エレベーターを降りると草原でした
その日は黒っぽいグレーの雲から今にも大粒の雨が落ちてきそうな天気だった。私はバス停から自宅マンションまで走って帰ってきた。はぁはぁと呼吸しながらエレベーターのボタンを押し、しばらくして一階に到着したそれに乗り込み自宅のある六階のボタンを押した。疲れてぼーっとしたままうつむいていたらドアが開いたのでそのままエレベーターを降りた。膝くらいの丈の草が足元を覆っている。
「えっ、なんでこんなに雑草が……?」
驚いて顔を上げると目の前には草原が広がっている。
「ハァ?!」
慌てて後ろを振り返ったがそちらも草原が広がっているだけだった。エレベーターの形跡など微塵もない。
「は?え?いや、どういうこと…?」
途方に暮れながら私はその場にへたり込んだ。頭が混乱してパニック寸前だ。
「は?え?いや、まず落ち着こう私。…そうだこういうときはまず深呼吸だ……!」
三回ほど深呼吸をして改めて周りを確認する。うん、草原だ。それから自分の体を確認する。うん、怪我はないな。持ち物は…背負ってたリュックはそのままある。私は中身を確認した。確か飲みかけのお茶のペットボトルがあるはず…!
リュックの中はなにもない暗い空間だった。
「なに、これ、どうなってんの?」
リュックの中をみつめ続けた。しかしこのままではどうにもならない。私は思い切ってリュックの中に手を突っ込んでみた。すると頭の中に『辞典』と『テント』の文字が浮かんだ。
「辞典…?」
思わず呟くと突然右手に本が握られていた。A5サイズくらいだろうか。厚みは5センチくらいだろうと思う。触った感じはわりと硬く全体が濃紺の布地っぽいもので覆われ表に金の糸の刺繍で『辞典』と書いてある。私はその辞典を開いてみた。しかし中身はなにも書いていない白紙だった。
「なんだよ、これ?中身白紙じゃ……?!」
私のつぶやきの途中で辞典が一瞬白く淡く光り、文字が浮かんできた。
[私は辞典です]と。