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自衛隊VS牛

 高速道路。

 高度経済成長の折り、狭く小さな島国日本に最も適した交通手段として産声をあげ、今日まで日本を影から支えてきた、言わば動脈である。

 それが今、たった一頭の牛により、危機に瀕していた。


 藍色のペンキをぶちまけたような、べったりとした空。その下を駆け抜けるハイウェイ。無機質で、そのくせどこか泥臭さの匂う光景は、酷暑にもうもうと浮かんでいた。

 ――異質さを抱きながら。


 高速道路には、車が一台もなかった。法定速度を無視した車たちが我先へと疾走する、それが本来の高速道路の形であろう。

 だが今、車らしきものはひとつもない。そのかわり、普段はけして存在しない者たちが、道路に立ち塞がっていた。


「異状ないか」

「こちら、異状ありません」

「引き続き、様子をみろ」

「はい」

 電子音の混じった声。完全武装した屈強な男たちが、ヘルメットに装着されたマイク越しに会話をしている。各々、手には銃を握り締め、腰を低くするその姿は、戦場を彷彿とさせる。

 いいや実際、戦場なのかもしれない。 彼等の胸元に浮かぶ国旗と文字の刺繍は、彼等が陸軍自衛隊隊員であることを何よりも明確にしていた。


 ――ハイウェイは戦場に変わってしまったのか。その答えは、すぐに出された。


 道路の向こうがわ、隊員たちが見据える先、道路の輪郭が揺らめく蜃気楼の中から、ふいにひとつの点が飛び出した。

 それはとてつもない速さで膨らみ、同時に煙を巻き起こしながらこちらへやってくる。


 牛。

 牛だ、車ではない。

 一頭の牛が、猛然と走ってくる。


 隊員たちは一瞬、悲鳴をあげてしまいそうになった。なぜなら牛は、あまりにも巨大だったからだ。

「ハデスです、ハデスを確認しました! 初期攻撃段階より遥かに成長しています!」

 一人の隊員が、慌てて周囲に伝えた。

 無理もない。大型貨物自動車にも劣らない程に肥大した体駆が、恐ろしい速さで向かってきているのだ。


「落ち着け、慎重に時期をみるのだ」


「ハデス、接近しています」

「あと十秒でぶつかります」

「総員準備!」


 後方に一人の男がたち、片手をあげた。迅速に広がる隊員たち。

「作戦通り動け。数を数える、ゼロと同時にいけ」

  突撃のスピードを落とすことなく接近する牛。

 銃を構える。緊迫がはりつめる。

「用意! 三、二、一、――攻撃!」

 瞬間、次々と銃口が火を吹いた。爆裂する土煙、加熱する撃鉄、鞭のような風切り音、更に連弾が打ち込まれる。

「攻撃、やめーい!」

 声が響き、あたりがしんと静まりかえる。

「やったか」

 もうもうと視界を包む硝煙と沈黙。確かな手応えを感じ、指令の手が下げられる――その時だった。

 煙が左右に引き千切られた。

 あまりにも一瞬の出来事に、隊員たちは、あんぐりと口を開ける。

 なにが起こった? まさか。


「は、鼻息だとぅ!?」


 さきほどの銃撃が嘘のように、クリアになる視界。そして無傷の、牛。

 牛は、荒々しく呼吸をすると、ぎらりと目を輝かせた。


「た、退却〜〜!」


 一気に駆け出す陸軍隊員たち。死にものぐるいで走り出したその背を、ただ逃がす破壊神ではない。

 後ろ足をコツンとアスファルトに打ち鳴らすと、それがゴングとなった。ハデスは、炎を巻き散らしながら、一直線に

「突進」

した。

 爆裂する風。そして摩擦熱が熱砂を巻き散らし、隊員たちを飲み込んだ。


 まるでハリケーン。隊員たちはオモチャのように空中に投げ飛ばされた。

 それだけではすまない。怒涛の嵐は、隊員たちの衣服を切り裂き、あられもない姿に変えてゆく。


「ぎゃああああ〜〜っ」


 あまりの出来事に、時空が歪む。

 スローモーションのようにゆったりとした時間の中、本車線の外に落ちてゆく全裸の男たち。

 産まれたままの姿で空から放り投げ出さる様は、地獄絵図そのものであるのに、雪のように散る衣服のせいか、どこか神々しささえあった。

 太陽に照らされ、煌めき、空から舞い降りる裸体の天使。


 その華麗な情景の中央に、祝福を受けるようにハデスは立ち止まり、満足げに周囲を見渡す。


 関東の破壊神という異名を持つ牛、

「ハデス」

 ――遺伝子操作により産まれた超猛絶食肉牛である。


 超絶猛食肉牛は、通常より筋肉が発達している。

 時代の変化により、霜降りよりも霜なし、しなやか且つ柔らかな肉が重宝されるようになった昨今、より美味な筋肉を目指し開発された英知の結晶。


 そして肉以外にも、超絶猛食肉牛にはある特徴があった。それは、常時、アドレナリンを大量に噴出しているということだ。

 食肉用の動物がアドレナリンを分泌した直後に屠殺すると、舌筆しがたいほどに豊かな味を出す。魚介類の生け造りなど、少々残酷な料理法にはきちんとした理由があるのだ。

 興奮によりアドレナリンの放出が、常時続いているということは、常時美味であるということ。

 常に、舌に革命を起こす旨さ。これこそ、超絶猛食肉牛が超絶猛食肉牛と呼ばれる所以である。


 だが、その所以が、全ての発端であった。


 輸送途中に事故があり、超絶猛食肉牛が高速道に放たれたのである。

 この非常事態に政府は総力をつくした。最大規模警報を発令、自衛隊まで動かし、超絶猛食肉牛たちの捕獲にあたった。

 政府の功労により、次々、常に興奮状態で鋼の肉体に包まれた、危険な超絶猛食肉牛は捕まっていった。

 たった一匹、超絶猛食肉牛中で群を抜いた実力を持つ、ハデスを残して。


 屈強な男達の裸体が散らばる路上で、ハデスは深く息を吸うと、雄叫びをあげた。

「ヤキニクヤイテモォイエヤクナアアア〜〜!!」


 強靭な肉体から四散する轟きは、ハデスの圧倒的な力そのものだ。遺伝子を改良し作られた最強最悪の牛、そして破壊の神、ハデス。ハデスを止められる者は、もういないのか。

 ――あの男を除いて。


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