7日目
恋愛ふうです。
「いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ!」元気のいい女性が案内をしてくれる。一目でかわいいと思ってしまった。
「メニューが決まりましたら、お呼びください。」そう言いながら女性は、水を置いてくれる。素直に嬉しかった。
「ありがとうございます。」言いかけてやめる。水ぐらいでありがとうと言うのは変かなと思った。でも、やっぱり言えばよかった。もしかしたら会話も弾んだかもしれない。いずれにせよ女性は行ってしまった。まあ、しょうがない。次料理を注文する時に、またチャンスは来るさ。
昼間のウーバーで、一駅分も基本エリアを外れたところに行かされた。川を渡ってそのイタリア料理店に行き、また川を渡ってこちら側に配達した。
今自分がいる店は、そのチェーン店だ。運んでいるうちに自分も食べたくなってしまう。ウーバーあるあるだ。
このお店は、とてもよくやっているように思われる。時間を確認するために、川向こうの店では時計を見たのだが、それは普通の時計だった。対してこちらのお店は、ピザをモチーフにした素敵なものだった。インスタグラム利用による割引特典や子供連れも喜ぶ絵本棚など、色々な工夫がなされていた。店に対する愛着とやりがいが感じられた。
「ピンポーン」ベルをならす。女性は他の客の注文を聞いている。少々焦らされているようだが、今のうちにメニューの確認をしておこう。カルボナーラとシーザーサラダ。ガルボは卵をつけるか聞かれるから、はいと答える。その際、聞き返させないために、サラダより先に事前に言うこと。よし、これで大丈夫。絶対にヘマをするなよ。どんなことがあってもクールに振る舞うんだ。
最終確認をしていると、「お待たせいたしました」と声をかけられた。いよいよこの時が来た。しかし、自分の期待はまんまと裏切られた。
「お待たせいたしました」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。」言いかけて驚いた。その店員が、あの女性ではなかったのだから。
「あ、あ、」思いがけず声が漏れてしまう。
「どうかなさいましたか?」
「あ、あぁ、いえ。なんでもありません。」どんな時もクールにと言っただろ! 苛立ちが生じてきた。
落ち着くために遠くを見渡す。知らない客があの女性と談笑していた。自分は、修学旅行の飛行機に乗り遅れて屋上のフェンスを揺さぶっている男子生徒のような気持ちになった。行きの車で事故をした父が憎かった。
「あのー お客様、ご注文は…」
「ん!? あぁ、これとこれ!」乱暴に指でさす。
「こちらのカルボナーラは、半熟卵のトッピングが選べます。」しまった、順番を間違えてしまった。まあ、いっか。もう。
「いりません。」自分は冷静さをなくしていた。クールになれなかったのだ。
お会計。ポイントカードの有無を聞かれるが、無視をする。無感動にお代を置くと、無気力に小銭をばらまいた。
ドアに向かう。もう、この店には来ないだろうと思った。すると、
「またお待ちしております!」元気な声がした。最後まで会話できなかった自分には、誰の声だか確信は持てなかった。でも、複雑な感情にさせる声であるのは、確かだった。
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