第3話 穀物を求めて
葦で作った小舟に乗り、手には木の棒を持ち、川を下る1人と1匹。
川幅は広く、流れは緩やかである。
太陽の日差しも心地よく、風も爽やかだ。
時折、川の水に足の指先を浸けて、その冷たさを感じる。
川下りは順調に進み、夕方には大きな湖の畔へとたどり着いた。
(朝早くの出発で、1日かかったな。)
念話でそう呟く。
(はい、以前も1日かかりましたね。この辺には空を飛ぶ魔獣が多いので気を付けてくださいね。)
なんて返事が来た。
飛ぶ魔獣?いざとなれば魔法で撃退するか、などと考える。
その日は、湖の畔で夜を過ごし、朝になったら稲や麦の代用品となる植物を探すことにする。
魔法で火はすぐ出せる。
焚火をして、保存食になっている魔獣の干し肉を炙る。
そして、その干し肉を齧りながら、どのようにしてゴブリン達の集落に帰ろうかと考える。
(その飛ぶ魔獣って、意思疎通は可能なのかな?)
と、何気なく気になったことを聞いてみる。
(え?無理だと思いますよ。此方が襲われる位ですから。)
思いますよ。ってのが引っかかる。一考の価値ありかも。
そう考えながら躰を休めるのであった。
翌朝、ゴブリンに案内されて湖の近くで稲のような植物を見つけることができた。
そして、大量の稲のような穂を摘み取り皮袋に入れる。
(思ったよりどっしりとした感じだし、品種改良を重ねれば良い感じに育ちそうだな。)
と念話で言ったら、ゴブリンはどうやってこれを食べるんだろう?って顔をしてたんだけどね。
さて、収穫も終わったことだし帰路に就こうと考えていると、空に翼を広げると4メートル以上はあろうかと思われる鳥のような姿の魔獣が数匹現れた。
小柄なゴブリンだと襲われて食べられてしまいそうだが、俺だったら何とか大丈夫そうである。
そう、この世界は弱肉強食の世界なのだ。
今回はこっちが強者ということで、
「風刃!!」
「ズバッ!! ギャー!!!」
1匹倒すと、残りの数匹は東の方角へ逃げていった。
俺は、落ちてきた魔獣の首を落とし、血抜きをして、腹を裂き内臓を引き出して水で洗う。
翼はあるが羽毛は無いので、毛を毟る必要は無かった。
さすがに4メートル以上もあると、処理が大変だが、それだけ採れる肉の量も多い。
鶏で言うところの手羽の部位でも60~70cmはありそうである。
空想上の生き物で言うと、ワイバーンの様なイメージだろうか。
作っておいた保存食も限りがあるので、現地調達できるものはそうすることにする。
こんな時に、塩があれば・・・と思うが、よほど大量に必要になるなと思い直して、食べきれない部分は残していくことにする。
ということで、今夜の夕食はワイバーン―そう呼ぶことにした―の手羽先の焼き鳥となった。
翌朝、今度こそ帰路に就こうと身支度をしていたところ、巨大な竜が現れた。
遠めに見ても大きかったが、近づいてくるにつれて次第にその大きさに驚かされる。
昨日のワイバーンとは全く違う、全長20メートルはあろうかと思われる巨体だった。
全身黒光りしていて圧倒される、とても戦って勝てそうもないので逃げて、近くの林の中に身を潜めた。
すると、その竜は
「ドサッ!」
と地面に降り立ち、昨日倒したワイバーンの近くへ歩いていく。
そして、その処理されたワイバーンの躰を咥えると、羽を広げ飛び去ったのであった。
いや、飛び去ったというのは間違いである。
飛び去りそうになる前に、念話で話しかけてみたのだ。
(そのワイバーンは、俺たちの物なんだけど!)
(ワイバーン?この肉のことか?)
念話で意思疎通することが可能だった。僥倖である。
(そのワイバーンの肉が欲しいならくれてやるが、条件がある。)
その竜は、その肉を咥えたまま話しかけてくる。
(その条件とは何だ?)
(俺達を、川の上流にあるゴブリン達の集落まで運んで欲しい。)
(・・・良いだろう。)
というと、その竜はワイバーンの躰を一飲みに飲み込んだ。
俺たちは恐々と竜の背中に乗り、空へ飛び立ったのである。
その竜は川の上流を目指し、飛んでいく。
俺達はその竜の上から方向を指示して集落を目指すのだが、時速100㎞は出ているのではないだろうか、目を開けているのも辛い。
俺は、その竜に名前があるのか気になったので聞いてみた。
(お前に名前はあるのか?)
(名前など無い。)
(俺は、お前を竜だと思った。竜とはドラゴンとも呼ばれるんだぞ。)
(そうか、俺はドラゴンか。)
こうして、この世界にドラゴンが誕生したのである。
1時間もすると集落が見えてきた。
集落の近くでドラゴンの背中から降りると、ドラゴンが念話で俺の名前を聞いてきた。
(お前の名前は何というのだ?)
(俺は人間、人間のゼドという名前だ。そうだ、お前にも名前を付けてやろう。「ヒュドラ」なんてどうだ?ドラゴンのヒュドラだ。)
(それは良い。俺はドラゴンのヒュドラか・・・。)
(ヒュドラには他に仲間がいるのか?)
(仲間は居ない。北の山岳地帯の雲の上に住んでいる。)
(そうか、暇になったら遊びに来てもいいぞ。もし、肉が手に入ったら分けてやる。)
そんなやり取りの後、ヒュドラは北の山岳地帯の住処を目指し飛び立ったのであった。
集落に戻ると、ゴブリン達の様子がおかしい。
どうやら、ヒュドラを見て動揺しているらしい。
俺は、ゴブリン達に事の一部始終を話し、ヒュドラは今のところ危険ではないと説明をしたのであった。
集落へ戻った俺は、ゴブリン達に収穫した稲のような植物を見せる。
それを乾燥させ、脱穀し、籾殻を分離する。その作業は、ゴブリン達も手伝った。
全て手作業なので、大量にはできなかったが真っ黒な玄米ご飯のようなものを作って味見をする。
少し硬い玄米ごはんのような仕上がりだ。
最初にしては上出来ではないのだろうか?(笑)
今度は、ゴブリン達に食べさせてみる。
「バクッ!! オオー!」
(どうだ?うまいか?)
(うまい!でも、これを食べるまでの作業が大変だ・・・。)
余った種籾は、栽培にするためにとっておく。
もちろん品種改良も同時並行で進めていくことにする。
近くの川から水を引き、水田を作るのだ。
そして、何度も試行錯誤しながら、ゴブリン達と一緒に水田を作る毎日。
水はけのための工夫が大変だった。土から作り直さなければならない。
しかし、数年後には何とか自分達で栽培することができるようになったのだ。
自分達で玄米を栽培できるようになると、食糧事情も格段に良くなる。
ゴブリン達の数も100匹を超える数となったのだった。