ぬいぐるみの目
ある日、クマのぬいぐるみの右目が取れた。
ぽろりと取れたボタンの目は、私の右手にくっ付いた。
すると、視界が不自然に広がった。
明らかに見えるはずのない方向のものまで見える。
どうやら、ボタンが本物の目のようになっているようだ。
引っ張ったり擦ったりと色々試してみたが、全く取れる様子はない。
深夜、中々寝付けなかったので散歩に出ることにした。
ぶらりぶらりと歩き回りながら右手をあちこちに向けてみる。
どうやら私の目より視力が高いようで、はるか先まで見通せる。
と、ふと前方に手をかざすと黒いフードを目深に被った不審な人物を目撃した。
よく見ると包丁を握りしめている。
不審者とはまだかなり距離があるが、ゆっくりとふらふらとした足取りでこちらに向かって来ている。
慌てて元来た道を駆け戻る。
右手を後方へ何度も向けてみたが、まだこちらには気が付いていないようだ。
自宅に戻り急いでドアを閉め切り、震える指で警察に通報した。
私は不安の中でうずくまり、中々寝付けなかった。
翌日、かなり遅い時間に目を覚ますと、いつのまにかボタンは取れていた。
今日の朝刊に目を通すと、この街で不審人物が逮捕されたことが小さな記事として載せられていた。
もしもボタンがくっついてなく、あのまま前に進み続けていれば、私は不審者に刺し殺されていたかもしれない。
ぬいぐるみを優しく抱き上げ、何度も感謝の言葉を口にした。
この子は私にとって間違いなく命の恩人だ。
それから、試しにボタンを体のあちこちに触れさせてみたが、くっつくことも視界が広がることもなかった。
あれは一体なんだったのだろう。