私の王女が待っている(仮)
かきつくりシリーズをご愛読してくださっている皆様、申し訳ありません。
作者の寝落ちで投稿が5時間ほど遅くなってしまいました。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。
本日は作者自信作となっておりますので、やはり他の作品同様冒頭だけとなっておりますがお楽しみいただけたらと思います。
【プロローグ】
帝国68年。
国王の娘、嘆きの魔女ラティアスは全然より帰国する。
『コチラブジ スグカエル マッテイロ』
「もうっラティアスったら愛想ないんだから」
ミラは送られてきた電報を見て、額に手を置いた。
一連の動作はなにをとっても洗礼された動きで、指の先まで意識されている。さすがは帝国一の美女の姿そのものである。
【第一話】
血は生臭い味がして嫌いだ。
「あとどのくらいだ?」
「そうですね、さっきの町から6時間歩き通しですから、ここで…あ!見えてきましたよ、神殿」
「ああ本当だ!夢じゃないよな!」
「そうですよ総長!」
負傷者だらけの軍隊の中で、先頭付近に立つ2名がはしゃいでいる。
仮にも上司相手に言うことはしなかったが、最初はうるさいと思っていた。しかし今は安堵で枯れた涙も出てきそうだ。
あともう少し、そうラティアスは心を落ち着かせ、疲弊した脚に力を入れる。
本当は戦争など行きたくなかった。
…が、今更それを認めるのも癪だ。
「なあ…あとどのくらいだ?」
「神殿からは割と近いと思ってたんですが、やっぱり総長、計8時間歩き通すってのは、酷だったんじゃないですか?」
「えーいっうるさいうるさい!馬ならすぐなのだ、馬なら…」
喚くな喚くな。全く面倒な狸だ。
ラティアスは耳より目を塞ぎたくなったが、本当は一刻も早く城に着くことを優先する総長の指示が嬉しかったりする。
そういえば総長は帝都に娘がいると言っていた。彼もはやく解散したいのだろう。
「えーここで休憩を取る!開始は翌日!隊で宿を分けるから迷わないように…」
そんな総長の掛け声で、平民なら普段止まらないような帝都の宿に、各自二、三人一部屋という好待遇でラティアス達は泊まった。
一気に突き抜けないのか、とラティアスは悲しく思ったが、戦友でありルームメイトであったマナスに何か思われるのも癪であるという、少々めんどくさい部分をこじらせていた。
「みんなぁ!夕食だぞぉ!」
「ラティアス、ご飯だってよ?起きたら?」
「いらない。食べてきなよ」
「ラティアス、ダメだよご飯は食べないと。無理は体に悪いっ!」
「戦場でそれを言ってくれたらな…」
「…っ!もうっやだなぁっ!」
マナスはハッとしたように、そして突然吹き出して、布団越しにラティアスを思い切り叩いた。
左腕がじんじんする。
流石剣を握って走っていただけのことはある。そんな口に出さないラティアスの分析をよそに、マナスは出入り口へ歩いていく。
「じゃっ!ゆっくり寝てね」
「ん」
今日は、今日くらいはぐっすり眠れるだろうか。
ラティアスは思い耽りながら目を閉じる。
【第二話】
ラティアスとミラは同時期に生まれた皇女。
ラティアスは後宮争いに敗れた側室の子で、母はラティアスを守る力もなく命を落とした。その原因となるのが生後すぐに行われる、占い師による『運勢占い』。ラティアスには魔女の相が見られたそうだ。よって恋人など忘れるほどいる国王の命令によって、殺された。なぜなどなにも、ラティアスを従順にするためだ。
一方ミラは第三品の側室の娘として生まれた。
国王の乳母であるサングンよりも高い権力を持つメデロの「愛情なくしては子供は育ちません」という言葉に感化された国王の命令により、キャミが教育係に指名された。
気のいいミラの母、キャミはラティアスの母にこれといった憎悪もなく、ただ「綺麗な人」という印象を受けていた。そのため命令に対しキャミが思ったことは、「なんてかわいそうな子」であった。
キャミは自分の派閥の力を確実なものにするために、と正二品の父から惜しまれながらこの座についた。「かわいそうな子」何人もの人が自分をそう言い、しかし順調に懐妊までなしたキャミは、それを辛く思っていた。
よってキャミは「かわいそう」と思って育てようという気を無くした。いっほミラとラティアスをどちらも自分の子供のように育てようと思ったのだ。
しかし占い師の告げたように、必ず別れの時は来る。ラティアスは戦力として戦争の最前線に当てられた。12歳の夏であった。
「いやよ…いやよ私……」
「ああミラ。私、行かなくては」
ミラは、いやよ、とそれでも呟き続ける。
「ミラ、こっち向いて」とラティアスはミラの顔を引き揚げる。
「でもちゃんと帰ってくるから」
「…」
すこし見つめあった二人は、互いになにを思っているのかわかった。
ミラは号泣した。
「ラティアス様!お時間です!」
案内係が向こうで叫ぶ。
ラティアスが籠に乗っても、ミラは泣き続けていた。
籠が動き出す。
「絶対よ!ラティアス、絶対!絶対帰ってきてね!」
ミラは籠に向かって走りながら叫ぶ。
籠の中でラティアスはくすり笑う。
「絶対だからー!」
ミラがもう一声、念押しにかける。
そしてその声が聞こえなくなった。
ミラはもう走っていなかった。膝に血が滲んでいた。
ラティアスは…泣きじゃくっていた。
これがふたりが最後に顔を合わせた瞬間であった。
そして、この走馬灯のような夢の後には、毎度血が出てくる。
目の前に、男がいる。
『俺にだって、なぁあ…』
返り血を浴びて頬に、鎧を赤く染め、無精髭を生やし、不規則に息をする。
喉のかすり傷が生々しい。
『ゼェ…家族がいるんだよゼェ…』
家族、という言葉にラティアスは反応していた。
右足、右腕にとどまらず、ラティアスは左脚も切り落とそうと詠唱を開始した。
『ゆるさねぇよ、ゼェ…俺は…ゼェ…絶対に…』
詠唱はまだ終わらない。
目が回って、同じ部分を何度もカラ回っている。
『ごの皇族のぉお雌が!』
ラティアスは手に力を込めた。
返り血が…顔にかかる。時間差で首が落ちる。
こんな光景、感触。全て普段はないことだ。理由は自分が魔法使いであるから。しかし自分は最前線で戦う。その理由は最も敵の本陣に近いところから遠隔魔法で敵陣を崩壊させるため。最初はいいが、この戦法が一年足らずでバレて前線でぶつかる戦力の大半は、ラティアスを狙うようになった。
彼は…その殺した相手の誰だろう。顔も輪郭も思い出せない。ただの男であった。
『母は無事です、ラティアス。くれぐれも人は殺め…』
プシッという音で、母上の首が切り落とされる。
それは自分の放った魔法の流れ弾が、たまたま母上の首に当たっ…
涙が溢れる。
ただけで。そうだ、決して私が殺したのでは…
お前のせいだ。
『母は無事です…』
な…
『母は…』『母は無…』『ラティア…』『ラティアーーースっ!!!!』
母上の首が落ちるところ、首から血が吹き出すところ、母上の生首の口が動くところ、得体の知れない男…そうだ彼もラティアスが…
違う、違うんだ
ラティアスを追って死んだ。
『無駄死にだよな』『死ぬなら戦場でってんだ』
違う、あいつはそんなんじゃな…い。
『…ラティアス』『ラティアス。くれぐれも…』『人を殺め…』『殺めては…』
ラティアスの、詠唱で、ラティアスは自分の声を聞いて、母の首が何度も何度も落ちていくのを見ていた。
やめろ、やめろよ。違うんだ、決してそんなつも…
『言い訳が通じると思うなよ、おこちゃまが』『お前なんぞに任せるから。さすがは皇族…』『ラティアス?母は…』『ラティアス?』『ラティアスってば…』
古狸が戦場の一番後ろで尻込みをしている。ねじ伏せないと死者がもっといっぱい出るというのに、ラティアスの策を取り上げようとしない。ラティアスは自分の手が鞘に触れるのを感じ……た…………。
ラティアスと言って、困ったように母上は眉を下げている。
可憐な女の子が花束を持って、振り返る。それはラティアスのよく知る…
しかし可憐な少女は血を浴びていた。何にも知らないように、可憐に笑いかけて。
『ラティアス、母は…』『ラティアス?ねぇラティアスったら!』
二人は血の色に染まっていく。
ラティアスはもがくが触ることすらできない。
『やめろ、やめろーーーー!!』
ラティアスは夢の中で叫んでいた。
ガコンッとベッドが揺れて、シングルのベッドから体が起き上がった。
「あーくそっ眠れない…」
幸い、声は出していなかったようだ。隣のベッドでマナスはスースーと寝息をかいていた。
【第三話】
朝は早かった。
昨夜あのまま起きていたラティアスは、朝焼けを見ていれば過ぎていた時間に少々あっけなさを覚えたほどだ。
ここはミラの宮。
「ラティアスは近々来るのよね、ばあや?」
「はい、皇女様」
「じゃあ毎日おめかししていないとね」
「はいぃ」
ばあやは喜んで微笑む。ばあやもミラも、ラティアスについて、国の内部でも少ない保守派に加盟する存在だ。
ミラは薄いショーツのような寝巻きを脱いで、白い肌をばあやに見せる。ばあやはそれに合わせて服をいくつも持ってくる。
背後だけとっても、ミラは皇女として立派な気品、他国の皇女にも引けを取らない美しさを開花させたミラは、華々しい18となっていた。
そしてラティアスは国に帰る。
「父上、ただいま帰りました」
「うむ」
長く、多く、絶え間ない詠唱、そして水も不足するような長旅にラティアスの声は、男並みにしわがれていた。
頭脳も明細であったラティアスは、部隊の指揮も取っていた。それを歓迎したものはなかったが、仮にも皇女という立場、そしてなりより自ら前線へ出向き、自腹を切って兵士に酒を振る舞うラティアスにものをいう上官はいなかった。
「この度の戦争ではご苦労であった。相当な武勲を挙げたそうだな。上官が言っておったぞ」
「はぁ」
さらに深く頭を下げたせいで、6年前のあの日、小刀で切りそろえた短髪の髪が頭上でサァァという音を立てる。
「して、そなた名は?」
「ラティアスと申します」
「ラティアス、か。ラティアス…ラティアス……。聞き覚えがあるが…。ああ!わしの娘にも同じ名のものがある」
国王は、奇遇だな、と続けようとしたがそう思わなかったラティアスは言葉を遮った。
「陛下、私がそのラティアスでございます」
すまぬ、とは言われなかった。
「ふむ。では民に貢献するとは、王族として当たり前のことをしたのだな」
続いてかけられた言葉は容赦ない、揺るぎない言葉であった。
「しかし国に貢献したものには一律して褒美を与えるのが、余のやり方だ。欲しいものを言え。6年もの間、前線でやり抜いたのだ。なんでもよい」
「恐れながら陛下…」
ラティアスは回答した。
【第五話】
「ラティアス!久しぶりね!」
メデロはまだ生きていた。
「随分と…髪を短くしたのね」
「死ぬ気でしたから。女だと狙われやすいでしょう?」
「まぁ…そうね……」
ただでさえ婚期にかかっているというに結婚する気はあるのかしら、とメデロは思ったが、とりあえず、国王に言われたようにミラの宮に案内するだけにした。
「……ミラ…?」
ラティアスは奥手に声をかけた。
「…ミラ?」
「ラティ…アス?」
年若い、凛と透き通った声がする。
期待をして部屋へ入っていくと、可憐な女性がミラの面影を持って立っていた。
「ミラ、私…」
突然飛びかかってこられたので、ラティアスはすこしよろけたが、軍での訓練で鍛えた筋肉のおかげで転倒はせずに済んだ。
「よ。…ねぇ?」
ラティアスは声をかけたが、首を絞めんばかりに両手がきゅうっと引き締まるので、ラティアスはそっとミラの背中に腕を回した。
「ラティアス、なのね…」
か細い声が聞こえる。大人の声だ。
ふとさっき入って来た扉にに目を向けると、入り口にかかる暖簾に手をかける、キャミがいた。
「キャミ様!」
「…ああ、ラティアス…」
キャミは歩み寄って、ラティアスの頰に手をあわせた。
「ラティアスです、キャミ様…」
ラティアスは右手をミラの背から離し、頬にあるキャミの手に重ねた。
「むうっ…」
ミラはすこしムッとした声を出して、ラティアスを上目遣いに見つめた。
その様子に気がついたキャミが、ミラ?、と声をかける。
「いいお知らせよ。そうよね、ラティアス」
手を外したキャミがミラの目線まで屈んで、そこからミラよりすこし背の高いラティアスに視線を投げる。
するとラティアスはコクリとうなずいた。
「ふたりとも知ってるのね…?」
「ええ」
疑うようなミラの声に、キャミは優しく微笑む。
緩められてラティアスの手に、ミラはそっと体を離した。
「ミラ、あなたは運がいいわ。正式に後宮から抜けられるのよ」
【第六話、冒頭】
『国王からの褒美に、ラティアスはミラを所望する。』
そんな噂は後宮中に駆け巡った。