終焉の光
静寂の中に視線を感じて、努礼は目を覚ました。
「起こしてしまったわね」
大輪の花を小脇に、操が微笑んでいた。見舞いのようだ。
「いや、いいんだ。薬のせいで眠りすぎているくらいだからな」
努礼はドーナッツ型座布団を引き寄せると、横たわりながら尻に敷き、ベッドサイドのボタンを押した。きりきりと子供の歯ぎしりのような音を立ててベットが持ち上がる。
「経過は順調?」
「お陰様でな。アレを切って細胞を埋めると聞いた時は卒倒しそうになったが」
「そう。早く歩けるようになると良いわね」
操は花瓶に花を生け終わると、椅子に腰掛けた。
「良い部屋ね」
「全くだ。国の財政は圧迫してると聞いていたが、掘り出すと金というのはいくらでもあるもんなんだな。まぁ、肉が売れているというのもあるんだろうが」
「ねぇ、努礼」
努礼の言葉を塞ぐように操は言葉をついた。
「なんだ操」
「……例の約束のことなんだけど」
例の約束、という言葉に、努礼はハッと赤面した。
ハデスに勝ったら操を妻にする、そのような約束を努礼は交わしていた。
努礼はまじまじと操を見つめた。整った顔立ちは美しさに無邪気さもあわせもち、ぴっちりとしたスーツに包まれた体は、スレンダーなだけでなく、豊かな胸をも静かに主張している。
生唾ゴックン。
しかしそれは、困窮する操につけ込み、交わした約束だ。
しかも努礼は、破壊してはならないとされていた高速道を破壊してしまったのだ(主にハデスのせいだけど)。自衛隊が爆撃しなくて済んだから、という微妙なお情けで尻の手術を受けさせて貰った身である。
それよりなにより。
「操の気持ちはどうなんだ」
勢いに任せて結んだ約束。しかも交際期間ゼロ日。そして禿げ無職痔持ち(痔は治ったけど)。
そんな約束、良く思っていないに決まっている。
努礼の案の定、操は切なげに俯き、気まずそうにもぞもぞと腰を動かしている。断るのにあぐねているようだ。
「……そうか、気にするな。あの時の俺は少し変だったからな。痔は治ったし、感謝してるからな」
涙目を隠しつつ、努礼は頭を下げる。内心へこみつつ。
と、突然、操が立ち上がった。
「違うわよ」
その言葉に、努礼は頭をあげた。そして操の手から垂れ下がるものに目を見開く。
左手にムレタを持ち構えることを、ナツラルという。操は赤いムレタでナツラルを作り、頬を紅潮しながら言った。
「どう、かしら?」
扇状的な三角形と逆三角形の赤。ひらひらと舞う四本の紐。
禁断の、深紅。
伝説の闘牛士、得留股努礼はそののち、こんな言葉を残したという。
「人は時に、牛となる。」




