10話 模擬戦
供養中、え?晩メシは何かって?く、幼虫……あれ、まだ4月1日じゃない
あくまでも模擬戦なので、神殿で手に入れた武器は使用せずに渡された模擬試合用のショートソードを手にしてボールトンさんと対峙する。
模擬戦とはいえ危ないので簡易な防具を頭と体に着けている。
当然のごとく普通に戦っては負けるので、それなりの準備はさせてもらっている。
奇策の類なので果たしてどれほど意味があるか不安しかない。
それでもやれることをやるだけだ。
「それでは、用意は出来ましたかな?」
そう言って目の前で剣を手にたたずむボールトンさん。
いかにも隙だらけだ。
「はい」
軽い返事が自分の口から出る。
しかし、もたらした効果は大きくボールトンさんの体が大きくなったように見えた。
「では、何所からでも掛かって来なされ」
「では」
まずは、ショートソードを上段から叩き込む。
それと同時に『武器転』を使いショートソードを大きい剣であるグレートソードに変える。
「む!」
意表はつけたようだ。
しかしながら攻撃の筋は見えているのだろう。
ボールトンさんは、剣を構えて受け流す。
このままでは体が流れるのでグレートソードを軽い武器に変えると同時に突撃する。
今、俺の手の中にあるのは、最小の刺突武器であるナイフが握られている。
「ぬ」
少し驚いてはくれたようだ。
相手が振り下ろすより早く相手の懐に……。
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「ふむ、見事な奇襲で手加減が出来ませんでしたな」
地面に仰向けに倒れる勇者の姿を見て、ボールトンは、満足げに頷く。
本来なら彼に花を持たせるために良いところで区切るつもりだったのだが、体に染みついた動きを止めることは出来なかった。
喚びだした勇者が思ったよりも強かであることは喜ばしいことである。
しかし、状況が状況なだけに素直に喜べないのがざんねんだった。
「これが勇者!?
いや、失礼。
しかし、勇者様と言うのは、この程度の強さでしたか?
私の知る限りでは、これまでの勇者様は召喚されて間もなく途轍もない力を持っていたはずなのです。
何か理由があって隠されている力があるとか」
「少なくとも勇者様からの自己申告では、ご覧の通りの力のみです」
貴族の男性、シルギット伯爵にボールトンが答える。
「やはり、今回の勇者様は、神の加護が薄いのでは……」
「結論を慌ててはいかん」
想像以上に弱い勇者に失望するシルギット伯爵をアグニス王が諌める。
「仮に其方があの立場に立ったとして、ボールトン相手に立ち向かう勇気があるか?」
「いいえ、有りません。
ですが立ち向かう勇気があったとしても負けていては話にならないのでは無いでしょうか?」
「歴代勇者様の逸話の中でも最初から明らかな格上相手にも臆さずに立ち向かう者は多くないのは知っておるか?」
「それは、勇者も一人の人間だからと言う話でしたね」
「あの者は最初からオーガに立ち向かったそうだ」
「それは、勇者様だから、と言うことではなさそうですね」
「ボールトンが言っておったのだが、あの者は武に通じてはおらん」
「まさか、ボールトン団長にあそこまで戦えたというのにですか?」
「歴代勇者様たちは確かに強力な力を持っていた。
しかし、騎士団長と一対一で戦った話など初代勇者様ぐらいであろう」
「ええ、そもそも勇者様の力は人に向けて使う力ではありませんしね」
「その上で、ボールトンに聞くがよい。
その者が、勇者たり得るか」
アグニス王に促されて、シルギット伯爵は、ボールトンに歩み寄る。
「ボールトン団長殿、勇者様はどれ程の強さでしたか?」
「とても昨日戦い始めたとは思えない胆力でしたな。
強き者との戦いに慣れている、そんな印象を受けましたぞ。
なにより、その胆力に裏打ちされた意志の強さ。
見てくだされ」
ボールトンが自らの腹部を指す。
よく見るとボールトンの防具に小さい傷が入っている。
「なるほど、確かに昨日今日戦い始めたばかりと言うに割にはとてつもない成長速度です。
しかし、勇者様の力としてはいかがなものかと」
「確かに力は足りませんな。
さりとて、戦う者に一番必要な物を持っている。
それも一級品あるいはそれ以上のものを」
ボールトンは、そう言い倒れている勇者に視線を投げかける。
勇者はすでに担架に乗せられて運ばれようとしているところだ。
「成長を見てからでも遅くはないのではないですぞ?」
「わかりました。
この国きっての騎士にそこまで言われては納得せざる負えません」
シルギット伯爵は、運ばれる勇者を見てつぶやく。
「願わくば、この国の希望とならんことを」