第2話 ゴブリン達との出会い
で、何ができるんだろう?
手のひらを上に向けて、念じると火の球が生じた。便利である。
意識して手を素早く振ると、真空波のようなものが出て周りの草が切れた。
「こ、これは危ないな。」と呟く。
それにしても何か食べたい。
お腹が減っている訳ではないが、何せ数十億年ぶりに人間に戻ったのだ。
俺は慎重に行動を開始した。
まずは、衣食住の確保である。
とは言っても、衣類は頭の中で想像するだけで周囲の聖霊力や魔素力により自由に出現できた、のであとは食と住まいだけなんだけどね。
とりあえず食べ物なんだけど、周囲を探索することにした。
森に入り、枝をかき分け、崖を上り、少し小高い丘の上に出た。
そこで見つけた木に生っていた拳大くらいの実を、薄くスライスして二の腕の内側に張り付けて毒が含まれてないかを検証する。
暫く待ったが、皮膚が赤くなったり炎症を起こしたりはしなかったので、食べても大丈夫そうである。
恐る恐る口に入れて、味を確かめる。
まあまあイケた。
味の薄いリンゴみたいな味だった。感動的だった。
その日は、そこで夜を迎えた。
火を焚き、眠ろうとしても中々寝付けない。
どうやら、この体では眠る必要は無いようである。しかし、夜の闇の中で周囲は真っ暗である。
体を休める必要はあったので、横になり朝を迎える。
翌日は、近くの川で魚のようなものが沢山いたので取って食べようと試みる。
苦労して、漸く1匹取れたのでそれを焼いて食べてみた。
何だか鶏肉みたいな感じの食感だった。
味も中々美味しい。
それから数日、罠を仕掛けて獣のような何かを捕獲したりなどしてみた。
もちろん食べるためである。
塩が欲しいところであるが、まだそれは手に入れることができない・・・。
次に、住む場所を探していると、滝の裏側に洞窟があったので、そこを拠点とする。
水も手に入れやすいので一石二鳥である。
寝床に藁のような植物を敷き詰め、ベッドの代わりにする。
それにしても、この宇宙を創ってから数十億年経つのであるから、今更元の世界に未練は無い。
なので、この惑星で生き残り、以前の文明的な生活を取り戻すために共に生きる仲間を探すことにした。
一人では生きるのに必死で、文明的な生活はできないし、文明的な生活をするためには労働力は必須なのである。
ちなみに、この時点で肉体を得て3年が経過していた。
名前:ゼド・アイザック
種族:人間
年齢:28歳?
身長:181㎝
髪:銀髪
肌:白
魔法:火属性・風属性
特技:虚無のエネルギーの残渣
洞窟を出て、暫く進み辺りを見渡すと、周囲は平原で、何もなかったのでまずは拠点から北側の植物が生い茂った山々に向かうことにした。
「おーい、誰かいないか!?」
声を出す意味もないのに、叫んでみる。
しまった、声を出したことで、体長10メートルはあろうかと思われる、大きな黒い蛇に見つかってしまった。
しかし、蛇なんだから熱で感知したのかもしれないけどね。
その黒い蛇は、鎌首をもたげて威嚇してきた。
そして、黒い霧状のブレスを吐いたのであった。
俺は、左前方に転がって、そのブレスを躱しがてら、思いっきり右腕を黒い蛇に向かって振った。
「風刃!!」
「シュバッ!!! ドサッ!!」
一瞬の出来事。
風刃っていうのも言葉に出す必要は無いんだけど、カッコいい名前を付けてみた。
3年間の特訓の成果もあり、大きな黒い蛇は胴体の首のほう1/3の辺りで切断されたのであった。
誰も見ていないが、決めのポーズもばっちりである。
暫く進むと、小柄なゴブリンのような生き物の集団に出会った。
その中でも一際大きなゴブリンのような生き物の1匹が突然襲い掛かってくる。
石斧のような武器を右手に持ち、振り降ろそうとするのを冷静に見極め右斜め前に半歩進み、同時に左腕で相手の右腕を抑える、と同時に右肘で相手の顎を穿つ。
武器を作ったりするところをみると、多少の知性も持ち合わせているようであり、命を奪うことまでは考えなかったのだ。
蹲るゴブリンのような生き物に話しかけてみるも、言葉が通じる訳もなく立ち去ろうとすると、頭の中に言葉が響いてきた。
どうやら、直接考えていることを相手に伝えることができるようなのだ。
(強き方よ、我々を助けてください。)
どうやら、何もせずに立ち去ろうとしたことで危害を加えるような者ではないと認識されたようである。
とりあえず、こちらも頭の中で念じてみる。
(どういうことだ?)
(我々の仲間が、大きな黒い蛇に襲われ何人も殺されているのです。)
フラグが立ったようである。
(さっき、その大きな黒い蛇は俺が倒したよ。)
多少コツがいるが、念じるだけで考えが伝えられるというのは便利である。
俺は、これを念話と呼ぶことにした。
幾度かのやりとりの後に、先ほど倒した大きな黒い蛇の死骸を見せると、安心したのか自分達の集落へ案内するとのことだった。
俺は、このゴブリンのような生き物を、ゴブリンと呼ぶことにした。
(おい、お前達に名前はあるのか!?)
(名前など無い。俺たちは俺たちだ。)
(・・・だったら、ゴブリンと名乗るが良い。)
(判った、俺たちは今からゴブリンだ。)
(俺の名前はゼドと呼んでくれ。)
集落へ行く道中にこんなやりとりをする。
こうして、この世界にゴブリンが誕生した。
ゴブリン達の集落に着くと、50匹くらいのゴブリンが葦のような植物で円錐形の家を作って住んでいた。
質素な家だが、どうやら親切にも泊めてくれるらしい。
集落のリーダー格と思われるゴブリンは、先ほど石斧で向かってきたゴブリンだった。
ゴブリンには似つかわしくなく、お茶のようなものを素焼きの土器の茶碗に入れて出してくれた。
味はほとんどしなかったが、多少とはいえ、文化的なものを感じられるというのは新鮮だった。また、自分以外の誰かと会話―念話なのだが―できるというのも新鮮であった。
しかし、それにしてもゴブリン達の食べ物は酷いものだった。
よく分からない草のスープに、小動物の焼き物というか丸焼きだ。
俺は、出汁や食文化の重要性を懇々と説明せねばなるまいと思うのだった。
俺は、一晩考えてゴブリン達の村には、まずは主食である米やパンを作るための穀物が必要だという結論に至った。
だが、自然にそのような植物が生まれてくるはずもなく、代用品を探さなければならない。
こんな時に、念話は便利だった。
イメージした映像が相手に伝わるのだ。
稲のイメージ映像で、ゴブリン達に穀物を見つけてくれるように依頼したのである。
(こんな植物を知らないかい?もし、見つけたら教えてくれないか?)
すると、案外すぐに有力な情報が得られた。
(それに似た植物なら、大きな湖の近くで見たことあるよ。)
とゴブリン達の中の1匹が言う。
葦で作った小舟に乗り、1日かけて川を下った先にある大きな湖の辺りで見たそうだ。
それにしても、ゴブリン達の行動範囲が思いの外広いので吃驚した。川を小舟で1日も下るとなると帰りが大変なので小舟は乗り捨ててきたようだ。
ちょっと遠いな・・・。行きはまだしも帰りがキツイことになる。
しかし、行ってみないことには始まらない。
意を決して、葦で小舟を作ることにした。
ゴブリン達も手伝ってくれたので、半日ほどで小舟が完成したのであった。
そして、その植物を見たゴブリンにも同行してもらうことになった。
2人? 1人と1匹か?
数年かかけて貯めた保存食を持ち、いざ出発である。