ファンもグループの一員です
夜、とあるラジオ番組。アイドルをゲストに迎え、ほどほどな盛り上がりを見せたが、もう終わりの時間。
「いやー、今夜の『いつメン!』終わりのお時間なんですがぁ……雪本ちゃん! いやー、ほっっっんと、武道館決定おめでとねー!」
「えへへ、ありがとうございますっ。ファンの皆さん、スタッフの皆さん、もう数えきれないくらい、色々な方たちのお陰ですっ!
私たちアイドルグループ、桜並木39、メンバー全員が皆さんに感謝してます! もちろん、このラジオにメンバーをよく呼んでくださった岸部さんにも大感謝ですっ!」
「いやー、おじさん泣けてきちゃうなぁホント、くぅぅぅ」
「あはは! 是非、岸部さんも私たちの武道館公演、来てくださいね! 岸部さんも、もう桜並木39の一員なんですから!」
「え、マジで?」
「はい!」
そして、武道館当日……。
「ふぅ……みんな、おはよー!」
「あ、ユッキー!」
「おはよー!」
「おはよっ!」
「おはよーキャプテン」
「いよいよだねー」
「おはよー!」
「頑張ろうねぇい」
「おはようキャップ」
――え
武道館楽屋。そこに入ってきた雪本と挨拶を交わすメンバーたち。
メイク中のメンバー、寝ているメンバー、イヤホンを耳につけダンスの振りの練習、談笑などアイドルグループ桜並木39のメンバー数十名、グループ初の念願の武道館ライブを控え、各々思うように過ごしていたのだが、雪本はすぐに気づいた。
その中に野太い声とシルエットがあることに。
「え、あの、岸部さん……?」
「うん、どしたのー? ユッキー」
「いや、あの、どうして岸部さんが私たちの楽屋に……それにそれ、今、着ているのって制服、私たちと同じ衣装ですよね……? え、なんで」
「なんでってぇ。この間、ユッキー言ったよね? 『岸部さんももう桜並木39の一員』って。だからうん、来たよ」
ぐっと親指を立てた岸辺を見た瞬間、雪本の視界がぐらっと半回転し、足がふらついた。
貧血……ではない。昨晩はレバーを食べた。それだけでなく、今日この日のために体力管理は完璧だ。
「どしたのユッキー?」
「大丈夫?」
「具合悪そうだよ」
心配そうに駆け寄るメンバーたちに対し雪本は顔を歪めた。
どうしたのはお前だ、お前たちだ。なぜ、五十間近の男がスカートを履いてメイクをし、私たちのライブに演者として参加しようとしているのか。そして、それをどうして受け入れているのか。
雪本は頭を振り、足先にぐっと力を入れた。
キャプテンである私がどうにかしなければ。そのためにまずすべきは落ち着くこと。冷静に。そう、情報を集めることよ……雪本はそう自分に言い聞かせた。
「だ、大丈夫だよ……私はね。その、メイちゃん、ちょ、ちょっといい?」
「うん? なーに? 内緒話?」
「ああ、うん。その、どうして岸部さんがここにいることに、みんな違和感ないみたいなの?」
「うん? シベッキーがなーに?」
「えっとね。だから、ん? シベッキー? いや、あだ名ならそれ、キッシーじゃないの!? いや、まあどうでもいいけども……」
「ふふふっ、ユッキー、テンションたかーいっ! 張り切ってるねっ、さすがキャプテン! でも忘れちゃったの? シベッキーがユッキーと近い呼び名がいいって言ってたじゃん! 親友だからって!」
「親友……いやいやいや嫌!」
「ねーえ! いつまでコショコショ話してるのー? シベッキーも入れてよぅ」
「チッ……」
「ユッキー……あたしたち清楚系アイドルが舌打ちは……」
「シベッキーこわいぃん」
「チッ、チッ、チッ……」
「さーて、メイク終わりー。ユカちゃん、一緒にお手洗いこ」
「オッケー」
「あ、シベッキーもいくー」
「いや、いやいやいやちょっとぉ!」
「あん、なーにユッキー、服が伸びちゃう」
「いや、何しようとしてるんですか!」
「なにって、連れション。女子の定番だろ?」
「女子は連れションなんて言わないんですよ。と、いうかあのこれ、あ、言っちゃ駄目なのかな……」
「ん? なーに? 今度はシベッキーとコショコショ話するぅ?」
「ええと、まあ、はい。その、あのこれ、ドッキリ……ですよね? ね?」
「ユッキー……」
「は、はい」
「これ、マジだから。じゃ、そういうことだから」
「いや、いやいやいやいやイヤアアア!」
「ユッキー!?」
「キャップ! どうしたの!?」
「大丈夫!?」
「み、みんなこそ、何で受け入れてるの? あれは男! それもただのおじさんじゃない!」
「え、でもユッキーが認めたんだよね?」
「グループの一員ですって」
「そうそうキャプテンが言うことだし……」
「いや、アイドルグループのキャプテンなんてなんの権限もないに等しいでしょ! 普段だってそうじゃない! なんでよりによってこんな! おっさんを!」
「あら、心は清らかな乙女よ。外見もほら、それに引っ張られて綺麗でしょ」
「傲慢さと思い上がりが年寄りの男性のそれなんですよぉぉぉ……」
「うぅ、怖い。睨まないで! シベッキー、糞漏れちゃう!」
「ああああぁぁぁぁぁ!」
頭を掻きむしる雪本。と、楽屋にチーフマネージャーの坂崎が入ってきた。
「おおう、楽屋の入り口でなに頭を掻いてんだよ……。と、お、いたいたシベッキーさん。今日のソロ曲なんですけど」
「あ、さ、坂崎さん……この状況をどうにか、え、ソロ曲!?」
「おお、キャップだったか。ははは。髪ぐしゃぐしゃで誰か分かんなかったよ。ほら準備して、今日がんばろうな。あと、お前のソロ曲、シベッキーさんに変更だから。よろしく」
「シクヨロー」
「は、はぁぁ!? そんな、なんで、どこまで侵食して……」
「それでなんですけどシベさん。今日の打ち上げの店は」
「ああ、俺が知っている店でもう予約取れてるから。牛、好きだろお前」
「あざっーす!」
「もぉぉぉぉぉぉ! 使い分けてるぅぅぅイヤアアアアぎょうかいじんんんん」
「おいおいキャプテン! どうしたんだ! そんなに頭を振るな! 緊張してんのか!?」
「……ねえ、ユッキー。聞いて」
「はぁ、はぁ、な、なんですか岸部さん……」
「あれこれ気を巡らすな。そんな大人になんかならなくていい。もう困るな。俺たちが何とかする」
「げえぇぇいんはあなたよぉぉぉぉぉぉぉ!」
「恐れなくてもいい。大物相手にもガンガン行け。お前はイジられると輝くキャラだ」
「プロデューサーァァァ気取りの痛いファアアアン! ファアアー!」
「ただねぇ、この前の歌番組での歌詞間違い。かわいいとか喜んでいるファンもいたみたいだけど俺はどうかと思うなぁ。優しい声に甘えてちゃ駄目だと思うよ。
あと、その一個前の歌番組でのメイク、あれは似合ってなかったなぁ。ちゃんと勉強してる? 自分を良く見せられるよう日々、研究しないとさ。あと茶髪に染めるのはないよ。正直ゾッとした」
「ゾッとするのはこっち! それアドバイスじゃなくて説教! おじさん特有のねちっこさ!」
「しかしまぁ、感慨深いよ。綺麗になったなぁユッキー。キシベパパ。応援してきたかいがあったよぉ」
「子供もいないのに親目線! でも性的に見てるのが丸わかり! 妖怪ペニス隠し!」
「あと、早く写真集出さないと賞味期限切れになっちゃうよ? あ、水着は多め。これ当然」
「人よりアニメキャラと一方的に接していたせいで距離感バグってるモラルハザアアアド! もはやホラァァァァー」
「実は今度転勤するからさ、これ、用紙に書いて。結婚しよ。愛してる」
「ガチガチのガチ! 私に恋はしないで! もうイヤアアアアアアァァァァァ……!」
「ユッキー、ユッキー?」
「え、あ、え、ミコッちゃん。あれ……」
「うなされてたけど大丈夫? ほら、そろそろ円陣組もうってみんな集まってるよ」
「あ、寝てたっけ……夢、そう夢……」
「まったくもう、いよいよって時に。あ、楽しみすぎて寝不足? はははっ。あ、そうそう、岸部さん来てるってさ! さっき会場に入っていくの見たってさ!」
「オエェェ」
「え、嫌いなの!?」
「え、い、いや、ちょっと緊張して……あの、来てるってその、どこに?」
「どこって客席でしょ? 多分関係者席じゃないかな」
「あ、だよね! そう! あは、あはははは!」
「まだ寝ぼけてるの? あ、ほら、みんな呼んでるよ。ふふふキャプテン」
「はははは、よせよぉ」
「名字が近いから同じあだ名がいいってそう呼んでくれって懇願してたくせにぃ」
「雪宮くーん! ミコトくーん! はやくはやく!」
「入場前に我々も円陣でエンジン!」
「ははは、おっさんだねぇ……」
「我々みんなそうじゃないか」
「いやぁ、彼女たちの念願の武道館ライブ。来れて良かったなぁ」
「我々の、ですよ。ファンもアイドルグループの一員ですからね!」
「ふふん、ですなぁ。これからも応援とアドバイス。プロデュース計画を練らねばね」
「確かに確かに。ね。雪宮くんも、あ、ユッキーもそう思うよねぇ?」
「あっと……はい。でも、あまり過剰なのは必要ないかもしれませんよ。彼女たちはもう一流……俺に、大勢のファンに夢を見せてくれましたから……。これからもきっとね……」