瓦礫に埋もれて
「さ、作戦は話した通りだ…。俺を、俺を竜に喰わせろ」
そう言うと、空上は何か言いたげな顔をしたが黙って頷いた。
クルルルル
右眼も再生し終えた竜が地上を見下ろしながら喉を鳴らす。もう一度魔弾を放たれたら今度こそ防ぎようがない。チャンスは一度切りだ。
「大竜、私はここよ!」
空上が竜に向かって叫んだ。
「向こうからわざわざ私を殺しに来たのね。ご苦労なことだわ!ところでお腹空いているんじゃない?ここに良いエサがあるわよ」
そう言って空上が俺の方を指さす。
キュオオオオオオオ
だが竜は再び口に魔力を集中し始めた。やはりこの竜、空上を攻撃するときは遠距離攻撃しかしてこない。何かを恐れている?そんな気がするが、今は竜をこちらに引き寄せねばならない。
「一度弾!」
俺は人差し指の先端に魔力を込め、小さな弾丸を発射した。
ピュンツ
音速を超えた魔力の球は竜の腹部に命中する。
グガアアアアアアアアアアア!
よし、どうやら効果はあるらしい。竜は口に集めていた魔力を解除し、咆哮しながら空中でのたうち回りだした。この程度の魔法なら魔力量の少ない俺でも使えはする。もちろん、一日三発までだが。
「空上、その人連れてここから離れろ。たぶん、今のであの魔獣の意識は俺に向いた」
「そのようね……。あなた、ホントに大竜の口に潜り込む気?」
「俺が失敗したら、次にそうなるのはお前だぜ?」
腹を押さえながら笑ってそう言うと、「カッコつけ」とつぶやいて空上は討伐隊の女性を背負って走り出した。カッコつけ、か。もっと背の高いヤツが言ったら「カッコつけ」ではなく「カッコいい」になるのだろうか。
魔弾に込めた俺の固有魔法はあの竜でもなかなか無効化することは難しいらしい。血走った目で俺を睨んでいる。だが油断はできない。A級討伐隊クラスの時間停止魔法を容易に解除するような魔獣だ。
「こっちに来いよ!じゃなきゃもう一発撃ってやるぜ」
再び人差し指を竜に定める。しかし、避けられない攻撃は自分が不利だと判断したのか、遂に竜がこちらに襲い掛かって来た。
「っしゃ」
ここからが本番だ。上手く喰われればいいんだが。
狙い通り、竜は口を開けて飛翔してきた。このままヤツの口に飛び込めれば成功だ。だが突如、竜は急停止し、体をくるっと一回転させて尻尾で地上を薙ぎ払った。
「まじかっ」
即座に地面に向かって弾丸を打ち込み、できた穴の中に飛び込む。小さな体をさらに丸めてすっぽりと入ると、背中の少し上を校舎の残骸がゴオオオオと地響きを立てて過ぎていった。
「あ、あぶねぇ」
振動が止んだところを見計らって俺は立ち上がろうとする。だが、ゴンッという音がして背中が何かに当たった。そう、穴を掘って回避したのは良いが、その穴と薙ぎ払われた校舎の残骸が重なってしまったのだ。つまり、今の俺は生き埋め状態である。
「おいおい冗談よせよ…」
体を丸めて土下座のポーズをしながら、俺は冷や汗をかき始めた。
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「毒島!」
竜の尾が地面の瓦礫を一閃した後、少年の姿はなく代わりに瓦礫がきれいな水平にならされていた。しまった、また自分のせいで人を死なせてしまった。ギリッと噛み締めた空上の唇から血が流れる。
「ううッ」
討伐隊の赤い髪の女性が苦しそうに呻く。止血を施し、寝かせてはいるが早急な治療が必要だ。加えて自分の近くにいては、また竜の魔弾の餌食になってしまう。
最初からこうしておけばよかったのに。
空上は竜に向かって歩き出した。
クルルルル
何かを探すかのように竜は瓦礫を見渡していた。まだあの少年に打たれた固有魔法の効果が消失していない。それはつまり、少年がまだ生きているという証だ。
「探し物は私かしら」
鈴の音のような声が竜の耳に入る。長い首をそちらに向けると、腰に手を当て、青い髪をなびかせた空上夏鈴が立っていた。
『カ、リン』
重々しく、ノイズが混じったような声が竜の口から出る。
「追放してなお、私の命を狩りに来たってわけ?」
『オマエ、ココデ、イキ…デキナイ。イマ…ヨワイ。コロセル、ナカマノ、カタキ…トレル』
「それは大竜、あなたも同じでしょう?私たちはこの世界では息ができない」
『ダ…マレ!』
ギュオッ、と竜の口に魔力が集中する。だが、すぐに球状を保てなくなり空気中へ爆散した。
「ほら、もう魔力が切れかけてる。当然よね。呼吸ができないから、生命維持のために体が勝手に魔力を喰らうんだもの。もうあなたには、魔弾一発分の魔力も残っていない」
『ダマレッ!』
口を大きく開け大竜が空上に襲い掛かる。だが、彼女は逃げることなく竜の青い口の中を覗きながら小さく笑った。
「毒島、あなたカッコいいじゃん」
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『ダマレッ!』
勝負は一瞬だった。竜が口を開くと同時に、俺は瓦礫でカモフラージュした穴から跳躍した。溶解液まみれの口内に潜り込み右手を竜の喉へ突っ込む。
「一度弾!」
プスン、と音を立てて喉元の下にある竜の心臓に魔弾が直撃した。
ギャオオオオオオオオオス!
絶叫と共に俺の体が竜の口から吐き出される。固有魔法が「毒」だから、人体に有害な物質が効かないとは言え、そのまま飲み込まれていたら狭い気管に詰まって窒息死していたかもしれない、俺が。本当に危ない賭けだった。
『バ、バカナァァ……‼アナン如キ二、敗レルナドォォォ‼』
全身が灰色に染まり、竜がボロボロと崩れてゆく。何度も治癒魔法である緑の魔法陣が光り、消滅していく。腐敗の速度に竜の治癒魔法が追い付いていないようだった。
『アナン…!貴様ラ下等種族ハ、必ズ我ラ、リゲルクス…ガ滅ボシテヤル!』
そう言って、竜の体は塵となり風に乗って消えていった。
「終わった…」
途端に腹部が痛み出し、感じたことのないような疲労感が体を襲う。我慢できずに地面に座り、体を横に倒そうとすると、ポフン、と柔らかい感触に包まれた。
「?何してんだ空上」
顔を上げると空上の青い瞳と目が合った。
「見たらわかるでしょう?こんな瓦礫の上で寝たら疲れるだろうし、代わりに私が癒してあげるのよ」
「別に癒されはしないが…」
ガキみたいな気分がして嫌なんだよ、と言いかけて口を閉じる。俺だって17才。女子に抱き
しめられて悪い気はしない。
「ねーんねーん、ころーりーよ。おころーりーよー」
突然、空上が子守歌を歌い始めた。
「だから俺はガキじゃ……zzzz」
優しい歌声に瞼がどんどん落ちていき、意識が遠のいていく。これじゃホントに赤子じゃねぇかと、コクリコクリとうなずきながら俺は深い眠りに落ちた。