた。
カフェを出たあと、ふと思い立ち、帰りの飛行機の便を遅らせて、父の墓参りをすることにした。
葬儀以来訪れたこともなく、寺の名前を頼りにバスで向かう。
菓子折りをもって住職を訪ね、墓の場所を教えてもらった。だが、恥ずかしくて父の墓だとは言えず、叔父の墓だと嘘をつく。
そこは思った通り、いや思った以上にさびれていた。十数年間、誰も訪れていなかったのだろう。母のあのときの涙はなんだったんだ? いや、人のせいにはすまい。
緑色のコケが墓石の北側の側面を覆い、正面は淡い黄色に変色している。
横からは夕陽が墓石の西面を赤く染め、寂寥感をいやでも増幅させている。
涙が頬を伝うのをぬぐいながら、懸命にたわしで墓石をこするが、きれいになることはなかった。
ある程度のところであきらめると、花を手向けて、手を合わせる。
父さん、一人で寂しかった? ずっと来てあげられなくってごめんね。父さんを追い詰めた奴には必ず報いを受けさせる。私と望は協力しあって生きていくから心配しなくていいよ。母さんのことは心配だけど・・・。
魂を悪魔に売り渡した母には会うことなく、その晩の飛行機で東京に戻った。
八坂からの情報で、公安の井岡なる人物の特定はできた。
だが、これより先を辿るのは、自分の取材能力では限界のようだった。公安に取材をかけて井岡を追い込むイメージがつかめない。八坂から得られたのは伝聞だけであり、何の証拠もない。
出張から帰って、デスクに相談するが、やはり、そのルートから総理の犯罪まで辿るのは、一週刊誌の調査能力を超えているとの見解だった。井岡本人への取材の許可は出なかった。
公安は情報統制のプロだ。組織力、経済力、情報収集力、どれをとってもこちらより上手だ。ヤクザに対して使ったように、相手の弱みにつけこむのは難しそうである。下手をすれば東園の二の舞になりかねない。
こうなったら最後の手段に頼るしかない。
少しためらった後、スマホを掴んで“YS”という名前を探すと発信ボタンを押す。
「戸城です。橋口を追い込んだ犯人がわかりました。ただ、黒幕までたどり着けていません。ご報告の時間をいただけないでしょうか」
電話口からはしばらく沈黙が流れていたが、今日の夕方、時間を取ろう、と返ってきた。
**
彩恵子は表向き、出版社に勤めているが、その実、防衛省の非公式組織である外事局に所属していた。
そのことを知っているのは、外事局の中でも園田などごく一部の人間に限られる。
橋口燈が外事局員であることは、ずっと以前から知っていた。
燈を外事局に推薦したのは彩恵子だからである。
ただ、彩恵子も外事局員であることは、燈には伝えていない。また、燈が外事局員であることを知らないふりをして接してきた。
園田から、他の外事局員と不要な接触を持つこと、自分の身分を明かすことを禁止されているからだ。
燈を裏切っているようで、つらかった。
自分の身分を黙っていたこともそうだが、なにより外事局があっさり燈のことを見放したことについて何もしてやれなかったことに、忸怩たるものがあった。
燈の外事局での最初のミッションについては横峯から聞かされていた。その最中かかってきた燈からの電話に、事故の背後で何か重大なことが起きていることを彩恵子は確信した。
そして何より、燈が自分を頼ってくれたことは嬉しかったし、運命めいたものを感じた。
外事局員としては無理であっても、記者として燈を助けることができるかも、と思ったからだ。
ただ、それも限界に思えた。やはり、外事局の力がどうしても必要であった。
ここまで調べ上げたことを園田に報告するためレポートにまとめた。
レポートには、総理の犯罪については一切、触れていない。あくまで、東園、菅野、橋口三名の殺人ないし失踪事件の顛末のみである。総理の事件につながるところまで証拠はつかめていないし、そこまで踏み込んだときの園田の反応も予測できなかったからだ。
取材に協力してもらえるとは思っていないが、ひょっとしたら、外事局が裏から手をまわして燈に迫る魔の手を振り払うことはできるのではないか。そして、場合によっては燈や消されていった人達の敵討ちをしてもらえるのではないか。そんな淡い期待からであった。
総理までたどり着くには燈からの証拠資料を待つしかない。
正直なところ、燈にそのような調査能力があるとは彩恵子も思っていない。
ただ、以前、横峯から新人の研修レポートを見せてもらったことがある。
そこに出ていたチャートは、予期せぬ事態への適応力の指標において、燈が突出していることを示していた。
「橋口って子はエージェント向きかも。総合力であなたには及ばないけどね」横峯の何気に発した一言が、燈のことを信じてもいいかもしれない、と思った理由だ。
**
救わなければいけないのは、もう一人いる。矢島だ。
拘置所に問い合わせたところ、思った通り接見禁止となっていた。検察側に矢島に会われると困る何かがあるということだ。
弁護士なら例外的に接見が認められているはずなので、矢島の担当弁護士に問い合わせることにした。
記者を名乗って矢島の顧問弁護士に電話をかけてみたところ、数日前に矢島に接見したとのことで、そのときの話を聞くことができた。
矢島は頬がげっそりとして目がうつろで、質問を投げかけても、まともな受け答えもできない状態であったという。違法な取り調べが疑われたため、この弁護士は検察に説明を求めたものの、返ってきた回答は、適正に取り調べをしており何ら問題ない、という杓子定規なものだった。矢島は自分の罪の重さに耐えられず精神的なショックで体調を崩している、というのが検察の説明だったそうだ。
拘置所にいれば命だけは守られると考えていたが、その話を聞いて、このまま拘置所にいることがとても危険であることがわかった。
拷問まがいの扱いを受けて抹殺されても、病死として片づけられてしまうかもしれない。そう思うと焦りを感じるが、自分にはどうしようもない。
結局のところ、燈からの情報を待って週刊ブラックライトで記事にするしか解決策はないのだ。
橋口
7月26日
銭湯の玄関で、久しぶりにパンプスに足を入れた。
転ばぬように慎重に歩くので、傍からはペンギン歩きのように見えていたかもしれない。
なんとかつまづくことなく決戦の地、赤坂界隈までやってきた。
あたりを見回しながら歩いていると、“葵亭”と書かれた看板が目に入った。
官房長官の秘書から伝えられた料亭だ。政治家たちは税金を使って毎晩こんなところでうまいメシを食べているのかと思うと腹立たしくなる。
しばし立ち尽くすが、約束の時間の5分前になって、玄関ののれんをくぐる。
女将らしき女性が待ち構えていた。
あのー、と名乗ろうとすると、女将は訳知り顔でこちらへどうぞ、と名前も聞かずに奥へ案内する。
あらかじめ顔写真を渡されていたのか? もっとも、若い女が一人で来る場所ではないから、間違えようがないのかもしれない。
一人で部屋に通されて手持ち無沙汰に座っていると、10分ほど待たされてSPらしき女性が部屋に入ってきた。背はさほど高くないが、柔道でもやっているのか、がっしりとした印象だ。
「橋口燈さんですね。持ち物検査にご協力ください」と言われ、まずはポシェットを取り上げられた。
指示に従い、立ち上がると、SPは燈の服のポケットを外からチェックする。凶器を持っていないことの確認なのだろう。
「はい。結構です」
SPからチェックの終了を告げられる。
「ポシェットの中にUSBメモリが入ってます。それは先生へのお土産なので返してもらえますか?」
かごに入れられたポシェットを指さすと、SPはポシェットを開けて、スカスカの中からUSBメモリをつまみ出す。ひとしきりメモリをひっくり返したり透かしたりして眺めていたが、不審なものではないと判断したのか、私に差し出した。
そのまま別の部屋に連れていかれる。
そこには官房長官の外山がローテーブルを挟んで上座に胡坐をかき、一人で飲んでいた。
「橋口燈さんをお連れしました」
「入れ」
二人で話をするには広すぎる部屋で、今まで誰か別人と会合をした後なのかもしれない。秘書らしき人を含めて取り巻きが二人、近くでつっ立っている。
「二人だけにしてください」
そう伝えると、外山は、構わん、と答え、SP二人と秘書が部屋の外に出る。
失礼します、と声をかけて外山の対面に正座する。
外山はすでに赤ら顔で、手帳を眺めている。こちらの存在に興味はなさそうだった。
「私のことをご存じですか?」思わず訊いてみると、
「いや、会ったこともないと思うが」
と外山が顔も上げずに答える。
「WARAJIは開発が完了しました」
「・・・サムライ社に入ってプログラマーの監視をしてたのは君か」
外山は思い出したかのように言うと、しばらく間をおいて、
「いち民間人がこの私に会おうなんていい度胸だ。まさか、泣きついたり、脅したりするために私の時間をとったんじゃないだろうな。私の一時間はこの国にとって何十億円の価値がある」と言い放つ。
「私と長官のこの一時間は、日本にとって80兆円の意味があります」
そう言って対抗した。
「ほう。大きく出たな」
興味なさそうに手帳を閉じるが、一瞬、目つきが変わったのがわかった。
「日本の銀行預金残高は800兆円。少なく見積もってその十分の一が失われかねない話です」
「話を聞こうじゃないか」
「中国の諜報機関にWARAJIを渡しました」
「なに!」
想像だにしていなかったのだろう。外山は血相を変え、初めて私の顔を見据えた。右手に握られたおちょこが今にもこちらに飛んできそうだ。
「でも彼らはそれを使うことはありません」
「なんでそんなことが言える」
「第2の核兵器だからです。使えば自分もやられる。ただし、彼らは日本の報復能力を懐疑的に見ています。報復なぞどうせできないだろうと。我々がそれを実行できる証拠として上海の金融システムへの侵入を要求してきました。期限は明日です。実行しなければ、彼らは日本組みやすしと考え、WARAJIを使ってすぐにでも日本のシステムにサイバー攻撃をしかけてくるかもしれません」
「その上海のシステムへの侵入は誰がやるんだ?」
「私です」
「じゃあ、俺の許しなど得なくともやればいいだろう」
「警察やら暴力団に追われています。彼らの誤解が解けない限り、自宅はもちろん、ホテルにもインターネットカフェにもおちおち入れません」
「そうだった。君は指名手配されているんだったな」
なんだ、やっぱり私のことを調べてるじゃないか。
「報道を見て自分の罪状に驚きました。暴力団幹部の殺害と覚せい剤所持・・・。こんな話、長官も信じるんですか? 第一、動機がありません」
「君のことは知らんから動機については何とも言えんな。ただ、報道で聞く限りでは、証拠があるだけで話の筋が通ってない。裁判員制度での公判維持は難しいから、捕まえても嫌疑不十分で釈放されるのが落ちじゃないか? 起訴しても検事が法廷で大恥をかく・・・。つまり、君を探すのに警察組織を使ったが、後始末は暴力団に任せる、といったところか・・・」
話が読めた、とにやりと笑う外山に、ぞっとした。
そういうことか。本人を前にしてさらっと言うこの人物の神経はどうなっているのだ。だが、この人が裏で手を引いているわけではない。そんな心証が得られた。他に黒幕がいる。
「今日、お時間をいただいたのは、まさにそのことです。私への指名手配を取り消すよう働きかけていただきたいんです」
「予想通り、泣きつきか」
外山が大げさにがっかりした声を出す。
「泣きつきと取るか、前向きな提案と取るかは長官次第です」
「お門違いだ。そんな話は警察庁長官にしてくれ。いや、検事総長かな? 俺に事件のもみ消しを指示する権限などない。そもそも俺に何のメリットがある?」
「今は非常事態です。長官は昔、国家公安委員長も務められていましたよね。その人脈をいかして何とかお願いします。さきほどおっしゃったじゃないですか。このままでは検察も恥をかくって。私が明日、中国のシステムに侵入しないと、日本の金融システムが崩壊します。日本だけではありません。ロンドン、ニューヨークでもシステムがダウンするでしょう。国際金融システムの信頼性は失墜し、第二の世界恐慌、いや、それ以上の打撃を受けることになります」
外山は無言で日本酒を手酌すると、ゆっくり杯を傾けている。実にうまそうに味わっているようではあるが、頭の中では思考回路がフル稼働している様子が伺える。
「外国に国の宝を売り渡しといて、ヒーロー気取りか。ずいぶんご立派なことだな」
「その国の宝を作った当人を逮捕して、宝を守るはずだった私を付け狙う。そういう国家はろくでもないと思いますが」
「俺はその件は知らん。まあいい。その後はどうなる? 日中がお互いにWARAJIという破滅兵器を持って疑心暗鬼の状態で対峙していくってことか?」
「ワクチンはすでにサムライ社にあります。矢島さんが開発した“ディテクター”です。これがあれば、WARAJIの侵入は阻止できます。実装には半年から一年くらいかかりますが」
「1年たてば、この日中間の水面下の緊張は解けるってわけか。話はわかった。だが、何も約束はできんぞ」
そう言って、赤ら顔を部屋の外に向けて手を上げると、部屋の前で待機していたSP二名が部屋に入ってきた。
後ろに回り込んだSP達によって、燈は座った状態で肩をつかまれ床に押さえつけられた。
「橋口燈、強盗殺人容疑ならびに覚せい剤取締法違反容疑で逮捕する」
腕に手錠をかけられ、立ち上がるよう強制される。
あっと言う間の出来事だった。
両手に手錠をかけられ、連れて行かれようとするのを必死で抵抗しながら、外山に向かって叫ぶ。
「どうして! 私の話を聞いてましたか? 金融システムが崩壊するんですよ。それでも、あなた政治家ですか?」
「自分がやったことを棚に置いてほざくな。指名手配されている人間を警察に突き出さなければ、こっちが犯人隠匿罪に問われる。スパイごっこはここまでだ。君は知っていることを素直に警察で話せ。後はシステムの専門家と政治家に任せろ。これが君にとっても最良の選択だ」
それを聞いた燈は、ふっと力を抜いて男性のSPにしなだれかかった。
SPが慌てて私を支えようとした瞬間、肘を思い切り後ろに振り切った。それはSPの顎にヒットし、SPは一撃で失神して床に崩れ落ちる。
間髪を入れず、女性SPの首に脚をからめると、体を勢いよく反転さえ、自分の体もろとも女性SPを床の上に転がせた。そして、そのまま三角締めでSPの首を締めあげる。
手錠をかけられたときの対処法として、外事局の研修で習った技だ。こんな研修は気休めに過ぎないと思っていたが、見事に決まったことに自分が驚く。
SPが二人とも意識を失って横たわる中、燈はすっくと立ち上がって、ふうーっと息を整えた。手錠をはめられた手でポケットの中をごそごそ探す。なんとかUSBメモリを取り出すと、テーブルの上に放り投げた。
それはちょうど外山の前のテーブルにぽとんと落ちた。
外山は、二人のSPが相次いで床に這いつくばる様を間近で見て、さすがに動揺を隠しきれない様子であったが、姿勢を維持することでかろうじて威厳を保つと、目の前にいる私のことを睨みつけ、
「公務執行妨害もつくぞ」とつぶやいた。
「長官。うっかり、“脅し“の方をお伝えするのを忘れるところでした。そのメモリの中身が近々報道されます。そうなれば長官は記者会見で釈明に追われた挙句、内閣は総辞職、そして日本護国党は総選挙で惨敗します。ですが、もし、私が明日中に自由の身になれば、公開は総選挙の後にずらすことをお約束します。この意味わかりますよね?」
「何の話かさっぱりわからんな」
外山はあきれた顔を見せながらも、やはり中身が気になるのか、目線をテーブルに落ちているUSBメモリに移すと、つまみあげてポケットに入れた。
「総理と心中するのかって話です」
そのとき、意識を取り戻し、慌てて起き上がった女性のSPが、再び燈を取り押さえる。言いたいことが言えて抵抗を止めた燈は、引きずるように部屋から連れ出された。
畳の上にひっくり返ったままの男性SPが目に入り、少し心配になる。
玄関では女将と従業員が強盗犯を見るようなひきつった顔をして立っている。
なんともみじめな気分だ。逮捕されるというのはこういうことか。
あらかじめ警察に通報されていたのだろう。
玄関で待ち構えていた警察官に引き渡されると、燈はパトカーの中に押し込められた。
車内で外山の言葉を反芻していた。
“君にとっても最良の選択だ”。自分の身の安全を考えれば、確かに、警察に引き渡されることがベストだ。さすがに総理大臣や暴力団といえども留置所にいる容疑者に手をかけることはできないだろう。それに、5千円しか持ち金がなく、このままでは路上生活が確定だった。
そう思うとこれでよかったのかもしれない。
とはいえ、約束をたがえたことで、中国の諜報機関に一生付け狙われることになる。国家が守ってくれるなど期待すべくもない。
官房長官との直談判は、我ながらいいアイデアだと思ったのだが、そんな甘い世界ではなかった。この先の自分の運命を思うと暗澹たる気持ちになる。
近くの警察署に連れて行かれるものと思ったが、なかなか到着しない。
窓を流れる景色を見ると、どうやら葛飾区にある東京拘置所まで連れて行かれるようだ。
拘置所に到着すると、所持品等を提出させられ、そのまま取調室に直行だ。
取調室は、テレビドラマで見るような薄暗くて古ぼけた狭い部屋であったが、後から入ってきたのは、いかつい刑事でなく、スーツをまとい眼鏡をかけたスマートな検事だった。
あなたには、黙秘権があります、と通りいっぺんの説明があった後、
「あなたには堂島龍二の強盗殺人と覚せい剤所持規制法違反の疑いがかかっています」と切り出した。
「ニュースを見たので嫌疑がかかっているのは知っていますけど、堂島なんて、顔も名前も知らない人です。それをなぜはるばる九州まで行って殺さないといけないんですか? 飛行機の搭乗リストを見れば私が乗ってないことはわかりますよね? 目撃者はいたんですか?」
そうまくしたてると、検事の男はなだめるようにゆっくりと語り掛ける。
「確かに定期便の搭乗者リストにあなたの名前はなかった。でも、偽名を使ったかもしれないし、新幹線だって九州には行けますからね。あなたは被害者が亡くなった日、会社を休んでいますね。時間はたっぷりあった」
「会社を休んだのは、パートナーの矢島さんが逮捕されてショックを受けたからです。その後の話はまったく身に覚えがありません」
「被害者である堂島のスマホも調べたが、中に入っていた覚せい剤の顧客リストにはあなたの名前も載っていました。つまり、あなたは彼に覚せい剤の代金として高額な金額を請求されて強請られていた。だからやむなく殺害した。違いますか? そして、彼が保持していた覚せい剤を奪った」
「覚せい剤って、尿検査してもらえれば私が使ってないってわかるでしょう?」
「もちろん検査はしていて結果待ちですけど、覚せい剤を使用しても日にちが立てば反応は出なくなる。それに所持しただけで違法です」
検事は、黙っている私に追い打ちをかけるように、
「おまけに、あなたの指紋が付いた包丁が現場近くの植え込みから見つかっているんですよ。これは言い逃れできないですね」と続ける。
「顧客リストと指紋付きの包丁。よくそこまで証拠をでっち上げましたね。あなただって、本当は私の犯行じゃないってわかっているはずです」
検事は、すっとぼけた顔をして、
「犯人は誰しも罰から逃れようとして、自分がいかに正しいか語ろうとするものです。だから、我々は主観や先入観で判断することはしません。予断を持たずに証拠に拠って訴追手続きを進めるのみです」
「仮に私が菅野に借金があったとしても、金を請求されたくらいで人を殺したりしませんよ、普通。動機も解明されていない以上、裁判は無理です。どんな筋書きをでっちあげる気ですか? ミステリー作家は手配できました?」
「まぁ、そんなに興奮しないで。体で稼げ、とか堂島に無理を言われたんじゃないですか? いや失礼。これは憶測です。我々に話したくないならそれでも結構。公判を通して動機を明らかにするまでです」
自信満々に語る検事にむかついてくる。
こいつが証拠と語っているものについて考えてみる。
スマホのデータに私の名前を忍ばせるのは、いくらでもやりようがありそうだが、包丁についていた私の指紋はどのように細工されたのだろう。その点が不思議だった。
「あっ、思い出しました。10日ほど前、スーパーで包丁の体験販売やってて。販売員に、そこのお姉さん、って指名されてトマトを切らされました。ひょっとしてそのときの包丁を・・・」
あのときは売り場を通りがかっただけのところを強引に呼び止められたのだった。売り子がイケメンだったせいか、つい吸い込まれるように受けてしまった。
「はは。よくまあ、そんな言い訳思いつきますね。あなたこそ十分、推理小説の作家になれますよ」
検事はそこまで言うと、戯言はさておき、とそれまで背もたれに委ねていた上体を前のめりにさせ、険しい表情で詰め寄った。
「あなたには他の嫌疑も浮上している。中国の企業にサムライ社の機密情報を漏洩したらしいですね。営業秘密侵害罪にあたる可能性がある」
「やれやれ・・・人殺して、覚せい剤奪った次は、外国に情報漏洩ですか。私はどんだけ犯罪まみれなんですか。私は開発中のプログラムに接触する権限もないですし、アクセスしたこともありません。サムライって会社に聞いてください」
今度はこちらがとぼける番だ。
検事はこちらの反応は織り込み済みだったのか、気にすることなく話を続ける。
「暴力団員に対する強盗殺人と覚せい剤の話だけなら、国民感情という意味では、興味は惹くにしても、特に憎しみの的になることはないでしょう。動機によっては、かえって同情が寄せられるかもしれない。情状酌量の余地も十分ある。だが、外国に機密情報を売り渡してその結果、国民のなけなしの預金が吹っ飛ぶ。そんなことがあったら話は別だ。明らかに日本国に対する裏切りであり、国民の怒りはあなただけでなく、あなたの家族、親族にも向けられることになる。取返しのつかない事態に陥る前に外交的、政治的に解決しないといけない。実際の被害が出ないうちに自主的に話したほうが身のためです。機密情報は誰にどうやって渡したんですか?」
「知らないものは知りません。それに私には家族なんていませんから」
「ここだけの話ですが、あなたの自供によって事件が未然に解決できれば、営業秘密漏洩の罪では、逮捕状は請求しないし、起訴もしない。つまり公にならないってことです」
「もみ消していただけるなんてありがたい話ですが、残念ながら、なんの話やら見当もつきません」
「新聞の一面を賑わせてもいいと?」
「すでに賑わせましたから」
「中国にプログラムを売り渡したと官房長官に話したそうじゃないですか。それは嘘だと?」
「そんな話をした記憶はございません。官房長官にはもっと面白い情報をご提供しました」
「一体なんの話です?」
怪訝そうに問いかける検事に、
「今は公にしない、と官房長官に約束しましたのでノーコメントです。どのみち、検察は民間人に対しては高圧的に出れても、永田町相手では腰が引けちゃいますからね。知らない方がいいですよ」
からかい気味に返す。
検事も私から何かを引き出すのは無理と観念した様子で、また来ます、と言って部屋を出て行った。
交代した若手の検事が質問を事務的に繰り返す中、こちらは黙秘を貫き、深夜に解放された。
最初の検事が言った通り、私が機密情報を中国に売ったなんてことが報道されたら、もうこの国で生きていくことはできなくなる。売ったというのは嘘だが、売るつもりであることに変わりない。売らなければ中国の諜報員から命を狙われる羽目になる。暴力団と国家にも命を狙われ、八方ふさがりだ。
考えれば考えるほど、思考は負のスパイラルを辿り、未来への希望が先細っていく気がした。
膝に顔をうずめた。そして、一睡もできないまま朝を迎える。
翌日も同じ検事がやってきて、あれこれ訊きだそうとする。徹底して黙秘を貫く燈に、少々焦っている様子だ。上からプレッシャーを受けているのかもしれない。
だが、焦っているのは燈も同じだ。
中国側との約束では、昨日中に上海のシステムに侵入することになっていたが、さすがにこの拘置所の中ではやりようがない。
「裏切りは許さない」という言葉が頭に蘇る。中国からもお尋ね者になるってことか。
ところが、夕方になって検事が諦めて部屋を出て行ったあと、1、2時間して、
「出ていいぞ。釈放だ」
と若い検事から思いがけない声がかかる。
着替えなど押収されていた物を返却され、スーツに着替える。
それしか着るものがないのだから、特に意味はない。
若い検事に言われたのは、嫌疑不十分で釈放する、ということのみであった。刑務官が拘置所の扉を開き、そのまま外に放り出された。
あまりにあっさりした対応にあっけにとられる。
誤認逮捕で申し訳なかったとか、この先どうするんだとか、何か寄り添うような言葉はないのか?
そう憤りながらも、なんとか一歩前進だ、と前向きに考える。
外山が釈放に向けて動いてくれたのだろうか?
拘置所を出たところにハイヤーが1台待っていた。
運転手は私の姿を認めると、外に出てきて車の後部座席のドアを開けてくれる。
「橋口さんですね。お金は先にいただいています。お好きなところに行きますよ」
外山が手配してくれたのか。暴力団に命を狙われないように、という配慮ならありがたいことだ。
誰の依頼か運転手に聞くが、それは言わない約束ですから、と返ってきた。
行先を訊かれ、人が多そうな場所として思いついたのは新宿の花園神社だった。
運転手は車を走らせながら、しきりとバックミラーを気にしていたが、無線を使って後ろの車のナンバーを誰かに告げている。
しばらくして無線の返信が、該当ナンバーは盗難車・・・と伝えてきた。
えっ、警察情報? このハイヤー何者なの?
「少し揺れますよ」そう言うと、ハイヤーは首都高に入り、車線を右に左に切り替えて周りの車を縫うように進んで行く。かなりのスピードオーバーだ。
「速度違反、大丈夫ですか?」
心配で思わず声をかけるが、運転手からは、
「本日の取り締まり情報はすべて把握してますからご心配なく」と返ってきた。
しばらくして、尾行は巻きました、と運転手に声をかけられた。運転がゆっくりになったことで、気持ちが落ち着いたせいか、急に眠気が襲ってきた。
ふと目を覚ますと、いつのまにか車は首都高をすでに下りていて、新宿近くの道を走っているようだ。花園神社付近の裏道に入ったところで車が止まった。
礼を言って、車から降りようとすると、これをお渡しするよう言われていました、と運転手から封筒を渡された。
降りて、封筒の中身を確認すると10万円が入っていた。名前も書かれていなければメモも入っていない。誰からなのか聞くのを忘れた、と思うが遅い。
ハイヤーの姿はすでに小さくなっていた。
この金の意味するところはわからないが、持ち金5千円では何もできないので、ありがたく頂戴することにする。これで当面の寝る場所と食事は確保できる。
釈放されたのはともかく、この金も外山が手配してくれたのだろうか? あの鉄面皮とこの温情行為が頭の中でどうしても結びつかなかった。
今回、結果的に私に好意的な“差し金”であったのでよかったが、これが暴力団の手配した車であったら、そのまま拉致されてしまったわけで、自分の軽率な行動を今になって反省する。知らない人の車に乗るな、とは小学生の頃に言われていたはずなのに。
まだ外をあまりウロチョロしない方がいい。しばらく籠城できるように、コンビニで二日分の食料の買い出しを済ませる。
スマホの地図で近くのビジネスホテルを見つけると、そこに向けて歩き出す。
すると、前方から地図を片手に道を探している外国人観光客らしき人物がやってきて、鉢合わせにぶつかりそうになり、思わず立ち止まる。と、後ろから冷たく硬いものが背中に突きつけられた。
「そこの角を左に入れ。変な動きをすると撃つ」
後ろの男は小声でつぶやく。
前から来た人物は地図を思いっきり広げたまま、私の姿を隠すように前をふさいでいる。
グルか。
仕方なく、左手の狭い路地に男と入る。
「約束を破ったな。上海の銀行システムは、今日、何事もなく取引をクローズした」
サングラスをつけた男の手には銃が握られている。中国の諜報員か。
「待って。拘置所にいたからできなかっただけなの。約束は守る。明日は必ず実行する」
「期限を過ぎたということは約束を破ったということだ」
「いま私を殺しても何の得もない。後1日待ってくれたら」
「我々は損得だけで動くのではない。面子が大事なのだ。今日果たされるべき約束が守られなかったことを言っている」
「その点は謝る。でも、まだあなた達の利益を損ねたわけではない。もう一回チャンスを頂戴」
「これが最後のチャンスだ。我々をなめるんじゃない」
銃を下ろして、私のことを行かせた。
さっきのハイヤーに発信機がつけられていたのかもしれない。暴力団は巻けても、諜報機関は巻けなかったということか。
まだばくばくしている心臓を気遣いながらも、足早に近くのビジネスホテルに駆け込み、チェックインする。パソコンのレンタルも依頼した。
部屋の扉のロックをかけると、今日1日の命が保証された安堵感が胸に広がる。
冷静になって振り返ってみると、先ほどの男たちは私を殺すつもりだったのではなく、当初から警告が目的だったのだろう。ヒットマンにターゲットの殺生の判断を委ねるとは考えにくい。
金融システムがクローズした今日は侵入しようがないので、シャワーを浴びてベッドに倒れ込む。ここ数日の疲れがどっと出たのか、泥のように眠りについた。
8時にセットされた部屋のアラーム音に起こされると、瞼をこすりながら、インスタントコーヒーを淹れる。
スティックシュガーの袋を開けてコーヒーカップに注ぐと、パソコンの前に座った。
自分の頬を2回ほど両手でぴしゃりと叩き、気合を入れる。
パソコンが立ち上がると、矢島が契約している外部サーバにアクセスする。アクセス先のアドレスとPWは暗記している。
WARAJIの起動メニューが開いた。ここまでは自宅で試したので知っている。
問題はこれからだ。中国側から伝えられた上海銀行のシステムのIPアドレスを入力する。
WARAJIはパスワードの自動確認手続きに入る。この作業にはそれなりに時間がかかるだろう。
ターゲットのサーバからVPN接続情報を盗み取ると、アカウント情報を入手し、この人物に成りすまして情報を操作することができる。
World Area Raid Access Just Intime。直訳すると、『世界中いつでも侵入』システムとなろうか。誰が考えたか品のないネーミングだが、まさしく自分が今やろうとしていることを如実に表している。
10分ほどたった頃、侵入に成功したことを画面表示が伝えてきた。
さすがWARAJIだ。上海銀行のサーバと早速お友達になったのだろう。
矢島から聞いた話では、コードネームWARAJIは“草鞋”からとったのではなく、“座敷童”からの引用だそうだ。
これから先は手作業だ。上海銀行の画面メニューまでたどり着くと、振り込み情報のDBにアクセスする。
まずは、いただくものを先にいただくとしよう。
上海銀行が保有するデジタル元を闇サイトに送金する指示を実行する。次いで、闇サイトでドルに換金して自分のスイス銀行口座に送金手配を行う。日本円に換算して100億円相当だ。
これで、中国の諜報機関が私の口座に報酬を振り込む手間を省いてあげることができる。
スイス銀行の口座は、外事局の研修生仲間が開設してくれたものだ。その女性はもともと金融界にいた人で、外事局入局後、ヨーロッパの銀行に出向になっていたが、現地で私になりすまして手続きしてくれた。
この口座に入った金はハッキングでもされない限り、捜査当局から調査されることもないという。
スパイ稼業をやるにあたっては国家の裏切りも想定して、安全な場所に金を隠しておいた方がいい、とその女性から研修中にアドバイスを受けていた。海外でミッションを行ったあとに日本に戻れなくなったり、銀行口座が凍結されるリスクがあるためである。
さて、これからが本番だ。
上海銀行から他行の口座あてに振り込まれる金額を、指示のあった金額にゼロを二桁増やすよう指示を加えた。これなら残高不足か何かで、システムダウンを引き起こすことは間違いないだろう。
ちょっとやりすぎかもしれないが、疲れた脳はそれ以上深く考えることを拒否していた。
命令を書き込むと、最後にログ自体を消去して接続を遮断した。
やることはやった。まだ午前中だが、ベッドに突っ伏すと、そのまま意識が飛んだ。
目が覚めたのは夕方だった。テレビをつけると、ニュース番組のキャスターが、二つの大きなニュースが飛び込んできました。と告げる。
『まず最初のニュース。上海銀行がシステム障害を起こし、これに連動して上海にあるすべての金融機関および電子決済システムが停止しました。上海では世界に先駆けた先進的な金融システムが今月からスタートしたばかりで、中国の威信をかけたプロジェクトは、早くもつまずいたことになります』
罪のない関係者や上海市民には申し訳ないが、私のミッションは無事成功したようだ。まずはほっとする。
『続いてのニュース。暴力団員を殺害して覚せい剤を強奪した容疑がかけられていた女性が無実であることが判明しました。その女性は交通事故を起こして一時、行方不明となりましたが、一昨日、赤坂付近をうろうろしているところを発見され、駆けつけた警察官によって逮捕されていました。ところが、検察にて取り調べの結果、無実であることがわかり、昨日、釈放されたとのことです。警察の杜撰な捜査に批判が避けられない模様です」
それを聞いて肩の力が一気に抜けた。
自分に関することを報道で知るのは不思議な気分がするものだ。
さすが矢島! このとき初めてWARAJIを作った矢島に対する感謝の念が湧いた。でも、考えてみたらマイナス評価がゼロに戻っただけの話だ。あやうく騙されそうになる。
危機を通り越すと、なんだか急に食欲が湧いてきた。
買ってあったおにぎりとサラダにぱくつく。そして、オレンジジュースをストローでずずっと吸い上げる。
昨日はつい風呂に入りそびれたので、狭いユニットバスではあるが、ゆっくり浸かることにする。
風呂から上がると、久しぶりにワインを開けて祝杯をあげることにした。
グラスを用意し、コルクを抜くと、テレビのスイッチを入れる。
深夜のニュースで新たな情報が流れていた。
映し出された記者会見場では、警視庁長官が、
「被害者である堂島さんと被疑者であった女性との接触が確認できなかったこと。そして、覚せい剤の売買リストにこの被疑者の名前が入力されたのは殺人事件の発生後であることがわかり、再度、白紙に戻して捜査することが必要と判断しました。したがって被疑者であった女性を嫌疑不十分で釈放しています。世間をお騒がせしたことを深くお詫びいたします。真犯人の検挙に向けて全力で取り組んでまいります」と頭を下げている。
おいおい、世間に謝るんじゃなく、私本人に謝れよ、と画面に向かって突っ込みを入れる。
翌朝、朝食のあんぱんをかじりながら、今日一日をどうやって過ごそうか、とぼーっと考えていると、彩恵子に借りたスマホが鳴った。彩恵子本人からだ。
「大変だったみたいね。何はともあれ釈放されてよかった」
無事を喜んでくれた。本来、自分から連絡すべきだったのだが、なんだかいろんなことで精神的に余裕がなかった。
「ほんとに彩恵子のおかげだわ。これで警察と暴力団の方は大丈夫だと思うけど、第三の刺客が来ないとも限らないから、しばらくはホテル暮らしする。親切な誰かが10万円提供してくれたから、当面はなんとかなりそう」
「わかった。ところで、差出人不明の郵便物が出版社に届いたんだけど、中を開けたら例の事件に関する大量の資料が出てきて。これは燈以外ありえないと思って」
「えっ、もう届いたの? ある調査機関に証拠探しを頼んでいたんだけど、思った以上に早かったな」
さすがに中国の諜報機関だ。上海銀行への侵入を待たずに調べ上げてくれていたということらしい。その着実な仕事ぶりに感心するが、このことは彩恵子には秘密だ。
契約履行のために資料をでっちあげる可能性もあると思っていたが、私にとって肝心なのは、それが本物かどうかではなく、もっともらしいかどうか、つまり、表に出せるかどうかだ。
「たいしたもんだわ。たった数日のうちにここまで調べるなんて、マスコミ、警察も顔負けね」
感心している彩恵子に、どんなものが届いたのか訊くと、首相秘書とタイフーン社幹部の通話内容の録音データと、料亭から当事者双方が一緒に出てくるところの写真。そして、日本護国党の防衛部会の議事録が入っていたという。
その議事録には、首相側近の代議士の、「この緊迫した国際情勢で悠長に開発している余裕はあるのか? アメリカで余っているなら即座に購入した方がいい」、という趣旨の発言が載っていて、そして、議論の結果、党として国内企業連合への開発委託の取り消しを政府に申し入れる、との決定が記されていた。
「裏を取ったけど、写真が撮られた日付と場所は、当人の行動記録と矛盾していなかった。それと、日本護国党内の会合に出席した議員にも話を訊けたけど、議事録は正式なものとの確認が取れた」
彩恵子の発言を聞いて、必ずしもでっちあげた資料でないと知り、安心する。
「これだけそろえば記事にできるわ。雑誌の発行日が決まったら教える」
「助かったー。ちなみに、発売は総選挙の後でよろしく。ある人と約束したの」
彩恵子はその意味を計りかねたのか、少し間が空いてから、
「デスクは割とイケイケだけど、編集長は保守的な人だから選挙前に出す勇気は多分ないわ。もっとも、これから原稿書いて、上の承認取って、だから、頼まれても選挙前は難しいわね」と答える。
彩恵子との電話が終わって、一息、深呼吸すると、パソコンの前に座った。
向こうが約束を守った以上、こちらが責務を果たさないといけない。
サーバからWARAJIのプログラムをダウンロードしてUSBメモリに落とす。
そして、中国の諜報機関が指定してきた宛名と住所を封筒に書き、メモリを中に入れる。
本当に送ってしまっていいのだろうか、と郵便局に向かう道すがら逡巡する。
私は“国賊”というレッテルを貼られてしまうのかもしれない。
上海で起きたシステムの混乱を目の当たりにして、中国サイドもその使用には慎重にならざるをえないはずだ、と自分に言い聞かせて、勢いに任せて窓口で国際書留郵便を依頼した。
封筒の中にはメモ書きを入れておいた。
「プログラム代金100億円は、先に頂戴しましたので、送金不要です。 橋口燈」
重複して送金されるとやっかいな話になるからだ。でも、どうせ、いちゃもんをつけて送金はしてこないだろうと思っていた。所詮は口約束だし、違法な取引であるため、不払いがあっても裁判所に提訴できない。
考えれば、矢島が借りたサーバのレンタル期間は7月末で終了するので、3日後にはWARAJIはダウンロードもできなくなる。ぎりぎりのタイミングで間に合ったことに気が付き、胸をなでおろす。
逆に言えば、WARAJIデータがサーバから抹消されれば、矢島がサムライ社の外でWARAJIを使った証拠が出ることはないだろう。矢島も証拠不十分で釈放される日が近いのではないか。そんな楽観的な考えもうかぶ。
これで、中国の諜報機関から追われることもなくなるが、私をこの世から抹殺したい勢力がいる以上、総理犯罪の報道がなされるまで身を隠している必要があるだろう。
ここだと足が付きやすい。とりあえず大阪に逃れることにした。東京同様に人口が多いので紛れやすいし、ホテルも多い。
そうなると10万円では心細い。銀行のCDで金を引き出した。
大阪のホテルにチェックインした。部屋を出るのは、1日1回の買い出しに制限して、食事は部屋で済ませることにする。
そんな部屋ごもり生活が続いた6日目に、衆議院の総選挙は行われた。
投票用紙は横浜の自宅に届いているはずで、燈は投票する術がないが、夕方以降はテレビにかじりついた。各局こぞって選挙速報をやっている。
結果は、下馬評通り、日本護国党が衆議院の過半数の議席を確保する大勝利であった。選挙の直前にばらまかれた国民への給付金が功を奏したのか、または、富岡総理の、国益は断固守る、との勇ましい発言や、国防強化策が国民のナショナリズムをくすぐったのか。
ちなみに、うがった見方かもしれないが、富岡総理は、選挙戦の終盤になって急に、隣人とは仲良くすべし、と中国との融和策を訴え始めたようだった。今まであれだけ反中国で鳴らしていたのに、である。
さっそく中国側は情報を有効に使いだしたらしい。
この選挙結果を受け、富岡総理の続投が当然のごとく決まった。
組閣の内容も徐々に明らかになる。
外山官房長官はこれまでの政権運営と選挙勝利の立役者として、続投確実と言われていたが、その職を固辞し、役職なしに甘んじた。
事情を知っている燈からすれば当然の対応であったが、政治評論家は、首相と官房長官の間に隙間風か、と今回の人事での一番のサプライズとして取り上げ、首をかしげていた。
また、佐々木国家公安委員長が総務大臣に任命されたことも大きな驚きをもって受け止められていた。先の組閣で大臣になれたのは、その能力というより、総理に近い関係にあることが理由と世間では思われていて、一度大臣経験を積んだことで、今回は内閣から外されるだろう、というのがもっぱらの見立てだったからだ。
でも、そんな細かい話はどうでもいい。
総理の政治生命が終わる日を一日千秋の思いで待ち望んでいた。
週刊ブラックライトが発行されたのは、総選挙の3日後だった。ホテルでテレビを通じてニュースとビデオを見続ける毎日に、さすがに嫌気がさしてきた頃だ。朝一番で書店に駆け込み購入する。
テレビ報道では先行してニュースで取り上げられて話題に上っているから、すぐに完売になるだろう。すでに日本中が大騒ぎだ。
ホテルに戻ってページを開く手が震える。
記事は2部構成になっていた。
第1部では、タイフーン社の親会社からタイフーン・ジャパンから日本護国党と総理の複数の政党支部や政治資金団体への金が流れていること、そして、ちょうど同じ時期にタイフーン社との契約が政府内で閣議決定されたことが書かれている。
第2部では、サムライ社のプログラマーAがその金の流れを掴み、毎朝新聞の記者Bにタレコミを行ったが、その直後に、記者Bが行方不明になり、プログラマーAが逮捕されたこと、さらに、Aのアシスタントであるサムライ社の社員Cが事故に遭ったのち、第三者の殺人事件の容疑者として誤認逮捕されたことを時系列で紹介している。
私はCってことか。
さらに読み進めると、暴力団員のYが、Bの行方不明とCの事故に関与しているという。Yは密輸事件に関して警察に弱みを握られていた。
政治家以外の人名は匿名表記だ。
Yに対して指示を行った首謀者については明らかにされていないが、第2部を読めば、それがAとCを逮捕するよう警察に圧力をかけることのできる権力者であること、そして、第1部を読めば、日本の最高権力者である富岡首相にその動機があることがわかる。
目の前が開けたような感覚がした。
矢島が掴んだ事件がやっと日の目を浴びることになる。
矢島はまだ拘置所にいるわけで、この報道によって検察が起訴をあきらめて釈放につながるのでは、という期待が膨らむ。
ふと、この記事を書いた記者の名前をチェックして顔が曇る。そこに書かれていた名前は彩恵子のものではなかった。
手柄を譲ったのだろうか。
ホテルを引き払い、自宅のアパートに戻ることにする。数えてみると二十日間近く留守にしていたことになる。
いざアパートのドアの前に着くと、ドアを開けるのを少し逡巡する。部屋がどんな状態になっているのかわからなかったからだ。
コーネルを動物病院に連れていこうと、慌てて車に飛び乗って以来だ。こぼれたワイングラスはそのときに片づけたが、その後、警察による家宅捜索も行われているだろうし、悲惨な状態になっているに違いない。
恐る恐る鍵を開けて中に入ると、引き出し等が開いたままであったり、家具の配置がずれていたりしていたものの、悲惨というほどの状況ではなかった。住むには問題はなさそうだ。
部屋の片づけと掃除に精を出し、買い物に行って、夕食は自炊した。
この数週間、単に“生きる”ことを目標に日々を過ごしてきたが、久しぶりに平凡な“生活”というものに向き合い、逆に生きていることを実感することができた。
だが、コーネルのいない部屋は、ぽっかりと穴があいた自分の胸の内を表しているようだった。
コーネルが死んだのは、何者かがグラスに毒物を入れたことが原因だ。とはいえ、自分がいなければ死なずに済んだことに変わりはない。
コーネルは私を助けるためにグラスを倒してくれた、と考えるのは感傷的すぎるだろうか?
家に戻ってからも、政治に関するニュースは欠かさずにチェックする。
ブラックライトの発行以来、富岡首相が国会で野党の追及を受ける日々は続き、富岡首相は、記事はフェイクだ、出版社を提訴すべく弁護士と相談中だ、と苦し紛れの答弁を続けていたが、外山官房長官がいない中、身を投げうって富岡首相を支える者もいなかった。
東京地検が動き出したこともニュースで流れる中、このままでは国会審議が立ち行かないと党員からの突き上げもあって、富岡首相も最終的には観念し、8月16日に内閣総辞職に追いやられた。
日本護国党では、政治家たちが党存亡の危機として、上を下への大騒ぎだ。
総理経験者の長老や派閥の長たちが赤坂界隈の料亭に集まり、何やら協議を行っている様子がニュースでも報道されている。
若手の議員からは、次の選挙で勝つためには危機管理能力にたけた前官房長官しかない、と外山を担ぎ出す声が噴出する。これらの声に押されるように、最終的に各派閥は、外山を自由護国党の総裁選に担ぎ出すことで合意した。
他に火中の栗を拾う者は現れず、無投票で外山は党首に選任され、続けて、国会での決議を経て総理大臣に任命された。
外山は、官邸での囲み取材に、
「日本護国党を解党するくらいのつもりで抜本的な改革を行い、国民の信頼を取り戻すよう誠心誠意取り組む」と神妙な面持ちながらも力強く表明した。
密室の中で総理大臣が決められたことに対する不満や、選挙のやり直しを求める声などが、ネットを飛び交ったが、街頭インタビューでは、他に人がいないから仕方ない、といった声も多く聞かれ、無関心な層が多いのも事実であった。
党の信用が失墜した状況にも拘わらず、新聞各誌のアンケート調査では外山内閣の支持率は軒並み6割を超えており、新内閣は国民に好感をもって迎えられた。能力はともかく収賄事件とは無関係で清廉潔白なイメージが評価された模様だ。
ある記者から、今回の政変の原因となったF99の導入計画の見直しについて問われると、
「購入のプロセスに問題があった以上、いったんタイフーン社との契約は白紙に戻して、国産の開発も含めて再検討が必要だ」と述べた。
相変わらずテレビのニュースを欠かさずチェックしていた燈だが、こうした外山首相の毅然とした姿が、燈の目の前で酒を飲んでいた赤ら顔のおじさんの姿とはどうしても重ならず、違和感は消えなかった。
内閣組閣から数日たっても、一連の国内政治動向がニュースの大半を占めていたが、ある日、おまけのように海外のニュースが流れた。
画面には、会見する上海市長の郭鄧雲がアップで映し出されている。
市長肝いりの世界初のブロックチェーン金融システムが、サービス開始間もなく原因不明の障害を起こしたことについて、説明する場のようだ。
3日間に亙って会社間の決済や、市民の預金引き出しに支障が生じたこと。そして、国営の上海銀行が2500億円相当の資産を喪失したことを認め、謝罪した。
この損害のうち約2400億円については、送金先がわかっているため返還に向けて交渉中であるが、残り100億円については送金先の記録もなく、取り戻すことは難しいとした。
会見の最後に、この混乱の責任を取って市長を辞任すると述べ、締めくくった。
中国の情勢に詳しいある教授は、鄧は北京で独裁的な政治を押し進める周亜寧主席に対抗しうる数少ない政治家と目されていた人物であったが、この事故によって政争レースから脱落した、と解説する。さらに、このシステム障害は中国内部での権力争いによって引き起こされた人災である可能性が高い、と論評していた。
まさに私が引き起こした人災ということになる。忸怩たる思いはあるが、文句があれば北京に言ってくれ、としか言いようがない。