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逆三角の聖域、燃える闘魂

 ミサイルか隕石でも落下したのではないか、そう思う者がいてもおかしくはない情景。爆風から難を逃れたヘリコプターの操縦士は、その凄惨な光景を目の当たりにし、生唾を飲んだ。

 数分の時をかけ、風が分厚い瀑煙を押し流した時に現れたのは、クレーターのような穴をポッカリとあけた高速道だ。そして円の真ん中にはあのハデスがいる。


「っく、ミス猛牛も例の禿げ痔ろうも殺されちまったのか……」

 震える手で操縦桿を握り締めながら操縦士はぼやいた。絶望が彼のこめかみをツゥっと流れていく。それが顎まで滴ろうとする最中、彼の目が瞬時に見開かれた。

「生きてやがった!」

 目の覚める青を切り裂いて旋回するヘリコプター。照りつける太陽は陽炎を弄ぶ。乾燥し、土臭さをばら撒く大地に、ぽつんと彼らはいた。


 努礼は、ボロボロに衣服を切り裂かれながらも、確かに生きていた。操を庇うように抱きしめるその姿は擦り切れた布のよう。


「んっ……」

 努礼の腕の中で気絶していた操が、ふいに眉毛をねじ曲げた。

「努……、うぅっ!」

「動かなくていい」

 重み思った優しい呟き。

「ごめんなさい努礼。私は無謀な攻撃であなたを巻き込んでしまった……」

 申し訳なさげにしな垂れる操をしっかりと抱き寄せ、

「いいんだ。操はこのままここで待っていろ」と返す。

 努礼は顔をあげた。睫毛の檻の先に、王者は堂々と大地を踏みしめている。敵を失いがらんどうになったリングの中で、ハデスは悠々と努礼たちを見つめていた。勝者が敗者に抱く哀れみがそこにある。

 笑わせてくれる。

 意識を朦朧とさせる操の体をそっと地面に横たえると、闘牛士はふらつきながらも腰をあげた。操は空を掻くことしかできない細指を彼の背に向ける。


「努礼……?」

「操、謝るな。謝らなければならないのは俺の方だ」


 遙か遠く果てのない天空に視線を投げやると、努礼は唇を震わせた。

「怖じ気づき、戦いを放棄するところだった。お前が来てくれなかったら、尻をまくって逃げていたよ。あの日と同じように」

「努礼……」

「ありがとう、操。俺は気づいたよ。やはりお前は良い……嫁になるだろうな」

 操はハッとして体を起こそうとし、苦痛でくず折れた。


「努礼。だめ、行かないで。ハデスには敵わない。お願い……武器もないのに」

 操の懸命な懇願を、だが努礼はその逞しい背中で拒絶する。


「大丈夫だ操。武器ならある。お前との愛と、それとーー」


 右手を横に伸ばす努礼。その拳が緩まれて、するりと何かが身をしならせる。薄地で赤く、僅かに光を反射するシルクで出来た……。操は、自身の股の間を清清しい風が吹き抜けていくのを感じた。


「こい、破壊神よ! 俺はまだ−−闘える!」

 努礼はパンティを握り締めながらクレーターの中へと飛び込んだ。


 深さは三メートル弱、直径は五十メートルといったところか。衝撃波で引き裂かれた高速道は、ハデスを努礼をぽっかりと納めながら天にその大口を開く。雲ひとつない青空に、闘牛士の握る赤が映える。

 ハデスは努礼、そしてその赤を目に入れると、静かに熱く息を吐いた。

「オウゴンノタレ……」

「ゴマミソフーミ」

「コイメアジツケ……」

 一人と一匹は対面しながら呟き会う。まるで長い月日をえて邂逅した者達のように。

 実際、そのように一人と一匹は感じあっていた。

 無限の宇宙に生を受け、人生という大海原に投げ出され、悠久の彼方を彷徨い、彼らは出会ったのだ。彼らは交える瞳と瞳で、それを認め合った。


 すなわち、好敵手<ライバル>!!


「シオアジモアルヨ……」

 強靭な肺から猛烈な鼻息を噴出すると、ハデスは自身を渦巻くエナジーを一転に集めだした。心臓がドクドクと高鳴り、熱い血潮がハイウェイのように破壊神の体を駆け巡る。やがて流れは末端へと末端へと集められ。

 ハデスの後ろ足が、ぶくぶくと膨らみ始める。隆起する血管は太く脈打ち、太縄を髣髴させる筋肉が更に熱を帯びる。力は漲り、今、爆発する。

「オイシイカラネ!」

 横たわっていた背骨がミチミチと音をたてて持ち上がる。凛々しい牛面が天空へと伸びる。北斗真拳の使い手を思わせる鍛えられた胸筋、腹筋があらわになる。

 ハデスは、二本足で立ち上がっていた。


「ふん、今までは遊びだったっていうのか。いいだろう」

 努礼はいきり立ったハデスに冷静に言い放つと、ムレタを構えた。汚れきったカポテに身を包み、デレチャソ(右手でムレタをもつ)を行う。闘牛士に相応しい挑戦的な瞳で。

「受けてたつ!」

 空風が一人と一匹を駆け抜け、天へ昇る。一人と一匹は睨み合ったまま動かない。お互いの殺気に動けないのだ。


(シルブプレ……)

(隙がない……)

 と思ってか思わずか、空気だけが張り詰めていく。ふたつの魂から生まれる闘争心に、世界が悲鳴のような金切り声をあげる。


 操はヘリコプターに救助され、祈るように手を組み、その様子を見守っていた。

「くそ、計器がいかれそうだぜ……!」

 操縦席の舌打ち。圧倒的な闘争の波動が大気を震わせ、ヘリコプターを地の底に沈ませようとその触手を絡める。

「もう少し踏ん張ってちょうだい。私は彼らを見届けたいの」

「それにしても、スゴい戦いだぜ」

 操は相槌ち、再び地上の穴を見下ろした。


 努礼とハデスは、未だにらみ合い対立している。ピクリとも動かないが、そこには密かな凄まじい戦いがある。精神世界の戦い。魂と魂のせめぎあい、心をカンナで削りあう戦い。


 赤く燃える精神世界はやがて浮上し、肉体と同調する……。


 努礼は、口火を切った。

「勝負だ」


 それを合図にハデスは攻撃態勢に入り、一気に走り出した!

 パンティ、いやムレタを構えながら努礼は黙視不可能な速さのハデスを心の目で捕らえる。


 風が滑空する。

 竜巻がハデスを包む。

 やがて努礼を包み、クレーターを満たす。


 爆裂。

 粉塵がはためき、高速道を飲み込まんと四方へと伸びる。

 コンクリートは薄皮のように剥がれ空を踊る。

 穴に集約されたエネルギーが堰を切ったように天空へと飛翔する!


「努礼ーー!!」


 操は肉体が許す限りの叫びをあげた。だが叫びは全てを破壊する音に、土煙に、造作なく飲み込まれる。

 終焉が羽根を下ろし、なにもかもを包んでゆく。

 吹き荒れる風は空へと逃げてゆき、後には紺碧と、世界樹のごとき一本のキノコ雲を残すだけであった。


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