38.見守る者たち…
アリストンが一通りの事をフェイに話し終えた。
「つまり…最初から殿下と私の正体と状況を知った上で…殿下とエリーゼ様の現状を見守っていると…そういう事でよろしいですか?」
話を一通り聞き終わったフェイがアリストンへと尋ねた。
「まぁ…そういう事だな。初めてお前たちがうちへやって来た時はさすがに驚いたがな。その日はちょうどここへエリーゼの事を確認する為に訪れた日でもあったしな。」
アリストンは、頷きながら応えた。
「王兄殿下の殿下の気持ちを汲んでの判断には感謝致しますが…正直なところメディス伯爵と夫人はあまりいい気はしないのではないですか?」
フェイは、アリストンに言うと困った様な少し切なそうな表情でマイクとナディアの方を向いて言った。
「……。そうですね…。殿下にお仕えしておられるフェイ様に言うのもなんですが、エリーゼがこうなってしまったのは元はと言えばまで殿下が原因なのは明確です。もし、殿下がきちんと対応していて下さればこの様な事態になる事はなかったでしょう…エリーゼも我々家族も悲しく辛い思いをせずに済んだ事でしょう。ですが、いつまでもその事に対してずるずると考えていても前には進めません。エリーゼの記憶がいつ戻るかは分かりませんが、殿下が本当にエリーゼに対して誠心誠意を尽くしたいと仰るのであれば一度だけそれをエリーゼの親として見守る事にしようと決断致しました。アリストン様が身近について下さっているのでもし、少しでもエリーゼが傷つく様な事があれば対応はきちんとして下さると信じておりますので。」
マイクは、フェイに自分の思いを説明した。
「マイクもこう言っていますので、どうかフェイ様がその様に思いつめられないで下さい。」
マイクの横にいたナディアが、優しく微笑みながらフェイに言った。
「メディス伯爵…夫人…ご寛大な決断感謝致します。殿下はエリーゼ様がこの様な事になり心から後悔し自分を責めておられます…それでも、エリーゼ様の為にというお心は本心でございます。殿下にこの様な機会を与えて下さりありがとうございます。」
フェイは、マイクとナディアの話を聞き少し涙ぐみながら二人へとお礼を言った。
そんなフェイを見て、アリストンとマイクとナディアは顔を見合わせて微笑んだのだった
「社交場で、メディス伯爵・夫人とお話した事がなかったので…今日こうしてお話して分かった事があります。」
フェイは、にこりと微笑みながらマイクとナディアへと言った。
「どういう事だ?」
アリストンが不思議に思いフェイへと尋ねた。
マイクとナディアも不思議そうにフェイを見ていた。
「はい…。私はエリーゼ様が入宮されてから公務で王宮を空けていた殿下の代わりにご令嬢達の様子を見させて頂いておりました。エリーゼ様は、担当となった侍女にもとても優しく接しておいででした。王宮に仕える使用人達も古株になると気難しい者ばかりなのですが、エリーゼ様はそんな気難しい者達ともあっという間に仲良くなっておられました。厨房で自らパンを焼いてそれを使用人達にと配られたりもされていた様です。他のご令嬢が使用人達を蔑んだ際には使用人達を守る様な発言をされていたとも使用人達から聞きました。王宮から去られる前にはお世話になったからと身近な者へ手編みの靴下もプレゼントして下さいました。私も頂きました。エリーゼ様は見返りや打算など一切考えず純粋に心の綺麗なお優しい方です。きっとご両親が沢山の愛情と優しさを注がれてお育てになられたのだなと伯爵と夫人とお話していて思ったのです。」
フェイは、穏やかな表情で三人へと説明した。
「そうですか…エリーゼは王宮ではその様に過ごしていたのですね。フェイ様にも使用人の方々にも良くして頂いていたのですね。王宮内でエリーゼがどの様に過ごしているのか分からなかったのでフェイ様のお話が聞けて良かったです。ありがとうございます。」
マイクは、少し涙を浮かべながら微笑みフェイへとお礼を言った。
「本当に何も分からない王宮の中で短い間でも、エリーゼに良くして下さる方々がいてくれてたのであれば良かったです。」
ナディアも目に涙を浮かべながら微笑み言った。
「何ともエリーゼらしいな…」
アリストンは、フッと微笑み言った。
「今日は、こうしてフェイ様とお話出来て良かったです。ありがとうございました。」
マイクは、改めてフェイへとお礼を言った。
「本当にありがとうございました。」
ナディアもお礼を言った。
「そっ…そんな…こちらこそお二人にお話を伺えて良かったです。ありがとうございました。今後も、王兄殿下と共にエリーゼ様と殿下を見守らさせて頂きます。」
フェイは、慌てて言うと二人へとお礼を言った。
「さて、では…話もある程度した事だし帰るとするか。エリーゼも起きているかもしれないしな。」
「はい。」
アリストンが、よしと腰を上げるとフェイも腰を上げて言った。
「アリストン様、フェイ様をお連れ下さりありがとうございました。これは、エリーゼが好きな物ばかりです。どうぞ…沢山食べさせてやって下さい。」
「プリンを作る材料も一緒に入れておきましたので、エリーゼが作ると言ったらこちらを渡してあげて下さい。」
マイクが、アリストンにお礼を言うとエリーゼの為に用意した食材をアリストンへと手渡した。
ナディアは、アリストンへと中に入れた物の説明をした。
「伯爵、夫人ありがとう。」
アリストンは二人へとお礼を言った。
そして、アリストンとフェイはマイクとナディアへ挨拶をすると馬に乗り帰って行ったのだった。
※
帰り際……
「しかし…王兄殿下もお人が悪いですね。王兄殿下ならば最初から正体をお教え下されば良かったのです。」
馬に乗り帰り路でフェイがアリストンへと言った。
「そなたらが気付いていない様だったのであえて言うのも何だと思ってな。」
アリストンは笑いながら応えた。
「気づく訳ありません。殿下も私も王兄殿下にはお会いした事などなかったのですから…王宮に飾ってある肖像画も王兄殿下の幼少期の頃のものですし、陛下とはお顔が似てらっしゃいませんでしたので…」
フェイが言った。
「私は、王宮を出てからは王都で平民として暮らしているからな…それに、エリーゼも私が王兄とは知らないしな。知っているのは伯爵夫婦だけだ。」
アリストンが応えた。
「伯爵夫婦とご縁があるのでエリーゼ様をご存知だったと言っておられましたが、その時に伯爵夫婦に王兄だと?」
フェイが尋ねた。
「おっ!鋭いな。その通りだ。私は八年前に命が危ない所を伯爵に助けて貰ったんだ。様態がよくなるまでの間に伯爵家で世話になったのだ。」
アリストンは説明した。
「命が危なかったのですか?!」
フェイは、アリストンの言葉に驚き言った。
「あぁ…八年前のカイゼル誘拐事件の犯人を捕らえたのは私だ。公にはなっていないがな…その時に毒のついた剣がかすってな…毒が回り倒れていたところを救ってもらったのさ。」
アリストンが説明した。
「えぇーー!あの時の犯人を捕らえたのが王兄殿下ですか?!」
フェイは、驚き言った。
「おい!声が大きいぞ!」
「もっ…申し訳ありません。驚いてつい…」
アリストンが、フェイへ言うとフェイは苦笑いしながら応えた。
「私が、ガストンに王位を譲って王宮を出たのは王宮の外から王宮の為、ガストンの為に動く事をしようと思ったのだからな。私は王など性に合わないからな。」
アリストンが言った。
「そう…だったのですか。まさか私達の知らない所でその様な事が…」
フェイは、驚きを隠せぬまま言った。
「世話になった夫婦の娘のエリーゼと、甥のカイゼル…どちらも私の大切な者だ。だから、私にできる事があるのであればしてやろうとこの度、この様な提案をしたのだ。だが、カイゼルの今後の動き次第では私は容赦なくエリーゼと会わす事を禁ずるつもりだ。私はエリーゼには本当に心から幸せだと思える程幸せになってもらいたいからな…私はエリーゼの事を……」
アリストンは、真剣な表情で言うと話の最後にどこか切なそうな表情で言った。
アリストンが最後まで言おうとしたその時…
風がビューっと吹いた。
フェイは、そんな風が吹く中で切なそうな表情のアリストンを見て…
「王兄殿下…あなた…まさか…エリーゼ様を…」
フェイが、アリストンの表情を見てボソリと言った。
「ん?何だ?何か言ったか?風でよく聞こえなかった。」
アリストンが、フェイへと言った。
「いっ…、いえ…私も王兄殿下と共に殿下とエリーゼ様を見守りたいと言ったのです。」
フェイは、誤魔化すようにアリストンへと言った。
(王兄殿下…あなたはエリーゼ様の事をお慕いしているのですか……?はは…なんて聞ける訳ないよな…。でも、あの王兄殿下の表情は…)
フェイは、アリストンに応えながら頭の中ではそんな事を考えていた。
「あぁ。そうしてやってくれ。そなたには色々と協力してもらう事があるとは思う。頼りにしているぞ。」
アリストンは、笑いながらフェイに言った。
「はい。お任せください。」
フェイは、表情を戻して笑顔で応えた。
そうして、二人は帰り路を進んだのだった………