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【9話】冒険者になった理由 ※エリック視点

 

 朝の四時。

 暗闇の中、寝静まっている王都の街をエリックは走り込んでいる。

 

 朝三時に起きて剣の素振り。

 その後、四時から走り込み。

 これらの鍛錬は、冒険者になる前から行ってきたエリックの習慣だ。

 

 マリアとパーティーを組んで三か月が経った今も、それをずっと続けている。

 

 鍛錬をしている理由はただ一つ。

 もっと強い自分になるためだ。

 

(僕はもう、()()()とは違う!)


******


 エリック――エリック・ビファレストは公爵家の三男として生を受けた。

 

 ビファレスト公爵家はリグダード王国に領を持つ、由緒正しい魔術師の家系だ。

 王国内での地位は凄まじく高く、公爵家の中でも一目置かれている名家だ。

 

 生まれ持つ魔力量は、格式高い名家に生まれるほど多いとされている。

 そのため代々ビファレスト家に生まれる子どもは、大きな魔力をその身に宿して産まれてくる。

 

 エリックの兄二人も例に漏れず、ビファレスト家の名に恥じない魔力を持っていた。

 特に長男のラウドの魔力量はすさまじく、歴代の中でもトップクラスと言われていた。

 

 しかし、エリックだけは例外だった。

 生まれつき体に宿っている魔力量はとても少なく、無名貴族の子どもにも劣るほど。

 ラウドの足元にも及ばなかった。

 

 ほとんど魔力がない代わりに人より身体能力が高かったのだが、ビファレスト家では何の意味も無かった。

 魔術師の家系であるビファレスト家では、魔法の力こそが全て。他は無価値とされていた。

 

 価値のないエリックに、ビファレスト家の人間はどこまでも冷たかった。


「お前のような出来損ないは、ビファレスト家の人間に相応しくない。使用人と同じ仕事をしろ」


 七歳の春、父からそう言われた。

 それ以来、両親と二人の兄だけでなく、使用人までもがエリックを見下すようになった。

 

 中でも一番見下してきたのは、長男のラウドだった。

 

『俺の搾りかす』


 エリックをそう呼び、事あるごとに罵倒や嫌がらせをしてきた。

 暴力を振るわれたことだって、一度や二度ではない。

 

 ラウドの行いをビファレスト家の人間は知っていたが、見て見ぬふりをしていた。


 魔法の才能に溢れる将来有望な長男。

 魔法の才能がない搾りかすの三男。

 

 ビファレスト家の人間にとって、どちらに価値があるかは明らかだった。

 

 

 コケにされてばかりの、辛くて苦しい毎日。

 

 しかし、エリックの心は折れていなかった。

 たった一つ、心の拠り所があったのだ。

 

 隙を見て屋敷を抜け出しては、エリックは王都外れのスラム街に通っていた。

 その場所で、隻腕の老人に会っていた。

 

 老人はエリックに剣を教えてくれた先生だ。

 元はSランク冒険者だったらしいが、腕を失ったことをきっかけに引退したという。

 

 鍛錬中はとても厳しかったが、普段は思いやりのあるとても優しい人だった。

 そんな老人のことを、エリックは心から慕っていた。

 

 ある時、老人がこんなことを言った。

 

「エリック、お前はほとんど魔法が使えないんじゃったのう。実は、ワシも同じでな。まったく魔法を使えんのじゃ」

「先生は嘘つきだ。そんなんじゃ、Sランク冒険者になれないよ。だっていくら剣が使えても、魔法の才能がないと強くなれないんだから」


 魔法だけが絶対の価値。

 ビファレスト家で長年暮らしているエリックには、その考えが染み付いていた。

 

「ワシは嘘をついていないぞ」

「それじゃあ先生は、どうやってSランク冒険者になったの?」

「それは……これじゃよ」


 視線を落とした老人の目は、手に持っている剣を見つめていた。

 

「剣……?」


 エリックの呟きに、老人は笑顔で頷いた。

 

「ワシはこれ一本で数多くの依頼をこなしてきた。冒険者はいいぞ。魔法が使えなくても、剣の腕だけでどこまでものし上がれる」


 その言葉がエリックの心に響いた。

 ずっと諦めていた何かが、心の中で再び燃えたような気がした。

 

「僕も先生みたいな強い冒険者になれる?」

「あぁ、エリックならきっとなれる」

「僕、決めたよ。強い冒険者になって、僕が無価値じゃないってことを証明するんだ!」

「そうか」


 先ほど同じように、老人は笑顔で頷いた。

 それはどこまでも温かくて優しい、包み込んでくれるような表情だった。

 

 

 それから数年。

 十五歳の誕生日を迎えた日に、エリックは家を出ることを両親に打ち明ける。

 冒険者になり、自分の価値を証明するためだ。

 

 両親は特に反対しなかった。

 無価値なエリックがどうなろうと、知ったことではなかったのだろう。

 

 初めて冒険者ギルドに行く前、エリックはスラムを訪れる。


「行ってきますね、先生」


 小さな石碑の前で手を合わせる。

 

 返事はない。

 それでも、なぜだか応援してくれているような気がした。

 

 そうして、エリックは冒険者としての一歩を踏み出した。

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