3話 修練の洞窟
供養中
整った石畳の洞窟を進んでいくと水たまりができていた。
不自然な水たまりでゼリーのように一か所に固まっている
「勇者様、その水たまりは踏まないように気を付けてくだされ」
そう言うと騎士は水たまりを避けて進んでいく。
騎士に習って水たまりを避けて後ろを見る。
シスターエリアは、シスターと言うには少々武の匂いがする。
いや、別に自分がそういう達人であるみたいなことは言わないが、前を歩く騎士と戦ってもいい勝負をしそうな感じがする。
別に、いかつい顔をしているというわけではない。
キレのある目つきをしてしてはいるが、それがかえって静かな美を感じさせるぐらいだ。
ああ、なるほど右手にメイスを持っているのだが明らかに取り回しに慣れているように見えたせいか。
「さっきの水たまりは、粘液生物と呼ばれる魔物ですご注意下され」
「倒さないのか?」
「ええ、粘液生物は基本的に洞窟の魔物の水源兼食料らしいですので、それに倒した魔物の処理もしてくれるので基本的には殺さないですな」
「へえ、襲ってこないのか?」
「こちらから攻撃しない限りは襲い掛かってくることはないですぞ」
粘液生物についてあれこれ聞いていると前からギャアギャア騒がしい声が聞こえてきた。
「勇者様、小鬼がこちらに向かってくるので、これから一緒に戦ってもらいますがよろしいでしょうな?」
「ああ、もちろん」
この洞窟に入った時点でその覚悟は出来てないとダメだろ。
なんて思っていたが、全然ダメでした。
実戦なめてました。
襲い掛かってきた小鬼どもは、騎士とシスターがあっさりと倒してしまっていた。
しかし、俺は、相手が襲い掛かってくるという恐怖心から体がまともに動かなかった。
不良に絡まれた時のことを思い出す。
あの時は逃げるだけでよかったが、今回はこいつらを殺さなくてはならない。
何とか振った剣が小鬼の頭に当たりゴスッという生々しい音を立てて手にものを切った衝撃を与える。
相手が襲い掛かってきたとはいえ虫すら殺したことがない俺には気持ち悪かった。
「大丈夫ですか勇者様」
気が付くと勝負はついていた。
剣を振ったことがない俺でも一対一で勝てるのだ、戦い慣れしているであろう二人は残った小鬼どもを殲滅した後だった。
因みに大丈夫かと聞かれたが大丈夫ではない、足の軸が定まらない。
「お二人とも強いですね」
「勇者様はこれ以上強くなれるはずですぞ」
「まさか」
「私の最初の頃に比べれば強いですからなあ」
それは嫌味か! と一瞬思ったが、しかし、彼にも初めての戦闘というものがあったのではと思い至った。
ただ、顔に出ていたのか。
「ボールトンさんほどの人がそういう言い方をすると嫌味に聞こえますよ」
シスターエリアはわかってくれたようだった。
「ああ、これは失礼、私の最初の戦闘なんか小鬼に傷を負わせて私も反撃を貰いましたからそれに比べれば素晴らしいですな」
と付け加えた。
小鬼どもの死体は置いていくそうだ。
さっきの粘液生物が消化するらしい。
なんという食物連鎖。
まだ連鎖と言うほどでもないか。
そんな感じで小鬼との戦闘を複数回こなす頃には戦うことには慣れてきた。
心にあった重しが徐々に軽くなっていくような感じだ。
これが当たり前なのかそうでないのかそんなことを考えているとボールトンさんが声を掛けてきた。
「だいぶ慣れきたようですな勇者様」
俺は、ボールトンさんの言に首肯し、返答した。
「はい、ボールトンさんとシスターエリアのおかげです」
一人で潜っていたら死にこそはしてないだろうがとっくの昔に逃げ出していただろう。
いや、下手をすれば死んでいたか。
ただ、怖いことには変わりない、通路の角で突然戦闘に入るのだ。
心臓に悪いことこの上ない。
レベルを上げているところなのだが、いまのところ大きな変化は感じない。
「勇者様、そろそろ何か変化を感じませんか?」
シスターエリアに尋ねられたが首を横に振る。
「戦闘に慣れたこと以外は変わらないです。 例えばどんな変化を感じるんですか?」
「体が軽くなるというのが一般的ですね」
「魔術師とかは魔術の威力が上がるらしい」
「へえ」
そこは、やはりゲームと同じか。
「そう言えば、罠の解除とかは大丈夫なんですか?」
ダンジョンと言えば罠が有名だ。 もちろんゲームや映画ではという但し書きが着くが、あるのか?
あるとすれば、その対策とかはしなくていいのか?
「む? ああ、修練の洞窟には罠は存在しないですな」
「罠がない?」
まあ、そんなもんなのか?
「はい、しかし、さすが勇者様、よく他の洞窟に罠があるとわかりましたね」
ん? 普通はあるのか。
「勇者様は、この世界のことについて不思議なほどに知識を持っているというのが定説ですので、いやあ、伝承どおりですな!」
ハッハッハッ! と笑うボールトンさん、いや洞窟で大声で笑うなよ、響く。
「ボールトンあなたの笑い声は響きます。 魔物をわざわざ呼び寄せるような真似は謹んでください」
シスターエリアにたしなめられるボールトンさん。
「む、いや、すまぬ」
ボールトンさんが謝る。
そんな感じで、洞窟に入る前とは比べ物にならないほど気楽な感じで洞窟の奥へ進んでいく。
時折分かれ道があるがシスターエリアもボールトンさんも迷わずに進んでいくため安心して付いて行ったのであった。